4 / 5
後編 退場
しおりを挟む
〈裁きの炎〉は、過剰なまでに大きく燃え上がり、その悪役令嬢を飲み込んだ。アシュレイ自身も炎に飲まれ、見えなくなるほどだった。
もしも自分が飲み込まれたら――気がつかないうちに、自分も罪を犯していたら、この炎に消されてしまう。そういう恐怖があって、国王たちは壁に背がつくまで後ろに下がった。
長く燃え続けた炎が収まったころ、そこには、処刑人が一人立っているだけで――
その目の前に、悪役令嬢の姿はなかった。
◇◇◇
「やっと、つかまえた」
ちょうどその頃。アシュレイが、塔の階段を駆け降りながらつぶやく。
彼の腕の中で、私は、わけがわからなくて固まっていた。
――なに、これ。私は消えるはずじゃ……!? なんで、アシュレイに、お姫様抱っこされてるの!?
必死に思い出す。炎に包まれて、ぎゅっと目を閉じたら、誰かに抱き上げられた。驚いて目を開けると――私を抱えているアシュレイと、そのそばにもう一人、剣を持ったアシュレイがいたのだ。
どういうことだか、さっぱりわからない。
相変わらずぽかんとしている私に、彼は言う。
「処刑場に残ってる方は、俺に変身したコレット様です。彼女は、あなたを消えたことにする計画に、二つ返事で協力してくれました」
体調不良でその場を離れたと思っていた彼女は、扉の向こうで待機していたのだろう。そして〈裁きの炎〉の中で彼と入れ替わった。本物のアシュレイが私を連れ出せば、悪役令嬢の処刑が完了したように見える。
私は、そこで生じた疑問を尋ねる。
「ねえ、あなたの炎って、どんな罪人でも消すことができるんじゃないの?」
「できますよ。罪人であればね」
「私、悪役令嬢よ。王太子殿下の同意なしに睡眠薬を飲ませたわ。不敬罪とか反逆罪とか、何かその辺りよ」
「この力は神の授け物です。この国の法律じゃなくて、神の尺度で執行されます。あなたは罪人ではないと判断されました」
人払いされた塔の下で、彼は私にお揃いのローブをかぶせると、隠しておいた馬にまたがって私を前に乗せる。「それよりも!」と、ちょっと語気を強めながら。
「セレナ。どうしてあなたは、俺を頼ってくれなかったんですか? 助けてと、ひとこと言ってくれればよかったのに、俺を遠ざけて悪役ごっこなんか始めて……! なにか、ものすごい作戦でもあるのかと思って誰にも言わず見守っていたら、処刑されることになっているし……!」
「え……!? もしかして、あなたも一度目の記憶があるの!?」
「むしろ、どうしてあなたにあるんですか?〈執念の執行者〉は、俺の能力ですよ」
走る馬上で、その単語を聞く。たしか、彼の家系の、処刑人としての初代がその異名で呼ばれていたはずだ。
「あなたの、能力?」
「ええ。罪人を処刑するためならば、命を落としても一度だけ時間を巻き戻すことができる――初代だけが有していた能力を、どうやら俺も持っていました。子どもの頃までさかのぼったのは、きっと、準備が必要だから」
戦場で彼が命を落として、時間が巻き戻った。直前に、私が強く“忘れない”と念じたことが記憶の保持に繋がったのだろうか。
「いやっ、だから、それよりも!」
彼はまた、語気を強めた。私の後ろで、珍しく頬でもふくらませているんじゃないだろうか。
「セレナ。どうして頼ってくれなかったのかと聞いているんです。本っ当に愚かで自分勝手な人だ。おかげであなたを一人ぼっちにした挙げ句、こんな滅茶苦茶な策を取ることになった」
「だ……だって、どうするのが一番いいかなんて、わからなかったから……!」
「一緒に考えればいいでしょう、まったく……!」
「そんなに怒らなくても……」
「怒りますよ。あなたがみんなから嫌われて、悪役令嬢として断罪されるなんて――俺には、到底、許せません」
彼は、私が悪役令嬢であることを、許さない。
大きなため息をついて「失礼、取り乱しました」なんて言ってから、アシュレイはいつもの――そして、懐かしい、優しい声で続けた。
「とりあえず、人目につかない場所に家を用意してあるので、そこで休んでください。これからのことは、二人で考えましょう。ああ、それから――あなた、自分の部屋に宝石を溜め込んでいませんか?」
「……あります。いっぱい。ここにも増えそう」
「よかった、なら大丈夫。それ、全部俺にください」
「えっ……いいけど、なんに使うの?」
それから彼は、気高い声で宣言した。
「その膨大な魔力で〈裁きの炎〉を、隣国まで届かせてみせます」
もしも自分が飲み込まれたら――気がつかないうちに、自分も罪を犯していたら、この炎に消されてしまう。そういう恐怖があって、国王たちは壁に背がつくまで後ろに下がった。
長く燃え続けた炎が収まったころ、そこには、処刑人が一人立っているだけで――
その目の前に、悪役令嬢の姿はなかった。
◇◇◇
「やっと、つかまえた」
ちょうどその頃。アシュレイが、塔の階段を駆け降りながらつぶやく。
彼の腕の中で、私は、わけがわからなくて固まっていた。
――なに、これ。私は消えるはずじゃ……!? なんで、アシュレイに、お姫様抱っこされてるの!?
必死に思い出す。炎に包まれて、ぎゅっと目を閉じたら、誰かに抱き上げられた。驚いて目を開けると――私を抱えているアシュレイと、そのそばにもう一人、剣を持ったアシュレイがいたのだ。
どういうことだか、さっぱりわからない。
相変わらずぽかんとしている私に、彼は言う。
「処刑場に残ってる方は、俺に変身したコレット様です。彼女は、あなたを消えたことにする計画に、二つ返事で協力してくれました」
体調不良でその場を離れたと思っていた彼女は、扉の向こうで待機していたのだろう。そして〈裁きの炎〉の中で彼と入れ替わった。本物のアシュレイが私を連れ出せば、悪役令嬢の処刑が完了したように見える。
私は、そこで生じた疑問を尋ねる。
「ねえ、あなたの炎って、どんな罪人でも消すことができるんじゃないの?」
「できますよ。罪人であればね」
「私、悪役令嬢よ。王太子殿下の同意なしに睡眠薬を飲ませたわ。不敬罪とか反逆罪とか、何かその辺りよ」
「この力は神の授け物です。この国の法律じゃなくて、神の尺度で執行されます。あなたは罪人ではないと判断されました」
人払いされた塔の下で、彼は私にお揃いのローブをかぶせると、隠しておいた馬にまたがって私を前に乗せる。「それよりも!」と、ちょっと語気を強めながら。
「セレナ。どうしてあなたは、俺を頼ってくれなかったんですか? 助けてと、ひとこと言ってくれればよかったのに、俺を遠ざけて悪役ごっこなんか始めて……! なにか、ものすごい作戦でもあるのかと思って誰にも言わず見守っていたら、処刑されることになっているし……!」
「え……!? もしかして、あなたも一度目の記憶があるの!?」
「むしろ、どうしてあなたにあるんですか?〈執念の執行者〉は、俺の能力ですよ」
走る馬上で、その単語を聞く。たしか、彼の家系の、処刑人としての初代がその異名で呼ばれていたはずだ。
「あなたの、能力?」
「ええ。罪人を処刑するためならば、命を落としても一度だけ時間を巻き戻すことができる――初代だけが有していた能力を、どうやら俺も持っていました。子どもの頃までさかのぼったのは、きっと、準備が必要だから」
戦場で彼が命を落として、時間が巻き戻った。直前に、私が強く“忘れない”と念じたことが記憶の保持に繋がったのだろうか。
「いやっ、だから、それよりも!」
彼はまた、語気を強めた。私の後ろで、珍しく頬でもふくらませているんじゃないだろうか。
「セレナ。どうして頼ってくれなかったのかと聞いているんです。本っ当に愚かで自分勝手な人だ。おかげであなたを一人ぼっちにした挙げ句、こんな滅茶苦茶な策を取ることになった」
「だ……だって、どうするのが一番いいかなんて、わからなかったから……!」
「一緒に考えればいいでしょう、まったく……!」
「そんなに怒らなくても……」
「怒りますよ。あなたがみんなから嫌われて、悪役令嬢として断罪されるなんて――俺には、到底、許せません」
彼は、私が悪役令嬢であることを、許さない。
大きなため息をついて「失礼、取り乱しました」なんて言ってから、アシュレイはいつもの――そして、懐かしい、優しい声で続けた。
「とりあえず、人目につかない場所に家を用意してあるので、そこで休んでください。これからのことは、二人で考えましょう。ああ、それから――あなた、自分の部屋に宝石を溜め込んでいませんか?」
「……あります。いっぱい。ここにも増えそう」
「よかった、なら大丈夫。それ、全部俺にください」
「えっ……いいけど、なんに使うの?」
それから彼は、気高い声で宣言した。
「その膨大な魔力で〈裁きの炎〉を、隣国まで届かせてみせます」
68
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢になる前に、王子と婚約解消するはずが!
餡子
恋愛
恋愛小説の世界に悪役令嬢として転生してしまい、ヒーローである第五王子の婚約者になってしまった。
なんとかして円満に婚約解消するはずが、解消出来ないまま明日から物語が始まってしまいそう!
このままじゃ悪役令嬢まっしぐら!?
転生悪役令嬢は冒険者になればいいと気が付いた
よーこ
恋愛
物心ついた頃から前世の記憶持ちの悪役令嬢ベルティーア。
国の第一王子との婚約式の時、ここが乙女ゲームの世界だと気が付いた。
自分はメイン攻略対象にくっつく悪役令嬢キャラだった。
はい、詰んだ。
将来は貴族籍を剥奪されて国外追放決定です。
よし、だったら魔法があるこのファンタジーな世界を満喫しよう。
国外に追放されたら冒険者になって生きるぞヒャッホー!
悪役令嬢はざまぁされるその役を放棄したい
みゅー
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生していたルビーは、このままだとずっと好きだった王太子殿下に自分が捨てられ、乙女ゲームの主人公に“ざまぁ”されることに気づき、深い悲しみに襲われながらもなんとかそれを乗り越えようとするお話。
切ない話が書きたくて書きました。
転生したら推しに捨てられる婚約者でした、それでも推しの幸せを祈りますのスピンオフです。
その国外追放、謹んでお受けします。悪役令嬢らしく退場して見せましょう。
ユズ
恋愛
乙女ゲームの世界に転生し、悪役令嬢になってしまったメリンダ。しかもその乙女ゲーム、少し変わっていて?断罪される運命を変えようとするも失敗。卒業パーティーで冤罪を着せられ国外追放を言い渡される。それでも、やっぱり想い人の前では美しくありたい!
…確かにそうは思ったけど、こんな展開は知らないのですが!?
*小説家になろう様でも投稿しています
猛禽令嬢は王太子の溺愛を知らない
高遠すばる
恋愛
幼い頃、婚約者を庇って負った怪我のせいで目つきの悪い猛禽令嬢こと侯爵令嬢アリアナ・カレンデュラは、ある日、この世界は前世の自分がプレイしていた乙女ゲーム「マジカル・愛ラブユー」の世界で、自分はそのゲームの悪役令嬢だと気が付いた。
王太子であり婚約者でもあるフリードリヒ・ヴァン・アレンドロを心から愛しているアリアナは、それが破滅を呼ぶと分かっていてもヒロインをいじめることをやめられなかった。
最近ではフリードリヒとの仲もギクシャクして、目すら合わせてもらえない。
あとは断罪を待つばかりのアリアナに、フリードリヒが告げた言葉とはーー……!
積み重なった誤解が織りなす、溺愛・激重感情ラブコメディ!
※王太子の愛が重いです。
王子好きすぎ拗らせ転生悪役令嬢は、王子の溺愛に気づかない
エヌ
恋愛
私の前世の記憶によると、どうやら私は悪役令嬢ポジションにいるらしい
最後はもしかしたら全財産を失ってどこかに飛ばされるかもしれない。
でも大好きな王子には、幸せになってほしいと思う。
婚約破棄の特等席はこちらですか?
A
恋愛
公爵令嬢、コーネリア・ディ・ギリアリアは自分が前世で繰り返しプレイしていた乙女ゲーム『五色のペンタグラム』の世界に転生していることに気づく。
将来的には婚約破棄が待っているが、彼女は回避する気が無い。いや、むしろされたい。
何故ならそれは自分が一番好きなシーンであったから。
カップリング厨として推しメン同士をくっつけようと画策する彼女であったが、だんだんとその流れはおかしくなっていき………………
悪役令嬢は、あの日にかえりたい
桃千あかり
恋愛
婚約破棄され、冤罪により断頭台へ乗せられた侯爵令嬢シルヴィアーナ。死を目前に、彼女は願う。「あの日にかえりたい」と。
■別名で小説家になろうへ投稿しています。
■恋愛色は薄め。失恋+家族愛。胸糞やメリバが平気な読者様向け。
■逆行転生の悪役令嬢もの。ざまぁ亜種。厳密にはざまぁじゃないです。王国全体に地獄を見せたりする系統の話ではありません。
■覚悟完了済みシルヴィアーナ様のハイスピード解決法は、ひとによっては本当に胸糞なので、苦手な方は読まないでください。苛烈なざまぁが平気な読者様だと、わりとスッとするらしいです。メリバ好きだと、モヤり具合がナイスっぽいです。
■悪役令嬢の逆行転生テンプレを使用した、オチがすべてのイロモノ短編につき、設定はゆるゆるですし続きません。文章外の出来事については、各自のご想像にお任せします。
※表紙イラストはフリーアイコンをお借りしました。
■あままつ様(https://ama-mt.tumblr.com/about)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる