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本編

最終話 新たな旅立ち

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 耳をなで擦られる音で目を覚ました。

 いつの間にか布団をかけられて、ジュードの胸に顔をうずめる形で眠っていた。
 ふと目が合うと「やっと起きたか」なんて、平然とした様子で言われる。

「――!」

 いや、こっちはめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど……!?

 胸に頭突きする勢いで顔を隠す。

 ――えっ、やば、結局全部しちゃったじゃん!? なんで!? なにが起こった!?

 混乱していると、ジュードが起き上がると同時にオレから布団をはがす。

「おい、いつまでそのままでいるんだ。シャワー浴びに行くぞ」
「あっ、えっ? うわっ、べたべたしてるぅ……うわぁ……。てか、早くしないとエマたち帰ってくるじゃん! なにやってんだよ、早く起こせよ! バレるだろ!」
「別にいいだろ」
「よくないよ! お前には恥じらいがないのか!」

 バタバタとシャワーを浴びて、部屋に戻って、汚しちゃったシーツを洗濯に出す時の言い訳を考えていると――ソファに腰を下ろしたジュードが、世間話みたいな気軽さで唐突に切り出した。

「それで、明日からの予定だが――」
「えっ? いや、ちょっと待て。最初から話せよ。お前、結局どうなるの? 王位は?」
「継がない」

 あっさりと言い切ったジュードは、オレがぽかんとしているのを見て面倒臭そうに付け加える。

「俺よりセージの方がまともな教育を受けてるし、戦闘以外は上手くやれるだろ。たぶん。とにかく本人には話をつけてきた」
「えぇ……でも、国王がお前を跡継ぎにって」
「その代わりに、王室復帰と国内の巡察を受け持つことで納得させた。お前は側近として連れて行く」
「へ。はぁ!? 側近!?」
「公職に永久就職だ、文句ないだろ」

 偉そうにふんぞり返って、一体なにを言っているんだ。

「お、おぉ? え、永久? オレが? 一生? お前のそばに?」
「休暇はやる」

 そういう問題か?
 気持ちが追いつかないまま、明日からの予定について聞かされる。

 拝啓、故郷の父さん母さん。
 オレは、王族の側近になるらしいです。しばらく家へは帰れそうにありません。でも、お賃金はいっぱいもらえるみたいなので頑張ってみようと思います。
 あと、王族なのを隠してたヤベー男に抱かれました。同意の上で。信じられません。王都は怖いところです。

 ◇◇◇

 翌日。早速、領地経営の抜き打ち巡察に向かうということで、オレはジュードと共に一度城に呼ばれていた。
 帰り際、先程まで事務的なやり取りをしていたセージが後を追ってきて泣きごとを言う。

「に、兄様……! 本当に行ってしまわれるのですか? 王位を継ぐ気は本当にないのですか……!? 僕が、兄様より上手くやれるとお思いですか!?」
「甘ったれるな。お前も王族だろうが」
 ――あれ、話を付けてきたんじゃなかった? 押し付けてきたの間違いでは?

 心配しながら見ていると、セージは、言われたことを激励だと受け取ったのか使命感に満ちた顔でうなずく。

「そ……そうですね。このセージ・フォン・グランディオス、兄様の名にかけて立派な王になります……!」
 ――かけるもの、それで合ってる?

 やや盲目的にジュードを信奉しているセージは、最後にオレの手を握った。

「リヒトさん! 兄様のことを、よろしくお願いいたします!」
「え、あ、はい……!」
「僕が王になったあかつきには、お二人が法的にも結ばれることができるよう尽力いたしますので!」
「は、い!?」

 一体どこまで話を通してあるのか、恐ろしいものである。

 そして、セージは、天使のような微笑みを浮かべた。

「まあ、そんなに遠い話ではないと思いますよ。父上は腰が悪くて、座っているのも大変なようで……僕が本気で治さなければ、じきに、ねっ」
「あ、あはは……」
 ――こいつ、ジュードのためだからって見境がなくなってるぞ……!

 さて、今回の巡察は、ジュードの顔が知れ渡っていない内に各領民には内緒で行うため、オレたちは一般人の装いになっている。移動手段も公共の馬車なので、乗り場までエマが見送りに来てくれた。

 彼女は、困ったように微笑む。

「ねえ、二人だけで本当に大丈夫? どっちも、息を吸うように無茶をするから……」

 心配されるのも当然だ。浴びるように回復薬を消費してすみませんでした。

 でも、今はもう、こう答えることができる。

「うん、気をつけるよ。オレを好きでいてくれる人のためにも」

 すると、ジュードから軽くどつかれた。

「エマを口説くな」
「口説いてないよ!」
 ――主にお前に向けてるんだけど!?

 エマが、くすりと笑う。

「なら、ジュードも大丈夫だよね? リヒトさんに迷惑かけないでよ」
「……おう」
 ――あれ? エマ、何かを察してない? シーツにホットミルクこぼしちゃったって洗濯に出したのがまずかった?

 いたたまれなくなりながらも、なんだかおかしくって、笑いながら手を振って逃げるように馬車へ乗り込む。

 ジュードは、後から悠然とやって来て向かいに座った。本当に恥じらいというものがないのか。

「そういや、ジュード……セージに言ったのか? その……オレとの関係」
「言ってない。俺に来る見合い話は白紙にしておけと頼んだだけだ」
「へ、へ~。ふ~ん。結婚するつもり、ないんだ?」

 王族がそれでいいのか、とは思うけど、なんだか嬉しい。オレだけのものでいてくれるんだろうか。

 馬車が出発する。

 これからのことについて、ぽつぽつと話しながら、揺られ揺られて知らない土地に降り立つ。

 あ、そういえば。

「なあ、オレたちって巡察だとバレないように聞き込みするわけじゃん。『移住先探してるから、この辺りのこと詳しく聞かせてください~』って言うとしてさ。オレたちの関係性の設定、考えといた方がよくない?」
「はあ? そんなもん、正直に答えとけばいいだろうが」
「え?」

 ジュードが、オレの手を取って、指を絡めた。そして大真面目な顔で、

「――付き合ってる」

 あ、だめだ、嬉しい。付き合ってるのか、オレたち。

「っ、そ、そう? そう、だな? まあ、そういうことに? しといてやってもいいけど?」
「にやけるなよ。早く行くぞ」
「べっつに、にやけてませんけどー!?」

 ジュードに手を引かれるのを追いかけて、隣に並ぶ。

 町に入って、人通りが増えてきたら、やっぱりオレたちのことをちらちらと見る人間もいる。ちょっと照れくさくはあるけど、こいつの隣を歩いているのが誇らしい気分だった。

 まあ、見た目はともかく、内面は超カンジ悪いやつだけどね。

 みんな、知らないんだ。たまに垣間見える優しさも、抱き枕にされた時の寝心地も。

 全部、知っているのはオレだけ。
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