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本編
21話 オレと同じじゃないか
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まだ、大丈夫だ。
王太子の剣を弾き、呪文詠唱の後に放たれる魔法を避ける。
ここまでに受けた衝撃で、右腕が痛む。長時間の激しい戦闘で、息が切れる。それでも、まだ――体は動く。
――いっそ、刺し違えてでも!
剣を振るう腕に、一層の力を込める。
しかし、怯んでしまった。魔物の攻撃を受けて傷だらけのジュードが、弾き飛ばされてくるのが視界に入ったから。
生じた隙をつかれ、王太子の剣が先にオレの体を突き刺す。
「ッ――!」
焼けるような痛みが腹部に広がる。膝をついたオレの頭上から、王太子の切羽詰まった声が降ってきた。
「ジュエルウィード……あの魔物を、一人で追い詰めたのか。服従魔法をかける時間稼ぎすら、二人がかりでやらせたというのに」
倒れたジュードへにじり寄る魔物は、硬い鱗も剥がれ、よろよろとおぼつかない足取りだった。
――あれなら、オレでも倒せる……!
王太子が、剣を引いて大扉の向こうへと歩を進める。こちらをすでに死に体だと思っているようだが――すかさず、特級回復薬を取り出して一気にあおった。
傷が塞がる途中だろうが関係ない。ジュードの元に駆けて、大口を開け迫る魔物を斬り裂いた。
「ジュード! おい、しっかりしろ!」
意識がない。ジュードが持っていた回復薬を探り出して自分の口に含み、上半身を抱え起こして唇を合わせ――そのまま、口内へ流し込んだ。
温かい。きっと大丈夫。まだ、ジュードは生きてる。
しばらくすると、咳き込んだジュードが全力でオレを押し退けた。
「っ――は、なんで、また不意打ちなんだ。窒息するだろうが……!」
「緊急だったの! 今回は!」
いきなり文句を言われた。心配したのに酷い。
「あー気が散る、黙ってろ。ヨハンはこの先だな?」
立ち上がって剣を拾いに行くジュード。傷は癒えているはずだが、念のため支えに行くと、手が触れ合った瞬間に少し顔を歪めた。
「ジュード? まだ痛むのか?」
「ああ? お前どれだけじろじろ見てんだよ」
たぶん意図的に、なんでもないような表情をするジュード。
「ただの感覚過敏――副作用だよ。解呪状態だと刺激が強すぎる。わかってて強い薬を重ねたんだ」
「っな……そんな体で追いかけるのか!? 解呪しないと魔法も使えないだろ!?」
「なんの問題がある。ただ痛むだけだ」
ぶっきらぼうに言って、ジュードは大扉の方へと走った。
「痛むだけって……」
しかも、ジュードの無茶な特訓のせいでちょうど他の回復薬を切らしていて――オレたちには、もう後がない。
――どうする? 止めるか? いや、でも……!
事態は、迷っている暇も与えてくれなかった。
何かが砕ける甲高い音。空間を揺らす轟音。耳を突く咆哮。
「まさか、もう――!」
大扉の向こう側は、巨大な穴が地面に空いていて――その奥深くから、漆黒の竜がこちらを見据えていた。
側壁についた螺旋階段の中腹に王太子がいて、聞いたこともない言語でなにかを唱えている。
ジュードは、階段に足をかけた状態で立ち止まっていた。
「どうしたんだ? 行かないのか……!?」
「あれは――おそらく古代語。契約呪文か何かだ」
「じゃあ急がないと! ヤバいって!」
「待て、様子が――」
マディクシオンが、咆哮をあげながら尾で岩壁を打った。劣化していた螺旋階段が、衝撃でガラガラと崩れ始める。
「――!」
足場を失った王太子の体が、宙に投げ出される。飛び立つマディクシオンが王太子へ迫る。契約が完了していたならば、助かっただろうに――
そのまま、王太子は、竜が開けた口の中へと飲み込まれていった。
確認できたのはそこまでだ。ジュードに引っ張られて大扉から離れる。
すぐに、マディクシオンが大空洞まで抜け出して来た。降り立っただけで地響きがする。
――なんで? 王太子は? 食われた? 契約呪文は?
混乱するオレの手を、ジュードがつかんだ。
「はっ、無詠唱じゃないと間に合わないってか」
こちらを敵と認めたマディクシオンが、火炎を吐き出す。ジュードが即座に同規模の水魔法で対応する。水蒸気が爆風に乗って吹き荒れる。
――すごい。一歩も引かず渡り合ってる。でも……!
相手が魔力砲に切り替えれば、こちらも魔力砲に。同等――いや、ジュードはそれ以上のものをぶつけて仕留めようとしている。
――こんなの、人間がやっていい範囲じゃない……!
規格外の魔法を使い続けたジュードの体に、魔力回路が焼け付いた痕が現れる。食いしばっている口の端からは、ひとすじの血が伝っている。正面からでは、あと一歩が押し切れない。
「お、おい、ジュード……! それ以上はまずいんじゃ……!?」
「チッ……左に跳ぶぞ」
一度攻撃を止め、マディクシオンの魔力砲が到達する前に左へ回避する。その漆黒の竜は、首を振り上げたかと思うと天井に向かって破壊的な光線を放った。
「っな――!?」
岩石が塵と化す。地上へ向かって、大穴が空く。わずかに残った瓦礫が降り注ぐ。
ジュードは、氷の盾でそれを防ぎながら、剣を構えた。
「ジュード!? まだやるのか!?」
「なに言ってんだ、ここで逃がしたら終わりだぞ!」
飛び立とうとするマディクシオンの翼を狙って、ジュードが巨体を駆け上がる。なんとか追走して自分も剣を振り下ろすけれど、硬い表皮に阻まれ翼を落とせない。
それどころか、羽ばたきの衝撃で二人して岩壁へ叩き付けられた。
「っう――! っ、ジュード、無理だって……せめて魔法が使えないと――」
突然の出来事だった。視界のノイズと共に、急激に痛みが増してうずくまる。すぐ元に戻ったけど、息も出来ないほどの激痛だった。まるで、痛覚だけを限界まで高められたような。
――今のは、呪い? 解呪があってよかった……っ、ジュードは!?
地べたから顔を上げる。ジュードは、胸を押さえて前を睨み、一人でマディクシオンに立ち向かって行った。先程の攻防があったせいか、再び障害と見なされて容赦ない攻撃に見舞われている。避けるのが精一杯のはずなのに――いや、オレと同じ呪いを受けたのなら、到底立っていられない激痛に襲われているはずなのに――剣を、握って離さない。
「ジュード! 何してるんだ、引け!」
「うるせえ! まだ動ける!」
「馬鹿! 死にたいのか!」
それでも、あいつは聞く耳を持たない。
王族としての責務を超えている。
――なんで。そりゃ、あんなものが野放しになったら、大勢死ぬだろうけど。このまま戦っても同じことだろ……!?
一旦引いて、国の総力をあげて沈静化を図るべきだ。なのに。あいつは。
「戻って来い! おい!! くっそ――!」
駄目だ、完全に見境がなくなっている。まだ大丈夫だと思ってやがる。とっくに限界を迎えているのに。
耐えて耐えて耐え続けて、取り返しのつかないことになってから間違いだったと気づく。痛いのに、苦しいのに、無理やり足掻き続けてしまう。失うばかりで、結局、大したものなんて手に入らないのに。
――ああ。オレと同じじゃないか。
それで、この地で、死にかけた。
「ジュード……」
ようやく気づいた。それを傍から見ているのは、こんなにも、辛い。
無理だ、このまま黙って見ているなんて。
「ジュードっ!! おい、痛いだろ!? 痛いよなぁ!? 引けってことだよ!! ここで意地張ってどうすんだ!!」
叫ぶ。叫ぶ。お願いだから聞いてくれ。
「オレの! ために! やめろって言ってんだよ――ッ!!」
「―――」
ジュードは、こちらを振り向いて、理解の範疇を超えたという顔をしたまま――反射的な速さで、オレの元へ飛び退いて来た。
マディクシオンが、遠い空へ飛び立つために翼を広げる。
ついやってしまった、とでも言いたげな声色で、ジュードはオレに問いかけた。
「おい……どうするんだよ」
「知るか! とにかく――つかまれ!」
舞い上がるマディクシオンの、長い尻尾の先に飛び付いてしがみつく。凄まじい風圧。振り落とされそうになりながらも、ジュードの手をつかんで叫ぶ。
「なんとかならないのか!?」
「はあ!? お前が引けって言ったんだろうが!」
こんなところでケンカしてる。深い穴から抜け出して、太陽が眩しい。
空に、舞い上がる。
そして、二人同時に、地上からこちらを見上げている人物に気づいた。
「セージ!」
彼は、呼びかけに応じるように両手を空へかざした。
温かな、まばゆい光に包まれる。
回復魔法だ――体中の痛みが、一瞬にして消えた。
ジュードの体に浮かんでいた痕もなくなる。おそらくは、魔力回路の完全修復。
尾の先から、脳天へ向かって、ジュードが手を伸ばして極大の魔力砲を放った。
消し飛ぶ、漆黒の竜。
長く続いた呪いが、たち消えていく。
つかまる所も失ったオレたちは、空中に放り出される。離れ離れで。
「うっ、わ――」
死ぬ。落ちて死ぬ。
「いやぁあうわぁああぁあ~~ッ!!!!!!!」
ぎゅっと目をつむる。一瞬、走馬灯が見えたけど、故郷での尊い思い出の中にジュードからアレコレ触られた時の記憶が混じっていたの本当に許せない。
というか、今も、なんか抱かれてる感触がする――?
恐る恐る目を開けると、いつの間にかジュードの腕の中だった。着地の瞬間に風魔法で軽く舞い上がり、優雅に降り立つ長身色男に抱かれている。お姫様抱っこだ。
そういや、こいつ、呪いがないから自由に魔法が使えるんだった。
ジュードは、ぽかんとするオレを見て
「なんとかなるもんだな」
と、おかしそうに笑ってみせた。なにそれ。好き。
「ああもう~っ!」
色んな感情がごっちゃになって、オレはとりあえずジュードの首に抱きついてその背中をばんばん叩いた。
「痛っ――!」
相当痛かったらしくて、怒って投げ捨てられた。感覚過敏か。そういえば薬の副作用があるのを忘れていた。
――しばらく、キスもお預けかなあ。
これで、晴れてジュードと離れることができるわけで。とりあえずオレは田舎に帰るけど、最後に唇くらいは奪っていきたいものである。
あともうちょっとだけ、カーソン薬屋にはお世話になることにしよう。
王太子の剣を弾き、呪文詠唱の後に放たれる魔法を避ける。
ここまでに受けた衝撃で、右腕が痛む。長時間の激しい戦闘で、息が切れる。それでも、まだ――体は動く。
――いっそ、刺し違えてでも!
剣を振るう腕に、一層の力を込める。
しかし、怯んでしまった。魔物の攻撃を受けて傷だらけのジュードが、弾き飛ばされてくるのが視界に入ったから。
生じた隙をつかれ、王太子の剣が先にオレの体を突き刺す。
「ッ――!」
焼けるような痛みが腹部に広がる。膝をついたオレの頭上から、王太子の切羽詰まった声が降ってきた。
「ジュエルウィード……あの魔物を、一人で追い詰めたのか。服従魔法をかける時間稼ぎすら、二人がかりでやらせたというのに」
倒れたジュードへにじり寄る魔物は、硬い鱗も剥がれ、よろよろとおぼつかない足取りだった。
――あれなら、オレでも倒せる……!
王太子が、剣を引いて大扉の向こうへと歩を進める。こちらをすでに死に体だと思っているようだが――すかさず、特級回復薬を取り出して一気にあおった。
傷が塞がる途中だろうが関係ない。ジュードの元に駆けて、大口を開け迫る魔物を斬り裂いた。
「ジュード! おい、しっかりしろ!」
意識がない。ジュードが持っていた回復薬を探り出して自分の口に含み、上半身を抱え起こして唇を合わせ――そのまま、口内へ流し込んだ。
温かい。きっと大丈夫。まだ、ジュードは生きてる。
しばらくすると、咳き込んだジュードが全力でオレを押し退けた。
「っ――は、なんで、また不意打ちなんだ。窒息するだろうが……!」
「緊急だったの! 今回は!」
いきなり文句を言われた。心配したのに酷い。
「あー気が散る、黙ってろ。ヨハンはこの先だな?」
立ち上がって剣を拾いに行くジュード。傷は癒えているはずだが、念のため支えに行くと、手が触れ合った瞬間に少し顔を歪めた。
「ジュード? まだ痛むのか?」
「ああ? お前どれだけじろじろ見てんだよ」
たぶん意図的に、なんでもないような表情をするジュード。
「ただの感覚過敏――副作用だよ。解呪状態だと刺激が強すぎる。わかってて強い薬を重ねたんだ」
「っな……そんな体で追いかけるのか!? 解呪しないと魔法も使えないだろ!?」
「なんの問題がある。ただ痛むだけだ」
ぶっきらぼうに言って、ジュードは大扉の方へと走った。
「痛むだけって……」
しかも、ジュードの無茶な特訓のせいでちょうど他の回復薬を切らしていて――オレたちには、もう後がない。
――どうする? 止めるか? いや、でも……!
事態は、迷っている暇も与えてくれなかった。
何かが砕ける甲高い音。空間を揺らす轟音。耳を突く咆哮。
「まさか、もう――!」
大扉の向こう側は、巨大な穴が地面に空いていて――その奥深くから、漆黒の竜がこちらを見据えていた。
側壁についた螺旋階段の中腹に王太子がいて、聞いたこともない言語でなにかを唱えている。
ジュードは、階段に足をかけた状態で立ち止まっていた。
「どうしたんだ? 行かないのか……!?」
「あれは――おそらく古代語。契約呪文か何かだ」
「じゃあ急がないと! ヤバいって!」
「待て、様子が――」
マディクシオンが、咆哮をあげながら尾で岩壁を打った。劣化していた螺旋階段が、衝撃でガラガラと崩れ始める。
「――!」
足場を失った王太子の体が、宙に投げ出される。飛び立つマディクシオンが王太子へ迫る。契約が完了していたならば、助かっただろうに――
そのまま、王太子は、竜が開けた口の中へと飲み込まれていった。
確認できたのはそこまでだ。ジュードに引っ張られて大扉から離れる。
すぐに、マディクシオンが大空洞まで抜け出して来た。降り立っただけで地響きがする。
――なんで? 王太子は? 食われた? 契約呪文は?
混乱するオレの手を、ジュードがつかんだ。
「はっ、無詠唱じゃないと間に合わないってか」
こちらを敵と認めたマディクシオンが、火炎を吐き出す。ジュードが即座に同規模の水魔法で対応する。水蒸気が爆風に乗って吹き荒れる。
――すごい。一歩も引かず渡り合ってる。でも……!
相手が魔力砲に切り替えれば、こちらも魔力砲に。同等――いや、ジュードはそれ以上のものをぶつけて仕留めようとしている。
――こんなの、人間がやっていい範囲じゃない……!
規格外の魔法を使い続けたジュードの体に、魔力回路が焼け付いた痕が現れる。食いしばっている口の端からは、ひとすじの血が伝っている。正面からでは、あと一歩が押し切れない。
「お、おい、ジュード……! それ以上はまずいんじゃ……!?」
「チッ……左に跳ぶぞ」
一度攻撃を止め、マディクシオンの魔力砲が到達する前に左へ回避する。その漆黒の竜は、首を振り上げたかと思うと天井に向かって破壊的な光線を放った。
「っな――!?」
岩石が塵と化す。地上へ向かって、大穴が空く。わずかに残った瓦礫が降り注ぐ。
ジュードは、氷の盾でそれを防ぎながら、剣を構えた。
「ジュード!? まだやるのか!?」
「なに言ってんだ、ここで逃がしたら終わりだぞ!」
飛び立とうとするマディクシオンの翼を狙って、ジュードが巨体を駆け上がる。なんとか追走して自分も剣を振り下ろすけれど、硬い表皮に阻まれ翼を落とせない。
それどころか、羽ばたきの衝撃で二人して岩壁へ叩き付けられた。
「っう――! っ、ジュード、無理だって……せめて魔法が使えないと――」
突然の出来事だった。視界のノイズと共に、急激に痛みが増してうずくまる。すぐ元に戻ったけど、息も出来ないほどの激痛だった。まるで、痛覚だけを限界まで高められたような。
――今のは、呪い? 解呪があってよかった……っ、ジュードは!?
地べたから顔を上げる。ジュードは、胸を押さえて前を睨み、一人でマディクシオンに立ち向かって行った。先程の攻防があったせいか、再び障害と見なされて容赦ない攻撃に見舞われている。避けるのが精一杯のはずなのに――いや、オレと同じ呪いを受けたのなら、到底立っていられない激痛に襲われているはずなのに――剣を、握って離さない。
「ジュード! 何してるんだ、引け!」
「うるせえ! まだ動ける!」
「馬鹿! 死にたいのか!」
それでも、あいつは聞く耳を持たない。
王族としての責務を超えている。
――なんで。そりゃ、あんなものが野放しになったら、大勢死ぬだろうけど。このまま戦っても同じことだろ……!?
一旦引いて、国の総力をあげて沈静化を図るべきだ。なのに。あいつは。
「戻って来い! おい!! くっそ――!」
駄目だ、完全に見境がなくなっている。まだ大丈夫だと思ってやがる。とっくに限界を迎えているのに。
耐えて耐えて耐え続けて、取り返しのつかないことになってから間違いだったと気づく。痛いのに、苦しいのに、無理やり足掻き続けてしまう。失うばかりで、結局、大したものなんて手に入らないのに。
――ああ。オレと同じじゃないか。
それで、この地で、死にかけた。
「ジュード……」
ようやく気づいた。それを傍から見ているのは、こんなにも、辛い。
無理だ、このまま黙って見ているなんて。
「ジュードっ!! おい、痛いだろ!? 痛いよなぁ!? 引けってことだよ!! ここで意地張ってどうすんだ!!」
叫ぶ。叫ぶ。お願いだから聞いてくれ。
「オレの! ために! やめろって言ってんだよ――ッ!!」
「―――」
ジュードは、こちらを振り向いて、理解の範疇を超えたという顔をしたまま――反射的な速さで、オレの元へ飛び退いて来た。
マディクシオンが、遠い空へ飛び立つために翼を広げる。
ついやってしまった、とでも言いたげな声色で、ジュードはオレに問いかけた。
「おい……どうするんだよ」
「知るか! とにかく――つかまれ!」
舞い上がるマディクシオンの、長い尻尾の先に飛び付いてしがみつく。凄まじい風圧。振り落とされそうになりながらも、ジュードの手をつかんで叫ぶ。
「なんとかならないのか!?」
「はあ!? お前が引けって言ったんだろうが!」
こんなところでケンカしてる。深い穴から抜け出して、太陽が眩しい。
空に、舞い上がる。
そして、二人同時に、地上からこちらを見上げている人物に気づいた。
「セージ!」
彼は、呼びかけに応じるように両手を空へかざした。
温かな、まばゆい光に包まれる。
回復魔法だ――体中の痛みが、一瞬にして消えた。
ジュードの体に浮かんでいた痕もなくなる。おそらくは、魔力回路の完全修復。
尾の先から、脳天へ向かって、ジュードが手を伸ばして極大の魔力砲を放った。
消し飛ぶ、漆黒の竜。
長く続いた呪いが、たち消えていく。
つかまる所も失ったオレたちは、空中に放り出される。離れ離れで。
「うっ、わ――」
死ぬ。落ちて死ぬ。
「いやぁあうわぁああぁあ~~ッ!!!!!!!」
ぎゅっと目をつむる。一瞬、走馬灯が見えたけど、故郷での尊い思い出の中にジュードからアレコレ触られた時の記憶が混じっていたの本当に許せない。
というか、今も、なんか抱かれてる感触がする――?
恐る恐る目を開けると、いつの間にかジュードの腕の中だった。着地の瞬間に風魔法で軽く舞い上がり、優雅に降り立つ長身色男に抱かれている。お姫様抱っこだ。
そういや、こいつ、呪いがないから自由に魔法が使えるんだった。
ジュードは、ぽかんとするオレを見て
「なんとかなるもんだな」
と、おかしそうに笑ってみせた。なにそれ。好き。
「ああもう~っ!」
色んな感情がごっちゃになって、オレはとりあえずジュードの首に抱きついてその背中をばんばん叩いた。
「痛っ――!」
相当痛かったらしくて、怒って投げ捨てられた。感覚過敏か。そういえば薬の副作用があるのを忘れていた。
――しばらく、キスもお預けかなあ。
これで、晴れてジュードと離れることができるわけで。とりあえずオレは田舎に帰るけど、最後に唇くらいは奪っていきたいものである。
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