19 / 32
本編
19話 エマがキレた
しおりを挟む
カーソン薬屋に帰ると、もうエマの両親が到着していた。
――早いな。すごく心配してたんだろうな。
簡単な挨拶を交わして、一旦ジュードと一緒に部屋へ戻ろうとすると、母親の方に呼び止められた。
「リヒトくん」
黒髪と紅紫色の瞳の、凛とした人だ。ジュードは先に行ってしまったので、一人で立ち止まる。
「はい?」
「エマから話は聞いたわ。ジュードのそばにいてくれて――あの子の味方でいてくれて、ありがとう」
すぐには、言葉が出てこなかった。目を瞬きながら「あ、いえ……」としか言えないオレに、彼女は微笑む。
「ジュードは、精神的にも強いけれど――お兄さんに裏切られて、長い間ほとんど全ての感覚がないまま生きていて、平気なはずがないもの。あなたの存在が、救いになっていると思う」
また、上手い言葉が見つからない。
自然と出てきたのは「なってるといいな」という、無意識的なつぶやきだった。
あいつのことは、嫌いなところもたくさんあるけど。結局、オレの心は、そこに行き着いてしまっているらしかった。
エマの両親は、オレが寝る時までジュードと一緒にいることに驚いていた。それはそうだ。はじめはオレだって、そんな必要ないだろうと思っていた。
しかも今日なんて、わりと「許せねえ、くそ!」な気持ちなのだが、ここで背を向けたら負けな気がしてベッドの上ではジュードと向き合ってやった。気まずいから、たぶん睨んでいたと思う。
それから目を閉じて、じっとしていると――不意に、耳を触られる感覚。
「っ……」
これだけのことで、肩がぴくりと跳ねてしまう。次は何をされるのかと身構える。
でも、耳を少しなでただけで、ジュードはそれ以上なにもしてこなかった。
――ん……あれ? これだけ?
ただ抱え込まれているだけの状況が、もどかしく感じてしまう。
――なんで触ってこないんだよ、遠慮してるわけ? てか、遠慮とかできる人間だったのかよ……! お前は、いっつもオレを好き勝手してさあ! そのせいで、お前のせいで……っ!
触ってほしい。そんな言葉が脳裏をよぎる体になってしまった。
実際は、とても口にはできなかったけど。ここでねだってしまったら、ずるずると体だけの関係を続けてしまいそうだったから。
それでもいいと、オレはまだ割り切れない。
――くそっ……。
内心で悪態をついて、ジュードの胸に顔をうずめるのがやっとだった。
◇◇◇
次の夜も、また次の夜も、ジュードはオレにほんの少し触れるだけだった。耳とか、うなじとか、そういうところだけで決して服の中に手を入れたりしなかった。――まあ、エマの両親も同じ階で過ごしている今、あんまり変なところを触られて、あられもない声を聞かれても困るわけだけど。
オレの方も、なにかを仕掛けるでもなく大人しく眠っている。――正確には、昼間の特訓が厳しすぎて力尽きているのだ。こいつ、やっぱりオレのこと嫌いなんじゃないのかってくらい容赦なく、強い魔物がいる場所に放り込まれる。あと、ジュードに関してはオレとの連携が上手く行かなかった時に痛い目を見ているので、高確率で二人分の回復薬が消費されていく。
ある日、新しい回復薬をもらいに行ったら、ついにエマがキレた。低い声で静かに怒るタイプの人だった。
「いい加減にして。回復薬に頼る前提で怪我をしてこないで。材料にも私の魔力にも限りがあるし、何より二人の体に負担がかかるの。治ればいいってものじゃないの。わかってる?」
ジュードが、小さくうなずく。
「すまん……こいつが鈍間だから……」
オレのせいにされた。いや、お前のせいだからな。
「ごめんね、エマ。こいつが加減ってもんを知らないから……」
「本当に反省してる? 二人に言ってるんだけど」
怖い。というかオレも、なんでこんなに扱かれてるのか疑問なんです、許して。
なんとか回復薬をもらって、部屋へ戻る。色々大変でなあなあにしてきたけど、そろそろこの厳しい特訓の真意を聞かせてもらおう。
「なあジュード、ここまでする必要あるのか? 本気で王太子の言うこと聞いて、ダンジョン最深部に行くつもり?」
ジュードは、オレの手をつかんだまま、魔力で作動する暖炉に熱を灯す。
「俺は、あいつの言うことを信用してない。最深部にあるのは、地下資源の採掘場なんかじゃないと思ってる」
「じゃあ、他に王太子が求めてるものって……」
「封印された、呪い竜マディクシオン」
確信を持った口調で、ジュードは言った。力の一部を手にした王太子が、更にその先を求める理屈はわかるけども。
「あいつ、これ以上、一体なにをしようっていうんだ?」
王位を自分のものにするために、身内すら手にかけようとする男だ。マディクシオンそのものが利用されることになれば、被害の大きさは計り知れない。
上着を脱ぎながら、ジュードは眉をひそめた。
「さあな。安全に管理するなんて、まともな思考があればいいが――どの道、俺たちは先にマディクシオンを見つけて始末するだけだ」
「それって……国のために、抑止力として保有する話になっても? もしかして、マディクシオンが生きたまま封印されてるのって、そういう目的だったんじゃないか?」
「その可能性は高い、が。それだと呪いが残って、お前が一生俺に付きまとうことになるだろうが。却下だ、却下」
すごく個人的な事情で却下してる。こいつ、一応、王族だよな?
ジュードは、裂けたり血で汚れたりした上着をカゴに放って、廊下に出る間際に振り返る。
「お前も、早くこの生活から解放されたいだろ? 加減が~とか文句言ってないで、さっさと強くなれ」
そのまま、一人で風呂に行ってしまう。
――あいつ……! あの言い方、そんなにオレと離れたいわけ? やっぱり女の子の方がよくなったとか? 最近、狭いとか言って風呂も一緒に入ってくれないし! いや、別にいいんだけど!
そっちがその気なら、と、闘志が燃えてくる。
――今に見てろよ。めちゃくちゃ強くなって、サクッと呪いを解いて吠え面かかせてやる~ッ!
◇◇◇
オレのやる気に比例してエスカレートするジュードの特訓。溜まっていく欲求を全てそれにぶつける生活を送っていたある日、なんの前触れもなく、第二王子のセージがオレたちのいる薬屋を訪れた。
今度の変装は、どう見ても怪しいローブ姿ではなく、町娘みたいな女装をしてきていて――
――この国の王子に、無難なやつはいないのか?
と、思わざるをえなかった。
(ちなみに、めちゃくちゃ可愛かった)
――早いな。すごく心配してたんだろうな。
簡単な挨拶を交わして、一旦ジュードと一緒に部屋へ戻ろうとすると、母親の方に呼び止められた。
「リヒトくん」
黒髪と紅紫色の瞳の、凛とした人だ。ジュードは先に行ってしまったので、一人で立ち止まる。
「はい?」
「エマから話は聞いたわ。ジュードのそばにいてくれて――あの子の味方でいてくれて、ありがとう」
すぐには、言葉が出てこなかった。目を瞬きながら「あ、いえ……」としか言えないオレに、彼女は微笑む。
「ジュードは、精神的にも強いけれど――お兄さんに裏切られて、長い間ほとんど全ての感覚がないまま生きていて、平気なはずがないもの。あなたの存在が、救いになっていると思う」
また、上手い言葉が見つからない。
自然と出てきたのは「なってるといいな」という、無意識的なつぶやきだった。
あいつのことは、嫌いなところもたくさんあるけど。結局、オレの心は、そこに行き着いてしまっているらしかった。
エマの両親は、オレが寝る時までジュードと一緒にいることに驚いていた。それはそうだ。はじめはオレだって、そんな必要ないだろうと思っていた。
しかも今日なんて、わりと「許せねえ、くそ!」な気持ちなのだが、ここで背を向けたら負けな気がしてベッドの上ではジュードと向き合ってやった。気まずいから、たぶん睨んでいたと思う。
それから目を閉じて、じっとしていると――不意に、耳を触られる感覚。
「っ……」
これだけのことで、肩がぴくりと跳ねてしまう。次は何をされるのかと身構える。
でも、耳を少しなでただけで、ジュードはそれ以上なにもしてこなかった。
――ん……あれ? これだけ?
ただ抱え込まれているだけの状況が、もどかしく感じてしまう。
――なんで触ってこないんだよ、遠慮してるわけ? てか、遠慮とかできる人間だったのかよ……! お前は、いっつもオレを好き勝手してさあ! そのせいで、お前のせいで……っ!
触ってほしい。そんな言葉が脳裏をよぎる体になってしまった。
実際は、とても口にはできなかったけど。ここでねだってしまったら、ずるずると体だけの関係を続けてしまいそうだったから。
それでもいいと、オレはまだ割り切れない。
――くそっ……。
内心で悪態をついて、ジュードの胸に顔をうずめるのがやっとだった。
◇◇◇
次の夜も、また次の夜も、ジュードはオレにほんの少し触れるだけだった。耳とか、うなじとか、そういうところだけで決して服の中に手を入れたりしなかった。――まあ、エマの両親も同じ階で過ごしている今、あんまり変なところを触られて、あられもない声を聞かれても困るわけだけど。
オレの方も、なにかを仕掛けるでもなく大人しく眠っている。――正確には、昼間の特訓が厳しすぎて力尽きているのだ。こいつ、やっぱりオレのこと嫌いなんじゃないのかってくらい容赦なく、強い魔物がいる場所に放り込まれる。あと、ジュードに関してはオレとの連携が上手く行かなかった時に痛い目を見ているので、高確率で二人分の回復薬が消費されていく。
ある日、新しい回復薬をもらいに行ったら、ついにエマがキレた。低い声で静かに怒るタイプの人だった。
「いい加減にして。回復薬に頼る前提で怪我をしてこないで。材料にも私の魔力にも限りがあるし、何より二人の体に負担がかかるの。治ればいいってものじゃないの。わかってる?」
ジュードが、小さくうなずく。
「すまん……こいつが鈍間だから……」
オレのせいにされた。いや、お前のせいだからな。
「ごめんね、エマ。こいつが加減ってもんを知らないから……」
「本当に反省してる? 二人に言ってるんだけど」
怖い。というかオレも、なんでこんなに扱かれてるのか疑問なんです、許して。
なんとか回復薬をもらって、部屋へ戻る。色々大変でなあなあにしてきたけど、そろそろこの厳しい特訓の真意を聞かせてもらおう。
「なあジュード、ここまでする必要あるのか? 本気で王太子の言うこと聞いて、ダンジョン最深部に行くつもり?」
ジュードは、オレの手をつかんだまま、魔力で作動する暖炉に熱を灯す。
「俺は、あいつの言うことを信用してない。最深部にあるのは、地下資源の採掘場なんかじゃないと思ってる」
「じゃあ、他に王太子が求めてるものって……」
「封印された、呪い竜マディクシオン」
確信を持った口調で、ジュードは言った。力の一部を手にした王太子が、更にその先を求める理屈はわかるけども。
「あいつ、これ以上、一体なにをしようっていうんだ?」
王位を自分のものにするために、身内すら手にかけようとする男だ。マディクシオンそのものが利用されることになれば、被害の大きさは計り知れない。
上着を脱ぎながら、ジュードは眉をひそめた。
「さあな。安全に管理するなんて、まともな思考があればいいが――どの道、俺たちは先にマディクシオンを見つけて始末するだけだ」
「それって……国のために、抑止力として保有する話になっても? もしかして、マディクシオンが生きたまま封印されてるのって、そういう目的だったんじゃないか?」
「その可能性は高い、が。それだと呪いが残って、お前が一生俺に付きまとうことになるだろうが。却下だ、却下」
すごく個人的な事情で却下してる。こいつ、一応、王族だよな?
ジュードは、裂けたり血で汚れたりした上着をカゴに放って、廊下に出る間際に振り返る。
「お前も、早くこの生活から解放されたいだろ? 加減が~とか文句言ってないで、さっさと強くなれ」
そのまま、一人で風呂に行ってしまう。
――あいつ……! あの言い方、そんなにオレと離れたいわけ? やっぱり女の子の方がよくなったとか? 最近、狭いとか言って風呂も一緒に入ってくれないし! いや、別にいいんだけど!
そっちがその気なら、と、闘志が燃えてくる。
――今に見てろよ。めちゃくちゃ強くなって、サクッと呪いを解いて吠え面かかせてやる~ッ!
◇◇◇
オレのやる気に比例してエスカレートするジュードの特訓。溜まっていく欲求を全てそれにぶつける生活を送っていたある日、なんの前触れもなく、第二王子のセージがオレたちのいる薬屋を訪れた。
今度の変装は、どう見ても怪しいローブ姿ではなく、町娘みたいな女装をしてきていて――
――この国の王子に、無難なやつはいないのか?
と、思わざるをえなかった。
(ちなみに、めちゃくちゃ可愛かった)
143
お気に入りに追加
322
あなたにおすすめの小説

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。
彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。
……あ。
音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。
しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。
やばい、どうしよう。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

30歳まで独身だったので男と結婚することになった
あかべこ
BL
4年前、酒の席で学生時代からの友人のオリヴァーと「30歳まで独身だったら結婚するか?」と持ちかけた冒険者のエドウィン。そして4年後のオリヴァーの誕生日、エドウィンはその約束の履行を求められてしまう。
キラキラしくて頭いいイケメン貴族×ちょっと薄暗い過去持ち平凡冒険者、の予定

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目
カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる