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本編

14話 本当に王都は怖いところ

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 オレがいれば――つまり、限定的でも解呪の能力があれば、薬なしでも生活はできるということだ。わかってる。なのに、一瞬、勘違いしそうになった。自分自身を求められているのだと、都合よく解釈しそうになった。

 表通りに出る前、ジュードはこちらに体を寄せて声をひそめる。

「通りで兄様と騒いでいたのが第二王子だと、絶対誰かが気づいてる。未公表の王子がいるなんて噂が広まれば、ヨハンが俺の生存に思い至りかねない。今までは、素性が知れてる母親と別居して、ナハト姓すら名乗らずにいたから見つからなかったんだ。今回はさすがに捜索に繋がる」
「ん……でも、オレ、初対面の時にそう名乗られたけど」
「あれは、近くに置くなら確認しておこうと思ったんだ。俺の名前を聞いて、変な反応をしたら監禁して使うつもりだった」
「怖っ! 今その情報出す必要あった? 信頼度が十くらい下がったんだけど」

 いや、こんな馬鹿な話をしてる場合じゃない。状況の整理だ。

「えっと? それで、いつ出発するんだ?」
「そうだな、まず両親を呼び戻してエマと合流させて――いや、数日くらい一人でも暮らせるか? ああでも、あいつ前にストーカーがいたしな……」

 たぶんそのストーカーは、ジュードに何かされて姿を消したのだろう。この世から消えている可能性もある。

「あの、ジュード、とにかく急ぎでってことね? じゃあ、ギリギリまで呪い竜について調べておくから。あー、今からでも図書館に行こうかな。帯剣禁止だから、これ持って帰って。あっ、一人で帰れる?」
「は? 馬鹿にしてるのか」
「してないよ! 面倒くさいやつだな……!」

 心配して損した。というか、手を引いてもガッチリつかまれたままだ。

「なあ、離してくれないと行けないんだけど。逃げないから大丈夫だって、夕飯までには帰るよ」

 そこまで言って、ようやく、ジュードは少しずつ力を弱めてオレの手を離した。

 オレは、軽く手をあげて、先に通りへ出る。

「じゃあ、またあとで」
「……ああ」

 険しい表情。図書館に行くときに、そんな顔で送り出されたのは初めてだ。

 ――そんなに信用ないかなあ、オレ。

 それでも、そばにいさせてくれるのなら、いつかはきっと。

 ――見てろよ。オレを侮ったこと、後悔させてやる。

 ◇◇◇

 全力で調べ物をしたけど、何も見つかりませんでした。

 窓の外から、結構激しめの雨の音が聞こえる。

「うわ、急に降ってきたな。傘持ってくればよかった~」

 図書館から出ると、軒下に小鳥が一羽いた。

「おっ。お前も雨宿り?」

 よく見ると、セージの近くにいた小鳥と同じ種類だった。さすがに同個体かはわからない。

 そして、人気のないすぐ前の道には、カーテンの引かれた馬車が一台停まっていた。中から、騎士と思しき屈強な男が降りてきて、開いた傘を丁寧に差し出してくれる。

「お待ちしておりました。セージ殿下が、お話をされたいそうです」
「えっ? あっ、はい、どうも――」

 傘に入れてもらって、導かれるまま馬車に乗り込む。

 ――オレと話を? わざわざ迎えに?

「失礼いたします」

 中に入ってみると、いた。セージじゃなくて、王太子のヨハンスクラートが。

「違うじゃん!!!!!?」

 すぐに脱走しようとしたら、騎士に突き飛ばされて床に転がる。

「っ――!」

 左腕をつかみ上げられ、ガシャンと音がしたかと思うと手錠をかけられていた。反対側は、騎士の男(めちゃくちゃ屈強)が持っている。

 ――あっ、コレまずい! しくじった! というか、なんでオレ!? ジュードと一緒にいたから!? バレるの早すぎない!?

 いつのまにか王太子の肩にいる小鳥が、ピョロロロと小馬鹿にしたような声でさえずる。

 ――くそっ、あいつの使い魔かよ!

 王太子の赤い瞳が、冷たくこちらを見下ろしている。

「落ち着け。危害を加えたいわけじゃない」

 つまり、抵抗したらただでは済まないのだろう。

「……失礼いたしました。はは」

 とりあえず、無害そうにしておこう。

 左腕に手錠をつけられたまま、王太子の斜め前に座る。魔力を封じる機能があるようで、身体強化もかけられなかった。まあ、オレの隣には騎士がいて、常に目を光らせているから仮に魔法が使えたところで……といった感じだけど。

「リヒト、といったか。ジュエルウィードはなぜ生きている?」

 ドキリとする質問だ。予想はしていたけど。

 ――やっぱり、バレてるよな。使い魔越しに会話を聞かれてる? どこまでなら嘘をついても大丈夫なんだろう。

 軽く、探りを入れてみることにした。

「ご存知だったのですね、弟君が生きていると」
「未だに信じられないがな。セージが不審な動きをしていたから監視をつけてみれば……アレはなんだ? 亡霊でも見せられているのか?」

 ――警戒してる。だから直接向こうに接触しなかったのか。

「ええと……オレはたしかに彼の友人ですが、今まで何があったかはほとんど知らないんです。彼は自分のことを、あまり話してくれませんから。実は王族だったなんて、今日はじめて知ったくらいです」
「……そのようだったな」

 ――そこも見てたか。知ってるのは、セージと会った後のやり取り全てか?

 王太子の質問が、それを裏付けた。

「薬、というのはなんだ? それで呪いをどうにかしているのか」

 とっさに、半分だけ嘘をついた。

「そうですね。薬がないと、細かい動きがしづらいと言っていました」
「他に、制限されていることは?」
「他、ですか。うーん……薬があっても、魔法は身体強化ができるくらいと言っていたような……いや、すみません、定かではないです」

 こいつの知っている内容と矛盾はないだろうか。正直、どんな会話をしていたかなんてあまり覚えていない。ジュードが呪いにいくらか耐性があるように見せかけて、手を出しづらくするつもりだったけど、ボロが出ていそうで怖い。

 ――あまり従順でも疑われるな。帰りたがるか。

「あの、そろそろ失礼してもよろしいでしょうか……?」
「いや、君にはジュエルウィードを城まで連れて行く手伝いをしてもらいたい」
「……それは……」
「友人だからできない、と言いたいのか? もちろん謝礼は用意する。一生働かずとも生活できる額を渡そう。望むなら領地と公爵位も与える」

 思わず、口を開けてぽかんとしてしまった。

 ――うわ、王族相手は見返りが凄まじいな……!? これはジュードが売られると警戒するわけだ。普通に魅力的すぎる。

 でも、オレにだって意地がある。

「あの……ちなみに、断ったらどうなるんですか?」
「悪いが、君には人質になってもらう」

 ――そう来るかあ……。

「うーん……あの、お手数ですが、人質でお願いします……」

 なんで、こんなことを頼んでるんだろう。

 ◇◇◇

「理解できないな。なぜ、わざわざ人質なんかに?」

 至極真っ当な疑問を、王太子に尋ねられる。
 城に連れて行かれたオレは、塔の最上階の部屋で、天蓋付きベッドの支柱に手錠で繋がれた状態になっていた。

 ふかふかのベッドに座ってもよし。それなりの扱いをしてくれる、お優しい王太子様に、これは正直に答えてやる。

「ジュエルウィードは、オレを助けに来ないと思うので」
「ほう……?」

 王太子がオレのあごをつかんで、顔を上げさせ瞳をのぞき込む。距離感がおかしいのは血筋か?

「ふん……なにか企んでいるわけではなさそうだな」
「そんな、滅相もない」
「しかし、それでは……きみに、ダンジョンへ潜ってもらわなければならないな」

 思いがけない言葉だった。ジュードを秘密裏に処分するために、城へ連れてこさせたいんじゃないのか?

 目を瞬くオレに、王太子は付け加える。

「もちろん単身でとは言わない。ちょうど、こちらで身柄を預かっている適任者がいてな。名前は、たしか――アンテル、とか言ったか」
「……!?」

 どうして。どうしてここで、その名前が出てくるんだ。
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