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本編
9話 今日は良い天気!
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晴天の下、城のバルコニーに、国王夫妻と二人の王子が立っている。それを大勢の人だかりの後ろから見ているから、全員金髪だなあくらいしかわからなかったけど。
「うーん、まあ、声は聞こえるしいっか」
そう呟くと、横から双眼鏡が差し出された。見ると、以前アンテルたちにインタビューをしていた記者がニコニコと笑っている。
「あっ、あの時の!」
「いやあ、奇遇ですねえ。先日は、面白いネタをありがとうございました!」
――それ、オレが殺されかけた件なんだけど。このおじさんの倫理観どうなってんの。
まあ、彼が書いた記事のおかげでアンテルたちの殺人未遂が明るみに出たわけだし、よしとしよう。
「こちらこそ、助かりました。これ、借りても?」
「はい、どうぞ!」
双眼鏡でバルコニーを見ると、やけに綺麗な顔の王太子――ヨハンスクラート・フォン・グランディオスが見えた。赤い目は冷たい印象だったけど、口元は微笑んでいる。
隣には、少し背が低くて優しい顔立ちの第二王子が立っている。たしか、セージ・フォン・グランディオス。丸っこい緑の目は、子どもみたいで可愛らしい。オレよりは年上だったと思うけど。
双眼鏡をエマに渡すと、記者は大袈裟に残念そうな顔をしてみせた。
「いやあ、本当は、ゆっくりお話を聞きたいところなんですが。これから人と会う約束があるので、これにて失礼します」
エマに双眼鏡を返された彼は、会釈をしてどこかへと行ってしまった。
王族たちも、バルコニーを後にする。
引き続き露店を回っていると、エマが急に真剣な顔をして話を切り出した。
「あの、リヒトさん。うちでの暮らしは、不便ではないですか? ジュードと一緒にいるの……大変だったり、しませんか?」
――めちゃくちゃ大変だけど。
ベッドで何をされてるかなんて口が裂けても言えないから、笑っておく。
「ん? 大丈夫だよ」
「そうですか……よかったです。私の力じゃ、ジュードの呪いを緩和するのが精一杯だから……本当に、ありがとうございます」
本人にだって礼なんて言われたことないのに。優しい上に謙遜までしてる。
「あはは、オレはなんにもしてないよ。というか、あいつが使ってる薬、エマにしか作れないって聞いたよ。めちゃくちゃ優秀じゃん!」
「えっと、完全にジュードの体に合わせてあるので、他の薬師が作れないだけなんですが……ありがとうございます」
「いやあ、すごいって! ジュードのために色々工夫してるんでしょ? 愛だなあ~あいつが羨ましいよ」
本当に。こんなに大切に想ってくれる恋人がいるなんて。
「オレ、二人のこと応援してるね!」
ちょっと、語尾が震えそうになった。大丈夫だったろうか。
――本当はオレが、
なんて、思いたくない。
エマは、不思議そうに目を瞬いて、首を傾げながら「ありがとうございます……?」と言った。あれ? なんだろう、その反応は。
「あの、二人って、付き合ってるんだよね……?」
「えっ? ジュードが、そう言ったんですか?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
――まさか、違う? まだ付き合ってない?
期待で、勝手に胸がふくらんだ。
エマは、おかしそうに肩を揺らして笑う。
「いえ。私たち、兄妹なんです」
「……!」
嬉しい。駄目だ、嬉しい。二人の間にあるのは、家族愛だったんだ。恋愛感情じゃない。
ジュードに、恋人なんて、いないかもしれない。
つい、笑顔で返答する。
「そうなの!? えっ? いや、苗字が違うからてっきり」
「ああ、それは――えっと、私も詳しいことは知らないし、どこまで話していいかもわからないので……ジュードに、直接聞いてみてください」
彼女は、とても穏やかな表情で続けた。
「ジュードは、少し人間不信なところがあるけど……リヒトさんになら、話してくれるような気がします」
――こっちはそんな手応え、全く感じてないけど。うん、聞いてみよう。
とりあえず、残りの時間、お祭りを全力で楽しむことにした。
今日は、本当に良い天気だ。
◇◇◇
夕食を作っているジュードの手伝い、もとい背中に直接触れて解呪をしながら、昼間のことを聞いてみた。まずは当たり障りないところから。
「なあジュード、お前とエマって付き合ってるわけじゃないらしいな」
「は……? そもそも、そんな話はしてないだろ」
「いや、そうなんだけど。この前とか、手を繋いでたしさ」
「あー、それは……ただの補助だよ。前に俺がチンピラとぶつかって殴り合いになりかけたことがあって……心配だって言って聞かないから」
「すでにやらかしてた」
「俺はちゃんと謝ったんだ。一応」
「愛想がないからなあ……」
「お前はヘラヘラしてるからアンテルとかいう胡散臭いやつに付け込まれるんだ。馬鹿じゃないのか」
危ない、殴り合いを始めるところだった。本題に入ろう。
「てかさ、お前とエマって、なんで苗字が違うの? 嫌なら答えなくていいんだけどさ」
「…………」
ジュードは、やっぱり答えてくれない。
かと思いきや、刻んだ野菜を鍋に入れると、使っていたナイフを置いて神妙な面持ちでこちらを見た。
「リヒト。お前は、これを聞いても、俺を裏切らないと誓うか?」
「……え?」
急に改まって、そんなことを確認されるなんて。よほど、裏切った方が得策な事情なのだろうか。
――なにがあっても、お前の味方だよ。……って言えば、少しは気に入ってくれるかな。いや……。
そんな上っ面だけの繋がりなんて、こいつは求めてないだろう。
「……わからないな、それは聞いてみないと。お前が悪いならどこへだって突き出すし、そうじゃないなら味方でいるよ」
ジュードは、こちらの目をじっと見つめると、近くにあったイスを引いて腰かけた。
「そうだな、まず――」
そして、自分のことを、ひとつひとつ語り始めた。
「うーん、まあ、声は聞こえるしいっか」
そう呟くと、横から双眼鏡が差し出された。見ると、以前アンテルたちにインタビューをしていた記者がニコニコと笑っている。
「あっ、あの時の!」
「いやあ、奇遇ですねえ。先日は、面白いネタをありがとうございました!」
――それ、オレが殺されかけた件なんだけど。このおじさんの倫理観どうなってんの。
まあ、彼が書いた記事のおかげでアンテルたちの殺人未遂が明るみに出たわけだし、よしとしよう。
「こちらこそ、助かりました。これ、借りても?」
「はい、どうぞ!」
双眼鏡でバルコニーを見ると、やけに綺麗な顔の王太子――ヨハンスクラート・フォン・グランディオスが見えた。赤い目は冷たい印象だったけど、口元は微笑んでいる。
隣には、少し背が低くて優しい顔立ちの第二王子が立っている。たしか、セージ・フォン・グランディオス。丸っこい緑の目は、子どもみたいで可愛らしい。オレよりは年上だったと思うけど。
双眼鏡をエマに渡すと、記者は大袈裟に残念そうな顔をしてみせた。
「いやあ、本当は、ゆっくりお話を聞きたいところなんですが。これから人と会う約束があるので、これにて失礼します」
エマに双眼鏡を返された彼は、会釈をしてどこかへと行ってしまった。
王族たちも、バルコニーを後にする。
引き続き露店を回っていると、エマが急に真剣な顔をして話を切り出した。
「あの、リヒトさん。うちでの暮らしは、不便ではないですか? ジュードと一緒にいるの……大変だったり、しませんか?」
――めちゃくちゃ大変だけど。
ベッドで何をされてるかなんて口が裂けても言えないから、笑っておく。
「ん? 大丈夫だよ」
「そうですか……よかったです。私の力じゃ、ジュードの呪いを緩和するのが精一杯だから……本当に、ありがとうございます」
本人にだって礼なんて言われたことないのに。優しい上に謙遜までしてる。
「あはは、オレはなんにもしてないよ。というか、あいつが使ってる薬、エマにしか作れないって聞いたよ。めちゃくちゃ優秀じゃん!」
「えっと、完全にジュードの体に合わせてあるので、他の薬師が作れないだけなんですが……ありがとうございます」
「いやあ、すごいって! ジュードのために色々工夫してるんでしょ? 愛だなあ~あいつが羨ましいよ」
本当に。こんなに大切に想ってくれる恋人がいるなんて。
「オレ、二人のこと応援してるね!」
ちょっと、語尾が震えそうになった。大丈夫だったろうか。
――本当はオレが、
なんて、思いたくない。
エマは、不思議そうに目を瞬いて、首を傾げながら「ありがとうございます……?」と言った。あれ? なんだろう、その反応は。
「あの、二人って、付き合ってるんだよね……?」
「えっ? ジュードが、そう言ったんですか?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
――まさか、違う? まだ付き合ってない?
期待で、勝手に胸がふくらんだ。
エマは、おかしそうに肩を揺らして笑う。
「いえ。私たち、兄妹なんです」
「……!」
嬉しい。駄目だ、嬉しい。二人の間にあるのは、家族愛だったんだ。恋愛感情じゃない。
ジュードに、恋人なんて、いないかもしれない。
つい、笑顔で返答する。
「そうなの!? えっ? いや、苗字が違うからてっきり」
「ああ、それは――えっと、私も詳しいことは知らないし、どこまで話していいかもわからないので……ジュードに、直接聞いてみてください」
彼女は、とても穏やかな表情で続けた。
「ジュードは、少し人間不信なところがあるけど……リヒトさんになら、話してくれるような気がします」
――こっちはそんな手応え、全く感じてないけど。うん、聞いてみよう。
とりあえず、残りの時間、お祭りを全力で楽しむことにした。
今日は、本当に良い天気だ。
◇◇◇
夕食を作っているジュードの手伝い、もとい背中に直接触れて解呪をしながら、昼間のことを聞いてみた。まずは当たり障りないところから。
「なあジュード、お前とエマって付き合ってるわけじゃないらしいな」
「は……? そもそも、そんな話はしてないだろ」
「いや、そうなんだけど。この前とか、手を繋いでたしさ」
「あー、それは……ただの補助だよ。前に俺がチンピラとぶつかって殴り合いになりかけたことがあって……心配だって言って聞かないから」
「すでにやらかしてた」
「俺はちゃんと謝ったんだ。一応」
「愛想がないからなあ……」
「お前はヘラヘラしてるからアンテルとかいう胡散臭いやつに付け込まれるんだ。馬鹿じゃないのか」
危ない、殴り合いを始めるところだった。本題に入ろう。
「てかさ、お前とエマって、なんで苗字が違うの? 嫌なら答えなくていいんだけどさ」
「…………」
ジュードは、やっぱり答えてくれない。
かと思いきや、刻んだ野菜を鍋に入れると、使っていたナイフを置いて神妙な面持ちでこちらを見た。
「リヒト。お前は、これを聞いても、俺を裏切らないと誓うか?」
「……え?」
急に改まって、そんなことを確認されるなんて。よほど、裏切った方が得策な事情なのだろうか。
――なにがあっても、お前の味方だよ。……って言えば、少しは気に入ってくれるかな。いや……。
そんな上っ面だけの繋がりなんて、こいつは求めてないだろう。
「……わからないな、それは聞いてみないと。お前が悪いならどこへだって突き出すし、そうじゃないなら味方でいるよ」
ジュードは、こちらの目をじっと見つめると、近くにあったイスを引いて腰かけた。
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