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本編

8話 距離感が狂ってる

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 呪いについて、取り立てて何もわからなかったことについて、ジュードは「まあ、そうだよな」としか答えなかった。明日も調べに行くと告げて、その話は終わり。

 夜、またいつものように二人でベッドに入って、後ろから色んな所の手触りを確かめられる――と、思ったら。

 突然、耳たぶを唇で挟まれた。

「ひっ……!? なっ、なに!?」
「いや……指以外も試してみるかと思って」
 ――なにそれ……!? 感情が追いつかないよ……!

 もしかして、今日、オレの耳からスライムを吸い出した時に何かに目覚めてしまったのだろうか。怪我の功名……じゃない、大迷惑だよ。滅びろスライム。これを平気なフリして耐えろって?

 ジュードは、オレのあごをつかんで固定すると、再び唇で耳たぶを食み始めた。

 あたたかくて、やわらかくて、しめった心地良い圧迫感。何度も、何度も。ぞくぞくする。呼吸が速くなる。吐息が、耳にかかる。

 ダメだ、声が漏れる。

「っ、うぅ……はあ、はあ……」

 ようやく解放されたかと思ったら、とんでもないことを指摘された。

「……お前、本当に抵抗しないよな。良いのか、これが」
「は――はあ!? なに言ってんの!?」

 と言いつつ、否定できない。しどろもどろになる。

「こっ、これはぁ! 仕方なく! お前に借りがあるから!」
「その割には、最近甘ったるい声を出すよな」
「っ~~!?」

 バレてる。普通にバレてる。でも、認めたらおしまいだ。虚勢を張るんだ。

「それはぁ! 他にそういう相手がいないから! お前だって仕方なくオレを触ってんだろうが! 同じだよ! ちょっと顔が良いからって自惚れんな!」
「へえ……。なら、本当に借りを返すために付き合ってるんだな?」
「っ、そうだよ! 他に何があるんだよ!」
「……はっ。お人好しだな」

 鼻で笑われた。

 ――じゃあなんだよ、オレはお前に触られるのが嬉しいとでも言えばよかったのかよ……! 彼女がいる人間にそれはないだろ。てか、別に嬉しくなんかないからな……!

 明日こそは。無理なら図書館に通い詰めてでも、呪いについての情報を得よう。
 故郷に帰った時に、こいつなしじゃ満足できない体になっていたりしたら洒落にならない。

 ◇◇◇

 図書館に通いすぎて、司書さんに顔と目的を覚えられた。
 それで、とある民間伝承に呪いについて記述があると教えてもらい、件の古い冊子を手に取った。項目のひとつに『呪い竜と大聖者』とある。
 内容は、こんな感じだ。

 昔、マディクシオンという名の竜がいた。当時の王は、その呪いの力を利用して周辺諸国を弱体化させ、侵略しようと目論みた。
 強い呪いには、生贄が要る。王は、一人の少年にマディクシオンの鱗を飲ませて牢に繋ぎ、これを贄とした。生かさず殺さずの責め苦を受け続けた少年の苦しみが、マディクシオンの力を引き出し周辺の国々に呪いを振りまく。
 しかし、無垢だった少年はついに、自分の国や王族たちを恨むようになった。そして、彼と同調したマディクシオンは少年の国を滅ぼしかける。
 そこに、天恵を持って生まれた大聖者が現れ、マディクシオンの暴走を止める。しかし、同時に、マディクシオンから解呪の力を封じられた。
 こうして、呪い竜と大聖者のいない世界に、新しい文明が芽生え始めた。

 ――これ、作り話じゃないのか……? 生贄とか、結構えぐいこと書いてるけど……もし、これが本当だとすると。

 おそらく普通の魔物とは比べ物にならない、強力な呪いをかける竜マディクシオン。それが、実は生存、もしくは新たに同族が出現していたとしたら?

 早速、オレはジュードの元に帰って、この話を語って聞かせた。

 しばらく考え込んだジュードは、真剣な表情でつぶやく。
「呪い竜……そうか」
「なにかわかった? お前にかかってる呪いが、そいつの力だとか」
「ああ、可能性としてはあり得る……合点がいった、というところか」

 相変わらず、まともには話してくれないけど。ジュードはオレの頭に手をぽんと置くと、わしゃわしゃ雑になでた。
 そして、ちょっとぶっきらぼうに言う。

「よくやった」
「っ、な……べ、別に? 見つけたのも、オレじゃなくて司書さんだし。……あ、ちゃんと探してる理由は適当な嘘ついといたから」

 呪いを解きたい、という至極真っ当そうな理由さえ他言してはいけないらしい。その理由もまた教えてくれないくせに、頭なんかなでるんじゃない。そわそわするだろ。

 調子が狂うから、無理やり話を変えておく。

「そういえば、帰ってくる途中で祭りの準備みたいなのを見たけど、なにかあるのか?」
「あ? そりゃ、建国記念日が近いからだろ」
「あっ、王都ってちゃんとお祭りやるんだ……! へえ~すごそう、案内してよ!」
「なんでだよ。俺は行かない」
「え~っ! じゃあいいよう、一人で行くから!」

 いや、なんで祭りに誘ったんだ、オレ。こいつに連れ回されてるから、感覚がおかしくなってる。

 ◇◇◇

 祭りの当日。一人で出かけようとしたら、店内を掃除していたエマが手を止めて声をかけてきた。

「あれ、リヒトさん、お祭りに行かれるんですか?」
「うん! なにか、お土産買ってこようか?」
「あ、いえ。今日はお店も休みなので、よかったら一緒に行ってもいいですか?」
「わぁっ、本当!? やった~行こ行こ!」

 外は、いつにも増して人が多くて、通りには屋台がいくつも並んでいた。色んな料理にお菓子、工芸品、射的などなど。見ているだけでも楽しくて、次から次へと目移りしてしまう。

「わ~見て見て! あの飴細工すごい!」

 エマを振り返ったら、いなかった。後ろの方で、人混みに流されそうになってあたふたしている。

「わっ、ごめん! 歩くの速かったね!」

 急いでエマの所まで行って、手を握る。
 その時はなんにも考えてなかったけど、彼女が「あ、いえ、すみません」と言いながら手元を見て目を瞬いていたから、やっと気付いた。

「あっ、ごめん、勝手に握って……!」
「いえ、そんな、お気になさらず」

 エマが大丈夫でも、ジュードにバレたら怒られるどころではないかもしれない。どこかで見張ってないだろうな……?

 それにしても、

 ――エマの手、小さかったな……。身長は、平均より高いと思うけど……やっぱり、女の子だから?

 小さくて、やわらかくて、すべすべしていて。

 ――どうしよう……。やばい、どうしよう……。胸が……全然、ドキドキしないな……!?

 というか、そう考えたら動悸と変な汗が出てきた。

 ――もしかして、オレ、もう既にジュードじゃないとダメな体に……!? やだやだやだ! オレの体を返して!(?)

「あの、リヒトさん? 大丈夫ですか?」
「へあっ!? あっ、うん、大丈夫! めちゃくちゃ大丈夫! 行こっかぁ!?」

 エマは、挙動不審になっているオレにも優しく微笑んでくれる。

「休みたくなったら、いつでも言ってくださいね」
「ハイ!」
「それじゃあ、お城の方に行ってみましょうか。そろそろ、式典で王族の方がお見えになりますよ」
「へえ~! オレ、生で見るのはじめて!」
「そうなんですね。お祭りの日は、こっそりお忍びで街に出られることもあるという噂なので、後ですれ違ったりするかもしれません」
「そっかあ。やっぱり王族も、祭りは楽しみなんだな」

 ――うんうん、わかるわかる。楽しいよな。……ジュードも、来ればよかったのに。人混みがダメなのかなあ。

 いけない。またあいつが脳内を占領しそうだったので、頭をぶんぶん振って追い出しておいた。
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