追放されたオレを拾ったやつが超カンジ悪い!

甘糖めぐる

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本編

5話 心臓がうるさい

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 王都にある緑地の中心部は、立ち入り禁止になっている。
 なのに、アンテルは、柵を越えてこちらに手を伸ばす。

「さあ、おいで、リヒト」
「う、うん……でも、ここって立ち入り禁止なんじゃ」
「そうだね。秘密の話だから、こういう場所がいいかと思って」

 後ろには、他のパーティーメンバー。前衛が一人に、魔法使いが二人。逃げられない。
 同じように柵を越えると、どうあっても人目につかないような奥地へと連れて行かれた。不安に耐えきれなくなって、自分から話を切り出す。

「ねえ、もしかして、昨日の話? あれは、ほら、仕方なかったって思ってるよ。足手まといになって、みんなを危険に晒したらいけないし。オレも、引き際の見極めをちゃんとできてなかったな~って」
「……そうか。リヒトは優しいね」
「あはは、だから……その、これから、同じようなことが起きなければいいからさ。約束してくれるんなら、誰にも言ったりしないよ」

 アンテルは、立ち止まると、オレの右肩に手を置いて笑った。

「どうして、それが信じられると思うんだい?」
「……あはは。やっぱり、ダメ?」

 反射的に笑い返したけど、もう、無理そうだ。

 アンテルが耳元でささやく。

「きみのことは、気に入っていたんだよ? いつも素直で明るくて、契約外の雑務も引き受けてくれるし、ダンジョン内では言われた通りに露払いだってしてくれる。本当にお人好しで……でも、残念だよ。きみがもっと強ければ、こんなことにはならなかったのに」

〈雷撃〉――続けて呟かれる途中で、とっさに手を振り払って飛び退く。魔法で生じた放電が体をかすめて、激しい痛みが走った。

「っ――本気で、口封じするつもりなんだな」
「ふふ、安心して。ちゃんとここに埋葬してあげるから」

 勝てない。一対一でも無理なのに、敵は他に三人もいる。

 ――どうして、また、同じやつを信じようとしたんだろうな。

 それを酷く後悔しながら――それでも、無駄だとわかっていても、逃げる算段をしていた時だった。

 木々の間、茂みを乗り越えて、機嫌の悪そうな男が出てくる。

「ったく、こんな奥まで行きやがって……」

 黒い髪に、紅紫色の瞳。

 ――ああ、

「ジュード……!」
「おい、リヒト。いつまで待たせるんだ」

 何も言えない。
 代わりに、アンテルが答える。

「ああ、ごめんなさい。すっかり話し込んでしまって」

 ここまで来ても、体面を保つつもりのようだ。攻撃の素振りを見せない。

 ――まだ……今からでも追い返せば、ジュードは助かるかもしれない……。二人でも、アンテルたちには勝てない。早く、ジュードだけでも……。

 そのことで頭がいっぱいだった。

 ――早く、追い返せ。大丈夫だと言え。早く……!

 なのに。
 それなのに、触れられそうな距離まで歩いてきたジュードを見上げると、急に縋りつきたい気持ちが湧き出てきた。

 怖い。死にたくない。一人になりたくない。

「ジュード……」

 震えた、か細い声が漏れる。

「助けて……っ」

 ジュードは、何も言わずに、オレの手首をつかんだ。

 アンテルが顔色を変える。

「リヒト……彼は関係ないだろう?」
「っ、そうだよ! オレが巻き込んだんだよ! ジュード、あいつらオレを殺そうとしてる!」
「その話は聞いてた」

 澄ました顔で言われた。知っていて、この場に出てきたんだ。

「――!」

 突然、剣を抜いたアンテルが斬りかかってきた。
 ジュードに腕を引かれ、すんでの所でかわす。剣先と共に、今まで見たこともないような、冷たい笑みを向けられていた。

「きみたちって、平民だよね。行方不明が二人に増えたところで、何も変わらないか」

 矢継ぎ早に、アンテルの後ろにいた魔法使いたちが攻撃をしかけてくる。

「〈雷撃!〉」
「〈水弾――!〉」

 避けられない。自分一人では。
 ジュードに抱き寄せられ飛び退く。
「短縮詠唱か」とつぶやく声が、すぐそばで聞こえた。

 もう一人の前衛と共に、アンテルが距離を詰めてくる。
 速い。そう、あのパーティーは、王族からも一目置かれている強者揃いだ。ダンジョンでジュードの背中を大きく切り裂いた魔物ですら、簡単に倒している。

「っ、ジュード、あいつらは強――」

 途中までしか言えなかった。
 左腕でオレを抱き、ジュードが右手を前に伸ばした直後。突如発生した竜巻が、アンテルたちを襲う。

「――!?」

 いとも簡単に、四人の体が巻き上げられる。追い打ちをかけるように雷撃。後に宙高く放り投げられた。

 なにが起こったのか、一瞬理解できなかった。魔法だ。それも、

 ――無詠唱魔法……?

 強者揃いだったはずのパーティーは、空から落ちて木にひっかかったり、地面に突っ込んだりしていた。
 アンテルも、地に倒れ伏してうめき声をあげている。

 ジュードは、魔法を放った自分の右手を軽く振った。

「もう終わりでいいよな?」
「え……あ、ジュード……? お前、呪いがなかったらそんなに強いの……?」
「あいつらを倒せる程度にはな。そうじゃなきゃ、お前を助けに来たりしない」

 それは、とても複雑な回答だったけど。

「そっ、か……ありがとう……。ごめん、巻き込んだりして……」
「まったくだ」

 吐き捨てるように言って、ジュードは少し離れた茂みに声をかけた。

「おい、もういいぞ」

 すると、宿屋の前でアンテルたちにインタビューをしていた記者が出てくる。面白いものを見ることができて興奮していますと言わんばかりの表情だった。

「こっ、これはスクープだ……! 注目パーティーの殺人未遂! リーダーは公爵令息! それを、颯爽と現れて撃退した――」
「そこまではいい。というか、絶対に俺のことは記事にするな」
「え~……」
「あ?」
「ハイ!」

 ガラの悪い声を出されて、記者が元気な返事をする。
 ため息をついたジュードは、ふと、アンテルの近くに落ちている銀色のプレートを見つけて拾い上げた。

「これ――お前のだろ」

 放り投げられたそれをキャッチすると――昨日、死亡報告をすると言ってアンテルに取られた認識票だった。まだ持っていたのか。

「あ……ありがとう」
「しっかり持っとけよ」
「うん」

 うなずいて、自分がまだ生きている証を握りしめた。

 ◇◇◇

 人通りのあるところまで戻ると、ジュードは記者に憲兵の手配を任せて宿屋までの道を引き返した。オレは、繋いだ手を引かれながら、ぼんやりと考える。

 ――えっと……不祥事の記事が出たら、アンテルたちは失墜するよな……? じゃあ、もう、オレと同じ目に遭う人もいなくなるのか。

「なあジュード、もしかして、オレの様子がおかしいのを察して記者まで連れてきてくれたのか……?」
「ああ。大方、あいつらに捨てられたんだろうと思ってな」
「すごいな。オレ、何も言ってなかったのに」
「すごいな、じゃねえよ。先に言え。人からは事情を聞き出そうとするくせに」
「それはそう……」

 本当にもう、申し訳が立たない。

 ――ああ、どうしよう。ジュードは、こんなにカンジ悪いやつだけど。

 繋いだ手を、ぎゅっと握りしめる。

 ――助けてくれた。二度も。今度は……オレを、助けにきてくれた。

 胸の辺りが熱くなる。なんだか、落ち着かない気分だ。

 ――これで、一件落着なはずなのに。無事に帰ることができたのに……まだ、心臓がうるさいな。
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