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本編
4話 宿屋の前で
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「おい、起きろ」
平手で頰をぺちぺちされる。
「んんぅ……? え、なに、朝……?」
目を開けるや否や、ジュードに引っ張られキッチンへと連行される。
「え、なに、なにすればいいの?」
「背中に触れて解呪してろ」
「えぇ……直接ってことぉ? なんで朝一番から野郎の背中を触らなきゃならないんだよ……」
ぶつぶつ言っている間にも、ジュードは手際よく朝食を作り始めた。
コーンスープ、ふわとろオムレツ、芸術作品みたいに飾り切りされたフルーツ等々……。途中で味見をしていたから、その為に呼ばれたのかと思ったが、指の動きを確かめるような仕草もしていた。もしかしたら、呪いがあると細やかな動作ができないのかもしれない。
しばらく眺めていると、ぱぱっと作ったのに高級レストランのモーニングみたいなやつが出てきた。
ちょうど完成したタイミングで、エマがキッチンへ入ってくる。
「あれ、ジュードが作ってくれたの?」
「ああ。リハビリも兼ねてな」
プロの仕事だったけど。
早速、三人で朝食の時間にする。どれも、とても美味しくて、相手がジュードでなかったら盛大に拍手をしているところだ。
エマが、花の形に切られたオレンジをじっと見つめる。
「これ、どこで覚えたの……? ジュード、私より料理上手い……」
「俺は、お前の料理好きだけどな」
さらっと言った。
――こいつ、エマには優しいんだよな……! オレにも優しくしろ……!
見ていたのがバレて、ジュードがこちらを向く。昨夜のことがあったから、やっぱり目を合わせられない。急いで顔をそらし、誤魔化すように話を始めた。
「あのっ、今日はさ、宿に置いてきた荷物を取りに行こうと思うんだ」
エマが、オレンジをもぐもぐしながら、こくこくとうなずく。
ジュードは、頼んでもいないのに「なら、付いて行くか」と言った。来なくていいよ。
店の前まで見送りに出てきてくれたエマが、オレの手首をつかんでいるジュードに真顔で言う。
「ジュード、そうやってつかんで引き回してたら事件性を感じるから。ちゃんと手を繋いで。歩幅を合わせて」
渋々、ちゃんと手を繋ぐジュード。
そのまま目的地へと送り出される。
道中、すれ違う人々からちょこちょこ見られて、ものすごく恥ずかしい。
――そ、そんなに目立つ……? 男同士で手繋いでるやつ、たま~にいるじゃん? こいつが背高くて顔が良いのがいけないのか?
「おいジュード……なんで付いてきたんだよ」
「ああ? お前が逃げないようにだよ」
「逃げないよ……」
――でもまあ、いまはオレも全快だし、呪いの影響がある状態なら逃げ切れるかも……?
軽く手を引こうとすると、がっちり握られて全然ダメだった。
ため息をついて歩き続ける。まだ少し、心臓が跳ねている。
――あーあ、こういうドキドキは、女の子と味わいたいよなぁ……。でも、エマは店番があるし……。
そして――宿屋の前まで来ると、そこに見知った顔を見つけた。
「あ……」
アンテルだ。他のパーティーメンバーもいる。そうだ、こいつらもここに滞在しているんだった。鉢合わせる可能性だってある。
――ちょっと、気を抜きすぎてたな……。
どうやら、ダンジョン探索の注目パーティーとして記者からインタビューを受けているようだった。アンテルは、綺麗な笑顔でそれに受け答えをしている。――昨日、オレを置き去りにした時と、同じ笑顔で。
立ちすくんでいる場合じゃない。無策で顔を合わせてはいけない気がする。気づかれる前に、この場を離れよう。
踵を返すと、ジュードは何も言わずに付いてきた。だけど、
「リヒト……?」
アンテルの声が、背中にかかる。無視して進もうとしたのに、肩をつかまれた。
観念して振り返ると、驚きの眼差しを向けられていた。当たり前だ、死んだと思っていた相手が生きていたのだから。
記者の中年男性が、アンテルに声をかける。
「えっと、お知り合いですか?」
「あ……はい、以前何度か探索を手伝ってもらったことがありまして。いやあ、奇遇だね。また会えて嬉しいよ、リヒト」
「あ、ああ……」
――そうだよな、隠し通すつもりだよな……。
仮にも仲間を見捨てたとなれば、公爵家の跡取りとしても外聞が悪い。
アンテルは、また、いつものようにオレに笑いかける。
「ねえ、きみに大切な話があるんだ。時間、いいかな?」
たった一ヶ月ほどの付き合いだった。こいつが何を考えているのか、わからない。
オレが作り笑いで首をかしげていると、ジュードが口を挟んできた。
「何の用だ」
「ああ――すみません、内密にしたくて。あなたは、ここで待っていてくださいますか?」
場所を変えようとしている。このままでは、一人で連れて行かれる。
嫌な予感がする。口封じに何かされるかもしれない。
でも――ここで逃げたら、オレの周りの人に危害が及ぶかもしれない。今いるジュードもそうだし、アンテルはオレの出身地だって知っている。捜そうと思えば、両親のことだって。
そうなるくらいなら、話を、聞いてみよう。もしかしたら、こんなのは心配のしすぎで、穏便に済む可能性だってある。
「大丈夫だよ、ジュード。待ってて。逃げないから」
そう言って見上げると、ジュードは、こちらをじっと見つめたあとで――握っていた手を、ゆっくりと離した。
アンテルは、オレの背中に手を当てると、記者とジュードに会釈をしてから仲間と共にその場を離れる。
どんどん、遠ざかって行く。
――大丈夫、大丈夫……。
ここで、アンテルたちが昨日したことを言いふらしたとしても、きっと……いや、絶対に誰も信じない。
大丈夫だと信じて付いて行くことしか、いまのオレにはできなかった。
平手で頰をぺちぺちされる。
「んんぅ……? え、なに、朝……?」
目を開けるや否や、ジュードに引っ張られキッチンへと連行される。
「え、なに、なにすればいいの?」
「背中に触れて解呪してろ」
「えぇ……直接ってことぉ? なんで朝一番から野郎の背中を触らなきゃならないんだよ……」
ぶつぶつ言っている間にも、ジュードは手際よく朝食を作り始めた。
コーンスープ、ふわとろオムレツ、芸術作品みたいに飾り切りされたフルーツ等々……。途中で味見をしていたから、その為に呼ばれたのかと思ったが、指の動きを確かめるような仕草もしていた。もしかしたら、呪いがあると細やかな動作ができないのかもしれない。
しばらく眺めていると、ぱぱっと作ったのに高級レストランのモーニングみたいなやつが出てきた。
ちょうど完成したタイミングで、エマがキッチンへ入ってくる。
「あれ、ジュードが作ってくれたの?」
「ああ。リハビリも兼ねてな」
プロの仕事だったけど。
早速、三人で朝食の時間にする。どれも、とても美味しくて、相手がジュードでなかったら盛大に拍手をしているところだ。
エマが、花の形に切られたオレンジをじっと見つめる。
「これ、どこで覚えたの……? ジュード、私より料理上手い……」
「俺は、お前の料理好きだけどな」
さらっと言った。
――こいつ、エマには優しいんだよな……! オレにも優しくしろ……!
見ていたのがバレて、ジュードがこちらを向く。昨夜のことがあったから、やっぱり目を合わせられない。急いで顔をそらし、誤魔化すように話を始めた。
「あのっ、今日はさ、宿に置いてきた荷物を取りに行こうと思うんだ」
エマが、オレンジをもぐもぐしながら、こくこくとうなずく。
ジュードは、頼んでもいないのに「なら、付いて行くか」と言った。来なくていいよ。
店の前まで見送りに出てきてくれたエマが、オレの手首をつかんでいるジュードに真顔で言う。
「ジュード、そうやってつかんで引き回してたら事件性を感じるから。ちゃんと手を繋いで。歩幅を合わせて」
渋々、ちゃんと手を繋ぐジュード。
そのまま目的地へと送り出される。
道中、すれ違う人々からちょこちょこ見られて、ものすごく恥ずかしい。
――そ、そんなに目立つ……? 男同士で手繋いでるやつ、たま~にいるじゃん? こいつが背高くて顔が良いのがいけないのか?
「おいジュード……なんで付いてきたんだよ」
「ああ? お前が逃げないようにだよ」
「逃げないよ……」
――でもまあ、いまはオレも全快だし、呪いの影響がある状態なら逃げ切れるかも……?
軽く手を引こうとすると、がっちり握られて全然ダメだった。
ため息をついて歩き続ける。まだ少し、心臓が跳ねている。
――あーあ、こういうドキドキは、女の子と味わいたいよなぁ……。でも、エマは店番があるし……。
そして――宿屋の前まで来ると、そこに見知った顔を見つけた。
「あ……」
アンテルだ。他のパーティーメンバーもいる。そうだ、こいつらもここに滞在しているんだった。鉢合わせる可能性だってある。
――ちょっと、気を抜きすぎてたな……。
どうやら、ダンジョン探索の注目パーティーとして記者からインタビューを受けているようだった。アンテルは、綺麗な笑顔でそれに受け答えをしている。――昨日、オレを置き去りにした時と、同じ笑顔で。
立ちすくんでいる場合じゃない。無策で顔を合わせてはいけない気がする。気づかれる前に、この場を離れよう。
踵を返すと、ジュードは何も言わずに付いてきた。だけど、
「リヒト……?」
アンテルの声が、背中にかかる。無視して進もうとしたのに、肩をつかまれた。
観念して振り返ると、驚きの眼差しを向けられていた。当たり前だ、死んだと思っていた相手が生きていたのだから。
記者の中年男性が、アンテルに声をかける。
「えっと、お知り合いですか?」
「あ……はい、以前何度か探索を手伝ってもらったことがありまして。いやあ、奇遇だね。また会えて嬉しいよ、リヒト」
「あ、ああ……」
――そうだよな、隠し通すつもりだよな……。
仮にも仲間を見捨てたとなれば、公爵家の跡取りとしても外聞が悪い。
アンテルは、また、いつものようにオレに笑いかける。
「ねえ、きみに大切な話があるんだ。時間、いいかな?」
たった一ヶ月ほどの付き合いだった。こいつが何を考えているのか、わからない。
オレが作り笑いで首をかしげていると、ジュードが口を挟んできた。
「何の用だ」
「ああ――すみません、内密にしたくて。あなたは、ここで待っていてくださいますか?」
場所を変えようとしている。このままでは、一人で連れて行かれる。
嫌な予感がする。口封じに何かされるかもしれない。
でも――ここで逃げたら、オレの周りの人に危害が及ぶかもしれない。今いるジュードもそうだし、アンテルはオレの出身地だって知っている。捜そうと思えば、両親のことだって。
そうなるくらいなら、話を、聞いてみよう。もしかしたら、こんなのは心配のしすぎで、穏便に済む可能性だってある。
「大丈夫だよ、ジュード。待ってて。逃げないから」
そう言って見上げると、ジュードは、こちらをじっと見つめたあとで――握っていた手を、ゆっくりと離した。
アンテルは、オレの背中に手を当てると、記者とジュードに会釈をしてから仲間と共にその場を離れる。
どんどん、遠ざかって行く。
――大丈夫、大丈夫……。
ここで、アンテルたちが昨日したことを言いふらしたとしても、きっと……いや、絶対に誰も信じない。
大丈夫だと信じて付いて行くことしか、いまのオレにはできなかった。
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