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三章
46話 勝敗
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レオンが意識を取り戻した時、倒すべき相手はすでに討たれた後だった。
――ああ……届かなかった……。
「レオ……!」
泣きながら駆け寄ってくるリセナを心配させまいと、彼は、痛みも悔しさも押し殺して力なく笑う。
「はは、周りを見てなかったよ……頭に血がのぼっちゃってさ……」
「いいから、安静にして! ――これ、回復薬、飲んでください!」
空中に線を引いて、彼女が収納魔法から取り出したのは、高速回復薬(失敗作)だった。
苦笑しながら、レオンが起き上がろうとする。
「それ、急激に老化するやつだろ。大丈夫、肋骨が折れてるだけみたいだし……」
次の瞬間、彼の口から、ごぽりと音を立てて血があふれ出した。
「っ――!?」
声にならない悲鳴をあげるリセナ。彼女の横に膝をついたメィシーが、眉をひそめた。
「これは……動かない方がいい。折れた骨が、臓器に刺さっているみたいだ」
「レオ! ほら! 一口なら十年くらい早死にするだけだから!」
無理やり飲ませようとするリセナの手から、レオンが顔を背ける。意識が朦朧としているのか、泣きそうになりながら、うわ言のようにうめいていた。
「いやだ、きみを置いて十年も先に死にたくない……。お年寄りになっても、介護でも、きみを他のやつに触らせたくない……」
「なに馬鹿なこと言ってるんですか! しっかりして! いま死ぬよりマシでしょ!」
強めに叱られても、彼は言うことを聞かない。というより、死の気配が迫りくる中で、もうリセナに想いを伝えることしか頭に残っていない。
「リセナ……オレ、全然変われなくてごめんね……強くも大人にもなれなかった……。でも、きみが好きなのは本当だからぁ……ずっとそうだから……!」
とうとう、彼は「うぇええん……」と声をあげて泣き出してしまった。
「わかったから! あなたはそのままでもいいから! 遺言を残さない!」
パニックになっている二人を見て、メィシーがため息をつく。
「まったく……大人しくしていなさい。僕だってね、魔法陣さえあれば止血くらいできるんだよ」
ウエストポーチから、砕けた描画材の破片を出して、彼は床に魔法陣を描き始めた。
後ろで見ていたグレイが「自分で止血もできないのか」とつぶやいて、どこかへ行こうとする。すかさず、リセナが彼を見上げた。
「グレイ……!?」
「置いて行くぞ」
「そんなぁ!」
レオンは変な理性の取り戻し方をして「くそ、これだから暗黒騎士は……」と言ったそばから血を吐いていた。
メィシーに焦りの色が見える。
「しゃべらない! というか、先に刺さった骨をどうにかするべきか……!?」
さっきリセナに咎められたグレイが、仕方なさそうにレオンへ歩み寄る。そして、無言で彼の負傷部に手を突っ込み、皮膚の上から折れた骨をわしづかみにして元の位置へ戻した。
当然のようにレオンの口から血がドバっと出て、リセナが「ひぃ……!」と悲鳴を漏らす。
「待てよ、まだ早い!!!!」メィシーは急いで描画材を走らせつつ叫んだ。
特急で描き終えた魔法陣に魔力を注ぐ。もう片方の手でレオンの負傷部分に触れると、光がその体を包み込んだ。
しばらくすると、レオンがよろよろと上半身を起こす。
「……めちゃくちゃ痛いけど、大丈夫そう……」
深く深く安堵の息を吐き、リセナは彼を抱きしめようとして――それはさすがに痛そうなので、手だけを握っておく。
「レオ……よかったぁ……!」
メィシーが、描画材の破片をポーチに戻す。
「ちゃんとした回復魔法は、傷の具合で魔力の流し方が変わるから、魔法陣じゃ対応しきれないんだ。早く帰って、専門家に治してもらいなさい」
「ですって。レオ、帰ろう」
高速回復薬を片付けたリセナが、レオンに肩を貸して立ち上がる。しかし、急なめまいが彼女を襲い、倒れかけたところをメィシーに受け止められた。
「おっと――。ふふ、さすがに疲れましたよね。あなたも、ゆっくり休んでください」
「は、はい……!」
彼女が体勢を立て直し、下りの階段を見やった時――倒れた魔王の、仮面の下から、くぐもった声が聞こえた。
『水、を……雨、を……』
「……!」
彼女がふらりとそちらへ近付こうとするのを、グレイが手で制した。
「耳を貸すな。あれは、魔王を形作っていた怨念の残滓だ」
「でも……助けを、求めるような声だった」
メィシーが、目を細めて魔王の亡骸を注視する。
「もう、魔力を感じない。最期の言葉がどうであれ――僕たちには“彼ら”を救うことはできませんよ」
あれは、きっと、かつてこの地で干ばつに苦しんだ者の言葉なのだろう。それは、怨念というよりも、執念――。とりわけ、祈りや、願いのようだった。
皆と共に階段へ向かいながら、レオンが視線を落とす。
「もしかしたら、ここにあふれていた闇も、誰かを道連れにしようってわけじゃなくて……ただ、助けてほしかっただけなのかもしれないな」
彼は、後ろを振り返る。
「もし、どこかで干ばつが起こっても、誰も死ななくて済むような世界を作るからさ。そろそろ、眠ってくれよ」
答える者はいない。魔王の亡骸は静かだった。
いま、この瞬間までは。
絹を裂くような、奇妙な音。どこかで聞いたことがある。それが魔王の体からしたかと思うと、首の皮膚を突き破って、中から何かが飛び出してきた。
それは、手のひらに乗るほどの大きさで、体の大部分が細く長い脚で出来た昆虫のような生き物だった。中心では、液体が満たされた半透明の袋に、動物の脳らしき形の器官が備わっている。
「――――」
見たことがある。
それを、見たことがある。
ノアの体に潜んでいたもの。他者に寄生し、操る異星のモノ。
宿主を捨て、逃げ出そうとするそれは、メィシーに撃ち抜かれて塵となった。
「いつからだ」
彼はつぶやく。
「いつから、魔王は、あれに操られていた……?」
誰も何も答えない。考えるにはあまりに途方もなくて、呆然と泳いだレオンの視線は、壊れた壁の向こう側で止まった。
「外が暗い……。まだ、陽が落ちる時間じゃないはずなのに」
――ああ……届かなかった……。
「レオ……!」
泣きながら駆け寄ってくるリセナを心配させまいと、彼は、痛みも悔しさも押し殺して力なく笑う。
「はは、周りを見てなかったよ……頭に血がのぼっちゃってさ……」
「いいから、安静にして! ――これ、回復薬、飲んでください!」
空中に線を引いて、彼女が収納魔法から取り出したのは、高速回復薬(失敗作)だった。
苦笑しながら、レオンが起き上がろうとする。
「それ、急激に老化するやつだろ。大丈夫、肋骨が折れてるだけみたいだし……」
次の瞬間、彼の口から、ごぽりと音を立てて血があふれ出した。
「っ――!?」
声にならない悲鳴をあげるリセナ。彼女の横に膝をついたメィシーが、眉をひそめた。
「これは……動かない方がいい。折れた骨が、臓器に刺さっているみたいだ」
「レオ! ほら! 一口なら十年くらい早死にするだけだから!」
無理やり飲ませようとするリセナの手から、レオンが顔を背ける。意識が朦朧としているのか、泣きそうになりながら、うわ言のようにうめいていた。
「いやだ、きみを置いて十年も先に死にたくない……。お年寄りになっても、介護でも、きみを他のやつに触らせたくない……」
「なに馬鹿なこと言ってるんですか! しっかりして! いま死ぬよりマシでしょ!」
強めに叱られても、彼は言うことを聞かない。というより、死の気配が迫りくる中で、もうリセナに想いを伝えることしか頭に残っていない。
「リセナ……オレ、全然変われなくてごめんね……強くも大人にもなれなかった……。でも、きみが好きなのは本当だからぁ……ずっとそうだから……!」
とうとう、彼は「うぇええん……」と声をあげて泣き出してしまった。
「わかったから! あなたはそのままでもいいから! 遺言を残さない!」
パニックになっている二人を見て、メィシーがため息をつく。
「まったく……大人しくしていなさい。僕だってね、魔法陣さえあれば止血くらいできるんだよ」
ウエストポーチから、砕けた描画材の破片を出して、彼は床に魔法陣を描き始めた。
後ろで見ていたグレイが「自分で止血もできないのか」とつぶやいて、どこかへ行こうとする。すかさず、リセナが彼を見上げた。
「グレイ……!?」
「置いて行くぞ」
「そんなぁ!」
レオンは変な理性の取り戻し方をして「くそ、これだから暗黒騎士は……」と言ったそばから血を吐いていた。
メィシーに焦りの色が見える。
「しゃべらない! というか、先に刺さった骨をどうにかするべきか……!?」
さっきリセナに咎められたグレイが、仕方なさそうにレオンへ歩み寄る。そして、無言で彼の負傷部に手を突っ込み、皮膚の上から折れた骨をわしづかみにして元の位置へ戻した。
当然のようにレオンの口から血がドバっと出て、リセナが「ひぃ……!」と悲鳴を漏らす。
「待てよ、まだ早い!!!!」メィシーは急いで描画材を走らせつつ叫んだ。
特急で描き終えた魔法陣に魔力を注ぐ。もう片方の手でレオンの負傷部分に触れると、光がその体を包み込んだ。
しばらくすると、レオンがよろよろと上半身を起こす。
「……めちゃくちゃ痛いけど、大丈夫そう……」
深く深く安堵の息を吐き、リセナは彼を抱きしめようとして――それはさすがに痛そうなので、手だけを握っておく。
「レオ……よかったぁ……!」
メィシーが、描画材の破片をポーチに戻す。
「ちゃんとした回復魔法は、傷の具合で魔力の流し方が変わるから、魔法陣じゃ対応しきれないんだ。早く帰って、専門家に治してもらいなさい」
「ですって。レオ、帰ろう」
高速回復薬を片付けたリセナが、レオンに肩を貸して立ち上がる。しかし、急なめまいが彼女を襲い、倒れかけたところをメィシーに受け止められた。
「おっと――。ふふ、さすがに疲れましたよね。あなたも、ゆっくり休んでください」
「は、はい……!」
彼女が体勢を立て直し、下りの階段を見やった時――倒れた魔王の、仮面の下から、くぐもった声が聞こえた。
『水、を……雨、を……』
「……!」
彼女がふらりとそちらへ近付こうとするのを、グレイが手で制した。
「耳を貸すな。あれは、魔王を形作っていた怨念の残滓だ」
「でも……助けを、求めるような声だった」
メィシーが、目を細めて魔王の亡骸を注視する。
「もう、魔力を感じない。最期の言葉がどうであれ――僕たちには“彼ら”を救うことはできませんよ」
あれは、きっと、かつてこの地で干ばつに苦しんだ者の言葉なのだろう。それは、怨念というよりも、執念――。とりわけ、祈りや、願いのようだった。
皆と共に階段へ向かいながら、レオンが視線を落とす。
「もしかしたら、ここにあふれていた闇も、誰かを道連れにしようってわけじゃなくて……ただ、助けてほしかっただけなのかもしれないな」
彼は、後ろを振り返る。
「もし、どこかで干ばつが起こっても、誰も死ななくて済むような世界を作るからさ。そろそろ、眠ってくれよ」
答える者はいない。魔王の亡骸は静かだった。
いま、この瞬間までは。
絹を裂くような、奇妙な音。どこかで聞いたことがある。それが魔王の体からしたかと思うと、首の皮膚を突き破って、中から何かが飛び出してきた。
それは、手のひらに乗るほどの大きさで、体の大部分が細く長い脚で出来た昆虫のような生き物だった。中心では、液体が満たされた半透明の袋に、動物の脳らしき形の器官が備わっている。
「――――」
見たことがある。
それを、見たことがある。
ノアの体に潜んでいたもの。他者に寄生し、操る異星のモノ。
宿主を捨て、逃げ出そうとするそれは、メィシーに撃ち抜かれて塵となった。
「いつからだ」
彼はつぶやく。
「いつから、魔王は、あれに操られていた……?」
誰も何も答えない。考えるにはあまりに途方もなくて、呆然と泳いだレオンの視線は、壊れた壁の向こう側で止まった。
「外が暗い……。まだ、陽が落ちる時間じゃないはずなのに」
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