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三章
39話 残り時間/メィシーとの夜
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「えっ、あの、メィシーさん? お風呂、ですか……?」
――い、一緒にお風呂……!?
そんなまさかとは思いつつ、リセナは困惑して彼を見上げる。大広間の方からは、レオンが「なんで!? この! 変態!」と叫んでいるのが聞こえた。
メィシーは、裸足になると、特に服を脱ぐこともなく浴室へ入る。そして彼女を振り返ると、おかしそうに笑った。
「おや、リセナ、どうしたんですか? 顔が赤いですよ」
彼は、描画材――顔料を蜜蝋で固めたスティック状のものを、ウエストポーチから出して見せた。
「大丈夫。これで魔法陣を描くから、消しやすい場所がいいと思っただけですよ」
「え、や、特に何も勘違いしてません! レオが騒いでただけです!」
彼女は、歪みのない円がさっと壁に描かれる様子を眺めて話をそらす。
「メィシーさん、よくそんなに綺麗な丸が描けますね」
「ええ、もう二百年以上続けていますからね。円は、魔法陣には欠かせない大事なものなので、エルフの里では幼い内から練習するんですよ。まあ、大抵のエルフは、この魔力の編み上げを体の中で出来るようになるのだけれど」
自称不器用の彼が、止まることなく複雑な魔法陣を描き上げていく。
「リセナ、あなたに渡した首飾り、防御魔法と……その、もうひとつの魔法が発動したでしょう。それがどちらも、単発で消えるものだったんですよ」
「へえ、洗脳魔法もなんですか。へえ~。で? それがどうかしたんですか?」
「当たりが強いな……その件に関しては大変申し訳なく……。で、いま、新たに二つ魔法がかけられる状態なので、防御魔法を重ねがけしますね」
彼は、完成した魔法陣と、リセナの首飾りに手を当てる。
「――失礼します」
彼の両手の先が二回輝いたかと思うと、急にメィシーの体がふらりと傾いた。
「メィシーさん!?」
慌てたリセナに支えられて、彼は恥ずかしそうに笑う。
「あはは、この防御魔法、万能な代わりに物凄く魔力を消費するんですよ。あと、致命傷を必ず防ぐという代物なので、逆に言うとそれ以外の傷は守ってくれません。気をつけてくださいね」
「そんなすごいやつをお風呂の壁に描いてたんですか……!? と、とりあえず魔力増幅使いますね……!」
「ええ、お願いします。次は、こっちもしないといけないので」
彼が取り出したのは、中の液体が七色に輝く小瓶だった。
「えっ、それ、寿命を分ける魔法で使ったやつですよね……!?」
「ええ、持ってきました。なるべく負担は減らすつもりですが、魔王戦はあなたを守り切るのも難しいでしょうからね。僕の寿命で、あなたの生命力を底上げできたりするかもなあ……とりあえず、やっておこうかなあと思いまして」
「そんな、ふわふわした感じでやっていいんですか……!? それって禁忌を犯す行為なんじゃ……!?」
「禁忌なんて、犯すためにあるようなものですからね。――というのは冗談ですが、まあ、前に言った通りです。僕は、あなたの命を、少しも損ないたくない」
彼の眼差しは穏やかで、慈愛に満ちていた。彼女には、やはり、断ることができない。
「……わかりました。あなたが、そう言うのであれば」
「ありがとうございます。では、服を下ろしていただけますか?」
背中に魔法陣を描く必要があることはわかっているのに、彼の指になぞられる感触を思い出すと、どうしても緊張してしまう。少し呼吸を早めながら、リセナは服のボタンに手をかけると、彼の前に背中をさらけ出した。
メィシーは、また過不足なく彼女の肌に触れ、魔法陣を描きあげていく。リセナは、なるべく動かないように、声を出さないように必死だったが、その姿が彼にどう映っていたのかはわからない。
「――では、始めますね。この前よりも多く注ぐから、異変を感じたら教えてください」
彼女が小さく返事をすると、メィシーの手のひらが背中に触れる。やわらかな光に包まれ、温かな感覚に満たされていくうちに……リセナは、以前とは違うことに気がついた。
「あれ……メィシーさん、なんだか、体に力が入らなくて……」
「ああ、それは問題ないとは思うけれど……倒れると危ないので、続きは、ベッドでしましょうか」
ささやく彼に連れられて、服を整えるのもそこそこに、脱衣所を抜けて大広間に出る。そこでは、リセナが連れて行かれた時から微動だにしていないレオンとグレイがこちらを見ていたけれど、彼女は何も声をかけることができなかった。
二階の部屋へ上がり、また服を下ろして、やわらかなベッドにうつ伏せになる。彼の手が触れて、温かなものに満たされて、体から力が抜けて――
――なんだろう、これ……。春の日だまりで、なでられるネコになったみたい……気持ちいい……。
終わった頃には、リセナは多幸感に包まれていた。服を着直したあとも、ぽーっとしている彼女をメィシーがのぞき込む。
「大丈夫ですか?」
「……ん、はい……」
「では、あとの二人も待っていますから、そろそろ彼らの所へ。――ああ、魔王討伐が終わったあとは、僕が渡した“時間”は好きに使っていただいて構いませんからね。きっと十年……二十年は渡したかな」
彼は相変わらず、優しく微笑んでいた。与えるだけ与えて、見返りも求めず満足している顔だ。
――ここまでしてくれたのに、もう、次に行っていいよって言うんだ……。
それはなんだか、リセナの方が寂しかった。
「あの、メィシーさん……。手を、貸してください。また、魔力も使ったでしょうし、魔力増幅を……」
手を伸ばすと、彼は一瞬だけ目を丸くする。そして、するりと、指を絡み合わせるように握り返した。
「ええ、そうですね。……では、もう少しだけ、僕の隣にいてくださいますか?」
二人は、寄り添って、互いの温もりを感じながら、しばらく目を閉じていた。
――い、一緒にお風呂……!?
そんなまさかとは思いつつ、リセナは困惑して彼を見上げる。大広間の方からは、レオンが「なんで!? この! 変態!」と叫んでいるのが聞こえた。
メィシーは、裸足になると、特に服を脱ぐこともなく浴室へ入る。そして彼女を振り返ると、おかしそうに笑った。
「おや、リセナ、どうしたんですか? 顔が赤いですよ」
彼は、描画材――顔料を蜜蝋で固めたスティック状のものを、ウエストポーチから出して見せた。
「大丈夫。これで魔法陣を描くから、消しやすい場所がいいと思っただけですよ」
「え、や、特に何も勘違いしてません! レオが騒いでただけです!」
彼女は、歪みのない円がさっと壁に描かれる様子を眺めて話をそらす。
「メィシーさん、よくそんなに綺麗な丸が描けますね」
「ええ、もう二百年以上続けていますからね。円は、魔法陣には欠かせない大事なものなので、エルフの里では幼い内から練習するんですよ。まあ、大抵のエルフは、この魔力の編み上げを体の中で出来るようになるのだけれど」
自称不器用の彼が、止まることなく複雑な魔法陣を描き上げていく。
「リセナ、あなたに渡した首飾り、防御魔法と……その、もうひとつの魔法が発動したでしょう。それがどちらも、単発で消えるものだったんですよ」
「へえ、洗脳魔法もなんですか。へえ~。で? それがどうかしたんですか?」
「当たりが強いな……その件に関しては大変申し訳なく……。で、いま、新たに二つ魔法がかけられる状態なので、防御魔法を重ねがけしますね」
彼は、完成した魔法陣と、リセナの首飾りに手を当てる。
「――失礼します」
彼の両手の先が二回輝いたかと思うと、急にメィシーの体がふらりと傾いた。
「メィシーさん!?」
慌てたリセナに支えられて、彼は恥ずかしそうに笑う。
「あはは、この防御魔法、万能な代わりに物凄く魔力を消費するんですよ。あと、致命傷を必ず防ぐという代物なので、逆に言うとそれ以外の傷は守ってくれません。気をつけてくださいね」
「そんなすごいやつをお風呂の壁に描いてたんですか……!? と、とりあえず魔力増幅使いますね……!」
「ええ、お願いします。次は、こっちもしないといけないので」
彼が取り出したのは、中の液体が七色に輝く小瓶だった。
「えっ、それ、寿命を分ける魔法で使ったやつですよね……!?」
「ええ、持ってきました。なるべく負担は減らすつもりですが、魔王戦はあなたを守り切るのも難しいでしょうからね。僕の寿命で、あなたの生命力を底上げできたりするかもなあ……とりあえず、やっておこうかなあと思いまして」
「そんな、ふわふわした感じでやっていいんですか……!? それって禁忌を犯す行為なんじゃ……!?」
「禁忌なんて、犯すためにあるようなものですからね。――というのは冗談ですが、まあ、前に言った通りです。僕は、あなたの命を、少しも損ないたくない」
彼の眼差しは穏やかで、慈愛に満ちていた。彼女には、やはり、断ることができない。
「……わかりました。あなたが、そう言うのであれば」
「ありがとうございます。では、服を下ろしていただけますか?」
背中に魔法陣を描く必要があることはわかっているのに、彼の指になぞられる感触を思い出すと、どうしても緊張してしまう。少し呼吸を早めながら、リセナは服のボタンに手をかけると、彼の前に背中をさらけ出した。
メィシーは、また過不足なく彼女の肌に触れ、魔法陣を描きあげていく。リセナは、なるべく動かないように、声を出さないように必死だったが、その姿が彼にどう映っていたのかはわからない。
「――では、始めますね。この前よりも多く注ぐから、異変を感じたら教えてください」
彼女が小さく返事をすると、メィシーの手のひらが背中に触れる。やわらかな光に包まれ、温かな感覚に満たされていくうちに……リセナは、以前とは違うことに気がついた。
「あれ……メィシーさん、なんだか、体に力が入らなくて……」
「ああ、それは問題ないとは思うけれど……倒れると危ないので、続きは、ベッドでしましょうか」
ささやく彼に連れられて、服を整えるのもそこそこに、脱衣所を抜けて大広間に出る。そこでは、リセナが連れて行かれた時から微動だにしていないレオンとグレイがこちらを見ていたけれど、彼女は何も声をかけることができなかった。
二階の部屋へ上がり、また服を下ろして、やわらかなベッドにうつ伏せになる。彼の手が触れて、温かなものに満たされて、体から力が抜けて――
――なんだろう、これ……。春の日だまりで、なでられるネコになったみたい……気持ちいい……。
終わった頃には、リセナは多幸感に包まれていた。服を着直したあとも、ぽーっとしている彼女をメィシーがのぞき込む。
「大丈夫ですか?」
「……ん、はい……」
「では、あとの二人も待っていますから、そろそろ彼らの所へ。――ああ、魔王討伐が終わったあとは、僕が渡した“時間”は好きに使っていただいて構いませんからね。きっと十年……二十年は渡したかな」
彼は相変わらず、優しく微笑んでいた。与えるだけ与えて、見返りも求めず満足している顔だ。
――ここまでしてくれたのに、もう、次に行っていいよって言うんだ……。
それはなんだか、リセナの方が寂しかった。
「あの、メィシーさん……。手を、貸してください。また、魔力も使ったでしょうし、魔力増幅を……」
手を伸ばすと、彼は一瞬だけ目を丸くする。そして、するりと、指を絡み合わせるように握り返した。
「ええ、そうですね。……では、もう少しだけ、僕の隣にいてくださいますか?」
二人は、寄り添って、互いの温もりを感じながら、しばらく目を閉じていた。
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