王太子に婚約破棄された幼馴染をイケメン暗黒騎士と超美麗エルフが奪いに来てた〜キケンな寵愛も秘密のレッスンもいらないから俺の初恋邪魔しないで〜

甘糖めぐる

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三章

34話 レオンの縁談

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 リセナを家に送り届けてから、レオンも自宅の敷地内に足を踏み入れた。屋敷の前にある馬小屋で、父の愛馬であるエーレが干し草を食べている。

「――――。エーレ! ごめん、オレ、今までお前のこと忘れてた! 帰ってきてたんだな!?」

 城へリセナを迎えに行く時に勝手に連れ出され、途中で乗り捨てられてきたエーレが、レオンを無視する。
「わ~! ごめんよお!」
 彼が無理やりエーレをなでていると、後ろから父の怒鳴り声がした。

「レオンルークス! お前、今まで何をしていたんだ!」

「……わぁ。ごめんなさい……」

 しおらしくする彼に、父は大きなため息をつく。
「……まあ、いい。ちょうど、お前に縁談が持ち上がっているところだ。中に入りなさい」
「え? なんだって? エンダン?」
「とぼけるんじゃない。お前もそろそろ、結婚相手を決める年頃だろう」

 父を追いかけながら、彼は素っ頓狂な声をあげる。

「えっ、ちょっと待って、誰!? 結婚相手!?」
「ブルック・ミラーズ嬢だ。隣の領主の娘さんで……お前も会ったことはあるだろう。うちと領地争いしてるっていうのに、こっそり遊びに来てたおてんば娘だ」
「はは、なに言ってるんだよ父さん、ブルックは男だろ。黒髪モコモコの羊みたいな」

 レオンが笑い飛ばすと、父も笑い飛ばす。

「お前こそ、なに言ってるんだ。そりゃあ昔は髪も短かったが、彼女は間違いなく女性だよ」
「…………」

 レオンの顔が青ざめる。

「うそ……。いや、ちょっと待って、なんで急にそんな」
「ああ、まあ、うちとあっちの領主で同盟を結ぶことになってな。これで長く続いた領地争いも終わり。お前たち夫婦は和平の証――というのが、王太子殿下の粋なお計らいだ」

「王太子」

 ほとんど呪言みたいに、レオンはつぶやいた。

 父は、応接間のソファーに腰を下ろすと、話を進めようとする。
「実は、ブルック嬢がもうすぐ屋敷を見に来ることになっているんだ。ここで暮らす予定だからな」
「いや、待って。待てよ。勝手に決めないでくれ。オレには、もう、好きな人が――」

「リセナ・シーリグ嬢か?」

 父が、脇に立ったレオンを見上げる。全てを見透かしているような瞳で、彼は言った。

「たしかに、お前は、ずっと彼女と一緒に過ごしてきたからな。好きになるのも、自然なことだろう」
「っ……わかってるなら、邪魔、しないでくれよ」
「言ったはずだ。これは、王太子殿下の取り計らい……いや、命令だ。そしてこちらには、それを断るだけの理由がない。ライランド家として、全く、問題がないと思っている」

 レオンは言葉を失った。
 父は構わず続ける。

「もしお前が、この話を蹴ってリセナ嬢と結ばれるなんてことになれば、シーリグ商会にも何らかのペナルティが下るだろうな。領主の息子を略奪して、和平を乱した――とか言って。元々、お前たちは殿下に目を付けられているんだ。これ以上、反抗的な態度は取るな」

 元はと言えば、王太子が、勝手にリセナを連れて行ったのが悪いのに――。レオンは、はらわたが煮えくり返る思いだった。

 ――あいつ、リセナに選ばれなかった腹いせに、こんなことを……?

 信じられない。到底許せない。そんな彼の頬にできた切り傷を見て、父は再びため息をついた。
「それに、その傷、どうしたんだ? 彼女は今、なにか危険なことに巻き込まれているんじゃないか?」
「――いや、たしかに、色々大変だったけど……。これは、ただの鍛錬で……」
「馬鹿を言うな。鍛錬なんていらない。お前はブルック嬢と結婚して、次の領主となるために政治を学ぶんだよ。怪我ひとつしない、安全なところでな」

 それでも、まだ。レオンは、まとまらない思考の中で、たったひとつ確かなことを口にする。

「……でも、オレは、リセナが好きで……」

「……レオンルークス。お前にはまだ、信じられないかもしれないけどな。結婚というのは、好きな人としなくてもいいんだ。生涯を、有意義に過ごすための、最適な人材を選ぶ――。お前の母さんとは政略結婚だったが、私は幸せだよ。恋心がなくても、明るく優しい妻と、可愛い息子たちがいることに変わりはないからな」

 応接間の扉がノックされる。
「ブルック嬢が到着したようだな。さあ、お前が迎えに行くんだ。失礼のないようにな」
 父は、最後には、レオンを優しく諭した。

 屋敷を出ると、昔のくせっ毛はそのままに、髪を長く伸ばしたブルックが優雅に一礼してみせた。
「お久しぶりです、レオンルークス様」
「あ……ああ、久しぶり」
 ぼんやりとしたまま、レオンは彼女と付き人を連れて応接間へ向かう。父も交えて話をして、屋敷の中を回って、彼女の帰り際になっても彼はまだうわの空だった。

 門の前で、ブルックは、馬車に乗ろうとした足を止めて振り返る。
「どうかなさいましたか、レオンルークス様。――な~んて、もういいかな? やっぱり、リセナが気になるんやろ?」
 昔のままの笑顔と、隣の領地の訛りで、彼女は首をかしげた。

「ブルック……お前、わかってたのか」
「そりゃあね。あのね、レオン。うちはね、レオンとやったら上手くいくと思ってるけど、自分の気持ちも大事にしてほしいな」
「……でも、そんな場合じゃない、みたいでさ」
「そうなん? 詳しいことは知らんけど、うちのパパなら言いくるめておくから大丈夫よ。それにさ、何にも考えずに突っ込んで行くのがレオンやろ」

 彼女は楽しげに「じゃあね~」と手を振って、馬車に乗り込んで行く。

「……もう、子どもじゃないんだぞ、オレたちは」

 誰もいなくなった道に立ち尽くして、彼はつぶやいた。
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