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二章
26話 生きる時間
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「驚かせてしまいましたね。事情をお話しましょう」
メィシーはベッドに腰を下ろすと、リセナを隣に招いた。
「以前、大聖女と呼ばれたエルフがいました。魔力増幅の保持者であり、兄の聖騎士と共に、当時の魔王とその配下を全滅させたといわれています。――けれど、彼女は、エルフにしては短命だったのです」
金色の、長いまつげが伏せられる。
「僕は、彼女が、魔力増幅を過度に使ったせいで心臓に負担がかかったのではないかと考えています。もちろん、今回の試練で、あなたにそれほどの負担を強いることはないけれど……」
メィシーは、真摯に、どこか切なそうに、リセナを見つめた。
「それでも、ほんの少しでも、あなたの命を損なうことがないように……僕に、肩代わりをさせてください」
「メィシーさん……」
彼は、本当に優しいのだろう。黙っていればわからないものを、正直に伝えて、里の掟を破ることすらいとわない。
「……わかりました」
思うところが何もないわけではなかったけれど。彼が決めたことならばと、リセナはその誠意を受け取ることにした。
メィシーは安堵の息をもらすと、戸棚から透明な小瓶を取り出す。中には、水と一緒に複数の宝石の粉でも入っているのか、キラキラと七色に輝いていた。
「では、あなたの背中に魔法陣を描く必要があるので……大変恐縮なのですが、服を下ろしていただけますか?」
「え――あ、はい……っ」
ここで躊躇うのもおかしな話だと、リセナはメィシーに背を向けて服のボタンに手をかけた。部屋を照らすランタンの明かりに、彼女の肌がさらされる。
「……では、失礼しますね」
メィシーは小瓶の中身を指につけると、そっとリセナの背中をなぞった。
なめらかな指が這う感覚に、彼女の肩がぴくりと跳ねる。後ろから、メィシーがくすりと笑うのが聞こえた。
「くすぐったいですよね。複雑な魔法陣なので、少し長くかかりますよ。がんばって、じっとしていてください」
「っ、はい……」
平然としていられないのが、なんだか恥ずかしくて、リセナの頬が熱くなる。
「――それでは、もう少し触れますよ」
メィシーは数分、背中をなぞったあと、手のひらをぴったりと彼女の肌へ合わせた。
「ほんの数年程度なので、大丈夫だとは思うけれど、異常を感じたら教えてくださいね」
彼の言葉のあと、リセナの体はやわらかな光に包まれた。ほのかに温かくて、心地よい。
――私、本当に、メィシーさんの生きる時間を……。
その実感が湧くと、涙が込み上げてきた。ほんの数年だなんて彼は言っているけれど、それだけの時間があれば、たくさん好きなことができる。旅をして、人に会って、本を読んで、美味しいものを食べて、新しいものを知って、なにかを作り上げて――。
「はい、これでおしまいです。もう服を着て大丈夫ですよ」
メィシーは、必要以上に語らず、触れることもなく、リセナから離れる。そして、服を着て振り向いた彼女の頬に、涙が伝っているのを見て心底驚いた顔をした。
「リセナ……? どこか、痛かったのですか?」
「……いえ。メィシーさん、私、がんばります。あなたの力に、なれるように」
「――――」
彼は、しばらく言葉を失って、またいつも通りに微笑んだ。
「ええ、ありがとうございます。それでは、魔力増幅のレッスン、おさらいしましょうか」
夜が深まり、彼女の意識が自然と遠のくまで、二人は手を重ね合わせていた。
◆
朝、小鳥のさえずりで目を覚ます。
――そういえば、メィシーさんの部屋でそのまま寝ちゃったんだっけ……。
リセナが体を起こすと、廊下から話し声が聞こえてきた。メィシーと、父のヴェルメンが話しているようだ。
「父様――本当に、本当に、いいんですね?」
「……ああ」
ヴェルメンの返答は、とても短かった。しかし、彼の生きた長い年月を感じる、厚く重みのある声だった。
「……わかりました。それでは、そのように、お願いいたします」
メィシーは、いつになくかしこまった様子だった。彼らが、一体なにを話していたのか、リセナにはわからない。
メィシーはベッドに腰を下ろすと、リセナを隣に招いた。
「以前、大聖女と呼ばれたエルフがいました。魔力増幅の保持者であり、兄の聖騎士と共に、当時の魔王とその配下を全滅させたといわれています。――けれど、彼女は、エルフにしては短命だったのです」
金色の、長いまつげが伏せられる。
「僕は、彼女が、魔力増幅を過度に使ったせいで心臓に負担がかかったのではないかと考えています。もちろん、今回の試練で、あなたにそれほどの負担を強いることはないけれど……」
メィシーは、真摯に、どこか切なそうに、リセナを見つめた。
「それでも、ほんの少しでも、あなたの命を損なうことがないように……僕に、肩代わりをさせてください」
「メィシーさん……」
彼は、本当に優しいのだろう。黙っていればわからないものを、正直に伝えて、里の掟を破ることすらいとわない。
「……わかりました」
思うところが何もないわけではなかったけれど。彼が決めたことならばと、リセナはその誠意を受け取ることにした。
メィシーは安堵の息をもらすと、戸棚から透明な小瓶を取り出す。中には、水と一緒に複数の宝石の粉でも入っているのか、キラキラと七色に輝いていた。
「では、あなたの背中に魔法陣を描く必要があるので……大変恐縮なのですが、服を下ろしていただけますか?」
「え――あ、はい……っ」
ここで躊躇うのもおかしな話だと、リセナはメィシーに背を向けて服のボタンに手をかけた。部屋を照らすランタンの明かりに、彼女の肌がさらされる。
「……では、失礼しますね」
メィシーは小瓶の中身を指につけると、そっとリセナの背中をなぞった。
なめらかな指が這う感覚に、彼女の肩がぴくりと跳ねる。後ろから、メィシーがくすりと笑うのが聞こえた。
「くすぐったいですよね。複雑な魔法陣なので、少し長くかかりますよ。がんばって、じっとしていてください」
「っ、はい……」
平然としていられないのが、なんだか恥ずかしくて、リセナの頬が熱くなる。
「――それでは、もう少し触れますよ」
メィシーは数分、背中をなぞったあと、手のひらをぴったりと彼女の肌へ合わせた。
「ほんの数年程度なので、大丈夫だとは思うけれど、異常を感じたら教えてくださいね」
彼の言葉のあと、リセナの体はやわらかな光に包まれた。ほのかに温かくて、心地よい。
――私、本当に、メィシーさんの生きる時間を……。
その実感が湧くと、涙が込み上げてきた。ほんの数年だなんて彼は言っているけれど、それだけの時間があれば、たくさん好きなことができる。旅をして、人に会って、本を読んで、美味しいものを食べて、新しいものを知って、なにかを作り上げて――。
「はい、これでおしまいです。もう服を着て大丈夫ですよ」
メィシーは、必要以上に語らず、触れることもなく、リセナから離れる。そして、服を着て振り向いた彼女の頬に、涙が伝っているのを見て心底驚いた顔をした。
「リセナ……? どこか、痛かったのですか?」
「……いえ。メィシーさん、私、がんばります。あなたの力に、なれるように」
「――――」
彼は、しばらく言葉を失って、またいつも通りに微笑んだ。
「ええ、ありがとうございます。それでは、魔力増幅のレッスン、おさらいしましょうか」
夜が深まり、彼女の意識が自然と遠のくまで、二人は手を重ね合わせていた。
◆
朝、小鳥のさえずりで目を覚ます。
――そういえば、メィシーさんの部屋でそのまま寝ちゃったんだっけ……。
リセナが体を起こすと、廊下から話し声が聞こえてきた。メィシーと、父のヴェルメンが話しているようだ。
「父様――本当に、本当に、いいんですね?」
「……ああ」
ヴェルメンの返答は、とても短かった。しかし、彼の生きた長い年月を感じる、厚く重みのある声だった。
「……わかりました。それでは、そのように、お願いいたします」
メィシーは、いつになくかしこまった様子だった。彼らが、一体なにを話していたのか、リセナにはわからない。
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