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二章
25話 エルフの里
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エルフの里まではもう少し歩く必要があったが、その道中は本当に平和そのものだった。自然の中でメィシーがリセナに教えたのは、花の蜜の味、青い小鳥の名前、投げた小石で川の水を切る方法――。
リセナを取られていることに不満げだったレオンも、彼女が子どもみたいにはしゃいでいるものだから「くそ……ちょっと興味ある」と言って、二人のいる川岸へ走った。
里の入口には、大きな木製の門があった。門番の中年男性が――町ではほとんど見かけないが、彼をはじめとする里の住民は全てエルフだ――こちらを凝視する。
「メィシー、どうしたんだ、人間を連れてくるなんて」
「こんにちは。彼女は、魔力増幅の保持者なんだ。僕の試練を手伝ってもらいたくて」
「なんと……。ちょっと、失礼するよ、入門時の決まりなもんで」
門番はリセナに手をかざして、分析魔法を使う。
「うん……本当だ。しかし、驚いたな、人間の保持者も存在するのか」
続いてグレイに手をかざす。
「……彼、かなり強い闇属性の魔力を持ってるんだが……。大丈夫なのか、メィシー」
「ああ、何もしなければ噛んだりしないよ。彼女のボディーガードみたいなものさ」
次はレオン。
「……うん、とても普通だ。普通すぎる。むしろなんで連れてきたんだ……?」
地味に傷付けられた顔のレオンから、最後にメィシーに分析魔法がかけられる。
「……うん、みんな異常なしだな。外で変なものが発生してるってダンから連絡が来てたから、心配してたんだよ。これなら、入ってよし」
「ありがとう。おつかれさま」
メィシーは門番に会釈してから、リセナを見やる。
「それでは、里長を呼んでくるので少々お待ちください。そこの商店とか……あとは、広場も自由に使ってくださいね」
「は、はい……!」
突然自由にと言われて一瞬困ったが、リセナはすぐに商店の方へ足を向ける。店先では、店主らしき快活な男性が待ち構えていた。
「いらっしゃい! 見てたよ、メィシーの連れなんだってね。――あっ、その首飾り、うちの商品だね。大抵の魔法なら、三つまでかけておける優れものだよ」
店主は次から次へと商品の説明を始める。リセナはどれも興味深く聞いていて、後ろに立っているレオンたちのことはそっちのけだった。
それでも彼女のことを見守っていたレオンは、広場の方をちらりと見たグレイから急に声をかけられる。
「おい、剣を抜け。稽古をつけてやる」
「――え? な、なんだよ。どういう風の吹き回し?」
「この先、弱いやつが付いてきても邪魔になるだけだ。少しはマシにして……あと、もしもの時は、まずお前を捨て駒にする」
「よくそういうこと正面切って言えるよな。社会性がないのか?」
レオンは呆れ半分怒り半分でグレイを見上げたあと、大真面目な顔でリセナに宣言した。
「リセナ、オレ、あいつより強くなるから」
「え、あ、はい……。……え? はい……」
急に無謀なことを言われて、彼女は反応に困る。レオンは学園にいた頃から、魔法も武術もきちんと練習していた。いま、グレイに遅れを取っているのは、努力を怠ってきたからではないのだ。グレイより強くなることができるとしたら、それは同じ天才だけだ。普通の人間には、まず、できない。
よほどおかしな魔法――たとえば痛みを無視して戦闘続行するとか、生存本能を無視して勝つために動くとか、魔力回路すらボロボロでも無理やり大量の魔力を流すとか、どう考えても死ぬのに挑戦したくなるとか――そういうことを全てやってのけられる魔法があれば話は別だが、そんなものはリセナも聞いたことがない。というか、そんなものは法で規制されるべきだ。
それでも、メィシーが戻ってきたタイミングで、レオンはグレイと一緒に広場の方へ行ってしまった。
「リセナ。こちら、里長で僕の父でもあるヴェルメン・テューンです」
メィシーが連れてきたのは、人間でいうと六十代半ばほどの初老の男性だった。メィシーよりは素朴で、温かみのある顔立ちをしている。
しかし彼は、リセナを見ると、眉間のしわを深くした。
「メィシー、そいつは……」
「父様、そいつだなんて言わないでください。僕の友人ですよ」
「……ああ……そう、だな。すまなかった」
ヴェルメンは何事か考えていたが、すぐに柔和な表情になる。
「息子が世話になっているな。不束者だが、どうか支えてやってくれ」
「は、はい……! えっと、こちらこそ、お世話になっております。よろしく、お願いいたします――……?」
どう返せばいいかわからず、自分の言葉に小首をかしげるリセナ。ヴェルメンは肩を揺らして笑ったあと、片手をあげてどこかへと歩いて行った。
メィシーは、その背中を見送りながら苦笑する。
「ごめんなさい、彼はあまり人に慣れていないもので。――さあ、試練は明朝からになるので、ひとまずお食事でもいかがですか?」
彼は、以前約束した通り、リセナに手料理を振る舞ってくれた。新鮮な食材、素材を生かした味付け、丁寧な温度管理――そして何より、自分のために作ってくれたというのがリセナを幸せな気持ちにさせた。
けれど、二人で食事を終え、メィシーが皿を下げるために席を外した時――ふと、平和の陰に隠れていた、両親に対する心配が戻ってくる。
「どうしたのですか?」
再び向かいに座ったメィシーは、物憂げな彼女に優しく問いかけた。
「いえ……両親は、どうしているかなと。異星生物のこともありますし……ただでさえ、私が婚約破棄されたり捜索されたりで、迷惑をかけているんじゃないかと……」
「……そんな、迷惑だなんて、ご両親はきっと思っていないはずですよ。でも、たしかに、家の周りに警備兵の配置くらいはされていそうですね」
メィシーはあごに手を当てると、にこりと笑う。
「では、試練が終わったあとは、一度ご実家に帰ってみるのはいかがでしょう。もうさすがに、グレイも人質を取ったりしないでしょうし――もし、王太子殿下と話し合いをしてもいいと思うのであれば、そのまま警備兵に申し付けて馬車を用意させるとか」
「……そう、ですね。もう一度、きちんと向き合うべきなのかも……」
「ええ。意外と、話がわかるかもしれませんよ。――ああ、それじゃあ、ご両親になにかお土産を用意しましょうか。里で採れたクリスタルがいいかなあ」
「えっ、いいんですか!」
リセナの顔が、パッと明るくなる。それを見て、彼は満足げに笑った。
夜になり、とっくに夕食も終えたころ、稽古を終えたレオンがズタボロになってメィシーの家へ入ってきた。まだ先日の傷が完治していないグレイも合わせて、あらかじめ呼ばれていた回復魔法使いに手当てをされる。
そのエルフが女性だったので、レオンはリセナのやきもちを期待して彼女をじっと見つめていた。グレイも嫌そうにして、同じことをしている。
女性が帰って行った後もなお、レオンはリセナの反応を気にしていたけれど
「なんでこっち見てたんですか……? グレイも、態度が悪いですよ。彼女、怖がってたじゃないですか」
やきもちどころか、彼女が『グレイ』と呼んだことに反応する。
「あっ、リセナ、なんでこいつのこと呼び捨てに! いや、こいつなんて呼び捨てでいいんだけど!」
「それは、彼がそうしろと。短い方が、効率がいいとのことで」
「本当かなあ? 本当にそれだけかなあ?」
リセナが妬いている様子もないし、グレイとの距離も縮まっていそうだしで、レオンは身悶えしそうになる。もっとも、彼のようにあからさまに嫉妬する人間なんてそうそういないのだが。
そこへ、廊下からメィシーが顔を出す。
「リセナ、明日の打ち合わせをしたいので、僕の部屋に来ていただけませんか?」
「あっ、はい!」
レオンは、
――ああ~っ、また二人きりになるやつぅ~!!!!
と、傷ひとつないはずの胸を押さえて悶え苦しんでいた。
綺麗に整頓された、本と植物の多い部屋に通される。リセナを先に中へ入れると、メィシーは部屋の扉を閉めて話を切り出した。
「ごめんなさい、実は、明日の打ち合わせというのは口実です。本当は、レッスンのおさらいをしたいのと、親睦を深めたいのと――」
続く言葉に、リセナは耳を疑った。
「――あなたに、ほんの少しだけ、僕の寿命を分けたいのです」
そういう魔法があるということを、話には聞いていたけれど。彼女は、それが、自分に使われることになるとは微塵も思っていなかった。
「……そんな、どうして? いや、そもそも……それは、里の掟で禁じられていると、言ってませんでしたか?」
「ええ、そうです。方法が確立されているけれど、倫理に反するからと明確に禁止された魔法です。明るみになれば、僕には重たい罰が下るでしょう」
彼は、穏やかに、けれど妖しく微笑んだ。
「その禁忌を犯してでも、あなたに受け取ってほしいのです」
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「ああ、何もしなければ噛んだりしないよ。彼女のボディーガードみたいなものさ」
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「……うん、とても普通だ。普通すぎる。むしろなんで連れてきたんだ……?」
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「それでは、里長を呼んでくるので少々お待ちください。そこの商店とか……あとは、広場も自由に使ってくださいね」
「は、はい……!」
突然自由にと言われて一瞬困ったが、リセナはすぐに商店の方へ足を向ける。店先では、店主らしき快活な男性が待ち構えていた。
「いらっしゃい! 見てたよ、メィシーの連れなんだってね。――あっ、その首飾り、うちの商品だね。大抵の魔法なら、三つまでかけておける優れものだよ」
店主は次から次へと商品の説明を始める。リセナはどれも興味深く聞いていて、後ろに立っているレオンたちのことはそっちのけだった。
それでも彼女のことを見守っていたレオンは、広場の方をちらりと見たグレイから急に声をかけられる。
「おい、剣を抜け。稽古をつけてやる」
「――え? な、なんだよ。どういう風の吹き回し?」
「この先、弱いやつが付いてきても邪魔になるだけだ。少しはマシにして……あと、もしもの時は、まずお前を捨て駒にする」
「よくそういうこと正面切って言えるよな。社会性がないのか?」
レオンは呆れ半分怒り半分でグレイを見上げたあと、大真面目な顔でリセナに宣言した。
「リセナ、オレ、あいつより強くなるから」
「え、あ、はい……。……え? はい……」
急に無謀なことを言われて、彼女は反応に困る。レオンは学園にいた頃から、魔法も武術もきちんと練習していた。いま、グレイに遅れを取っているのは、努力を怠ってきたからではないのだ。グレイより強くなることができるとしたら、それは同じ天才だけだ。普通の人間には、まず、できない。
よほどおかしな魔法――たとえば痛みを無視して戦闘続行するとか、生存本能を無視して勝つために動くとか、魔力回路すらボロボロでも無理やり大量の魔力を流すとか、どう考えても死ぬのに挑戦したくなるとか――そういうことを全てやってのけられる魔法があれば話は別だが、そんなものはリセナも聞いたことがない。というか、そんなものは法で規制されるべきだ。
それでも、メィシーが戻ってきたタイミングで、レオンはグレイと一緒に広場の方へ行ってしまった。
「リセナ。こちら、里長で僕の父でもあるヴェルメン・テューンです」
メィシーが連れてきたのは、人間でいうと六十代半ばほどの初老の男性だった。メィシーよりは素朴で、温かみのある顔立ちをしている。
しかし彼は、リセナを見ると、眉間のしわを深くした。
「メィシー、そいつは……」
「父様、そいつだなんて言わないでください。僕の友人ですよ」
「……ああ……そう、だな。すまなかった」
ヴェルメンは何事か考えていたが、すぐに柔和な表情になる。
「息子が世話になっているな。不束者だが、どうか支えてやってくれ」
「は、はい……! えっと、こちらこそ、お世話になっております。よろしく、お願いいたします――……?」
どう返せばいいかわからず、自分の言葉に小首をかしげるリセナ。ヴェルメンは肩を揺らして笑ったあと、片手をあげてどこかへと歩いて行った。
メィシーは、その背中を見送りながら苦笑する。
「ごめんなさい、彼はあまり人に慣れていないもので。――さあ、試練は明朝からになるので、ひとまずお食事でもいかがですか?」
彼は、以前約束した通り、リセナに手料理を振る舞ってくれた。新鮮な食材、素材を生かした味付け、丁寧な温度管理――そして何より、自分のために作ってくれたというのがリセナを幸せな気持ちにさせた。
けれど、二人で食事を終え、メィシーが皿を下げるために席を外した時――ふと、平和の陰に隠れていた、両親に対する心配が戻ってくる。
「どうしたのですか?」
再び向かいに座ったメィシーは、物憂げな彼女に優しく問いかけた。
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「……そんな、迷惑だなんて、ご両親はきっと思っていないはずですよ。でも、たしかに、家の周りに警備兵の配置くらいはされていそうですね」
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女性が帰って行った後もなお、レオンはリセナの反応を気にしていたけれど
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やきもちどころか、彼女が『グレイ』と呼んだことに反応する。
「あっ、リセナ、なんでこいつのこと呼び捨てに! いや、こいつなんて呼び捨てでいいんだけど!」
「それは、彼がそうしろと。短い方が、効率がいいとのことで」
「本当かなあ? 本当にそれだけかなあ?」
リセナが妬いている様子もないし、グレイとの距離も縮まっていそうだしで、レオンは身悶えしそうになる。もっとも、彼のようにあからさまに嫉妬する人間なんてそうそういないのだが。
そこへ、廊下からメィシーが顔を出す。
「リセナ、明日の打ち合わせをしたいので、僕の部屋に来ていただけませんか?」
「あっ、はい!」
レオンは、
――ああ~っ、また二人きりになるやつぅ~!!!!
と、傷ひとつないはずの胸を押さえて悶え苦しんでいた。
綺麗に整頓された、本と植物の多い部屋に通される。リセナを先に中へ入れると、メィシーは部屋の扉を閉めて話を切り出した。
「ごめんなさい、実は、明日の打ち合わせというのは口実です。本当は、レッスンのおさらいをしたいのと、親睦を深めたいのと――」
続く言葉に、リセナは耳を疑った。
「――あなたに、ほんの少しだけ、僕の寿命を分けたいのです」
そういう魔法があるということを、話には聞いていたけれど。彼女は、それが、自分に使われることになるとは微塵も思っていなかった。
「……そんな、どうして? いや、そもそも……それは、里の掟で禁じられていると、言ってませんでしたか?」
「ええ、そうです。方法が確立されているけれど、倫理に反するからと明確に禁止された魔法です。明るみになれば、僕には重たい罰が下るでしょう」
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