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二章

20話 魔王の命令

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 テミスから北上したところにある小さな山村。乱闘騒ぎに乗じて酒場を抜け出したリセナたちは、そこで老夫婦の厚意にあずかり一晩泊めてもらっていた。

 夜が明ける少し前、レオンたちを心配したリセナが、まだ肌寒い空気の中を外に出る。メィシーは、借りたブランケットを彼女の肩にかけて一緒に待ってくれていた。

 リセナが無意識に手をさすると、メィシーからもらった指輪に触れて、酒場でのことを思い出す。レオンが、これを、じっと黙って外そうとしてきた、あの時のことを。

 ――びっくりした……。あれは、なんだったんだろう。もし、メィシーさんに嫉妬してやったんだったら……レオは、私のこと……。いや、でも、レオ、酔ってたしなぁ……。

 それも、相当ひどい酔い方だった。再び心配の方が勝る彼女に、メィシーが優しく声をかける。

「リセナ、彼らならきっと大丈夫ですよ」
「でも……警備兵の注意を引くために、殴り合いなんてしてたんですよ……?」
「それは、うーん……。きっと、厳重注意で済むでしょう……たぶん」それはメィシーにも、さすがにフォローしきれない。「ああ、ほら、噂をすれば」

 彼が指差した方向から、レオンの元気な声が聞こえる。

「おーい、リセナ~っ!」

「レオ――!」振り返ると、顔中アザだらけのレオンが、無傷のグレイと一緒に歩いてきていた。「一方的に殴られてる……!」

「そう、こいつズルいんだよ。体がデカイんだもん」
 不満そうに、グレイを指差すレオン。
 ――そういえば、メィシーとグレイに殴り合いさせとけばよかったな……。
 今さらどうしようもないことに気付く彼の視界に、突然、黒いフクロウが飛び込んできた。

「えっ、わっ!?」

 フクロウは、グレイが差し出した腕にとまって羽を閉じる。
「なにそれ!? お前の鳥?」
「ダークエルフ……魔王の側近からの伝令だな」

 魔王という言葉が出て、レオンたちに緊張が走る。しかし、フクロウを通して聞こえてきた若い男の声は、相当慌てふためいている様子だった。

「グレイ様、聞こえますか!? まったくもう、連絡も寄越さずにどこをほっつき歩いているのやら! 魔王様、いい加減に怒りますからね!?」
「問題ない。魔力増幅アンプリフィエの保持者なら、近いうちに連れて行く」
「あ~~ちっとも反省してない! というか、もうその件はいいです!」

 グレイが眉をひそめる。ダークエルフは、大きく息を吐くと、声色を落ち着けて言った。

「魔王様から、新たな命令が下りました。――魔力増幅アンプリフィエの保持者を、速やかに抹殺してください」

 リセナの心臓が跳ねる。

 ――抹殺……!? 魔王は、この力を利用したかったんじゃないの……?

 レオンが、驚愕の面持ちのまま、彼女を背に隠すように後退した。メィシーの表情も、いつになく厳しい。

 グレイは、変わらずに眉をひそめていた。
「……どういうことだ」
「わかりません。急に、あの力は危険だ、手を出すべきではないと言い始めて……。それと、フクロウの足に付けている紙を見てください」
 言われた通りに紙を開くと、そこには魔法陣のようなものが描かれていた。
「グレイ様は、これがなにかご存知ですか?」
「いや……」
「そうですか……。城の裏手で、この巨大な陣を見つけたんです。すでに魔力が込められているようなのに、発動はしないし……。いえ、あなたも知らないのなら、いいんです。そのように、魔王様に報告します」

 それから、側近のダークエルフはフクロウを羽ばたかせた。

「それでは、新たな命令、伝えましたからね。城の警備が手薄になっているので、早く殺して帰ってきてください!」

 物騒な言葉と共に残された紙切れを、メィシーがつまんで首をひねる。
 レオンは、剣に手をかけるとグレイをまっすぐに見据えた。

「お前は、魔王を倒すと言ってたな」
「……ああ。どんな命令が下ろうと、そのために魔力増幅アンプリフィエが必要だ」
「でも、もし……すでに、魔王が、お前の自由を奪う手段を持っていたとしたら? お前の意思とは関係なく、リセナに手を出す可能性はないのか」

 厳しい追及を、しかし、グレイは軽く受け流した。

「どうだろうな。俺にその類いの魔法は効かなかった、という記憶はあるが……その記憶自体、本物かどうかはわからない。――だが、」

 彼の赤い瞳は、どこまでも静かにこちらを捉えていた。

「それなら、お前たちの記憶は正しいと断言できるか? 何者かによって操られていないと、証明できるのか」

「っ、な……」

 レオンは言葉を失う。記憶まで操作されていたら、そんなもの、気づきようがない。

 メィシーも、ため息をつくと肩をすくめた。
「そうだね。魔力増幅アンプリフィエを狙っていたのであろう甲冑や、明らかに寄生されているワイバーンもいたし……。いつ、誰が、何に侵されているかもわからない前提で動くべきかな」
「そんな……オレやメィシーも、リセナの危険になり得るっていうのか」
「まあ、あんまり考え過ぎもよくないけれど。とりあえず、グレイとリセナを二人きりにはしない、というだけでいいんじゃないかな。――リセナも、それで構いませんか?」

 メィシーに尋ねられ、彼女は小さくうなずいた。けれど、不安は拭えないままだ。

 ――記憶が確かだと言えないのは、私も同じ……。それに、魔王が言っていたという、魔力増幅アンプリフィエに手を出すべきではないってどういうこと……? もしかしたら、私が、レオたちを危険な目にあわせるかもしれないの……?

 押し黙る彼女を、日の出の光と、レオンの明るい声が照らした。

「じゃっ、早くここから離れようか! あ、リセナ、そのブランケットって借り物? 返しに行こう!」

 彼の笑顔は温かく、まるで太陽のようだった。アザだらけなのが同情を禁じ得ないけれど――自分のために笑ってくれているのだろうと、リセナの表情もやわらぐ。

「そうですね。あちらのお宅です」

 幼少期に出会ってから今まで、その笑顔に何度助けられてきたことだろうと彼女は思う。
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