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二章
18話 誓い
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メィシーに手を引かれて、階段を上がる。神殿の内部では、ろうそくの明かりが白い石材に柔らかな金色を映し出していた。
事務的な手続きのあと、礼拝堂へ案内されたのだが、リセナは書類を受け取った神官がメィシーの顔を三度見していたのが気になって小声で尋ねた。
「メィシーさん……あの、やっぱり、かすり傷の代償に死罪を受けるなんて書く人、他にいないんじゃないですか? やめましょうよ、私、転べないじゃないですか」
「大丈夫、試練中は僕が必ずあなたを支えに行きますから。僕からの誠意の証だと思ってください」
「そこまでしなくても……。私、メィシーさんのこと、もう疑ってないですよ」
「それは、ありがとうございます。一緒に、より良い未来のためにがんばりましょうね」
そう言って笑った彼は、礼拝堂の石像の前で立ち止まる。絶対法神をかたどった全身像は、たしかに美しかった。神であり、美術品であるその造形。しかし、リセナには、それよりも自分の隣で祈りを捧げるメィシーの方がずっと美しく見えた。
単なる外見だけではない。現在を生きる、血の通った一人の青年。幸福な未来を追い求める、大人だけれど、たまに無邪気な一面も見せる眩い光。
――私と彼が生きてきた時間も、残された時間も違うけど。今は、一緒に、私たちができることについて語り合っていけたらいいな……。
誓いの儀式を終え、元の広場まで戻って来ても、リセナはぼんやりとそんなことを考えていた。
催し物が終わった直後らしく、白い石畳には花びらの絨毯だけが残っている。
「リセナ」
ふとメィシーに呼ばれて見上げると、彼は一対の銀の指輪を手のひらに乗せていた。
「それは……?」
「神殿でもらえる、誓いの指輪です。魔力を流せば相手の居場所がわかります。いつでも外せるので形式的なものにはなりますが、誓いを破って逃げたりしないという証として着けるのが一般的ですね」
彼は片方の指輪を自分の指にはめると、リセナの前でひざまずいて左手を差し出した。
「受け取ってくださいますか?」
鮮やかな花びらを背景に、彼は微笑む。自然と、リセナは自分の左手を彼に預けていた。
メィシーは、迷うことなく、彼女の薬指に指輪を通す。この場所に、愛や絆を深めるという意味があることを、リセナは知っていた。
彼の左手でも、同じ位置に指輪が輝いている。
一連の光景を、ずっと、グレイと一緒に遠くから眺めていたレオンがついに口を開く。
「なにアレ。メィシーのこと、ぶん殴ってきていい?」
「勝手にしろ」
レオンが助走をつけてメィシーを殴りに行く。しかし、こちらに気付いたリセナが、とっさに左手を背中に回したのを見て動きが止まった。
――あれ、いまの、オレから指輪を隠した……?
気のせいかもしれない。彼女はもう、真面目な顔をして、レオンと後からやってきたグレイに向けて言った。
「ああ、そうだ、私……お二人にも、相談したいんです。これから、どうするのかを」
彼女は、三人の顔を順番に見回す。
「私、まずは、メィシーさんの里に試練の手助けをしに行きたいと思っています。そして、その後に、グレイさんと魔王討伐に……」
一度言葉を切って、リセナはメィシーを見つめる。
「その時、メィシーさんにも、戦力として討伐についてきてほしいんです。もちろん無理にとは言わないし、どんな返答でも、試練の手助けはします」
「……なるほど。たしかに、試練に合格さえすれば、僕のクリスタルにかかっている制限魔法も解かれるので戦力にはなるでしょう」
彼は、この相談を予想していたのか、あまり動揺した様子はなかった。
「ただ、魔王に挑むのは、命がけの危険な行為です。ここで軽々しく約束はできません。とは言っても、平和のために必要性は理解していますから……今はただ、前向きに考える、とだけ。この返答で構わないでしょうか」
「……はい。ありがとうございます、真剣に答えてくれて」
リセナが表情をうかがうと、グレイも「それで構わん」とだけ答えた。どうやら、エルフの里にも同行してくれるらしい。
この流れは、レオンが以前彼女に提案していたものだった。しかし、
――リセナ、本気で魔王討伐に行くつもりなのか……? あとでメィシーと、グレイを引き離す作戦を考えないとな……。
と思いながら、表面上だけ無邪気に笑う。
「よし、それじゃあ話がまとまったところで! そろそろご飯に行かない? オレお腹空いた~! リセナなに食べたい?」
「そうですね、ちょっと早いけど行きましょうか。えっと、そうだなぁ――」
リセナから緊張感が薄れる。
日差しがオレンジ色になり始めた頃、彼女の隣を歩くメィシーはふっと息を吐き出した。
「よかった。僕、ここで四人での旅が終わるかもしれないと思うと、少し寂しかったんですよ。はじめこそリセナを奪い合う関係だったけれど、里を出て外の人と過ごす時間は、とても貴重な体験でした」
レオンは
――今でも奪い合う関係だよな????
と思ったけれど、とりあえずニコニコしておいた。リセナが、うんうんと完全に同意している様子だったからだ。
それからメィシーは、通りにある武具屋を指差す。
「あっ、夕飯の前にあそこへ寄ってもいいですか? この杖も、また必要としている人の手に渡ってほしいので」
宝石の外された杖を抱えて、彼は武具屋に入る。売る手続きのためカウンターに向かうと、そこでは店主が客と一緒に新聞を広げてうなっていた。
「う~ん、ハルバ鉱石の規制って言ってもねえ……一体どうなることやら」
手持ち無沙汰のレオンが、新聞をのぞき込む。
「え~なになに? 見せて!」
店主は「ほらよ」と、気前よく新聞を渡してくれた。興味深そうなリセナに聞こえるように、レオンは内容を読み上げる。
「えっと……魔導具や魔力機関に使われるハルバ鉱石が、シルト層を破壊する物質を放出していることは先日判明したばかりである。シルトは、太陽光が魔素を分解してできた物質で、遥か高くの空に多く存在し、我々の星を覆っている。このシルト層に空いた穴が、今後どのような影響を及ぼすかは未知数ではあるが、王家はハルバ鉱石の使用に関して規制に乗り出す方針である――」
「へえ……結構、大事だったんですね」
「うん。シルト層が完全に元通りになるまで、早くて数十年、対策が追いつかなければ数世紀はかかるだろうって――というか、えっ、裏面!」
新聞をひっくり返すと、王太子が許嫁と正式に婚姻を結んだとの報せが載っていた。
「いやいや早すぎるだろ、フラれて何日目だよ……」
「別に振ったわけじゃないんですけど……」
正確には、生理的に受け付けなくて、つい反吐が出てしまったのだ。物理的に。
リセナが声をひそめる。
「でも、私との婚約は公表されてなかったし、国王からすれば当初の予定通りというだけなのかもしれないですね」
「でもさあ……親に言われたから、きみを好きだった気持ちをすっぱり諦めて結婚したってこと? それなら、はじめからさあ……」
レオンたちが新聞とにらめっこしている間、店の外では、二人の警備兵が通りを歩いていた。
「なあ、本当に、この街に来てるのか?」
「ああ。宿泊地を貸したやつが、テミス行きの話をしているのを聞いたらしい」
「へえ。というか、城から拘束命令が出るなんて……一体何者なんだい? その、リセナ・シーリグってのは」
事務的な手続きのあと、礼拝堂へ案内されたのだが、リセナは書類を受け取った神官がメィシーの顔を三度見していたのが気になって小声で尋ねた。
「メィシーさん……あの、やっぱり、かすり傷の代償に死罪を受けるなんて書く人、他にいないんじゃないですか? やめましょうよ、私、転べないじゃないですか」
「大丈夫、試練中は僕が必ずあなたを支えに行きますから。僕からの誠意の証だと思ってください」
「そこまでしなくても……。私、メィシーさんのこと、もう疑ってないですよ」
「それは、ありがとうございます。一緒に、より良い未来のためにがんばりましょうね」
そう言って笑った彼は、礼拝堂の石像の前で立ち止まる。絶対法神をかたどった全身像は、たしかに美しかった。神であり、美術品であるその造形。しかし、リセナには、それよりも自分の隣で祈りを捧げるメィシーの方がずっと美しく見えた。
単なる外見だけではない。現在を生きる、血の通った一人の青年。幸福な未来を追い求める、大人だけれど、たまに無邪気な一面も見せる眩い光。
――私と彼が生きてきた時間も、残された時間も違うけど。今は、一緒に、私たちができることについて語り合っていけたらいいな……。
誓いの儀式を終え、元の広場まで戻って来ても、リセナはぼんやりとそんなことを考えていた。
催し物が終わった直後らしく、白い石畳には花びらの絨毯だけが残っている。
「リセナ」
ふとメィシーに呼ばれて見上げると、彼は一対の銀の指輪を手のひらに乗せていた。
「それは……?」
「神殿でもらえる、誓いの指輪です。魔力を流せば相手の居場所がわかります。いつでも外せるので形式的なものにはなりますが、誓いを破って逃げたりしないという証として着けるのが一般的ですね」
彼は片方の指輪を自分の指にはめると、リセナの前でひざまずいて左手を差し出した。
「受け取ってくださいますか?」
鮮やかな花びらを背景に、彼は微笑む。自然と、リセナは自分の左手を彼に預けていた。
メィシーは、迷うことなく、彼女の薬指に指輪を通す。この場所に、愛や絆を深めるという意味があることを、リセナは知っていた。
彼の左手でも、同じ位置に指輪が輝いている。
一連の光景を、ずっと、グレイと一緒に遠くから眺めていたレオンがついに口を開く。
「なにアレ。メィシーのこと、ぶん殴ってきていい?」
「勝手にしろ」
レオンが助走をつけてメィシーを殴りに行く。しかし、こちらに気付いたリセナが、とっさに左手を背中に回したのを見て動きが止まった。
――あれ、いまの、オレから指輪を隠した……?
気のせいかもしれない。彼女はもう、真面目な顔をして、レオンと後からやってきたグレイに向けて言った。
「ああ、そうだ、私……お二人にも、相談したいんです。これから、どうするのかを」
彼女は、三人の顔を順番に見回す。
「私、まずは、メィシーさんの里に試練の手助けをしに行きたいと思っています。そして、その後に、グレイさんと魔王討伐に……」
一度言葉を切って、リセナはメィシーを見つめる。
「その時、メィシーさんにも、戦力として討伐についてきてほしいんです。もちろん無理にとは言わないし、どんな返答でも、試練の手助けはします」
「……なるほど。たしかに、試練に合格さえすれば、僕のクリスタルにかかっている制限魔法も解かれるので戦力にはなるでしょう」
彼は、この相談を予想していたのか、あまり動揺した様子はなかった。
「ただ、魔王に挑むのは、命がけの危険な行為です。ここで軽々しく約束はできません。とは言っても、平和のために必要性は理解していますから……今はただ、前向きに考える、とだけ。この返答で構わないでしょうか」
「……はい。ありがとうございます、真剣に答えてくれて」
リセナが表情をうかがうと、グレイも「それで構わん」とだけ答えた。どうやら、エルフの里にも同行してくれるらしい。
この流れは、レオンが以前彼女に提案していたものだった。しかし、
――リセナ、本気で魔王討伐に行くつもりなのか……? あとでメィシーと、グレイを引き離す作戦を考えないとな……。
と思いながら、表面上だけ無邪気に笑う。
「よし、それじゃあ話がまとまったところで! そろそろご飯に行かない? オレお腹空いた~! リセナなに食べたい?」
「そうですね、ちょっと早いけど行きましょうか。えっと、そうだなぁ――」
リセナから緊張感が薄れる。
日差しがオレンジ色になり始めた頃、彼女の隣を歩くメィシーはふっと息を吐き出した。
「よかった。僕、ここで四人での旅が終わるかもしれないと思うと、少し寂しかったんですよ。はじめこそリセナを奪い合う関係だったけれど、里を出て外の人と過ごす時間は、とても貴重な体験でした」
レオンは
――今でも奪い合う関係だよな????
と思ったけれど、とりあえずニコニコしておいた。リセナが、うんうんと完全に同意している様子だったからだ。
それからメィシーは、通りにある武具屋を指差す。
「あっ、夕飯の前にあそこへ寄ってもいいですか? この杖も、また必要としている人の手に渡ってほしいので」
宝石の外された杖を抱えて、彼は武具屋に入る。売る手続きのためカウンターに向かうと、そこでは店主が客と一緒に新聞を広げてうなっていた。
「う~ん、ハルバ鉱石の規制って言ってもねえ……一体どうなることやら」
手持ち無沙汰のレオンが、新聞をのぞき込む。
「え~なになに? 見せて!」
店主は「ほらよ」と、気前よく新聞を渡してくれた。興味深そうなリセナに聞こえるように、レオンは内容を読み上げる。
「えっと……魔導具や魔力機関に使われるハルバ鉱石が、シルト層を破壊する物質を放出していることは先日判明したばかりである。シルトは、太陽光が魔素を分解してできた物質で、遥か高くの空に多く存在し、我々の星を覆っている。このシルト層に空いた穴が、今後どのような影響を及ぼすかは未知数ではあるが、王家はハルバ鉱石の使用に関して規制に乗り出す方針である――」
「へえ……結構、大事だったんですね」
「うん。シルト層が完全に元通りになるまで、早くて数十年、対策が追いつかなければ数世紀はかかるだろうって――というか、えっ、裏面!」
新聞をひっくり返すと、王太子が許嫁と正式に婚姻を結んだとの報せが載っていた。
「いやいや早すぎるだろ、フラれて何日目だよ……」
「別に振ったわけじゃないんですけど……」
正確には、生理的に受け付けなくて、つい反吐が出てしまったのだ。物理的に。
リセナが声をひそめる。
「でも、私との婚約は公表されてなかったし、国王からすれば当初の予定通りというだけなのかもしれないですね」
「でもさあ……親に言われたから、きみを好きだった気持ちをすっぱり諦めて結婚したってこと? それなら、はじめからさあ……」
レオンたちが新聞とにらめっこしている間、店の外では、二人の警備兵が通りを歩いていた。
「なあ、本当に、この街に来てるのか?」
「ああ。宿泊地を貸したやつが、テミス行きの話をしているのを聞いたらしい」
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