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7話 国宝級のご尊顔

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 中世ヨーロッパのような、異国情緒あふれる景色が売りのテーマパーク。そこに、多種多様なコスプレをした人々が集まっている。

 レンが、緊張した面持ちの瑞生の背中をばんばん叩いた。

「ねえ見て! すごいすごい! オレ、噴水見てくるからお着替えがんばってね! あっ、気球が飛んでるぅ!」
「迷子にならないでね……?」

 自分より、レンへの心配の方が勝ってきた。
 一方、旭は、部活仲間から

「荷物をお持ちしましょう!」
「お飲み物はいかがですか?」
「今日も国宝級のご尊顔ですね!」
「デュフフフ!」

 と、ワイワイ囲まれている。

「あれは一体……?」
 つぶやく瑞生に、蒼真が答えた。
「旭は、オタサーの王子だからね」
「はじめて聞く単語」

 旭に連れられて、更衣室へ向かいながら瑞生は考える。

 ――もしかして、旭って普通に、同性にもモテまくっているのでは……?

 それもそのはず、整った顔立ちに程よく鍛えられた体。しかも長身。大抵のことは卒なくこなす有能さ。

「瑞生、メイクは俺がやるから」

 瑞生が着替えとファンデーション塗りに手こずっている間に、アルバートのコスプレを完成させた旭が顔をのぞき込んできた。完璧に王子様になっている。

「うっ、二次元から舞い降りてる……」
「どうした、あいつらに毒されたか」

 旭が、アイライナーを手に取る。

「ちょっと目をつぶっててくれ」
「ん……」

 視界が閉ざされたところで、旭の大きな手が頰に触れる。思わず、ドキリとしてしまった。

 ――な、これ、なんで? 支えてないと安定しないから? そうだよね、他意なんてないよね……!?

 正気を失いそうだったので、瑞生は無理やり話題を絞り出す。

「あ、旭、自分でメイクできるのすごいね」
「ああ、姉貴に叩き込まれた。『お前はコスプレをするために産まれてきたんだ』って言われて」
「へえ、(クセの強い)お姉さんがいるんだ」

 目を閉じたまま笑っていると、ふと、旭の指が唇をなでる感触がした。

「んぅっ……!?」

 瑞生の肩が跳ねる。驚いて目を開けると、指にうっすらと口紅をつけた旭が眉根を寄せていた。

「あ……すまん、急に触ったりして。淡くしたかったから指で塗ったんだ」
「え、あ、や、ごめん、変な反応して……」
「もう、目開けてていいからな」

 旭は話を引きずらなかったが、瑞生の心臓はもうバクバクだった。

 ――あぁ~やらかしたぁ~! 変な声出たぁ……! というか、キス、される時みたいだった……!

 目を開けても、旭の顔を見ることができず、明後日の方向に視線を投げる。

 更衣室から出てきた瑞生は、レンの顔を見るなり、安心と情けなさでよたよたと歩み寄った。

「わぁ、すっごく似合って――えっ、どうしたの? 瑞生? おーい、猫ちゃ~ん」

 肩をとんとんしてやると、瑞生は小さく「死にそう……」とつぶやいた。前途多難だ。

 追い打ちをかけるように、蒼真がとびきりの笑顔で言う。

「さあっ、早速撮影しようか! まずは腕を組んでエスコートして!」

 普段、旭のそばにいるだけでいっぱいいっぱいの人間が、そんなに密着したら感情のメーターが振り切れる。

 なのに、腕を組んだら組んだで、カメラ係の皆さんから注文が飛んでくる。

「もっと密着して!」
「お互い見つめ合って!!」

 瑞生は、自分の胸の鼓動が旭の腕に伝わっているのではないかと気が気でなかった。そして芋づる式に、色んなことが気になって深みにハマって行く。

 ――あ……いま、この服の下、旭の腕があるんだ。俺、抱きついてる……うわ、やばい、結構しっかりしてる……!

「高見氏、次は後ろからハグ!」

 容量オーバーのまま後ろから抱きしめられ、瑞生は図らずも『ツンデレのアンジェリカが完全に落とされたトロトロ乙女顔』を原作再現してしまった。

 腰が抜けそうになる彼を、旭が支えてそっとささやく。

「大丈夫か?」
「ふぇ……あ、ひゃい……」

 大丈夫ではなさそうだ。

 その後もお姫様抱っこや壁ドンやあごクイなど様々な注文が飛び、撮影陣から野太い歓声が上がる。次第に、瑞生もなんとか旭との撮影を楽しむ余裕が出てきた。

 幸せそうな二人の姿を見て、レンは一安心――かと、自分でも思ったけれど。少し離れたところから、ずっと眺めていると、なんだか胸がきゅっとする。

 ――あ、まただ……。

 瑞生にこっちを見てほしい。そばに来てほしい。そんな感情が、体を動かしそうになる。

 撮影の休憩に入ったとき、レンはその衝動のまま走り出した。

「ねっ、瑞生! オレとも写真撮って! ぎゅーってして!」
「え、うん、いいけど……」

 ノリのいい撮影陣が、オフショットもたくさん撮ってくれる。その時、瑞生の視界に、コスプレ姿の女性二人組がこちらを見て打ち震えている姿が入った。

「ア、ア、アル✕アンだ~!」
「あっ、あのっ、すみません! 一緒にお写真いいですか!?」

 そういえば、同じ作品に出ていたキャラの衣装を着ているな、と瑞生は思った。
 最初はその程度の認識だったが、四人で写真を撮り終えると、女性二人組が旭に名刺を差し出す。
「あの、これ、よかったら繋がってください!」

 ――え、ナンパされてる?

 旭は軽く「ああ、どうも、ありがとうございます」だなんて返答しているけれど、瑞生は目をガッツリ開いて女性二人組を凝視する。

 ――えっ、なに、え? そういう文化なの? コスプレってそうなの? あっ、こっちにも来た。

「アンジェリカ様も、とってもお綺麗です!」
 名刺を渡される。
「ア、アリガトウゴザイマス……」
 敵なのかどうか判別に迷う瑞生。

 ――というか、旭……学校から出たら、めちゃくちゃモテまくるじゃん……ッ!

 気がつけば、彼らは大量の女性とその他もろもろ老若男女に取り囲まれていた。

 ◇◇◇

 全ての撮影が終わり、家の近くまで帰ってくる。おしゃべりをし続けるレンと、相手をしてやっている旭のおかげで静まり返ることはないが、瑞生はずっと同じことをぐるぐる考えていた。

 ――ああ、旭は誰から見ても格好良いもんな……。早く告白しないと、いつの間にか知らない人に取られてるかも。ああ、でも、振られた時のことを考えると……。

 いつの間にか、旭と別れる道まできた。レンが元気に手を振る。

「じゃあね、旭! また学校で!」
「ああ。二人とも、今日はありがとな」

 瑞生がなにか答える前に、レンがその手をぱっとにぎった。

 旭は、ぽつりと「本当に仲が良いんだな」とつぶやく。

「え――」

 戸惑いの声を小さく漏らしただけで、瑞生は、なにも答えられないまま旭の背中を見送ることとなった。

 ――たしかに、レンといるのは、気負わなくていいから楽だけど。それは、友達として好きってことであって……やっぱり、旭にだけは、勘違いしてほしくない……っ。

 いつまでも歩き出さない瑞生の顔を、レンがのぞき込む。

「どうしたの? 早く帰ろ?」
「レン……ごめん、先帰ってて!」
「えっ!?」

 夕暮れの道を、突然ダッシュする瑞生。

 一人ぽつんと取り残されたレンは、ぽかんとした後、ぎゅっとする自分の胸を押さえた。

「うそ……えっ、旭のところ……? 行っちゃうの……?」
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