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4話 瑞生と旭

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 瑞生が旭とはじめて会ったのは、小学校五年生の時だった。転入生だった瑞生は、最初こそクラスメイトに囲まれていたが、あまり話さない彼に周囲の興味は薄れていった。

 物静かなわけでも、一人が好きなわけでもない。ただ、緊張していて、借りてきた猫状態。休み時間は、本を読んで過ごす。だから、みんなは、瑞生をそっとしておいてあげるのが正解だと思っていた。

 そんな中、前の席だった旭だけは、たまに瑞生に話しかけていた。

 家はどこか、とか。趣味はなにか、とか。それで、仲良くなれそうなクラスメイトを呼んで、繋ぐような役割をしていた。

 少しだけ、瑞生にも新しい友達ができた。中学校に上がってからは旭と同じクラスになることもなく、話す機会もほとんどなかったけれど――彼の存在が、どれだけ救いになったことか。しかも、高校で友達と離れたことまで気にかけてくれていたなんて。

「高見は……優しいんだ」

 レンと一緒に階段に腰かけて、瑞生はこれまでのことを振り返る。

「ちょっと、ぶっきらぼうなところもあるけど、面倒見が良くて。はじめは、ただ、そういうのが嬉しかっただけなんだけど……中学生になってからさ、気づいたら高見を目で追ってたんだ。あいつ、どんどん身長が伸びて、体つきもしっかりしてきて……」

 当時の光景が、今も胸を打つ。

「俺、高見に彼女がいるって知ったとき……なんか、すごく胸が苦しくて。そこで気づいたんだ。俺、あいつのことが好きで……友達じゃ、足りないくらいの気持ちになってるって」

 しん、と辺りが静まり返る。
 瑞生は、羞恥に耐えきれなくなって、ほてった顔を両手でパタパタとあおいだ。

「いや、なに言ってんだろ、恥ず……。ごめん、こんなこと言われても困るよね」
「う、ううん! ありがと、教えてくれて!」

 静かに話を聞いていたレンは、一生懸命に答える。

「えっと、びっくりしたけど、いいと思う! その、付き合いたいってことだよね? オレ、応援するよ!」

 純粋で、まっすぐな瞳。
 瑞生の緊張が、ようやく解ける。自然と、顔がほころぶ。

「うん……ありがと。お前に話せてよかったよ」

 レンの表情が、ぱあっと輝く。

 それから、巡回の先生の足音が響いてくる。なんだか、イタズラをした子どもみたいな気持ちになって、彼らは急いで部屋へと戻った。

 瑞生たちが布団にもぐり込んだ後、寝たふりをしていた結心がすかさずスマホで時間を確認する。

 ――はいっ、二人が戻って来るまでに二十五分もかかりました! やっぱこいつら付き合ってるだろ! じゃなきゃトイレにそんな時間かからねえよ……! 一体ナニして帰ってきたんだよぉ!

 結心のしたがっていた恋バナだが、彼の妄想はあらぬ方向に転がっていく。

 ――マジか。マジなのか。マジなら、二人の邪魔しないように高見あたりには言っといた方がいいか……!? いや、学校行事中に乳繰り合ってんじゃねえよ、うらやましい~っ!!

 ◇◇◇

 翌日、合宿最後のスケジュール――昼食に、みんなでバーベキュー。

 班ごとにコンロを与えられて、自分たちで焼いて食べるのだが……瑞生の班は、結心と他三人がひたすら肉を奪い合っており、旭が文句を言いながら延々と肉を焼き続けていた。

「おいこら、お前ら、肉ばっかり食べるな。さっきから猫宮が空気読んで野菜しか食ってないだろうが……!」

 そんなところにも、瑞生はときめいてしまう。

 ――高見、自分の肉より俺の心配を……!

 重症である。

 そこへ、レンがやってくる。

「やっほー! 高ちゃん、ちょっと猫ちゃん借りて行くね~!」
「ん? ああ――」

 連れ去られる瑞生。二人が行ってしまってから、結心は焼き肉を乗っけたご飯を手に旭に耳打ち(しようと思ったけど身長差のせいで届かず屈んでもらった)した。

「高見、ちょっと来て。これやるから」

 お前のじゃないだろ、と思ったが、大人しくついて行く旭。結心は、人集りから離れた場所で話を切り出した。

「なあ、俺、やっぱり犬飼と猫宮は付き合ってると思うんだ……!」
「へえ」(肉もぐもぐ)
「だって! 昨日の夜、二人で部屋を抜け出して二十五分も帰ってこなかったんだぞ! 絶対なんかこう色々してるって!」
「ふうん」(ご飯もぐもぐ)
「反応が! 薄い!」

 口の中のものを飲み込んでから、旭は呆れたように眉をひそめた。

「だったら、なんなんだよ」
「いや、だって、マジなら邪魔しちゃ悪いじゃん……!? 二人っきりのところに入って行かないようにしようって話!」
「あー、はいはい。あの猫宮がねえ……」

 一方、その頃、瑞生はレンに『高ちゃんと仲良くなろう大作戦』を伝授されていた。

「やっぱり、共通の話題だよ!」
「え……っと、同じ趣味を持つとか?」
「うん! まずは、オススメの漫画とか聞いてみよう! オレに任せて!」

 レンに引っ張られ、自分の班へ戻る。すぐに旭たちも帰ってきて、レンが作戦をスタートさせた。

「ねえねえ高ちゃん! なにかオススメの漫画なぁい?」
「ん? ああ、誰に勧めるかによって変わってくるな」
「猫ちゃんが知りたいって!」

 雑なパス。目をまん丸にして肩を跳ねさせる瑞生を、旭が見やる。

「何系がいいんだ? 前に、ミステリーとかファンタジー小説は読んでたよな」
「あ、うん、えっと……!」

 他の班員が焼き始めた詫び肉を食べながら、旭は瑞生の話を真剣に聞く。

 その途中で、レンは自分の班員から呼び戻された。

「おーい、レンレーン!」
「あっ、はーい! じゃっ、また後でね!」

 瑞生に「がんばれ!」のウインクをして走って行くレン。遠くから様子をうかがうと、瑞生が、はにかみながらも旭と楽しそうに話をする姿が目に入った。

 ――わっ、猫ちゃん、いい感じ!

 やわらかな春の日差しの中で、瑞生は幸せそうに笑っている。恥ずかしいのか、旭の顔を見続けることもできず、何度も視線をそらして――それでも、また何度も彼の顔を見ては、頬を緩ませている。

 ――本当に、大好きなんだなあ。

 そう思った時、レンは、自分の胸の違和感に気づいた。

「……?」

 胸に手を当ててうつむく彼を、班員が気にかける。

「どうしたの?」
「なんか……この辺が、ぎゅってする……」

 それを聞いた班員たちが、顔を見合わせる。

「食中毒……?」
「心臓発作……?」
「死――せっ、先生ぇ! 犬飼がぁああ!」

 問題ないですね、と保健の先生に言われるまで、一時辺りは騒然となった。
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