5 / 10
4話 瑞生と旭
しおりを挟む
瑞生が旭とはじめて会ったのは、小学校五年生の時だった。転入生だった瑞生は、最初こそクラスメイトに囲まれていたが、あまり話さない彼に周囲の興味は薄れていった。
物静かなわけでも、一人が好きなわけでもない。ただ、緊張していて、借りてきた猫状態。休み時間は、本を読んで過ごす。だから、みんなは、瑞生をそっとしておいてあげるのが正解だと思っていた。
そんな中、前の席だった旭だけは、たまに瑞生に話しかけていた。
家はどこか、とか。趣味はなにか、とか。それで、仲良くなれそうなクラスメイトを呼んで、繋ぐような役割をしていた。
少しだけ、瑞生にも新しい友達ができた。中学校に上がってからは旭と同じクラスになることもなく、話す機会もほとんどなかったけれど――彼の存在が、どれだけ救いになったことか。しかも、高校で友達と離れたことまで気にかけてくれていたなんて。
「高見は……優しいんだ」
レンと一緒に階段に腰かけて、瑞生はこれまでのことを振り返る。
「ちょっと、ぶっきらぼうなところもあるけど、面倒見が良くて。はじめは、ただ、そういうのが嬉しかっただけなんだけど……中学生になってからさ、気づいたら高見を目で追ってたんだ。あいつ、どんどん身長が伸びて、体つきもしっかりしてきて……」
当時の光景が、今も胸を打つ。
「俺、高見に彼女がいるって知ったとき……なんか、すごく胸が苦しくて。そこで気づいたんだ。俺、あいつのことが好きで……友達じゃ、足りないくらいの気持ちになってるって」
しん、と辺りが静まり返る。
瑞生は、羞恥に耐えきれなくなって、ほてった顔を両手でパタパタとあおいだ。
「いや、なに言ってんだろ、恥ず……。ごめん、こんなこと言われても困るよね」
「う、ううん! ありがと、教えてくれて!」
静かに話を聞いていたレンは、一生懸命に答える。
「えっと、びっくりしたけど、いいと思う! その、付き合いたいってことだよね? オレ、応援するよ!」
純粋で、まっすぐな瞳。
瑞生の緊張が、ようやく解ける。自然と、顔がほころぶ。
「うん……ありがと。お前に話せてよかったよ」
レンの表情が、ぱあっと輝く。
それから、巡回の先生の足音が響いてくる。なんだか、イタズラをした子どもみたいな気持ちになって、彼らは急いで部屋へと戻った。
瑞生たちが布団にもぐり込んだ後、寝たふりをしていた結心がすかさずスマホで時間を確認する。
――はいっ、二人が戻って来るまでに二十五分もかかりました! やっぱこいつら付き合ってるだろ! じゃなきゃトイレにそんな時間かからねえよ……! 一体ナニして帰ってきたんだよぉ!
結心のしたがっていた恋バナだが、彼の妄想はあらぬ方向に転がっていく。
――マジか。マジなのか。マジなら、二人の邪魔しないように高見あたりには言っといた方がいいか……!? いや、学校行事中に乳繰り合ってんじゃねえよ、うらやましい~っ!!
◇◇◇
翌日、合宿最後のスケジュール――昼食に、みんなでバーベキュー。
班ごとにコンロを与えられて、自分たちで焼いて食べるのだが……瑞生の班は、結心と他三人がひたすら肉を奪い合っており、旭が文句を言いながら延々と肉を焼き続けていた。
「おいこら、お前ら、肉ばっかり食べるな。さっきから猫宮が空気読んで野菜しか食ってないだろうが……!」
そんなところにも、瑞生はときめいてしまう。
――高見、自分の肉より俺の心配を……!
重症である。
そこへ、レンがやってくる。
「やっほー! 高ちゃん、ちょっと猫ちゃん借りて行くね~!」
「ん? ああ――」
連れ去られる瑞生。二人が行ってしまってから、結心は焼き肉を乗っけたご飯を手に旭に耳打ち(しようと思ったけど身長差のせいで届かず屈んでもらった)した。
「高見、ちょっと来て。これやるから」
お前のじゃないだろ、と思ったが、大人しくついて行く旭。結心は、人集りから離れた場所で話を切り出した。
「なあ、俺、やっぱり犬飼と猫宮は付き合ってると思うんだ……!」
「へえ」(肉もぐもぐ)
「だって! 昨日の夜、二人で部屋を抜け出して二十五分も帰ってこなかったんだぞ! 絶対なんかこう色々してるって!」
「ふうん」(ご飯もぐもぐ)
「反応が! 薄い!」
口の中のものを飲み込んでから、旭は呆れたように眉をひそめた。
「だったら、なんなんだよ」
「いや、だって、マジなら邪魔しちゃ悪いじゃん……!? 二人っきりのところに入って行かないようにしようって話!」
「あー、はいはい。あの猫宮がねえ……」
一方、その頃、瑞生はレンに『高ちゃんと仲良くなろう大作戦』を伝授されていた。
「やっぱり、共通の話題だよ!」
「え……っと、同じ趣味を持つとか?」
「うん! まずは、オススメの漫画とか聞いてみよう! オレに任せて!」
レンに引っ張られ、自分の班へ戻る。すぐに旭たちも帰ってきて、レンが作戦をスタートさせた。
「ねえねえ高ちゃん! なにかオススメの漫画なぁい?」
「ん? ああ、誰に勧めるかによって変わってくるな」
「猫ちゃんが知りたいって!」
雑なパス。目をまん丸にして肩を跳ねさせる瑞生を、旭が見やる。
「何系がいいんだ? 前に、ミステリーとかファンタジー小説は読んでたよな」
「あ、うん、えっと……!」
他の班員が焼き始めた詫び肉を食べながら、旭は瑞生の話を真剣に聞く。
その途中で、レンは自分の班員から呼び戻された。
「おーい、レンレーン!」
「あっ、はーい! じゃっ、また後でね!」
瑞生に「がんばれ!」のウインクをして走って行くレン。遠くから様子をうかがうと、瑞生が、はにかみながらも旭と楽しそうに話をする姿が目に入った。
――わっ、猫ちゃん、いい感じ!
やわらかな春の日差しの中で、瑞生は幸せそうに笑っている。恥ずかしいのか、旭の顔を見続けることもできず、何度も視線をそらして――それでも、また何度も彼の顔を見ては、頬を緩ませている。
――本当に、大好きなんだなあ。
そう思った時、レンは、自分の胸の違和感に気づいた。
「……?」
胸に手を当ててうつむく彼を、班員が気にかける。
「どうしたの?」
「なんか……この辺が、ぎゅってする……」
それを聞いた班員たちが、顔を見合わせる。
「食中毒……?」
「心臓発作……?」
「死――せっ、先生ぇ! 犬飼がぁああ!」
問題ないですね、と保健の先生に言われるまで、一時辺りは騒然となった。
物静かなわけでも、一人が好きなわけでもない。ただ、緊張していて、借りてきた猫状態。休み時間は、本を読んで過ごす。だから、みんなは、瑞生をそっとしておいてあげるのが正解だと思っていた。
そんな中、前の席だった旭だけは、たまに瑞生に話しかけていた。
家はどこか、とか。趣味はなにか、とか。それで、仲良くなれそうなクラスメイトを呼んで、繋ぐような役割をしていた。
少しだけ、瑞生にも新しい友達ができた。中学校に上がってからは旭と同じクラスになることもなく、話す機会もほとんどなかったけれど――彼の存在が、どれだけ救いになったことか。しかも、高校で友達と離れたことまで気にかけてくれていたなんて。
「高見は……優しいんだ」
レンと一緒に階段に腰かけて、瑞生はこれまでのことを振り返る。
「ちょっと、ぶっきらぼうなところもあるけど、面倒見が良くて。はじめは、ただ、そういうのが嬉しかっただけなんだけど……中学生になってからさ、気づいたら高見を目で追ってたんだ。あいつ、どんどん身長が伸びて、体つきもしっかりしてきて……」
当時の光景が、今も胸を打つ。
「俺、高見に彼女がいるって知ったとき……なんか、すごく胸が苦しくて。そこで気づいたんだ。俺、あいつのことが好きで……友達じゃ、足りないくらいの気持ちになってるって」
しん、と辺りが静まり返る。
瑞生は、羞恥に耐えきれなくなって、ほてった顔を両手でパタパタとあおいだ。
「いや、なに言ってんだろ、恥ず……。ごめん、こんなこと言われても困るよね」
「う、ううん! ありがと、教えてくれて!」
静かに話を聞いていたレンは、一生懸命に答える。
「えっと、びっくりしたけど、いいと思う! その、付き合いたいってことだよね? オレ、応援するよ!」
純粋で、まっすぐな瞳。
瑞生の緊張が、ようやく解ける。自然と、顔がほころぶ。
「うん……ありがと。お前に話せてよかったよ」
レンの表情が、ぱあっと輝く。
それから、巡回の先生の足音が響いてくる。なんだか、イタズラをした子どもみたいな気持ちになって、彼らは急いで部屋へと戻った。
瑞生たちが布団にもぐり込んだ後、寝たふりをしていた結心がすかさずスマホで時間を確認する。
――はいっ、二人が戻って来るまでに二十五分もかかりました! やっぱこいつら付き合ってるだろ! じゃなきゃトイレにそんな時間かからねえよ……! 一体ナニして帰ってきたんだよぉ!
結心のしたがっていた恋バナだが、彼の妄想はあらぬ方向に転がっていく。
――マジか。マジなのか。マジなら、二人の邪魔しないように高見あたりには言っといた方がいいか……!? いや、学校行事中に乳繰り合ってんじゃねえよ、うらやましい~っ!!
◇◇◇
翌日、合宿最後のスケジュール――昼食に、みんなでバーベキュー。
班ごとにコンロを与えられて、自分たちで焼いて食べるのだが……瑞生の班は、結心と他三人がひたすら肉を奪い合っており、旭が文句を言いながら延々と肉を焼き続けていた。
「おいこら、お前ら、肉ばっかり食べるな。さっきから猫宮が空気読んで野菜しか食ってないだろうが……!」
そんなところにも、瑞生はときめいてしまう。
――高見、自分の肉より俺の心配を……!
重症である。
そこへ、レンがやってくる。
「やっほー! 高ちゃん、ちょっと猫ちゃん借りて行くね~!」
「ん? ああ――」
連れ去られる瑞生。二人が行ってしまってから、結心は焼き肉を乗っけたご飯を手に旭に耳打ち(しようと思ったけど身長差のせいで届かず屈んでもらった)した。
「高見、ちょっと来て。これやるから」
お前のじゃないだろ、と思ったが、大人しくついて行く旭。結心は、人集りから離れた場所で話を切り出した。
「なあ、俺、やっぱり犬飼と猫宮は付き合ってると思うんだ……!」
「へえ」(肉もぐもぐ)
「だって! 昨日の夜、二人で部屋を抜け出して二十五分も帰ってこなかったんだぞ! 絶対なんかこう色々してるって!」
「ふうん」(ご飯もぐもぐ)
「反応が! 薄い!」
口の中のものを飲み込んでから、旭は呆れたように眉をひそめた。
「だったら、なんなんだよ」
「いや、だって、マジなら邪魔しちゃ悪いじゃん……!? 二人っきりのところに入って行かないようにしようって話!」
「あー、はいはい。あの猫宮がねえ……」
一方、その頃、瑞生はレンに『高ちゃんと仲良くなろう大作戦』を伝授されていた。
「やっぱり、共通の話題だよ!」
「え……っと、同じ趣味を持つとか?」
「うん! まずは、オススメの漫画とか聞いてみよう! オレに任せて!」
レンに引っ張られ、自分の班へ戻る。すぐに旭たちも帰ってきて、レンが作戦をスタートさせた。
「ねえねえ高ちゃん! なにかオススメの漫画なぁい?」
「ん? ああ、誰に勧めるかによって変わってくるな」
「猫ちゃんが知りたいって!」
雑なパス。目をまん丸にして肩を跳ねさせる瑞生を、旭が見やる。
「何系がいいんだ? 前に、ミステリーとかファンタジー小説は読んでたよな」
「あ、うん、えっと……!」
他の班員が焼き始めた詫び肉を食べながら、旭は瑞生の話を真剣に聞く。
その途中で、レンは自分の班員から呼び戻された。
「おーい、レンレーン!」
「あっ、はーい! じゃっ、また後でね!」
瑞生に「がんばれ!」のウインクをして走って行くレン。遠くから様子をうかがうと、瑞生が、はにかみながらも旭と楽しそうに話をする姿が目に入った。
――わっ、猫ちゃん、いい感じ!
やわらかな春の日差しの中で、瑞生は幸せそうに笑っている。恥ずかしいのか、旭の顔を見続けることもできず、何度も視線をそらして――それでも、また何度も彼の顔を見ては、頬を緩ませている。
――本当に、大好きなんだなあ。
そう思った時、レンは、自分の胸の違和感に気づいた。
「……?」
胸に手を当ててうつむく彼を、班員が気にかける。
「どうしたの?」
「なんか……この辺が、ぎゅってする……」
それを聞いた班員たちが、顔を見合わせる。
「食中毒……?」
「心臓発作……?」
「死――せっ、先生ぇ! 犬飼がぁああ!」
問題ないですね、と保健の先生に言われるまで、一時辺りは騒然となった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
初夜の翌朝失踪する受けの話
春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…?
タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。
歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け
マジで婚約破棄される5秒前〜婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ悪役令息は一体どうしろと?〜
明太子
BL
公爵令息ジェーン・アンテノールは初恋の人である婚約者のウィリアム王太子から冷遇されている。
その理由は彼が侯爵令息のリア・グラマシーと恋仲であるため。
ジェーンは婚約者の心が離れていることを寂しく思いながらも卒業パーティーに出席する。
しかし、その場で彼はひょんなことから自身がリアを主人公とした物語(BLゲーム)の悪役だと気付く。
そしてこの後すぐにウィリアムから婚約破棄されることも。
婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ一体どうしろと?
シナリオから外れたジェーンの行動は登場人物たちに思わぬ影響を与えていくことに。
※小説家になろうにも掲載しております。
婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。
悪役令息の兄には全てが視えている
翡翠飾
BL
「そういえば、この間臣麗くんにお兄さんが居るって聞きました!意外です、てっきり臣麗くんは一人っ子だと思っていたので」
駄目だ、それを言っては。それを言ったら君は───。
大企業の御曹司で跡取りである美少年高校生、神水流皇麗。彼はある日、噂の編入生と自身の弟である神水流臣麗がもめているのを止めてほしいと頼まれ、そちらへ向かう。けれどそこで聞いた編入生の言葉に、酷い頭痛を覚え前世の記憶を思い出す。
そして彼は気付いた、現代学園もののファンタジー乙女ゲームに転生していた事に。そして自身の弟は悪役令息。自殺したり、家が没落したり、殺人鬼として少年院に入れられたり、父に勘当されキャラ全員を皆殺しにしたり───?!?!しかもそんな中、皇麗はことごとく死亡し臣麗の闇堕ちに体よく使われる?!
絶対死んでたまるか、臣麗も死なせないし人も殺させない。臣麗は僕の弟、だから僕の使命として彼を幸せにする。
僕の持っている予知能力で、全てを見透してみせるから───。
けれど見えてくるのは、乙女ゲームの暗い闇で?!
これは人が能力を使う世界での、予知能力を持った秀才美少年のお話。
双子攻略が難解すぎてもうやりたくない
はー
BL
※監禁、調教、ストーカーなどの表現があります。
22歳で死んでしまった俺はどうやら乙女ゲームの世界にストーカーとして転生したらしい。
脱ストーカーして少し遠くから傍観していたはずなのにこの双子は何で絡んでくるんだ!!
ストーカーされてた双子×ストーカー辞めたストーカー(転生者)の話
⭐︎登場人物⭐︎
元ストーカーくん(転生者)佐藤翔
主人公 一宮桜
攻略対象1 東雲春馬
攻略対象2 早乙女夏樹
攻略対象3 如月雪成(双子兄)
攻略対象4 如月雪 (双子弟)
元ストーカーくんの兄 佐藤明
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる