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番外小話
小話 和葉的考察 オランド夫妻と愛の結晶
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仲良きことは、素晴らしきことかな。
お茶菓子を取りに来て、まだ手にしたクッキーを口にしていないにも関わらず私は、甘い砂糖を頭から浴びた気分です。
「気をつけておくれよ、あんた」
「ああ、ほんの少しの間でも、戸締まりを忘れるんじゃないぞ、セリア」
ラウールさんは、寄り添うセリアさんの頬を、甘い笑みを浮かべながらひと撫でします。そして一瞬だけですが、そっと抱擁してから名残惜しそうに出ていきました。
…………えーと。
「確か日付が変わる頃には、帰ってくるんでしたよね、ラウールさんは」
私の問いに、振り向いてにっこりと笑うセリアさん。
「ああ、そうさ。街の商業組合の寄り合いだからね。飲み過ぎないといいけど……」
いつも思うのですが、本当に仲の良いご夫婦です。なんと言いますか、度々こうして、二人の世界が展開されています。
思春期の年頃でしたら、どう受け止めて良いのやら迷うところです。そういえば修行のために、遠い街に行っているという息子さんに、そのへんの事を一度聞いてみたい。
そんなことを思いながら、私はセリアさんからいただいたクッキーを抱え、オランド亭を後にしました。
街道をてくてく歩いているところで、見回りに行くアルベリックさんにばったり遭遇し、クッキーを一つ、かすめ取られました。
再び大きな手が出てきたので、慌てて逃げて来ましたよ、もう。
「ええー、じゃあブリジットってば、パレードするの?」
「パレード? なによ、それ」
「だって、馬車でお式の後に広場を通って、街の皆にお祝いされながら新居に入るんでしょう? そういうの、パレードって言いますよ」
「へえ、そうなの? こっちじゃそれが普通よ。ねえ、マリー?」
「そうよ、素敵でしょう! それで、ドレスの色はどうしたのよ、ブリジット?」
「薄いピンクに決めたわ」
「本当? でも絶対に、白がいいって言ってなかった?」
「もちろんそうなんだけど、やっぱり、憧れの白は勇気がなかったわ」
控えめに笑うブリジットの顔はいい具合に染まり、大げさに胸で手を組み、陶酔しているようです。
今日は最近仲良くなった、女友達とともにティータイムです。面子はもうすぐ結婚予定の、大工の娘ブリジット、その準備の様子を聞きたくて仕方がないパン屋の娘のポーラ、同じく世話焼きなマリーとまだ十五歳を迎えたばかりのルネ、そして私の五人です。
場所は私のにがお絵屋の、店先に椅子を並べています。開店休業みたいなものですから……って、自分で言ってて空しいですが、今日はたまたまです、そう、たまたま。
今日の一番の話題は、もちろんブリジットの結婚。
私の世界とは習慣が違うようで、どんな話も面白くて、やめられません。楽しい話題と美味しいお菓子があれば、何時間でもこうしていたいのが女子なのですよね。とはいえ、お皿いっぱいにあったお茶請けクッキーは、一時間もたたない内に、すっからかんになりましたけどね。
「花嫁さんは白いドレスと決まっているのでは、ないんですか?」
私の間の抜けた質問に、ブリジットをはじめ、集まった少女たちが目を丸くしています。
「まさか、知らないの?」
うん?
「あんなに、傍にいるのに!」
呆れ口調のマリーに、それなら教えて下さいよと言ってみれば。彼女たちから出てきた話に、今度は私が目を丸くする番でした。
それはまるで、お伽噺のようなロマンティックな物語。
ある小さな村に、一人の働き者の娘がおりました。娘は生家の商売を継ぐために、領主様の元に侍女として、行儀見習いに来ていました。
ある日のこと、領主の屋敷に、怪我を負った若者がやって来ました。彼は先年の戦で功を立てた英雄でした。その時は、まだ時折起こる国境でのいざこざを収めに来たところ、魔獣の群れに襲われたのでした。部下は何人も魔獣の毒牙にかかり、命を落とし散り散りになり、若者もまた、深手を負っていました。
娘は領主の命で、若者を看病します。熱にうなされ、朦朧とした若者を、それは甲斐甲斐しく。
ようやく命の危機を脱したとき、二人は恋におちます。ですが、かたや辺境の町娘。かたや国の英雄。せっかく芽生えた恋は、あっけなく引き裂かれる。
若者は娘にこう言って、王都へ戻って行きます。
「必ず、戻ってきます。だからその時は、どうか私と共に生きて下さい」
男の名は、英雄ラウール・バルテス。又の名を豪腕のラウール。娘の名は…………。
「ちょ、ちょーと待ってください!」
「もう、良いところなのに、カズハ!」
気持ちよく、歌い上げるように物語を紡ぐマリーは、中断させられたことが不満のようです。
「ごめん、でも。ラウールさんって、ラウール・オランドじゃなかったの?」
「カズハ、だからそれを今から聞かせようとしたのに」
互いを想い合っているのに、離れ離れの二人。しかし、ラウール・バルテスは決意していたのです。彼は王様に願い出ました。全ての地位を捨てて、辺境に身を寄せることを。
しかし周りはそれを良しとしません。いまだ紛争の収まらない地域が、いくつも残されていたからです。
娘は信じて待ちました。しかし時は無情に移り過ぎ、気づけば出会いから三年の時が経っていました。
既に戦争の兆しは失せ、国には平和が訪れていました。しかしある日、娘の住む街に大群の魔獣が襲いかかりました。畑は荒らされ、人は傷つき倒れ、必死に抵抗しましたが、どうにもなりませんでした。領主様は援軍を要請しましたが、なにぶん辺境のこと。当時まだ警備隊もなく、国軍を待つ間には幾人もの犠牲が出るのです。絶望に包まれたその時、街に数頭のグリフォンが降り立ちました。
ラウール・バルテスです。彼が兵を連れて助けに来てくれたのです。
豪腕のラウールと、その優秀な部下たちの働きで、無事魔獣を打ち払い、街は助かりました。
街の事件を教訓に、王立辺境警備隊が編成されることになりました。
ラウールは功績を認められ、初代ノエリアの警備隊長に就任し、娘との約束を果たしました。
娘は街中に祝福されながら、真っ白い衣装を身に纏い、花嫁となります。白は二人を結びつけた色。真っ白な包帯を毎日抱え、癒えた傷と心の象徴だから。娘が敢えて選んだ色。
珍しい色に染まった花嫁は、迎えに来たラウールと二人、仲むつまじく暮らしましたとさ。
それがこの国で語り継がれる、英雄と街娘の恋の物語。めでたし、めでたし。
「ちょっと、答えになってません! 疑問が湧きまくりです、どういうことでしょう、マリー」
そもそも、ラウールさんは先々代の隊長さんではありませんでしたか?
「あ、それ? うん、そうよねぇ、ブリジット?」
「それは、確か病気で亡くなった方の代理で、急遽復帰したのよね」
「じゃ、じゃあ、姓が変わったのは?」
「婿養子だからよ」
……へ?
衝撃的事実を知ってしまいました。
いえ、現代日本に生まれた私にとってそれはさして重大事項ではない気がしますが。ここジルベルド王国、辺境ノエリアの街でも、よくあることなのでしょうか。
物語に浸って、少女たちがうっとり目を潤ませています。どうやら、オランド夫妻の顛末は、ノエリアのみならず、広く伝えられているようです。
やっぱり白のドレスにしておけばよかったかしら。
ブリジットの呟きをよそに、私が思いを馳せるのはただ一人。
両親の恋愛を一部始終知らされるって、すんごい、痛いよ。しかもその二人の、言うなれば愛の結晶。
がんばれ、オランド家の一人息子さん。君の未来は明るいはず…………。
たぶん、いろんな意味で。
お開きのお時間となり、かしましい娘たちはそれぞれ帰っていきました。
私は、空になったクッキーのお皿を抱え、オランド亭へとむかいます。通りを歩いていると、またしてもアルベリックさんと遭遇しました。
「クッキーはもうありませんよ」
私の先制パンチ的発言は、軽く無視されました。
「あ、そうだ。アルベリックさんは、オランド夫妻の息子さんをご存知ですか?」
「ああ、何度か会ったことはある」
「……どんな方ですか? しばらく帰ってないみたいですけど、そんなに遠くで修行中なんでしょうか」
「…………」
なぜそこで悩みますか?
「しばらく、そっとしておいてやれ」
え、えええ?
いったい、何があったのでしょうか。まさか、明るすぎる未来のせいで、逃げ出したとか。ははは、まさかね。
とにかく今日はもう、美味しいお茶とクッキー、そして謎の情報で、お腹一杯になりました。
お茶菓子を取りに来て、まだ手にしたクッキーを口にしていないにも関わらず私は、甘い砂糖を頭から浴びた気分です。
「気をつけておくれよ、あんた」
「ああ、ほんの少しの間でも、戸締まりを忘れるんじゃないぞ、セリア」
ラウールさんは、寄り添うセリアさんの頬を、甘い笑みを浮かべながらひと撫でします。そして一瞬だけですが、そっと抱擁してから名残惜しそうに出ていきました。
…………えーと。
「確か日付が変わる頃には、帰ってくるんでしたよね、ラウールさんは」
私の問いに、振り向いてにっこりと笑うセリアさん。
「ああ、そうさ。街の商業組合の寄り合いだからね。飲み過ぎないといいけど……」
いつも思うのですが、本当に仲の良いご夫婦です。なんと言いますか、度々こうして、二人の世界が展開されています。
思春期の年頃でしたら、どう受け止めて良いのやら迷うところです。そういえば修行のために、遠い街に行っているという息子さんに、そのへんの事を一度聞いてみたい。
そんなことを思いながら、私はセリアさんからいただいたクッキーを抱え、オランド亭を後にしました。
街道をてくてく歩いているところで、見回りに行くアルベリックさんにばったり遭遇し、クッキーを一つ、かすめ取られました。
再び大きな手が出てきたので、慌てて逃げて来ましたよ、もう。
「ええー、じゃあブリジットってば、パレードするの?」
「パレード? なによ、それ」
「だって、馬車でお式の後に広場を通って、街の皆にお祝いされながら新居に入るんでしょう? そういうの、パレードって言いますよ」
「へえ、そうなの? こっちじゃそれが普通よ。ねえ、マリー?」
「そうよ、素敵でしょう! それで、ドレスの色はどうしたのよ、ブリジット?」
「薄いピンクに決めたわ」
「本当? でも絶対に、白がいいって言ってなかった?」
「もちろんそうなんだけど、やっぱり、憧れの白は勇気がなかったわ」
控えめに笑うブリジットの顔はいい具合に染まり、大げさに胸で手を組み、陶酔しているようです。
今日は最近仲良くなった、女友達とともにティータイムです。面子はもうすぐ結婚予定の、大工の娘ブリジット、その準備の様子を聞きたくて仕方がないパン屋の娘のポーラ、同じく世話焼きなマリーとまだ十五歳を迎えたばかりのルネ、そして私の五人です。
場所は私のにがお絵屋の、店先に椅子を並べています。開店休業みたいなものですから……って、自分で言ってて空しいですが、今日はたまたまです、そう、たまたま。
今日の一番の話題は、もちろんブリジットの結婚。
私の世界とは習慣が違うようで、どんな話も面白くて、やめられません。楽しい話題と美味しいお菓子があれば、何時間でもこうしていたいのが女子なのですよね。とはいえ、お皿いっぱいにあったお茶請けクッキーは、一時間もたたない内に、すっからかんになりましたけどね。
「花嫁さんは白いドレスと決まっているのでは、ないんですか?」
私の間の抜けた質問に、ブリジットをはじめ、集まった少女たちが目を丸くしています。
「まさか、知らないの?」
うん?
「あんなに、傍にいるのに!」
呆れ口調のマリーに、それなら教えて下さいよと言ってみれば。彼女たちから出てきた話に、今度は私が目を丸くする番でした。
それはまるで、お伽噺のようなロマンティックな物語。
ある小さな村に、一人の働き者の娘がおりました。娘は生家の商売を継ぐために、領主様の元に侍女として、行儀見習いに来ていました。
ある日のこと、領主の屋敷に、怪我を負った若者がやって来ました。彼は先年の戦で功を立てた英雄でした。その時は、まだ時折起こる国境でのいざこざを収めに来たところ、魔獣の群れに襲われたのでした。部下は何人も魔獣の毒牙にかかり、命を落とし散り散りになり、若者もまた、深手を負っていました。
娘は領主の命で、若者を看病します。熱にうなされ、朦朧とした若者を、それは甲斐甲斐しく。
ようやく命の危機を脱したとき、二人は恋におちます。ですが、かたや辺境の町娘。かたや国の英雄。せっかく芽生えた恋は、あっけなく引き裂かれる。
若者は娘にこう言って、王都へ戻って行きます。
「必ず、戻ってきます。だからその時は、どうか私と共に生きて下さい」
男の名は、英雄ラウール・バルテス。又の名を豪腕のラウール。娘の名は…………。
「ちょ、ちょーと待ってください!」
「もう、良いところなのに、カズハ!」
気持ちよく、歌い上げるように物語を紡ぐマリーは、中断させられたことが不満のようです。
「ごめん、でも。ラウールさんって、ラウール・オランドじゃなかったの?」
「カズハ、だからそれを今から聞かせようとしたのに」
互いを想い合っているのに、離れ離れの二人。しかし、ラウール・バルテスは決意していたのです。彼は王様に願い出ました。全ての地位を捨てて、辺境に身を寄せることを。
しかし周りはそれを良しとしません。いまだ紛争の収まらない地域が、いくつも残されていたからです。
娘は信じて待ちました。しかし時は無情に移り過ぎ、気づけば出会いから三年の時が経っていました。
既に戦争の兆しは失せ、国には平和が訪れていました。しかしある日、娘の住む街に大群の魔獣が襲いかかりました。畑は荒らされ、人は傷つき倒れ、必死に抵抗しましたが、どうにもなりませんでした。領主様は援軍を要請しましたが、なにぶん辺境のこと。当時まだ警備隊もなく、国軍を待つ間には幾人もの犠牲が出るのです。絶望に包まれたその時、街に数頭のグリフォンが降り立ちました。
ラウール・バルテスです。彼が兵を連れて助けに来てくれたのです。
豪腕のラウールと、その優秀な部下たちの働きで、無事魔獣を打ち払い、街は助かりました。
街の事件を教訓に、王立辺境警備隊が編成されることになりました。
ラウールは功績を認められ、初代ノエリアの警備隊長に就任し、娘との約束を果たしました。
娘は街中に祝福されながら、真っ白い衣装を身に纏い、花嫁となります。白は二人を結びつけた色。真っ白な包帯を毎日抱え、癒えた傷と心の象徴だから。娘が敢えて選んだ色。
珍しい色に染まった花嫁は、迎えに来たラウールと二人、仲むつまじく暮らしましたとさ。
それがこの国で語り継がれる、英雄と街娘の恋の物語。めでたし、めでたし。
「ちょっと、答えになってません! 疑問が湧きまくりです、どういうことでしょう、マリー」
そもそも、ラウールさんは先々代の隊長さんではありませんでしたか?
「あ、それ? うん、そうよねぇ、ブリジット?」
「それは、確か病気で亡くなった方の代理で、急遽復帰したのよね」
「じゃ、じゃあ、姓が変わったのは?」
「婿養子だからよ」
……へ?
衝撃的事実を知ってしまいました。
いえ、現代日本に生まれた私にとってそれはさして重大事項ではない気がしますが。ここジルベルド王国、辺境ノエリアの街でも、よくあることなのでしょうか。
物語に浸って、少女たちがうっとり目を潤ませています。どうやら、オランド夫妻の顛末は、ノエリアのみならず、広く伝えられているようです。
やっぱり白のドレスにしておけばよかったかしら。
ブリジットの呟きをよそに、私が思いを馳せるのはただ一人。
両親の恋愛を一部始終知らされるって、すんごい、痛いよ。しかもその二人の、言うなれば愛の結晶。
がんばれ、オランド家の一人息子さん。君の未来は明るいはず…………。
たぶん、いろんな意味で。
お開きのお時間となり、かしましい娘たちはそれぞれ帰っていきました。
私は、空になったクッキーのお皿を抱え、オランド亭へとむかいます。通りを歩いていると、またしてもアルベリックさんと遭遇しました。
「クッキーはもうありませんよ」
私の先制パンチ的発言は、軽く無視されました。
「あ、そうだ。アルベリックさんは、オランド夫妻の息子さんをご存知ですか?」
「ああ、何度か会ったことはある」
「……どんな方ですか? しばらく帰ってないみたいですけど、そんなに遠くで修行中なんでしょうか」
「…………」
なぜそこで悩みますか?
「しばらく、そっとしておいてやれ」
え、えええ?
いったい、何があったのでしょうか。まさか、明るすぎる未来のせいで、逃げ出したとか。ははは、まさかね。
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