王立辺境警備隊にがお絵屋へようこそ!

小津カヲル

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1巻

1-2

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 ……そうですか。私はマンホールの穴から異世界に落ちたのですね。

「ここが異世界というのは、さておき。とりあえず気になるのは、その『普通は』という言葉なんですが?」
「ああ、それはね。君がはじめてではないからだよ」

 色男さんいわく、まれにあるとのことです。
 ――世界の壁を越えて、人や物がこぼれ落ちてくることが。

「ただ僕も隊長も、落ちてきた人を迎えるのははじめてだ。とはいえ、ときおり人が落ちてくるのは事実だからね。問題が起こらないよう、警備隊では一定以上の地位に就くと、対応を教えられるんだ」
「じゃあ、私の他にも落ちてきた日本人がいるんですか?」
「ごめん、ニホンジンかどうかはわからないけれど、王都に行けば、落ちてきた人の一人や二人はいると思うよ」
「……色男さんは、私が怖くないんですか? 知らない世界から来た、得体の知れない生き物ですよ?」

 ぶーっと噴き出しましたよ、この人。今、とってもシリアスなシーンなのに、なぜ!

「色男って、もしかして、僕のこと?」
「はい、他に誰がいますか」
「自己紹介したはずだけど、カズハちゃん。もしかして僕の名前、覚えにくい?」

 聞きなじみのないカタカナの名前ですから、一度じゃ覚えられないです。
 私の頷きを受け、色男さんは考えこみました。

「……じゃあ、もしかして隊長も?」
「彼はナイスミドルさんです」
「…………っ、げ……げんか、いっ……! ちょ、ちょっと……っ……まってて……」

 色男さんは身悶みもだえながら、ひぃひぃと笑っています。

「ああ、笑った……でもよかったよ、隊長がここにいなくて。彼は落ち着いていて無口だから、年が上に見えても仕方ないとは思うけれどね……まだ二十七歳だよ?」
「……え?」

 なんと、ミドルさんじゃありませんでした。つつしんで訂正させていただきます。
 ああ、本人に向かって呼ばなくてよかったです。

「そもそもはじめて会ったときに、あんな無精ひげを生やしてなければ、誤解せずに済んだのですよ。そう思いませんか……へ? 討伐遠征の帰り?」

 私の問いに、色男さんが簡単に説明してくださいました。
 なんでも、警備隊は街の外に出没する魔獣の討伐に行った帰りだったとのこと。あのように大編成で飛ぶことなど滅多にないらしく、本当に幸運だったね、と付け加えられました。
 ……魔獣ってなんですかとか、もし飛んでいらっしゃらなかったら私は地面に激突だったのでしょうかとか、いろいろとツッコミたいところです。でも、今は話がれそうなので、置いといて。
 とりあえずこれからは、『隊長さん』『副官さん』と呼び名をあらためさせてもらうことにしました。

「じゃ、僕も仕事があるし、今日はこのくらいにしておこうか」
「え、これで終わりですか?」

 私としては一方的に聞かれるだけではなく、いろいろと説明してほしいところ。
 しかし副官さんも他のお仕事があるので、そうはいかないご様子。うぅむ、残念です。
 とにかく私の面倒は、警備隊の方々が見てくださるそう。これからしばらくの間、私は昨晩泊まった『オランド亭』に、お世話になることになりました。日常生活のことでわからないことがあれば、女将おかみさんに聞けとのこと。
 それから明日、またお話をする時間を作ってくださり、隊長さんも同席するそうです。

「一応、逃げられたら困るからね。監視兼護衛はつけさせてもらうけれど、基本的にどこで何をしていても自由だよ」

 突然現れた異世界人なのに、待遇がよくて驚きます。
 そう言ったら、いきなり拘束したり連れ去ったりはしないと、副官さんに呆れられました。
 まだ本当にそうなのかはわかりません。でも、今はこれで充分と考えることにします。
 私は副官さんから、預かってくれていた自分の荷物を受け取り、再び宿屋へ送ってもらったのでした。


「ふぅ」

 部屋に戻ってきて、カバンを抱えたままベッドに腰を下ろします。その途端ため息が出るのは、こんな状況だから仕方がないと思うのですよね。
 途方に暮れるというのは、まさにこのこと。
 何から悩んでいいのかもわからないので、まずは荷物を確認しようと思います。
 暗闇に落ちたときに背負っていた画材道具一式。木箱に入れてあるので、心配なのはオイルビンです。取り出してみれば無事で、ほっとしつつ、ひとつひとつを取り出していきます。

「……あ、これ」

 手にしたのは、道具箱のベルトに挟んでいたスケッチブック。存在をすっかり忘れていました。
 ペラペラと紙をめくると、まず授業で描いた素描そびょうが現れます。目にとまったのは、その中に紛れていた台所に立つお母さんの絵。
 描いたのは、朝ごはんを食べながら。食事中に鉛筆を持っているのが見つかるとお母さんに雷を落とされるから、こっそりと描きました。

「お母さん……」

 ぽつりと呼んだそのとき、扉を叩く音が。慌ててスケッチブックを閉じて答えます。

「はいっ!」
「ちょっといいかい?」

 女将おかみのおばちゃんが、扉を開けて顔を覗かせました。
 おばちゃんは私が広げた画材道具を見て、驚いたように言います。

「あんた、もしかして絵描きさんかい? その年で?」
「いえ、まだ勉強中ですから」
「へえ……そう言ったって、すごいもんだね。あ、あたしはセリア・オランド。この宿屋『オランド亭』の女将おかみだよ。あんたは落ち人なんだろう? 名前を聞かせてくれるかい?」
「カズハ・トオノです。しばらくお世話になります」

 おばちゃんの名前は覚えやすくて、少しだけ安心しました。お辞儀をして顔を上げると、人のよさそうな笑みを見せてくださいます。

「よろしくね。うちの亭主はあとで紹介するよ。それで、カズハ? これ、よかったら使ってくれるかい?」

 セリアさんが渡してくれたのは、セピア色のワンピースでした。ふと自分の格好を見下ろします。

「その服もなかなかいいと思うけれど、どうにもここに出入りする連中は男ヤモメが多くてね。若くてキレイな足を見て、馬鹿なこと考えるやつがいないとも限らないから」

 そういうことでしたか。
 でも、私は……。スケッチブックに描いたお母さんの後ろ姿を、思い出します。

「ありがとうございます。でも、もうしばらく……いえ、今日はまだこの格好でいたいです」

 セリアさんは私を気遣うように、眉を下げて頷いてくれました。

「そうかい、無理はしなくていいんだよ。わからないことは、なんでも遠慮なくあたしに聞いておくれ。じゃあ、落ち着いたら下へおいで。体を拭く湯の用意ができてるからさ」

 そう言ってセリアさんは部屋を出ていきます。
 階段を下りる足音を確認すると、私は両手で思いっきり頬を叩きました。
 うん、イタイ。これは現実なのだと、嫌でも認めるしかありません。ただ突きつけられた事実を理解できても、すぐに受け入れられるわけでもなく……
 きっと私には私の納得の仕方があるはずです。
 預かったワンピースをたたんでチェストにしまうと、画材道具をまとめて抱え、私は部屋を飛び出しました。


 宿屋オランド亭を出て、スケッチブックの新しいページに店の外観を描きます。オランド亭の外壁はレンガと茶色い漆喰しっくいが組み合わさっていて、緑で塗られた窓枠がアクセントです。
 このメルヘンチックな建物に、あのいかつい顔した隊長さんが出入りするなんて、ミスマッチすぎますよ。
 鉛筆を動かしながら想像して、にやにやと笑みがこぼれます。ずっとそばにいる兵隊さん――おそらく、副官さんが言っていた護衛の方が引いている気配がするけれど、気にするものですか。
 よし、オランド亭は描けました。次は、生きているものにしましょう。
 兵隊さんに脅しをかけ……ではなく、道をお尋ねして市場へ向かいます。

「すごい、面白い~」

 つい感嘆を、こぼしました。
 店ののき先には肉を焼く香ばしい匂いと煙が漂い、山になった野菜の前では値段交渉する快活な声。馬車の荷台に商品を載せたまま売り歩く人。行き交う人々はまるで、テーマパークのキャストさんのようです。ちかちか光る看板や店先から漏れる流行はやりの曲がなくとも、街はにぎわいにあふれていました。
 私は立ったまま、片手で支えたスケッチブックに手早く描いていきます。
 一枚描いたら、次に目に映る珍しいものへ。
 モコモコした体のヤギに似た家畜。顔だけイノシシっぽい、野性味あふれる馬。はじめて口にした人に最大の敬意を表したくなるような、おどろおどろしい見た目の果物などなど。
 それら全てを、絵に収めました。スケッチブックの残数なんておかまいなしに。


 そして今、私は街はずれの街道沿いの石垣に座っています。
 夕日が赤いのは、異世界であっても同じみたい。
 ノエリアは、二時間も歩けば回りきれてしまうくらいの小さな街でした。ただ全てが目新しいので、いくらでも描くものはあって……
 現在スケッチしているのは、ごつごつした岩と赤い砂。夕日で見事に赤く染まる、荒野の景色です。
 ふと鉛筆が止まったとき――手元に、長い長い影が落ちました。

「気が済んだか?」

 そう聞いたのは、隊長さん。私が一日中連れまわした兵隊さんは疲労困憊ひろうこんぱいのご様子でしたが、いつの間にか彼と交代していたようです。
 見上げると、彼は私の描いた絵をじっと見つめています。

「上手いな」

 隊長さん、なんだか一言での会話が多いですね。
 隊長さんは私と同じように腰を下ろして、荒野に目を向けます。

「たくさん、描いたのか」
「はい、たくさん描きましたよ」

 見ますか? と、彼にスケッチブックを差し出しました。
 隊長さんはペラペラと紙をめくり、一枚ずつ真剣な眼差しで見ていきます。ときおり、何かを感じてくれているのか、「ほう」と声を漏らしながら。
 何枚もページをめくったあと、ふと隊長さんの手が止まりました。
 そのページを覗きこみ――私は咄嗟とっさに、隊長さんからスケッチブックを取り戻します。

「これ……お母さん、なんです」

 ぎゅっと胸にスケッチブックを抱き締めて言いました。
 隊長さんは黙って私の次の言葉を待っています。

「……一昨日の朝、こっそり描いたお母さんです。いつもと同じように、朝ごはんを作ってくれました。玉子焼き……毎日同じメニューで、ほんとワンパターンなんだからって……そんなこと思ってたんです」

 お、おかしいな。視界がなんだかにじみます。

「今日は、いっぱいスケッチを描きました。はじめて見るものばっかりで、最初は楽しかったです。これはなんだろう、あれはなんだろうって、私の世界とは違うものを探して。でもたくさん描いているうちに、わかったんです。こんなに違う……ここは私の世界じゃあ、ないんだって」

 頭に、大きくて温かい手が触れました。
 ポロポロと大粒の涙をこぼす私の頭を、隊長さんは撫でてくれています。
 見上げると、相変わらず彼の表情は硬いまま。そのあおい瞳から、感情を読み取るのは難しいです。
 でも本能でわかるのですよ。この人は頼ってもいい人だって。
 だから、少しだけ寄りかからせてください。
 子供のように、声を枯らすまで泣いて泣いて、泣き疲れたら――きっと、がんばれます。


 ちょっと落ち着いたところで、我に返りました。涙が出ているということは、例のものもまた鼻から垂れているわけでして……
 せめて可愛らしくと、手で顔を隠してみますが、むしろそれが失敗でした。

「黒い」

 隊長さんの言葉に、え? と自分の手を見て愕然がくぜんとします。
 ぎゃあぁ、鉛筆で手のひらが真っ黒です!
 当然、鼻も真っ黒に違いありません!
 慌てて袖口で顔を拭う私に、隊長さんがハンカチを貸してくれました。
 私は遠慮なくお借りしましたよ。なけなしの乙女心が重傷を負いましたが。
 とんだハプニングで、いつの間にかスケッチブックを足元に落としていたことに気づきました。
 いけない、いけない。
 スケッチブックを拾おうとして――ふと異変に気づきます。風もないのに、パラパラとページが勝手にめくれていったのです。
 手は思わず引っこめてしまいましたが、私の目はスケッチブックの絵に釘付け。

「え……? 絵が……動いている?」

 あわわわっ、大変です!
 目の前でスケッチブックの中のお母さんが、パラパラ漫画のようにコマ送りで動いています。鉛筆で描いたから、白黒ですよ! レトロなテレビアニメみたいで……いやいや、そこは問題ではありませんね。
 とにかく、動いちゃってます! 怪奇現象です、ミステリーです、摩訶まか不思議です、ミラクルです、超常現象ですってば!
 私は半泣きで、隊長さんにしがみつきました。私、こういうのまったく駄目なんです。
 ガクブルと震える私をかばって、隊長さんが前に出てくれました。これ幸いにと、私は彼の陰に隠れさせていただきます。

『……どこ……ったの』
「……え? な、なな、なんか聞こえませんか、隊長さん!」

 相変わらず無反応な隊長さんの背にしがみつき、ちょっぴり顔を出して動く絵を覗きました。
 すると、パラパラと動くお母さんの絵が、こちらを振り向きます。
 絵が動くのも怖いですが、それがお母さんとなれば恐怖もひとしおで……あ、もちろん今のセリフは、本人には言えません。

『……にもう、和葉のや……、帰ったら説教とかかと落としなんだから! ちょっと、……聞いてる……』

 お母さんの声が聞こえて、血の気が引きました。
 絵が動くだけでも信じられないのに、声まで聞こえるんですよ。しかもその内容が説教だなんて、聞くに耐えられません。空耳であってください。
 隊長さんが、確かめるように私を振り向きます。そういえば……

「もしかして、隊長さんにもお母さんの声が聞こえましたか?」

 ……ええと、なぜそこで眉を寄せて、言葉を詰まらせるのですか?

「……聞こえた」

 やっぱり隊長さんにも声は聞こえていたのですね。

「絵が動き出すこともしゃべることも信じられませんが、あの声あの口ぶりは、間違いなく私のお母さんです」

 私は真顔になって言いました。
 ここ異世界と、あちらへつながる手段があるということなのでしょうか。だとしたら、帰る手がかりになるかもしれません。私が珍しく真剣になるのも、当然です。
 それなのに隊長さんは、どうでもいいことを確認してきます。

「お前の母親は武芸者ぶげいしゃか何かか?」

 ええと、気になるのはそこですか?

「普通の主婦ですよ。確かにちょっとお茶目なところはありますが」

 かかと落とし、お茶目、と隊長さんはブツブツ言っていますが、かまってはいられません。
 動いているのが本当にお母さんなら、この現象を放っておくだなんて無理です。……怖いけど!
 きっとお母さんは、帰らない私を心配しているはず。

「お、お母さん! 聞こえる? お母さん!」

 地面に投げ出されたスケッチブックに向かって必死に叫ぶ私は、はたから見たら滑稽こっけいかもしれません。だけどお母さんの絵はまだ動いているのです。
 絵の中のお母さんは台所仕事を続けていて、私の声はまったく聞こえていないよう。洗い物の手を時々止めては、小さなため息をついているようにも見えます。

「お母さん! お願い答えて、私、和葉だよ!」

 私は我を忘れ、スケッチブックを覗きこみ、叫び続けました。
 お母さん、気がついて。お願い、私はここにいるの。
 ところが呼びかけもむなしく、お母さんは絵から、姿を消してしまいました。
 そしてまばたきをひとつすると、絵に姿が戻ってきました。だけどそれは、私が描いた動かない後ろ姿で――
 スケッチブックの前で、私はへたりこんでしまいました。
 なんで、どうして一方通行なのですか?
 隊長さんは、すっかり大人しくなったスケッチブックを手に取り、閉じてしまいました。そして私に渡してきます。

「日が暮れる、帰るぞ」
「余韻もへったくれもありませんね、隊長さん」

 うらめしげな視線をスルーして、彼は私の腕を取ります。あたふたと道具を仕舞ってカバンを背負う私を、隊長さんは引きずるように素早く歩き出しました。

「た、隊長さん?」

 今朝学習したことは、忘れてしまったのですか? 歩調を合わせてくださったじゃないですか!
 私が足をもつれさせながら問いかけようとすると、急に止まる隊長さん。当然、私のちょっと低めの鼻は、隊長さんの大きな背中に激突です。

「ああ、足が遅かったな」

 カチンときますよ、その表現!

「隊長さんの印象は訂正されました! いい人から唐変木とうへんぼくへ変更です」
「そうか」
「そうかじゃありません」

 ……ええと、あれ? 隊長さん、笑っているのですか?
 目を細め、口元がかすかに上がっているように見えます。
 再び歩きはじめた隊長さんは、相変わらず私の腕をひっ掴んでいますが、今度はゆっくりとした歩調です。

「……さっきのことは、まだ誰にも言わないほうがいい」

 さっきのこととは、お母さんの絵が動いたことですね。……ん? 隊長さんの言葉に疑問を抱きます。

「なぜですか? あれがどういう現象なのか、隊長さんは知っているのですか?」

 そういえば、隊長さんはさほど動揺していないようにも見えました。

「いや、わからない。だが、まだここに慣れていないお前をだましたり、利用しようとしたりする者が現れるかもしれない」

 それはもしかして、右も左もわからない私が、詐欺さぎうかもしれないということですね。それが絵の件とどう関係するのかわかりませんが、了解しました。隊長さんがそう言うのでしたら、もちろん秘密にします。それに……

「秘密のひとつやふたつあってこそ、女は魅力が増すのだと、お母さんが言ってましたから!」

 ぶほっ!
 なんで立ち止まるんですか、隊長さん! また顔をぶつけてしまったじゃないですか。

「だから、お前の母親はどういう……」
「へ? お母さんがどうしました?」
「…………いや、いい」

 あ、言いかけてやめましたね。しかも眉間みけんにシワを寄せちゃって……
 笑ったりしかめつらをしたり、隊長さんは意外と表情豊かな人なのですね。
 強面こわもて隊長さんの控えめな百面相ひゃくめんそうのおかげでしょうか、ふさいでいた気持ちが、少しだけ軽くなっていました。
 やっぱりいい人ですね、隊長さん。
 そうして二人で宿屋オランド亭に戻った頃には、日もすっかり落ちていました。
 私が戻ると、慌てて出迎えてくれたセリアさん。まるで、家出した子供を出迎えるかのような猛烈なハグをしてくれて、驚きました。でも温かくてどこか懐かしい気がして、少し嬉しかったのです。


 二泊してみて、わかったこと。宿の生活は想像以上に快適でした。
 今朝からはセリアさんが用意してくれた、ワンピースを着用しています。スカートを穿くのは久しぶりだと言うと、セリアさんにはとても驚かれました。そういえば、こちらの世界の女性はみんなスカートを穿いています。恐らく他にも、習慣の違いがあるのでしょうね。
 昨日はいろいろあって大変でしたが、かえって気持ちを切り替えることができた気がします。郷に入っては郷に従え。私は自分の着ていた服を丁寧にたたんで、チェストに仕舞いました。
 いろいろと聞きたいこともたくさんあるので、今日は意気ごんで支度をします。
 そしておいしい朝食を食べきったところで――出鼻をくじかれました。
 隊長さんと副官さんのお仕事の都合上、私の取り調べが午後になったそうです。

「いえ、予定が変わったわけではなく、最初から午後の予定で……」

 セリアさんに愚痴ぐちっていたら、予定を伝えにきてくれた兵隊さんの突っ込みが入りました。
 ぐぅ、確かに確認はしていませんでしたよ。昨日と同じように朝からだと思いこんでいたのは私です。でも……

「今日は私もいろいろ聞けると思って、い~っぱい質問を考えてあったんです。取り調べを待ちに待っていても、いいじゃありませんか!」

 あ、苦笑しながら、三歩も下がりましたね? 兵隊さん。
 思わず頬を膨らませると、セリアさんがなだめてくれます。そこへ、朝の仕事を終えたご主人がやってきました。食事の載ったお盆をテーブルに置き、私の向かいに座ります。
 ちなみにここは、オランド亭の食堂。食事の時間は終わり、お客さんはゼロです。

「カズハ、遅くなったけど紹介するよ。これが亭主のラウール・オランドだよ」

 セリアさんが紹介してくれた旦那さんは、白髪まじりのロマンスグレーな方でした。
 昨日、セリアさんからがっしりした男性だと聞いていましたが、本当にたくましい体つきです。彼は調理場担当で、なんと兵隊さん上がり。適度に日焼けした肌と盛り上がる腕の筋肉は、現役でも通じそうです。

「カズハ・トオノです。いろいろとお世話になっています」
「腹一杯食ったか? 元気さえありゃ、世の中なんとかなるもんだ。遠慮はするなよ?」
「はい、とってもおいしいご飯をありがとうございます」

 オランド亭のご飯は、掛け値なしにおいしいのです。
 満面の笑みで答えると、セリアさんが笑い出します。

「レヴィナス隊長と向かい合って食べても、ぺろりと完食するくらいだからね。カズハは大丈夫さ!」
「そうか、アレを前にしてか。なら大丈夫だな」

 太鼓判を押してもらったのは嬉しいですけれど、隊長さんはいったいどういう扱いをされているのですか。

「確かに隊長さんって、いつもしかめつらですよね。けっこう素敵な笑顔なんですから、笑っていればモテそうなのに。あ、既婚者でしたら必要ありませんね。いわゆる、いい人なのに誤解されるタイプでしょうか。……あれ、皆さんどうしました?」
「カズハは、見たのか?」

 何をですか。
 ラウールさんは驚いたように目を見開いています。セリアさんと、後ろに立っていた兵隊さんも。

「そうか、笑っていたか、やつは」
「はい、ちょっとわかりにくい笑顔でしたが」

 ラウールさんの頬にしっかりときざまれた笑いジワは、とても優しげです。そしてセリアさんと互いに微笑み合っています。仲のいいご夫婦ですね。見ているこちらも幸せな気分になります。

「ところでカズハ、これからまた街に絵を描きにいくのか?」
「あ、いえ。何も考えていませんでした。てっきり朝からまた呼び出されると思っていましたから」
「そうか。なら、俺と一緒に来るか?」

 そのお誘いの内容を詳しく聞けば、ラウールさんは警備隊宿舎の調理場も仕切っているのだそうです。今から警備隊宿舎のお昼ご飯を作りにいくとのこと。

「はい、はい、はい! もちろん行きたいです!」

 私は小学生よろしく、元気に挙手です。


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