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第五十二話 女教皇の心変わり

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 この日のリリィはゴシックロリータの装いであった。
 ご丁寧にフリル付きの帽子までかぶっている。
 フランス人形のような綺麗さをもつリリィによく似合っていると僕は思った。

「まあなんて破廉恥な装いかしら」
 そのリリィの服装を見て、モルガン教皇の侍女が言った。

「あれは僕が許可しました。もし彼女を咎めるならばその前に僕にいってください」
 僕はその侍女の目を見ていった。
 侍女は黙ってしまった。
 だまるぐらいならば言わなければいいのに。

 女教皇モルガンはその様子をつまらなそうに見ていた。
「のうアーサー、おぬしどちらが勝つと思う?」
 羽団扇を僕にむけ、女教皇はきいた。

 あれっもしかして試合に興味をもちはじめているのかな。
 そういえば先程のクロネとユリコの戦いを真剣な目で見いていたし。
 これは良い兆候かもしれない。
 敵の首領をこちらにひきこめば、無駄な戦争はしなくてすむ。

「難しいですね。リリィもアルタイルも戦闘力はかなり高い。リリィは戦斧ハルムートを愛用しています。剣での戦いではアルタイルのほうが有利だと思われます」
 僕は予想した。
 ただ力量の差はわずかだとも思う。

「ふむ、そうか」
 女教皇モルガンは侍女から銀のグラスに入った水をごくりと飲んだ。


 そうこうしているうちに試合が始まった。
 観客は完全に二派にわかれていた。
「はあっリリィ様の衣装素敵だわ」
「私もリリィ様のような服を着てみたいわ」
 これがリリィを応援する声だ。
「アルタイル、そんな無駄肉に負けないで!!」
「おちびちゃんはひっこんでな!!」
 アルタイルの応援のほうは口が悪い。
 アルタイルの応援の声は遠くの料金が安い席から聞こえる。どうやらアルタイルには平民からの応援が厚いようだ。

「それでははじめ!!」
 司会兼審判のアリスが上げた両手を一気に振り下ろす。


 まず動いたのはリリィだ。
 石の床をけり、おおきくカーブしながら走る。
 木剣を水平に薙ぎ払う。
 カツンという甲高い音がする。
 アルタイルが片手に持つ木剣で受け止めた。

「やるじゃないか」
 にやりとリリィは笑う。
「リリィ様こそ」
  アルタイルも笑顔で答える。

 アルタイルは木剣を受けたまま、リリィの腹部めがけて蹴りをはなつ。
 リリィは木剣を捨て、アルタイルの蹴りを両手でつかんで受け止めた。


「なんと、あのガラハット辺境伯受け止めたぞよ」
 モルガンはぐっと拳を握る。
 いいぞいいぞ、モルガンはこの試合を楽しんでいる。
 きっといつもは禁欲生活をおくっているので、そのたがのようなものが外れかかっているのかもしれない。

 リリィはアルタイルの右足を両手で掴む。軽々とアルタイルの体を持ち上げた。
 リリィはぐるぐると回転し、空中に投げる。
 アルタイルの体は宙に舞う。
 ここでアルタイルのみごとな身の軽さが発揮された。
 そういえばアルタイルは軽業のスキルを持っていたな。
 くるりと空中で回転すると華麗に着地する。
 おおっ観客席がどよめく。

 アルタイルは着地するとすぐに石の床を蹴る。
 瞬時にリリィに肉薄すると激しい突き技を繰り出す。
 それはクロネが見せたものよりもさらに苛烈なものだった。

「あれはな、かの沖田総司がつかった三段突きじゃよ」
 そのしわがれた声はニコラ・フラメルのものだった。
 この老錬金術師は神出鬼没だ。
 どうしてアルタイルが幕末の名剣士の技がつかえるのだろうか?

「わしが教えたのじゃよ。昔シュリーマンと一緒に日本で沖田にあったことがあるんじゃ。ほうほうこれは良い乳がでるじゃろうて」
 ニコラ・フラメルはマーリンの胸をいつのまにか揉んでいた。
「フラメル先生、怒りますよ」
 マーリンは眉根を寄せて、ニコラ・フラメルの手をぐっと掴んだ。
「なんじゃい、減るもんじゃないし」
 ニコラ・フラメルは僕の背後に逃げてきた。

「マーリン先生、安心してください。あの人は僕が殺します」
 ぎろりとわかりやすいほどの殺気をこめてモードレッドはニコラ・フラメルを睨んでいる。
「なんじゃ、ちゃんと感情があるじゃないか。おお怖い怖い」
 そういうとニコラ・フラメルはどこかに消えてしまった。


「まあ気持ち悪い」
 モルガンの侍女が言った。
 この世界の人間にとってエロ爺なんてのは理解のはんちゅうを超えているのだろう。
「そんなことはどうでもよい」
 モルガンは侍女に静かにするようにたしなめた。
 どうやら完全に試合に見入っているようだ。

 アルタイルが文字通り目にも止まらない早技で突きを繰り出す。
 リリィはうまくステップし、捨てた木剣を拾いあげる。
 カンカンとリズミカルにアルタイルの突きを受け止める。

「これならどうだ!!」
 リリィが大きくふみこみ、強烈な斬撃を放つ。
 アルタイルは大きく背をのけぞらせて、その横殴りの一撃をかわす。
 アルタイルはほぼ直角に近いかたちで体をのけぞらせている。
 なんという体の柔らかさだろうか。
 おおっという歓声がおもに遠くの席からあがる。

 すぐに体勢をもどしたアルタイルはリリィの首筋めがけて素早い一撃を放つ。
 おおぶりの一撃をはなったため、リリィは対処しきれないようだ。
 アルタイルの木剣がリリィの首筋に命中し、その付近の服が真っ赤に汚れる。
「ああっ、私の服が……」
 リリィは負けたことよりも服が汚れたことのほうがショックだったようだ。

「勝者黒騎士アルタイル!!」
 審判のアリスがアルタイルの右手をたかだかと上げる。
 優勝候補のリリィが早くも敗退したため、会場はかなりどよめいている。
「我が君、やりましたよ!!」
  ぶんぶんとアルタイルが手を振る。
  僕は席から立ち上がり、アルタイルに手を振って答えた。

「素晴らしい試合じゃった。このような気持ちははじめてじゃ」
 ふーと熱い息を吐いて、モルガンは言った。
 女教皇モルガンの侍女たちはその様子を苦い顔で見ている。

 まあっお姉様ったらすっかりこの武術大会の虜になっているじゃないの。
 ギネビアが念話で語りかける。
 エンタメの力は剣よりも強いかもしれませんね。
 僕はギネビアに心のなかで答えた。


「さあ次の試合は高潔なる騎士シーア・ルーカン対海の覇者ベアトリクス・ユーウェインです!!」
 声たからかにアリスは叫んだ。
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