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第五十一話 パンとサーカス

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 闘技場のいわゆるリングにあたる場所の広さはテニスコートぐらいだろう。
 ギネビアが言うにはこのリングから落ちても負けになるとのことだ。

 クロネもユリコもその手に布に包まれた木剣を持っている。

「どうもどうもお集まりの淑女の方々こんにちは!!」
 リング中央で燕尾服の女性が手を振る。
「私は司会兼審判のアリスです。よろしくお願いします!!」
 よく通る声が闘技場全体に広がる。
「それでは選手を紹介いたします。太陽の化身ユリコ・ガヴェイン!!」
 アリスが叫ぶように言う。

 ユリコが観客席に手を振ると歓声が沸き起こる。ちょっとした地震を連想させる。
 美貌のユリコはかなりの人気のようだ。
 その立ち姿はどこかの歌劇団の女優のようだ。

「対するは長くつをはいた猫ケットシーことクロネ・トリスタン!!」
 クロネが僕に向かって手を振る。

「がんばれークロネー!!」
 えこひいきはいけないけど、つい僕はクロネを応援してしまった。

「ありがとう、お兄ちゃん!!」
 ぶんぶんとクロネが僕に手を振る。
 クロネの人気はそれほどないようで、歓声は少ない。
 ちなみに長くつをはいた猫ケットシーはクロネが決めた彼女の家紋である。

「それではルール説明です。それぞれが持っている武器で致命傷となる攻撃を与えると服に色がつく魔法がかけられています。それと場外に落ちても失格となります」
 アリスが簡単に説明する。
 クロネとユリコがほぼ同時に頷く。

「それではさっそく試合スタート!!」
 アリスが振り上げた両手を一気に振り下ろす。
 ついに試合が始まった。

 僕の手をギネビアは強く握る。
 僕の視界を共有しているギネビアも興奮しているようだ。


 まず最初に動いたクロネが地面を蹴る。
 加速の特技スキルを使用し、一気に距離をつめる。
 背の低いクロネは逆にそれを利用し、真下から木剣を突き上げる。

 ユリコの周囲の空気がゆらりと揺れた。
 まるでかげろうのようだ。
 ユリコは半歩体を引き、突き上がってくるクロネの木剣を避ける。
 つい先程までユリコの顔があったところをクロネの剣が突き抜けてゆく。
 さらに一歩ユリコは下がり、木剣を上段にかまえ、一気に振り下ろす。
 ガツンという衝撃のあと、石の床にちいさいクレーターができる。すさまじい破壊力だ。

 しかしその攻撃は避けられていた
 なんとクロネはその振り下ろされ木剣の上に立っていた。
「なかなかやるにゃ。これが太陽の加護なのね」
 不敵な笑みをクロネは浮かべる。

「ふふっまだまだ」
 ユリコはクロネごと木剣を持ち上げる。
 その勢いでクロネの体は空中に放りだされる。
 あわや場外に落ちるかと思われたが、風の壁をつくりクロネはリングに戻る。
 ユリコに聞いたことがある太陽の加護の力とは日中は通常の三倍の能力を発揮できるというものだ。
 三倍という単語に僕は感動を覚えたものだ。

 僕はその攻防の素晴らしさにまばたきを忘れて見ていた。
 ギネビアもはっとかきゃっとか言って、興奮を隠しかれないようだ。

 ちらりと横を見るとモルガンもその試合に見いられているようだ。
 ぐっと手を握りしめ、試合を見ている。

「ねえ、マーリン先生も楽しいですか?」
 無表情でモードレッドはきく。
 出会ったときから思っていたけどこの子は感情に乏しいな。
 あれかなサイコパスとうやつかな。
 
「ええすごく楽しいですわ。二人の戦いの結末がまるで読めません」
 マーリンはモードレッドの手を握る。
 そのときだけ、ほんの少しだけだがモードレッドは頬を赤くしているような気がする。
 モードレッドは感情を推し量ることが苦手で感情表現が苦手なだけかもしれない。
「でも大切な収穫の時期にこのようなことに興ずる意味が僕にはわかりません」
 心からそう思っているモードレッドの表情であった。
「人はパンだけでは生きていけないのですよ。娯楽サーカスが必要なのです」
 マーリンは言った。


 わーと闘技場全体が揺れるよな感性に包まれた。
 その熱気にやられて額に汗が滲むほどだ。

「それそれそれ!!」
 クロネが連続して突き技を繰り出す。
 その速さに残像ができるほだだ。
 ユリコはその突き技を軽いステップでかわす。
 ひらりひらりとまるで踊るようだ。
 その華麗さに観客も僕もギネビアも見とれてしまう。

「あっ」
 僕は思わず叫んでしまった。

 ユリコは先程自分があけたクレーターの付近にいつのまにか追い込まれていたのだ。
 ユリコは思わずそのクレーターの石のでっぱりに足を取られてしまう。
 それはわずかな隙であった。
 クロネにはわずかな隙で十分であった。

 体勢をもどそうとユリコは後ろにスッテプする。
 クロネは手を休めずに突き技を繰り出す。
 すさまじい連続攻撃をどうにかしてかわすが、不自然な体勢なのでうまくさばききれない。
 ついに後ろにしりもちをついてしまう。
 そのユリコの喉元にクロネは木剣の切っ先をむける。
「さすがに速いな」
 はははっと笑いユリコは頭をかいた。
「僕の勝ちだね」
 クロネはウインクした。

「ユリコ様惜しかったですわ」
「あの猫娘がずるいのですわ」
「私達はユリコ様についていきます」
 闘技場の観客は負けたユリコに絶賛の嵐であった。
 勝利したクロネに声をかける人は少ない。
 クロネはそれにしゃくぜんとしない表情であった。
「よくやったよ、クロネ」
 僕が声をかけるとクロネは満面の笑みを浮かべた。
 僕の声を聞いたユリコは初めて悔しそうな顔をした。


「すばらしい試合でした。さて続きましては優勝候補の一人リリィ・ガラハットと黒騎士アルタイル・パーシバルとの試合です!!」
 高らかにアリスが言い、闘技場の左右からリリィとアルタイルが入場した。
 
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