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第二十三話 月見の夜会
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月見の会またの名を月見の夜会ともいう。
無駄な儀式のほとんどを減らした竜星命であったが、この月見の会は数少ない残されたものであった。
一見無駄に思えるものもそれに携わるものにとっては大事な仕事である。やめるのは簡単だが、亡くした文化は取り戻すのは至難だと宰相の魏昌にいさめられ、この儀式は残ったのである。
実際この月見の夜会が残ったおかげで調理人や使用人の多くが解雇されずにすみ、伝統的な料理のいくつかが失われずにすんだ。
その日の夜は見事な満月であった。
明鈴は燕貴妃につきそい、その夜会に参加していた。
この夜会は宮中の中にある庭園に絨毯がひかれ、そこに国中から集められた美酒や豪勢な料理が並べられた。
その絨毯は南の去残国から献上されたもので麒麟と青龍が描かれていた。
皇帝の座席は北側に置かれている。
その左側に霊賢妃が座り、右側に燕貴妃が座る。
明鈴はその燕貴妃の背後にひかえている。
竜帝国では皇帝の左に座るものが右側に座るものよりも上位とされた。
すなわち上級貴族出身の霊賢妃のほうが表向きの立場は燕貴妃よりも上なのである。
しかし、皇帝との距離を見る限り、その愛情がどちらに注がれているかは一目瞭然であった。
皇帝と霊賢妃の距離はたっぷりとあけられているが、燕貴妃との距離はすぐとなりであった。
皇帝竜星命は常に燕貴妃の体の何処かに触れていた。
月見の夜会は滞りなく進む。
この日のために芸をみがいた者たちが皇帝やいならぶ貴族、文武の高官たちに披露する。
芸達者な彼らの芸に明鈴も目をみはった。
そんな明鈴の裾を引っ張るものがいる。
それは小梅であった。
「一大事よ、明鈴姉さん」
そう言い、小梅は後方の控室に明鈴を連れて行く。
その部屋には銀蝶舞と月香蘭が暗い顔で机の上にある物を見ていた。
どうしたんだろうと明鈴は机の上を見る。
そこにあったのはびりびりに破かれた踊り用の衣装であった。
「ごめんなさい、明鈴さん。ちょっと目をはなした隙にやられてしまったよ」
銀蝶舞が悲しげに頭を下げる。
「しかしここまでやるかね。きっとあの女狐の仕業だよ」
そう意気込み、今にも霊賢妃のところに小梅は駆け出そうとしていた。それを明鈴は制止する。
「犯人探しは後よ」
明鈴は小梅に言った。
頬に手をあて、明鈴は思案する。
しばらく考えて彼女はぽんんと手を叩く。
「これを逆に利用するのよ」
明鈴はこの危機的状態だというのに微笑んだ。
「利用するってどうするのよ、明鈴姉さん」
小梅は尋ねた。
銀蝶舞も真剣な眼差しで明鈴を見ている。
「貴方がたの裁縫の腕の見せ所よ。時間がおしいわ。香蘭の出番まであと少し、私の言う通りに仕立てなおしてくれるかしら」
そう言い、明鈴は二人に破かれた衣装の仕立て直しを命じた。
燕貴妃は何度も背後を振り向く。
突如、血相を変えてやってきた小梅と共に消えた明鈴のことが心配でならない。
時間だけがすぎていく。
そうこうしているうちに明鈴はもどらず、月香蘭の出番がやってきた。
舞台の裾から明鈴があらわれ、深々と頭を下げる。
「今宵、皇帝陛下のご恩にむくいるため、ささやかながら異国の舞いを皆様方にご覧いただきとうございます」
そう言い、明鈴は舞台の端に下っていった。
舞台の周囲に松明が次々と灯され、昼間のような明るさとなった。
明るくなると中央に月香蘭がかがんでいるのが見えた。
その背後にいる義夢が盛大に琵琶をかきならした。
音楽に合わせて月香蘭が舞い始める。
月香蘭の衣装を見て、一同驚愕した。
まずはそのよく揺れる大きな胸である。
ぴったりと胸にはりつくように縫われたその布の中央部分は銀杏の葉の形に穴が開けられていた。そこから見える深い胸の谷間に貴族、文武の高官たちは目を奪われた。
そして足元である。
左右の両足が大きく広がり、月香蘭が舞うたびに褐色の肌をした太ももが見える。
その様子にもこの場にいる男性は目が離せずいた。
一人、霊賢妃だけが苦々しい顔をしている。
明鈴は引き裂かれた衣装をそのように小梅と銀蝶舞に縫いなおさせたのだ。
「巨乳をひきたたせるためのハートに深いスリット。これにこの場の男性たちの視線は釘付け間違いなしよ」
不敵な笑みを浮かべて、明鈴は言う。
小梅には明鈴が何をいっているかさっぱりわからまかったが、確かに居並ぶ貴族に文武の高官の男性たちは、固唾を飲んで月香蘭の踊りを見ていた。
それは皇帝竜星命とて例外ではなかった。
やがて踊りは終わり、最後に月香蘭は両手の人差し指と中指だけを立て、顔の左右に持ってくる。そして左目だけをつむる。
それを見た一同は静まりかえった。
この一見するとふしだらな、それでいて魅力的な踊りをどう評していいか皆わからなかったのだ。
一人、礼部大臣の霊公仁だけはあきらかに怒っていた。ちなみに礼部は儀式をつかさどる役所でこの月見の夜会も霊公仁が取り仕切っていた。そして霊賢妃の父親でもある。
このようなみだらな踊りを皇帝の前で披露した月香蘭をしかりつけようとたちあがった。
だが、それよりも早く立ち上がった人物がいる。
それは宰相の魏昌であった。
魏昌は白髪に白い髭が立派な老人であった。
その宰相魏昌は立ち上がり、拍手喝采した。
「素晴らしい。素晴らしい舞いであったぞ。この魏昌、そなたの舞いを見て若返った気分でござる」
実ににこやかに魏昌は月香蘭を褒め称える。
普段は生真面目が服を着ているような魏昌が溢れんばかりの称賛の言葉を月香蘭に投げかける。
続いて、皇帝竜星命が興奮し、月香蘭を褒める。
彼女をそば近くよびよせた。
月香蘭は明鈴と共に皇帝の側に歩いていく。
その様子を見て、霊大臣はしずかにすわり直した。
その様子を横目で見ながら、明鈴たちは皇帝の前に進み出る。
月香蘭はふわりと座る。
その背後に明鈴は両膝を地面につく。
「かの者は月香蘭と申します。願わくば陛下のお側近くにお仕えさせたく、私が連れてまいりました」
明鈴は地面に額をつける。
「明鈴さん、頭をあげなよ。へえ、そうなんだ。明鈴さんの友達なんだね」
皇帝竜星命はいつものくだけた口調で言った。
「そうだよ。私は明鈴ちゃんの友達なんだ。よろしくね」
にこりと月香蘭は満面の笑みで答える。
また人差し指と中指を立て、顔の横に持って来る。
あまりにも無礼なもの言いに霊賢妃が叱りつけようとしたが、皇帝自ら手で制した。
「実は私も陛下と友達になりたいと思ってたんだよね。海王演義にはまっててさ。その話をしたかったんだよね」
月香蘭は左目を軽く閉じる。
月香蘭は内心緊張していたが、たしかに明鈴の言った通り皇帝は見るからに喜んでいた。
「そ、そうなんだ。後宮であれを読んだことがあるのは飛燕ちゃんだけだったからね。他の人とも海王演義の話をしたかったんだよね」
さらにそば近くに月香蘭を皇帝は呼び寄せた。その後の月夜の会の間、ずっと海王演義について皇帝は彼女と語りあっていた。
翌日、皇帝竜星命は明鈴に月香蘭を後宮につれてくるように命じた。
その夜、皇帝は月香蘭と一夜を共にした。
無駄な儀式のほとんどを減らした竜星命であったが、この月見の会は数少ない残されたものであった。
一見無駄に思えるものもそれに携わるものにとっては大事な仕事である。やめるのは簡単だが、亡くした文化は取り戻すのは至難だと宰相の魏昌にいさめられ、この儀式は残ったのである。
実際この月見の夜会が残ったおかげで調理人や使用人の多くが解雇されずにすみ、伝統的な料理のいくつかが失われずにすんだ。
その日の夜は見事な満月であった。
明鈴は燕貴妃につきそい、その夜会に参加していた。
この夜会は宮中の中にある庭園に絨毯がひかれ、そこに国中から集められた美酒や豪勢な料理が並べられた。
その絨毯は南の去残国から献上されたもので麒麟と青龍が描かれていた。
皇帝の座席は北側に置かれている。
その左側に霊賢妃が座り、右側に燕貴妃が座る。
明鈴はその燕貴妃の背後にひかえている。
竜帝国では皇帝の左に座るものが右側に座るものよりも上位とされた。
すなわち上級貴族出身の霊賢妃のほうが表向きの立場は燕貴妃よりも上なのである。
しかし、皇帝との距離を見る限り、その愛情がどちらに注がれているかは一目瞭然であった。
皇帝と霊賢妃の距離はたっぷりとあけられているが、燕貴妃との距離はすぐとなりであった。
皇帝竜星命は常に燕貴妃の体の何処かに触れていた。
月見の夜会は滞りなく進む。
この日のために芸をみがいた者たちが皇帝やいならぶ貴族、文武の高官たちに披露する。
芸達者な彼らの芸に明鈴も目をみはった。
そんな明鈴の裾を引っ張るものがいる。
それは小梅であった。
「一大事よ、明鈴姉さん」
そう言い、小梅は後方の控室に明鈴を連れて行く。
その部屋には銀蝶舞と月香蘭が暗い顔で机の上にある物を見ていた。
どうしたんだろうと明鈴は机の上を見る。
そこにあったのはびりびりに破かれた踊り用の衣装であった。
「ごめんなさい、明鈴さん。ちょっと目をはなした隙にやられてしまったよ」
銀蝶舞が悲しげに頭を下げる。
「しかしここまでやるかね。きっとあの女狐の仕業だよ」
そう意気込み、今にも霊賢妃のところに小梅は駆け出そうとしていた。それを明鈴は制止する。
「犯人探しは後よ」
明鈴は小梅に言った。
頬に手をあて、明鈴は思案する。
しばらく考えて彼女はぽんんと手を叩く。
「これを逆に利用するのよ」
明鈴はこの危機的状態だというのに微笑んだ。
「利用するってどうするのよ、明鈴姉さん」
小梅は尋ねた。
銀蝶舞も真剣な眼差しで明鈴を見ている。
「貴方がたの裁縫の腕の見せ所よ。時間がおしいわ。香蘭の出番まであと少し、私の言う通りに仕立てなおしてくれるかしら」
そう言い、明鈴は二人に破かれた衣装の仕立て直しを命じた。
燕貴妃は何度も背後を振り向く。
突如、血相を変えてやってきた小梅と共に消えた明鈴のことが心配でならない。
時間だけがすぎていく。
そうこうしているうちに明鈴はもどらず、月香蘭の出番がやってきた。
舞台の裾から明鈴があらわれ、深々と頭を下げる。
「今宵、皇帝陛下のご恩にむくいるため、ささやかながら異国の舞いを皆様方にご覧いただきとうございます」
そう言い、明鈴は舞台の端に下っていった。
舞台の周囲に松明が次々と灯され、昼間のような明るさとなった。
明るくなると中央に月香蘭がかがんでいるのが見えた。
その背後にいる義夢が盛大に琵琶をかきならした。
音楽に合わせて月香蘭が舞い始める。
月香蘭の衣装を見て、一同驚愕した。
まずはそのよく揺れる大きな胸である。
ぴったりと胸にはりつくように縫われたその布の中央部分は銀杏の葉の形に穴が開けられていた。そこから見える深い胸の谷間に貴族、文武の高官たちは目を奪われた。
そして足元である。
左右の両足が大きく広がり、月香蘭が舞うたびに褐色の肌をした太ももが見える。
その様子にもこの場にいる男性は目が離せずいた。
一人、霊賢妃だけが苦々しい顔をしている。
明鈴は引き裂かれた衣装をそのように小梅と銀蝶舞に縫いなおさせたのだ。
「巨乳をひきたたせるためのハートに深いスリット。これにこの場の男性たちの視線は釘付け間違いなしよ」
不敵な笑みを浮かべて、明鈴は言う。
小梅には明鈴が何をいっているかさっぱりわからまかったが、確かに居並ぶ貴族に文武の高官の男性たちは、固唾を飲んで月香蘭の踊りを見ていた。
それは皇帝竜星命とて例外ではなかった。
やがて踊りは終わり、最後に月香蘭は両手の人差し指と中指だけを立て、顔の左右に持ってくる。そして左目だけをつむる。
それを見た一同は静まりかえった。
この一見するとふしだらな、それでいて魅力的な踊りをどう評していいか皆わからなかったのだ。
一人、礼部大臣の霊公仁だけはあきらかに怒っていた。ちなみに礼部は儀式をつかさどる役所でこの月見の夜会も霊公仁が取り仕切っていた。そして霊賢妃の父親でもある。
このようなみだらな踊りを皇帝の前で披露した月香蘭をしかりつけようとたちあがった。
だが、それよりも早く立ち上がった人物がいる。
それは宰相の魏昌であった。
魏昌は白髪に白い髭が立派な老人であった。
その宰相魏昌は立ち上がり、拍手喝采した。
「素晴らしい。素晴らしい舞いであったぞ。この魏昌、そなたの舞いを見て若返った気分でござる」
実ににこやかに魏昌は月香蘭を褒め称える。
普段は生真面目が服を着ているような魏昌が溢れんばかりの称賛の言葉を月香蘭に投げかける。
続いて、皇帝竜星命が興奮し、月香蘭を褒める。
彼女をそば近くよびよせた。
月香蘭は明鈴と共に皇帝の側に歩いていく。
その様子を見て、霊大臣はしずかにすわり直した。
その様子を横目で見ながら、明鈴たちは皇帝の前に進み出る。
月香蘭はふわりと座る。
その背後に明鈴は両膝を地面につく。
「かの者は月香蘭と申します。願わくば陛下のお側近くにお仕えさせたく、私が連れてまいりました」
明鈴は地面に額をつける。
「明鈴さん、頭をあげなよ。へえ、そうなんだ。明鈴さんの友達なんだね」
皇帝竜星命はいつものくだけた口調で言った。
「そうだよ。私は明鈴ちゃんの友達なんだ。よろしくね」
にこりと月香蘭は満面の笑みで答える。
また人差し指と中指を立て、顔の横に持って来る。
あまりにも無礼なもの言いに霊賢妃が叱りつけようとしたが、皇帝自ら手で制した。
「実は私も陛下と友達になりたいと思ってたんだよね。海王演義にはまっててさ。その話をしたかったんだよね」
月香蘭は左目を軽く閉じる。
月香蘭は内心緊張していたが、たしかに明鈴の言った通り皇帝は見るからに喜んでいた。
「そ、そうなんだ。後宮であれを読んだことがあるのは飛燕ちゃんだけだったからね。他の人とも海王演義の話をしたかったんだよね」
さらにそば近くに月香蘭を皇帝は呼び寄せた。その後の月夜の会の間、ずっと海王演義について皇帝は彼女と語りあっていた。
翌日、皇帝竜星命は明鈴に月香蘭を後宮につれてくるように命じた。
その夜、皇帝は月香蘭と一夜を共にした。
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