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第二十一話 第二のお妃への道

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 まずは腹ごしらえとばかりに明鈴は、麻伊に湯麺たんめんを用意してもらった。もちろん、月香蘭とその子の子真の分もである。
 猫舌の小梅は何度もふーふーと息を吹きかけて食べていた。
 鶏ガラの出汁がきいていて、湯麺はとても美味しかった。
「温かくて美味しいわ」
 月香蘭は子真の分の麺を冷まして、食べさせていた。

 お腹もみたされた明鈴は本題に入ることにした。
 子真の面倒を小梅と麻伊にたのみ、明鈴は月香蘭と共に別室に向かう。
 そこは空き部屋であった。
 住人の少ない烏次元の屋敷は使っていない部屋がけっこうある。掃除は皆でてわけして行っているのでかなり清潔で綺麗だ。

「ではあなたには皇帝陛下に気に入ってもらえるように秘策を授けます」
 明鈴は月香蘭の青い瞳を見る。
「はい……」
 緊張気味に月香蘭は頷く。

「それではまずこの踊りを覚えていただきます」
 明鈴はそう言うとくるくると回り始める。複雑な足さばきで、とある踊りを披露する。
 それはあの世界で、もじゃもじゃ頭の青年が見ていた少女たちの踊りだ。小さな石版の中で華麗な服をきた少女たちは複数で乱れることなく、この踊りを踊っていた。それをできるだけ正確に再現してみる。
 その様子をじっと真剣な眼差しで月香蘭は見つめている。

「はあっはあっ……」
 激しく動いたので明鈴は息切れをしている。背中にしっとりと汗をかいている。

「かなり変わった踊りですね」
 形のいい顎に指をあて、月香蘭は感想をのべる。
 竜帝国の踊りは優雅にゆっくり踊るのが最上とされた。このように激しく踊るのは下品のきわみとされた。
「本当にこの踊りで皇帝陛下は喜ばれるのですか?」
 月香蘭は疑問を明鈴に投げかける。
「きっと喜んでいただけます。さあ、もう一度やるから覚えてちょうだい」
 明鈴がそう言い、再び舞おうとする。それを月香蘭は手のひらをむけて制止する。
「大丈夫です。もう覚えました」
 その月香蘭の言葉に明鈴は素直に驚愕した。さすがは踊り子だ。


 一度軽くお辞儀をすると月香蘭は踊りだす。
 それは明鈴が見せたものをより洗練させ、かつ激しくしたものだ。何度もくるくると回り、軽く跳躍し、さらに両腕を複雑に交差させる。
 その見事な踊りに明鈴は思わず拍手した。
 しかも月香蘭は息を乱していない。

「これはすごい……」
 感嘆の声を明鈴はもらす。

「ありがとうございます」
 月香蘭は会釈する。

「それでは踊りの締めにこの姿勢を取って下さい」
 そう言うと明鈴は右手の中指と人差し指だけをたて、それを顔の横に持ってくる。
「その際、このように片目だけを閉じるのをわすれてはいけません」
 明鈴はそう言い、手本を見せる。

 初めて見るその姿に月香蘭は思わず吹き出してしまう。
「ほ、本当にそんなことをするのですか?」
 耐えきれず、月香蘭は笑い出す。

「ええっそうです。この姿勢が皇帝陛下の心を掴む秘策中の秘策です。しっかりと覚えて下さい」
 いたって真剣な眼差しで明鈴は言う。

「わかったわ。任せてちょうだい」
 月香蘭はそういうと先程の踊りをもう一度踊る。
 それは明鈴が見せ、先ほど月香蘭が演じたものをさらに激しく、華麗にしたものであった。そして最後に明鈴が指示した姿勢をとる。
 さすがの月香蘭もわずかに息を乱している。

「完璧だわ。まさかあなたの踊りの才覚がここまでとは思わなかったわ」
 形のいい胸の前で腕を組み、うんうんと明鈴は大きく頷いた。
 これは逸材だわ。
 皇帝陛下の喜ばれる顔が今から思い浮かぶわ、と明鈴は思った。
「ねえ、明鈴さん。こんなのはどうですか?」
 月香蘭は両手の指を中指と人差し指だけ立て、それを顔の左右に持ってくる。
 その姿勢を見て、明鈴の体に落雷のような衝撃が走った。
「だ、ダブルピーズ……」
 意味不明の言葉を明鈴はつぶやく。
 月香蘭の才能に恐怖すら覚えた。
「それだわ。それよ香蘭さん。とても可憐だわ」
 思わず月香蘭の豊満な体に明鈴は抱きついた。

 皇帝陛下を喜ばせる踊りについては安心だ。あとは好かれるための話題が必要だ。
「あなたの踊りは完璧だわ。さあっここからが本番よ」
 そう言い、月香蘭に休憩させ、明鈴は書庫にむかった。
 明鈴は数十冊の本を抱え、戻ってきた。
「明鈴さん、それは?」
 本を見て、月香蘭の褐色の肌が若干青ざめる。
「これは海王演義よ。あなたにはこの本の内容を細部まで理解してもらいます」
 その明鈴の提案を聞き、月香蘭は背中に冷たい汗を流す。
 月香蘭は体を動かすことは得意だが、勉学はからっきしであった。

 明鈴が持ってきた本は海王演義というもので世界の海を支配する海王を目指す少年の物語だ。
 皇帝竜星命の肝いりで編纂されたものだ。竜華大陸の各地にちらばる伝説や説話を集め、それを一つの物語にしあげたものだ。烏次元もこの編纂には関わったという。
 さらに挿絵を多くいれたものも別につくり、女性や子供でも読みやすくしたものも作成した。
 それを竜星命は軽書と名付けた。
 読み書きの不得意な月香蘭のために明鈴はかたわらで海王演義を読み聞かせた。

 これはかなり骨が折れた。

 踊りはすぐに覚る月香蘭であったが、演義の中の複雑な人間関係を理解し覚えさせるのにはかなりの時間が必要だと思われた。
 海王演義全百巻を読むのに丸三日はかかった。
 途中、烏次元が加わり、演義の内容を噛み砕いて説明した。

「次元様の説明、すごくわかりやすいですわ」
 白湯を飲みながら、月香蘭は言った。

 烏次元は人間関係を紙にかき、解説した。
「この演義の編纂には私もかかわったのだよ。皇帝陛下は文化事業にも熱心なお方だ。庶民でも物語を楽しめるようにできるだけ簡単な表現で、挿絵も多くもちいるように命じられた。陛下は活版印刷なるものを考案された。この演義をつくることで版画の技術も格段に向上した」
 我がことのように烏次元は語る。
 さらに二日ほどその海王演義について烏次元の講義は続いた。

 勉学の不得意な月香蘭もわかりやすい烏次元の解説により、物語を完璧に理解した。さらに自分なりの感想をもつようになった。
「私が一番すきな場面は一度裏切った船員を許すところね。そのときの当たり前だっていう台詞は鳥肌が立つほど感動したわ」
 その言葉を聞き、明鈴は安堵した。そしてこれで完璧だと思った。
 月香蘭がこれほどの逸材に成長するとは予想以上だ。

「それで月香蘭をいつ皇帝陛下に会わせるのだ?」
 烏次元は明鈴に問う。

「そうですね。今月半ばの名月の会が適当ではと私は思います」
 明鈴は答えた。
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