見鬼の女官は烏の妻となる

白鷺雨月

文字の大きさ
上 下
12 / 23

第十二話 明鈴の秘策

しおりを挟む
 屋敷にもどった明鈴たちを小梅シャオメイ麻伊まいが出迎えてくれた。
 麻伊は昼食に玉子の餡掛け飯を用意してくれた。それに海藻のスープもそえられる。
 熱々の餡はほんのりと甘くてご飯によくからみ、病み上がりに近い明鈴にはありがたかった。
 小梅などはおかわりしたぐらいだ。
 飛燕も麻伊の料理に感動していた。
 単純で素朴な食材だけなのに深い味わいのある料理にいつもは少食の飛燕もぺろりとたいらげた。

「さあ、お腹も膨れたことだし、本題にはいりましょうか」
 そういい、飛燕の大きな瞳を見る。
 ちなみに竜帝国では大きな瞳はあまり好まれない。
 切れ長の細い目が美人だとされている。
 飛燕のような小さな顔に大きな瞳を持つものは、蛙目けいもくといわれ馬鹿にされていた。

「飛燕、よく聞きなさい。あなたには皇帝陛下の妃になってほしいの」
 その明鈴の言葉を聞き、あらためて飛燕は驚愕した。
 後宮の炊事場でそのようなことを大秋長の烏次元と話をしていたが、まさか本当に親友の明鈴から言われるなんて。飛燕ははっきりといっていいほど困惑していた。

「そんな恐れ多いことです。私は身分は低いし、不美人だし……」
 うつむき飛燕は小梅のいれてくれた白湯のはいった椀をじっとみつめる。
 たしかに蛙目の飛燕は竜帝国の美人にはあてはまらないと明鈴は思った。
 竜帝国の美人の基準はふくよかで目は切れ長で細く、小さい足の持ち主のことを言った。
 飛燕のような大きな瞳をした小柄で痩せた女性は不美人とされた。

 飛燕の言葉を聞き、明鈴は首を大きく左右にふる。
「それこそ思い込みよ。美人とは人それぞれなのです」
 明鈴は飛燕をみつめ、その小さく細い肩に手をおいた。
「その思い込み、凝り固まった価値観こそ皇帝陛下が後宮の美女たちをお召にならない理由のひとつなのよ」
 明鈴は言った。


 明鈴は小梅に指示して、ある着物を用意させた。
 小梅は料理は絶望的かつ壊滅的であったが、裁縫は天才的であった。
「小梅、例のものをもってきてちょうだい」
 明鈴は小梅に指示する。
「はーい」
 と返事し、小梅は大広間からきえる。すぐにとある着物を持ってくる。
 明鈴たちが後宮にいっているあいだに仕立て直しを頼んだ着物を彼女は持ってきた。
 本当は新しいものを用意したかったがまずはこれで試してみよう。明鈴はそう思い、飛燕に着物を着替えさせる。
 着替えは麻伊が手伝ってくれた。

「あの…… 本当にこの着物であっているのですか?」
 心配気に麻伊がきく。

 着替えた飛燕を見て、明鈴は大きく頷く。

「本当にこの着物でいいのですか?」
 震えながら、飛燕はやや興奮気味の明鈴を見る。

「ええっ間違いないわ。これこそ萌よ」
 強く明鈴は飛燕の小さな肩をたたく。

「しかし、明鈴姉さん。指示された通りにあつらえまたけど、本当にこれを着させて皇帝陛下の前にたたせるつもりなの?」
 着物を仕立て直した小梅も明鈴にきく。

 明鈴が意匠デザインした着物は足の部分を大胆に短くしたものだ。膝上はおろかふとももの半ばできりそろえられていた。
 着物自体の裾は短いのに露出しているはずの足には白い布がぴったりと巻きつけられている。実際に肌を見せているのは太もものわずかな部分だけであった。まことに不思議な意匠の着物であった。

「完璧だ。完璧な絶対領域だ……」
 うっとりと明鈴は飛燕の太ももをながめている。

「さあ、それでは仕上げといきましょう」
 明鈴は飛燕の後ろにまわり、髪を結う。
 飛燕の黒髪を左右に結ぶ。それを三つ編みにしていく。

「それでは最終仕上げよ。飛燕、皇帝陛下をお兄ちゃんとお呼びするのよ」
 にやりと不敵な笑みを明鈴は浮かべる。どこか楽しげだ。

 明鈴の言葉に一同、驚愕し唖然とした。
 そんな不敬なことをしたら命がいくつあってもたらない。

「いやいや。それはまずいですよ。皇帝陛下はお優しいかただとうかがっていますが、さすがにそれは……」
 顔を青くして麻伊が言う。
「ええ、そうですよ。さすがにそれはまずいんじゃない」
 小梅が同意する。

「大丈夫よ、これこそが最高の秘訣なんだから。いい、飛燕よく聞きなさい」
 また明鈴は飛燕の大きな瞳をみつめる。
「皇帝陛下の寵愛を受けるか、もとの下働きにもどって一生を怒鳴られて暮らすか。あなたが選ぶのよ。お兄ちゃんってたった一言うだけであなたは皇帝陛下の寵愛を一身にうけることになるんだから」
 明鈴の言葉を聞いて、飛燕は決意した。
 毎日怒られて、怒鳴られることに飛燕はうんざりしていた。
「わかったわ。私、言うわ」
 小さな拳を握りしめて、飛燕は言った。

 このあと明鈴は飛燕に一晩中発声練習をさせた。
 頭のてっぺんから声をだすことを意識させる。つねに甘えたような口調で話すように指示する。
 それだけでなく、鼻がつまったような声を出す練習もさせた。
 さらに話すときは上目遣いをするようにと飛燕に厳命した。
「そう、着物のすそをつかんでお兄ちゃんっていうの」
 明鈴は言う。
「はあい、お兄ちゃん。私、お兄ちゃん大好きだよ」
 飛燕は明鈴の指示した通りの発声をする。

 これはいい。きっとうまくいく。飛燕はやはり才能がある。
 明鈴は確信した。
 さらに完璧にするために三日ほど発声と所作の練習をおこなった。

 そした張飛燕は烏次元につれられ、皇帝のもとにおもむいた。
 次の日、烏次元の口から飛燕が皇帝の自室で一晩を過ごしたということを明鈴は知らされた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる

えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。 一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。 しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。 皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜

菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。 まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。 なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに! この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。

後宮物語〜身代わり宮女は皇帝に溺愛されます⁉︎〜

菰野るり
キャラ文芸
寵愛なんていりません!身代わり宮女は3食昼寝付きで勉強がしたい。 私は北峰で商家を営む白(パイ)家の長女雲泪(ユンルイ) 白(パイ)家第一夫人だった母は私が小さい頃に亡くなり、家では第二夫人の娘である璃華(リーファ)だけが可愛がられている。 妹の後宮入りの用意する為に、両親は金持ちの薬屋へ第五夫人の縁談を準備した。爺さんに嫁ぐ為に生まれてきたんじゃない!逃げ出そうとする私が出会ったのは、後宮入りする予定の御令嬢が逃亡してしまい責任をとって首を吊る直前の宦官だった。 利害が一致したので、わたくし銀蓮(インリェン)として後宮入りをいたします。 雲泪(ユンレイ)の物語は完結しました。続きのお話は、堯舜(ヤオシュン)の物語として別に連載を始めます。近日中に始めますので、是非、お気に入りに登録いただき読みにきてください。お願いします。

真夜中の仕出し屋さん~料理上手な狛犬様と暮らすことになりました~

椿蛍
キャラ文芸
「結婚するか、化け物屋敷を管理するか」 仕事を辞めた私に、父は二つの選択肢を迫った。 料亭『吉浪』に働いて六年。 挫折し、料理を作れなくなってしまった―― 結婚を断り、私が選んだのは、化け物屋敷と父が呼ぶ、亡くなった祖父の家へ行くことだった。 祖父が亡くなって、店は閉まっているはずだったけれど、なぜか店は開いていて―― 初出:2024.5.10~ ※他サイト様に投稿したものを大幅改稿しております。

ひきこもり瑞祥妃は黒龍帝の寵愛を受ける

緋村燐
キャラ文芸
天に御座す黄龍帝が創りし中つ国には、白、黒、赤、青の四龍が治める国がある。 中でも特に広く豊かな大地を持つ龍湖国は、白黒対の龍が治める国だ。 龍帝と婚姻し地上に恵みをもたらす瑞祥の娘として生まれた李紅玉は、その力を抑えるためまじないを掛けた状態で入宮する。 だが事情を知らぬ白龍帝は呪われていると言い紅玉を下級妃とした。 それから二年が経ちまじないが消えたが、すっかり白龍帝の皇后になる気を無くしてしまった紅玉は他の方法で使命を果たそうと行動を起こす。 そう、この国には白龍帝の対となる黒龍帝もいるのだ。 黒龍帝の皇后となるため、位を上げるよう奮闘する中で紅玉は自身にまじないを掛けた道士の名を聞く。 道士と龍帝、瑞祥の娘の因果が絡み合う!

護堂先生と神様のごはん

栗槙ひので
キャラ文芸
 亡くなった叔父の家を譲り受ける事になった、中学校教師の護堂夏也は、山間の町の古い日本家屋に引っ越して来た。静かな一人暮らしが始まるはずが、引っ越して来たその日から、食いしん坊でへんてこな神様と一緒に暮らす事になる。  気づけば、他にも風変わりな神様や妖怪まで現れて……。 季節を通して巡り合う、神様や妖怪達と織り成す、ちょっと風変わりな日々。お腹も心もほっこり温まる、ほのぼの田舎暮らし奇譚。 2019.10.8 エブリスタ 現代ファンタジー日別ランキング一位獲得 2019.10.29 エブリスタ 現代ファンタジー月別ランキング一位獲得

処理中です...