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第八話 特務機関黒桜
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「ひどい目にあったな」
黒い軍服の男は史乃にそう語りかける。
かすかにふるえながら、史乃は渡辺司という名の青年将校に対して頷いてみせる。
「あの……あなた方は……」
史乃はその黒い軍服の青年に尋ねる。
青年将校のとなりには同じ軍服をきた可愛らしい少女がにこやかに史乃を見ている。
「我々は帝国陸軍特務機関黒桜の所属するものだ。私は渡辺司、階級は中尉である。君を帝国陸軍の名に置いて保護させてもらう」
青年将校は力強く名乗る。
その声をきくとなぜか安心すると史乃は思った。
「私も同じ機関に所属する平井夢子っていいます。階級は一応准尉待遇ということになっています」
夢子は立ち上がり、史乃にかわいらしい敬礼をする。
夢子は史乃の手を握り、よろしくねとつけくわえる。
人懐っこい笑顔だなと史乃は思った。
夢子の笑顔をみると心が軽くなる。
帝国陸軍特務機関黒桜。
帝国陸軍の創設と同時に設立された組織である。
その任務は主に皇族及び華族、政治家の重要人物らを霊的障害から守護、そして保護するためにつくられた機関である。
組織の性格上、警察組織では手に負えない霊的、魔術的な事件をとりあつかうことが多い。またそれらの事件の捜査、解決も任務のひとつとされている。
この機関に所属するものは皆、渡辺司らが着ているような闇をきりとって染め上げられたような色の軍服を着ている。故に彼らはクロとも呼ばれている。
ちなみに平井夢子は正規の軍人ではない。
その魔術的能力を黒桜にかわれ、准尉待遇で働いている。
渡辺司はれっきとした士官学校を卒業した軍人であるが、その生まれ故に黒桜に所属することを運命付けられていた。渡辺司の祖先は鬼退治の英雄である渡辺綱であろことがその主な理由であった。
「どうして、私が……」
史乃は渡辺司のサングラス越しの黒い瞳を見る。
彼らの話では国家の重要人物を警護することをおもな任務にしているという。
史乃は一応かつての大名家の血はひいてはいるものの、今はただの一般人にすぎない。
彼らのような軍人に救出されるような重要人ではないと思われた。
「君がかつて身をよせていたジョージ・アストレイド神父はなにやら重大な事件をおこうそうとしていたようなのだ。その証拠の一つが君の背中にきざまれた魔法陣のいれずみである。現にわれわれの機関の諜報員の報告によればかの教会の瓦礫のしたから数々の魔術儀式が行われていた形跡が発見されている。最上史乃君、君はこの一連の事件のいわば重要参考人なのだ」
司は史乃を見る。
あまりの情報量に史乃の頭はパンク寸前であった。
あの優しかったジョージ神父がそんなことをかんがえていたなんて。
それはまさに史乃にとって青天の霹靂であった。
「私の背中に……」
史乃はジョージ神父が夜な夜な自分にしていたことを思い出していた。
史乃としてはにわかにはうけいれがたい渡辺司の言葉であった。
私が愛したあの神父さんはいったいなにを考えて、何をさせようちしていたのか。
史乃には見当もつかない。
コンコンコン……。
誰かが扉をノックする音が聞こえる。
「すいません、滝沢です……」
それはこの星都ホテルの滝沢総支配人の声だった。
ドアのむこうがわから滝沢の低い声がする。
「渡辺様におつたえしたいことがあります。この扉を開けていただけませんか」
ドアの向こう側から滝沢が許可を求める声がする。
「あっはいはい」
夢子がその声に反応し、当然のようにドアを開けようとする。
ドアノブに夢子は手を伸ばす。
突如、サングラスの下の瞳が紫色に光るのを史乃は視認した。
渡辺司の眉根がよる。
額に深いしわがきざまれる。
「司よ、気をつけろ。その扉を開けてはならぬ」
男と女の声が入り混じったような声を史乃は聞いた。
渡辺司のほうから聞こえるが、彼は口を開いていない。
不思議だと史乃は思った。
それは司だけに聞こえる声のはずであった。
老人なのか子どもなのか、男なのか女なのか。どれでもありどれでもない。そんな奇怪きわまる声であった。
声の主はもともとの鬼眼も持ち主であった。
かつて司の一族の祖先により、その声の持ち主は滅ぼされた。
そして最後にその者は渡辺綱と契約したのである。
力を貸す代わりに存在そのもは滅ぼさない、それが契約であった。
以来、渡辺一族にそのものは鬼眼の力を貸している。
一族の長にとりつき、存在を確保するという条件のもとにである。
そして鬼眼が自動的に発動した。
それは渡辺司にとりついた鬼眼の主が宿主の危機を察知し、発動させたのだ。
「どういうことだ」
渡辺司は独り言のように言う。
「耳をよく働かせろ。声は聞こえるが心の臓の音は聞こえぬ。人外のものに間違いない」
その不思議な声は史乃にも聞こえていた。
その言葉に史乃は危機を感じ、恐怖も覚えた。
そっと渡辺司はまぶたを閉じる。
「たしかに聞こえない。ということは外いるのは生物ではない」
渡辺司は夢子にかけより、その小柄な体を抱き上げる。
「きゃっ、司様。いきなりどうされたのですか」
わかりやすいほどの驚きの声を夢子はあげる。
「あれは滝沢さんではない」
渡辺司は短く説明する。
「よく見てみろ」
司は夢子の体を自分の背後に回す。
ついさっきまで夢子がいたところに金色の針金のようなものがドアの鍵穴から生えていた。それは夢子がもといたところをぐるぐるとかきまわしている。
もしそのままのところにいたら夢子は確実に傷つけられていただろうと史乃は思った。
運があるければ、夢子の白い喉はきじつけられ、命が危うかったかもしれない。
そうおもうと史乃は戦慄を覚える。
「あれれっ。失敗しちゃったわ。残念残念」
ドアのむこうから聞こえたのは滝沢総支配人の声ではなく、耳障りな甲高い少女の声であった。
黒い軍服の男は史乃にそう語りかける。
かすかにふるえながら、史乃は渡辺司という名の青年将校に対して頷いてみせる。
「あの……あなた方は……」
史乃はその黒い軍服の青年に尋ねる。
青年将校のとなりには同じ軍服をきた可愛らしい少女がにこやかに史乃を見ている。
「我々は帝国陸軍特務機関黒桜の所属するものだ。私は渡辺司、階級は中尉である。君を帝国陸軍の名に置いて保護させてもらう」
青年将校は力強く名乗る。
その声をきくとなぜか安心すると史乃は思った。
「私も同じ機関に所属する平井夢子っていいます。階級は一応准尉待遇ということになっています」
夢子は立ち上がり、史乃にかわいらしい敬礼をする。
夢子は史乃の手を握り、よろしくねとつけくわえる。
人懐っこい笑顔だなと史乃は思った。
夢子の笑顔をみると心が軽くなる。
帝国陸軍特務機関黒桜。
帝国陸軍の創設と同時に設立された組織である。
その任務は主に皇族及び華族、政治家の重要人物らを霊的障害から守護、そして保護するためにつくられた機関である。
組織の性格上、警察組織では手に負えない霊的、魔術的な事件をとりあつかうことが多い。またそれらの事件の捜査、解決も任務のひとつとされている。
この機関に所属するものは皆、渡辺司らが着ているような闇をきりとって染め上げられたような色の軍服を着ている。故に彼らはクロとも呼ばれている。
ちなみに平井夢子は正規の軍人ではない。
その魔術的能力を黒桜にかわれ、准尉待遇で働いている。
渡辺司はれっきとした士官学校を卒業した軍人であるが、その生まれ故に黒桜に所属することを運命付けられていた。渡辺司の祖先は鬼退治の英雄である渡辺綱であろことがその主な理由であった。
「どうして、私が……」
史乃は渡辺司のサングラス越しの黒い瞳を見る。
彼らの話では国家の重要人物を警護することをおもな任務にしているという。
史乃は一応かつての大名家の血はひいてはいるものの、今はただの一般人にすぎない。
彼らのような軍人に救出されるような重要人ではないと思われた。
「君がかつて身をよせていたジョージ・アストレイド神父はなにやら重大な事件をおこうそうとしていたようなのだ。その証拠の一つが君の背中にきざまれた魔法陣のいれずみである。現にわれわれの機関の諜報員の報告によればかの教会の瓦礫のしたから数々の魔術儀式が行われていた形跡が発見されている。最上史乃君、君はこの一連の事件のいわば重要参考人なのだ」
司は史乃を見る。
あまりの情報量に史乃の頭はパンク寸前であった。
あの優しかったジョージ神父がそんなことをかんがえていたなんて。
それはまさに史乃にとって青天の霹靂であった。
「私の背中に……」
史乃はジョージ神父が夜な夜な自分にしていたことを思い出していた。
史乃としてはにわかにはうけいれがたい渡辺司の言葉であった。
私が愛したあの神父さんはいったいなにを考えて、何をさせようちしていたのか。
史乃には見当もつかない。
コンコンコン……。
誰かが扉をノックする音が聞こえる。
「すいません、滝沢です……」
それはこの星都ホテルの滝沢総支配人の声だった。
ドアのむこうがわから滝沢の低い声がする。
「渡辺様におつたえしたいことがあります。この扉を開けていただけませんか」
ドアの向こう側から滝沢が許可を求める声がする。
「あっはいはい」
夢子がその声に反応し、当然のようにドアを開けようとする。
ドアノブに夢子は手を伸ばす。
突如、サングラスの下の瞳が紫色に光るのを史乃は視認した。
渡辺司の眉根がよる。
額に深いしわがきざまれる。
「司よ、気をつけろ。その扉を開けてはならぬ」
男と女の声が入り混じったような声を史乃は聞いた。
渡辺司のほうから聞こえるが、彼は口を開いていない。
不思議だと史乃は思った。
それは司だけに聞こえる声のはずであった。
老人なのか子どもなのか、男なのか女なのか。どれでもありどれでもない。そんな奇怪きわまる声であった。
声の主はもともとの鬼眼も持ち主であった。
かつて司の一族の祖先により、その声の持ち主は滅ぼされた。
そして最後にその者は渡辺綱と契約したのである。
力を貸す代わりに存在そのもは滅ぼさない、それが契約であった。
以来、渡辺一族にそのものは鬼眼の力を貸している。
一族の長にとりつき、存在を確保するという条件のもとにである。
そして鬼眼が自動的に発動した。
それは渡辺司にとりついた鬼眼の主が宿主の危機を察知し、発動させたのだ。
「どういうことだ」
渡辺司は独り言のように言う。
「耳をよく働かせろ。声は聞こえるが心の臓の音は聞こえぬ。人外のものに間違いない」
その不思議な声は史乃にも聞こえていた。
その言葉に史乃は危機を感じ、恐怖も覚えた。
そっと渡辺司はまぶたを閉じる。
「たしかに聞こえない。ということは外いるのは生物ではない」
渡辺司は夢子にかけより、その小柄な体を抱き上げる。
「きゃっ、司様。いきなりどうされたのですか」
わかりやすいほどの驚きの声を夢子はあげる。
「あれは滝沢さんではない」
渡辺司は短く説明する。
「よく見てみろ」
司は夢子の体を自分の背後に回す。
ついさっきまで夢子がいたところに金色の針金のようなものがドアの鍵穴から生えていた。それは夢子がもといたところをぐるぐるとかきまわしている。
もしそのままのところにいたら夢子は確実に傷つけられていただろうと史乃は思った。
運があるければ、夢子の白い喉はきじつけられ、命が危うかったかもしれない。
そうおもうと史乃は戦慄を覚える。
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ドアのむこうから聞こえたのは滝沢総支配人の声ではなく、耳障りな甲高い少女の声であった。
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