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第六話 休息
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滝沢総支配人が渡辺司たちのために用意した部屋は広く、清潔で気品が漂うものだった。ベッドにソファー、丸テーブルと調度品はかなり控えめだ。それは贅沢を嫌う渡辺司の好みにあうものだった。
急な来訪にもかかわらず、滝沢総支配人は笑顔ででむかえてくれた。さらに彼らのために食事を用意してくれた。メニューはたまごサンドにハムチーズサンド、それと野菜のサンドイッチであった。
星都ホテルは外国の要人、皇族華族らも宿泊することもある由緒正しいホテルである。望めばいくらでも豪華な部屋はあるが、それは渡辺司の趣味ではなかった。そんな豪華なところはおちつかないのが渡辺司という人物であった。それは夢子もまた同じである。
史乃をベッドに寝かせ、渡辺司は夢子が用意したお湯で彼の体を拭いていく。よく見ると史乃の体はかなり汚れていたからだ。
渡辺司は史乃の服を脱がせ、体の隅々までかたくしぼった濡れタオルで拭いていく。
史乃はずっと眠ったままだ。それだけあの陰複虫が与えたダメージが大きいのだろうと渡辺司は推測する。
史乃の肌は病的といっていいほど白い。白雪のようだと渡辺司は彼の体を拭きながら思った。
「本当に男の人なんですかね」
羨ましそうに夢子は史乃の裸体を見つめる。
渡辺司は史乃をうつ伏せに寝かせる。それは背中を拭くためだ。
その史乃の背中を見て、渡辺司は太い眉根を寄せる。夢子はうっと唸るような声をもらす。
史乃の本来は白く、きめの細かいであろう背中に複雑怪奇な文字と文様が入れ墨で刻まれていたのだ。
背中一面にびっしりとである。
星の形を中心にその周囲に見たこともないおぞましい悪魔の絵とアラビア数字、どこの国のものとも想像がつかない文字が描かれている。
「読めるか、夢子」
軍帽を壁掛けにかけ、渡辺司は夢子に問う。
軍帽に収められていた豊かな黒髪がはらりと流れる。渡辺司はずれるサングラスの位置をもとに戻す。
まじまじと真剣な表情で夢子はその史乃の背中の入れ墨を観察する。
「七十二……王……約束……」
夢子はそこまで言うとおかっぱ頭をばりばりとかきむしる。それが行き詰まったときの夢子のくせだということを渡辺司は知っている。
「申し訳ございません、司様。難しすぎて読めません。おそらくは西洋、それもイングランドにつたわる黒魔術の魔法陣だとは思います。専門外なのでこれ以上は私には理解の外です。博識のお師匠様ならあるいはと思いますが」
夢子はすまなさそうに目を伏せる。
そんな夢子の頭を渡辺司は撫でる。
渡辺司は長い黒髪をなでつける。
「七十二といえばかつてソロモン王が使役したという悪魔と同じ数字だ。そしてこの悪魔は西洋絵画よく見るサタンを模したものに近い。おそらくはこの魔法陣は高位悪魔王を現実世界によびだすものではなかろうか……」
渡辺司は夢子がいれた紅茶を一口飲む。
「司様、これをよめるのですか!!」
わかりやすい驚愕の表情を夢子は浮かべる。
瞳をそっと閉じ、渡辺司は首を左右にふる。
「いや読めないよ、夢子。ただおまえが言った言葉に推測に推測をかさねただけにすぎない。それにだ小野寺のレポートにもあったのだが、この最上史乃が身をよせていたジョージ・アストレイドはイングランドでも指折りの魔術師の家系の出身だということだ」
渡辺司はがつがつとサンドイッチを食べる。
夢子もそれに続き、野菜のサンドイッチを頬張る。
「そうですね、小野寺さんの報告書にそう書かれていましたね。でも魔術師の家系のひとがどうしてカトリックの神父をしていたのでしょうか……」
夢子は遠慮なくハムチーズのサンドイッチに手をのばし、口にいれる。
「これは推測というより想像の範囲なんだがジョージ神父は悪魔崇拝主義者だったのではないか。世間をあざむくために表向きはカトリックの神父をよそおっていたのではなかろうか」
渡辺司はちらりと静かに眠る史乃の秀麗な顔を見る。
「だから史乃さんの背中に魔法陣を刻みつけた。こんなのを背中にいれられた史乃さんが不憫でなりませんね」
夢子は難しい顔で大きな胸の前で腕を組んだ。
「とりあえずお師匠様に相談したほうがよさそうですね。お師匠様のいる京都までいかないといけませんね」
夢子は紅茶をごくりと飲む。
「私はあの男が苦手なのだが……」
渡辺主は語尾をにごす。精悍な顔が苦虫を噛み潰した顔に歪む。
「苦手もヘチマもありませんよ。ことは急をようします。それに人道にかかわることでもあります。小野寺さんと合流して京都に向かいましょう」
そう言い、夢子は滝沢が用意したサンドイッチの残りを平らげた。
渡辺司はしぶしぶ承諾する。
「わかってくれたら良いんです。それでは司様も一休みしてください。鬼眼を何度かつかってつかれているでしょう」
その夢子の言葉に頷き、渡辺司はソファーに身を預ける。薄くまぶたを閉じる。
平井夢子は愛用のリュックサックから四枚の呪符をとりだし。それを部屋の四隅に貼り付ける。
夢子は床に直にすわり、あぐらを組む。複雑な手印をその豊かな胸の前で何度も結ぶ。
「四海竜王に願い奉る。我らを守護したまえ」
四隅にはられた呪符が淡く輝く。
「東海青竜王の眷属蛟よ姿を見せよ」
夢子の小さな手のひらに青い蛇が出現する。
「さあ、蛟。もし私達に敵意があるものがあらわれたら教えてちょうだいね」
夢子は蛟の頭をなでる。次の瞬間、蛟はどこかに消えてしまった。
「さてこの部屋の霊的磁場を底上げしましたし、私も休もかしら」
夢子も空いているもう一つのベッドに寝転がる。
おおきくあくびをし、夢子は眠りについた。
急な来訪にもかかわらず、滝沢総支配人は笑顔ででむかえてくれた。さらに彼らのために食事を用意してくれた。メニューはたまごサンドにハムチーズサンド、それと野菜のサンドイッチであった。
星都ホテルは外国の要人、皇族華族らも宿泊することもある由緒正しいホテルである。望めばいくらでも豪華な部屋はあるが、それは渡辺司の趣味ではなかった。そんな豪華なところはおちつかないのが渡辺司という人物であった。それは夢子もまた同じである。
史乃をベッドに寝かせ、渡辺司は夢子が用意したお湯で彼の体を拭いていく。よく見ると史乃の体はかなり汚れていたからだ。
渡辺司は史乃の服を脱がせ、体の隅々までかたくしぼった濡れタオルで拭いていく。
史乃はずっと眠ったままだ。それだけあの陰複虫が与えたダメージが大きいのだろうと渡辺司は推測する。
史乃の肌は病的といっていいほど白い。白雪のようだと渡辺司は彼の体を拭きながら思った。
「本当に男の人なんですかね」
羨ましそうに夢子は史乃の裸体を見つめる。
渡辺司は史乃をうつ伏せに寝かせる。それは背中を拭くためだ。
その史乃の背中を見て、渡辺司は太い眉根を寄せる。夢子はうっと唸るような声をもらす。
史乃の本来は白く、きめの細かいであろう背中に複雑怪奇な文字と文様が入れ墨で刻まれていたのだ。
背中一面にびっしりとである。
星の形を中心にその周囲に見たこともないおぞましい悪魔の絵とアラビア数字、どこの国のものとも想像がつかない文字が描かれている。
「読めるか、夢子」
軍帽を壁掛けにかけ、渡辺司は夢子に問う。
軍帽に収められていた豊かな黒髪がはらりと流れる。渡辺司はずれるサングラスの位置をもとに戻す。
まじまじと真剣な表情で夢子はその史乃の背中の入れ墨を観察する。
「七十二……王……約束……」
夢子はそこまで言うとおかっぱ頭をばりばりとかきむしる。それが行き詰まったときの夢子のくせだということを渡辺司は知っている。
「申し訳ございません、司様。難しすぎて読めません。おそらくは西洋、それもイングランドにつたわる黒魔術の魔法陣だとは思います。専門外なのでこれ以上は私には理解の外です。博識のお師匠様ならあるいはと思いますが」
夢子はすまなさそうに目を伏せる。
そんな夢子の頭を渡辺司は撫でる。
渡辺司は長い黒髪をなでつける。
「七十二といえばかつてソロモン王が使役したという悪魔と同じ数字だ。そしてこの悪魔は西洋絵画よく見るサタンを模したものに近い。おそらくはこの魔法陣は高位悪魔王を現実世界によびだすものではなかろうか……」
渡辺司は夢子がいれた紅茶を一口飲む。
「司様、これをよめるのですか!!」
わかりやすい驚愕の表情を夢子は浮かべる。
瞳をそっと閉じ、渡辺司は首を左右にふる。
「いや読めないよ、夢子。ただおまえが言った言葉に推測に推測をかさねただけにすぎない。それにだ小野寺のレポートにもあったのだが、この最上史乃が身をよせていたジョージ・アストレイドはイングランドでも指折りの魔術師の家系の出身だということだ」
渡辺司はがつがつとサンドイッチを食べる。
夢子もそれに続き、野菜のサンドイッチを頬張る。
「そうですね、小野寺さんの報告書にそう書かれていましたね。でも魔術師の家系のひとがどうしてカトリックの神父をしていたのでしょうか……」
夢子は遠慮なくハムチーズのサンドイッチに手をのばし、口にいれる。
「これは推測というより想像の範囲なんだがジョージ神父は悪魔崇拝主義者だったのではないか。世間をあざむくために表向きはカトリックの神父をよそおっていたのではなかろうか」
渡辺司はちらりと静かに眠る史乃の秀麗な顔を見る。
「だから史乃さんの背中に魔法陣を刻みつけた。こんなのを背中にいれられた史乃さんが不憫でなりませんね」
夢子は難しい顔で大きな胸の前で腕を組んだ。
「とりあえずお師匠様に相談したほうがよさそうですね。お師匠様のいる京都までいかないといけませんね」
夢子は紅茶をごくりと飲む。
「私はあの男が苦手なのだが……」
渡辺主は語尾をにごす。精悍な顔が苦虫を噛み潰した顔に歪む。
「苦手もヘチマもありませんよ。ことは急をようします。それに人道にかかわることでもあります。小野寺さんと合流して京都に向かいましょう」
そう言い、夢子は滝沢が用意したサンドイッチの残りを平らげた。
渡辺司はしぶしぶ承諾する。
「わかってくれたら良いんです。それでは司様も一休みしてください。鬼眼を何度かつかってつかれているでしょう」
その夢子の言葉に頷き、渡辺司はソファーに身を預ける。薄くまぶたを閉じる。
平井夢子は愛用のリュックサックから四枚の呪符をとりだし。それを部屋の四隅に貼り付ける。
夢子は床に直にすわり、あぐらを組む。複雑な手印をその豊かな胸の前で何度も結ぶ。
「四海竜王に願い奉る。我らを守護したまえ」
四隅にはられた呪符が淡く輝く。
「東海青竜王の眷属蛟よ姿を見せよ」
夢子の小さな手のひらに青い蛇が出現する。
「さあ、蛟。もし私達に敵意があるものがあらわれたら教えてちょうだいね」
夢子は蛟の頭をなでる。次の瞬間、蛟はどこかに消えてしまった。
「さてこの部屋の霊的磁場を底上げしましたし、私も休もかしら」
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