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第一話 黒い軍服の男
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一九二三年の十月はじめのころである。
帝都に史上類をみない大地震が起きてから一月が経とうとしていた。
地震により破壊された帝都を一人の青年が歩いていた。
すでに時刻は夕刻を過ぎ、夜となろうとしていた。ガスの街灯が地震により破壊されたため、道は暗い。それにその道も歪んでいて歩きにくい。
その薄暗い道をその青年は歩いていた。
美しい青年であった。年の頃は二十歳ごろだろうか。肌は白く、切れ長の瞳が印象的だ。肩まで伸びた黒髪は濡れ烏の翼のようだ。その容貌は女性のように優しげである。背が高く、ほっそりとしている。肉付きが悪く、やや不健康そうだ。
その顔色の悪さも青年にとっては美しさをひきたてるエッセンスの一つとなっている。
性別を抜きにして、庇護欲をかきたてる美貌をその青年は持っていた。
青年の名は最上史乃という。
大地震の前は帝都にあるカソリックの教会で働いていた。しかし、その教会はかの地震によって倒壊した。教会の神父は瓦礫に巻き込まれこの世を去った。
死の直後、神父のアレク・アストレイドは史乃に親友を頼るように遺言を残す。
アレクの親友の名はジョージ・ホーエンハイムといった。
史乃は遺言を守り、そのジョージ・ホーエンハイムが営む教会を訪ねた。アレクの親友もまたカソリックの神父であったのだ。
足が痛い。それの喉も渇いている。空腹でふらふらだ。
史乃は重い足を引きずるように歩きながら、ジョージ・ホーエンハイムの教会を目指す。そこは帝都でも西端にあったため、探すのに苦労した。
どうにか教会を見つけ出し、史乃は重い扉を開け、中に入る。
教会の中も薄暗く、ランプが壁にいくつかかけられているだけだ。
教会に入り、史乃は違和感を覚えた。
嫌な匂いがする。
それはあの大地震で経験したものだ。
それは死と血の匂いであった。
生ぬるい死の異臭が史乃の鼻腔を刺激し、思わず咳き込んでしまう。
史乃はいくつもの長椅子が置かれる教会の中を見渡す。
奥の方に何者かがいた。
三人の男たちがいる。
ボロボロの背広を着た男、無毛の背の高い男に作業着の男たちだ。
彼らの共通点は皆総じて人相が凶悪であった。どういった人生を歩めば、このような人相になるのか。史乃には理解の外であった。
その三人の男たちの足もとに誰かがいる。
黒い神父服をまとった異国の男性であった。うつ向けにたおれ、床に血がひろがっている。
せの背中には太い刃のナイフがつきささっている。
背広の男がナイフの柄に足をおく。ぐりぐりと深く押し込むが、神父はぴくりとも動かない。
そうその神父はすでに死んでいた。
「ひいっ」
短い悲鳴を上げ、史乃は両手で口を押さえる。
あまりの光景に気が動転する。
あっという間に三人の男たちに取り囲まれる。
史乃は恐怖で今にも腰が抜けそうだ。
史乃の病的に細い手首を禿げ頭の男かつかむ。
手首をつかまれ、苦痛に史乃の秀麗な顔が歪む。
顔を近づけ、禿げ頭の男はじろりと史乃の顔を睨めつける。
にやりと下品な顔をその禿げ頭の男は浮かべる。
「たまんねえな、おい。こいつ女みたいな顔してよ。細い腰がたまんねえよな」
獣欲を込めた目で禿げ頭の男は史乃に顔を近づける。ベロリと舌で禿げ頭の男は史乃の青白い頰を舐める。臭い口臭に史乃は吐き気を覚え、顔をそむける。
そむけた顔をつかまれ、無理矢理こちらを向かせられる。
「おまえも好き者だな」
汚れた背広の男も下品な笑みを浮かべる。
「なあ兄貴、やっちまってもいいよな。これも報酬だよな」
禿げ頭はさらに史乃の首すじを舐める。
ねっとりとした唾液で汚され、再び吐き気を覚える。力をこめて男たちの手から逃れようとするが腕力の差は圧倒的で泣け出せない。
自分はこんな見ず知らずの男たちに犯されるのだろうか。そう思うと勝手に涙が流れる。
「なんだおまえ、泣いているのか。はははっ楽しませて貰うぜ」
禿げ頭は器用に腰のベルトを外す。
「なあおい、俺も混ぜてくれよ」
作業着の男が言う。その男の左目は白く濁っていた。
「俺は口のほうで楽しませて貰うぜ」
作業着の男はそう言い、ズボンをずらす。
「なら俺は下の方を貰うぜ」
ゲヘヘッと禿げ頭は笑う。
どんっと押し倒され、史乃は背中から倒れる。
禿げ頭に服を破られ、薄い胸元があらわになる。
「たまんねえよな、こんなに綺麗な肌してやがる」
禿げ頭はベロリと史乃の胸元をなめる。
その不快感に史乃は意識を失いそうだ。
どうにかして抜けだそうするが、二人係で抑え込まれているので身動きがとれない。
その時だ。
一陣の風が流れた。
それは疾風とも烈風とも呼ばれるものだ。
風と共に一人の軍服の男が出現した。
その軍服は闇を切り取ったかのように漆黒であった。
黒い軍服に黒い軍帽、その精悍な顔の瞳には丸いサングラスがかけられている。そのサングラスの奥の瞳はアメジストのように紫に輝いている。
「ぐへっ」
禿げ頭が悲鳴をあげる。
史乃の手首を掴んでいた手が外れている。しかも関節とは逆に曲がっている。
黒い軍服の男は片手だけで禿げ頭を持ち上げる。そのまま床に投げつけた。
床に禿げ頭の体はめり込む。
悲鳴をあげる暇もなく、禿げ頭の男は気絶した。
「私は帝国特務機関黒桜の渡辺司中尉だ。最上史乃は帝国陸軍がその身柄を保護する。君らは殺人の現行犯で帝国陸軍が捕縛する。怪我をしたくなければ大人しく降伏したまえ」
渡辺司中尉は史乃の細すぎる体を抱きかかえた。
帝都に史上類をみない大地震が起きてから一月が経とうとしていた。
地震により破壊された帝都を一人の青年が歩いていた。
すでに時刻は夕刻を過ぎ、夜となろうとしていた。ガスの街灯が地震により破壊されたため、道は暗い。それにその道も歪んでいて歩きにくい。
その薄暗い道をその青年は歩いていた。
美しい青年であった。年の頃は二十歳ごろだろうか。肌は白く、切れ長の瞳が印象的だ。肩まで伸びた黒髪は濡れ烏の翼のようだ。その容貌は女性のように優しげである。背が高く、ほっそりとしている。肉付きが悪く、やや不健康そうだ。
その顔色の悪さも青年にとっては美しさをひきたてるエッセンスの一つとなっている。
性別を抜きにして、庇護欲をかきたてる美貌をその青年は持っていた。
青年の名は最上史乃という。
大地震の前は帝都にあるカソリックの教会で働いていた。しかし、その教会はかの地震によって倒壊した。教会の神父は瓦礫に巻き込まれこの世を去った。
死の直後、神父のアレク・アストレイドは史乃に親友を頼るように遺言を残す。
アレクの親友の名はジョージ・ホーエンハイムといった。
史乃は遺言を守り、そのジョージ・ホーエンハイムが営む教会を訪ねた。アレクの親友もまたカソリックの神父であったのだ。
足が痛い。それの喉も渇いている。空腹でふらふらだ。
史乃は重い足を引きずるように歩きながら、ジョージ・ホーエンハイムの教会を目指す。そこは帝都でも西端にあったため、探すのに苦労した。
どうにか教会を見つけ出し、史乃は重い扉を開け、中に入る。
教会の中も薄暗く、ランプが壁にいくつかかけられているだけだ。
教会に入り、史乃は違和感を覚えた。
嫌な匂いがする。
それはあの大地震で経験したものだ。
それは死と血の匂いであった。
生ぬるい死の異臭が史乃の鼻腔を刺激し、思わず咳き込んでしまう。
史乃はいくつもの長椅子が置かれる教会の中を見渡す。
奥の方に何者かがいた。
三人の男たちがいる。
ボロボロの背広を着た男、無毛の背の高い男に作業着の男たちだ。
彼らの共通点は皆総じて人相が凶悪であった。どういった人生を歩めば、このような人相になるのか。史乃には理解の外であった。
その三人の男たちの足もとに誰かがいる。
黒い神父服をまとった異国の男性であった。うつ向けにたおれ、床に血がひろがっている。
せの背中には太い刃のナイフがつきささっている。
背広の男がナイフの柄に足をおく。ぐりぐりと深く押し込むが、神父はぴくりとも動かない。
そうその神父はすでに死んでいた。
「ひいっ」
短い悲鳴を上げ、史乃は両手で口を押さえる。
あまりの光景に気が動転する。
あっという間に三人の男たちに取り囲まれる。
史乃は恐怖で今にも腰が抜けそうだ。
史乃の病的に細い手首を禿げ頭の男かつかむ。
手首をつかまれ、苦痛に史乃の秀麗な顔が歪む。
顔を近づけ、禿げ頭の男はじろりと史乃の顔を睨めつける。
にやりと下品な顔をその禿げ頭の男は浮かべる。
「たまんねえな、おい。こいつ女みたいな顔してよ。細い腰がたまんねえよな」
獣欲を込めた目で禿げ頭の男は史乃に顔を近づける。ベロリと舌で禿げ頭の男は史乃の青白い頰を舐める。臭い口臭に史乃は吐き気を覚え、顔をそむける。
そむけた顔をつかまれ、無理矢理こちらを向かせられる。
「おまえも好き者だな」
汚れた背広の男も下品な笑みを浮かべる。
「なあ兄貴、やっちまってもいいよな。これも報酬だよな」
禿げ頭はさらに史乃の首すじを舐める。
ねっとりとした唾液で汚され、再び吐き気を覚える。力をこめて男たちの手から逃れようとするが腕力の差は圧倒的で泣け出せない。
自分はこんな見ず知らずの男たちに犯されるのだろうか。そう思うと勝手に涙が流れる。
「なんだおまえ、泣いているのか。はははっ楽しませて貰うぜ」
禿げ頭は器用に腰のベルトを外す。
「なあおい、俺も混ぜてくれよ」
作業着の男が言う。その男の左目は白く濁っていた。
「俺は口のほうで楽しませて貰うぜ」
作業着の男はそう言い、ズボンをずらす。
「なら俺は下の方を貰うぜ」
ゲヘヘッと禿げ頭は笑う。
どんっと押し倒され、史乃は背中から倒れる。
禿げ頭に服を破られ、薄い胸元があらわになる。
「たまんねえよな、こんなに綺麗な肌してやがる」
禿げ頭はベロリと史乃の胸元をなめる。
その不快感に史乃は意識を失いそうだ。
どうにかして抜けだそうするが、二人係で抑え込まれているので身動きがとれない。
その時だ。
一陣の風が流れた。
それは疾風とも烈風とも呼ばれるものだ。
風と共に一人の軍服の男が出現した。
その軍服は闇を切り取ったかのように漆黒であった。
黒い軍服に黒い軍帽、その精悍な顔の瞳には丸いサングラスがかけられている。そのサングラスの奥の瞳はアメジストのように紫に輝いている。
「ぐへっ」
禿げ頭が悲鳴をあげる。
史乃の手首を掴んでいた手が外れている。しかも関節とは逆に曲がっている。
黒い軍服の男は片手だけで禿げ頭を持ち上げる。そのまま床に投げつけた。
床に禿げ頭の体はめり込む。
悲鳴をあげる暇もなく、禿げ頭の男は気絶した。
「私は帝国特務機関黒桜の渡辺司中尉だ。最上史乃は帝国陸軍がその身柄を保護する。君らは殺人の現行犯で帝国陸軍が捕縛する。怪我をしたくなければ大人しく降伏したまえ」
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