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06 おや、ヘリアの様子が……?

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「実力的にはギルドリーダーでもおかしくないんだけど、普通の魔術師じゃ到底ついていけないし、本人も寂しがりの人好きだから人の多いギルドに入りたがって、卒業前にはかなり揉めたらしいよ」
「……天才を取り合って?」
「逆、逆。成人したばかりのひよっこに幹部の座を明け渡したくない、自分より高みに居ると分かってる魔術師を弟子に迎えたくない、ってギルド同士で押し付け合い」
「うわぁ……」

 なんか、可哀想。
 同じ天才と呼ばれても俺はそこまででは無いから、ユルカがどれだけ規格外なのか分かる。所詮俺は『学生にしては優秀』というレベルだと実感した。

「結局学園の先輩で顔見知りだった俺の父上が押し付けられたんだけどな。あの性格だから「幹部なんて柄じゃないよ~」ってのらりくらり躱して、んでギルドの魔術師に片っ端から絡んで魔術を『教えて』くれてな」

 ヘリアは思い出して身震いし、ピートも瞼を伏せてぶんぶんと顔を振る。

「すごく優しく教えてくれてるのに、何一つ理解出来ないんだ……。ここをこうすればいいだけだよ、やってごらん、反復練習が大事だよ、って、僕が何度失敗しても怒らず、根気強く……」
「そう、あの人、出来なくても絶対に怒らないんだよね。もうこっちの心が折れて魔力を込めることすら出来ないでいるのに、ニコニコ笑って「大丈夫だよ、もう一回やってみよう」って……」

 先生を目指したこともある、と昨夜ユルカが言っていたのを思い出したが、二人の様子を見るに向いていなかったらしい。
 出来なくても叱り付けることはしないが、出来るまで延々強要される、か。たまたま昨夜は『出来た』から良かっただけで、どうやっても『出来ない』ことだったら──。
 それでも優しく「続けて」と言われるのを想像するとゾッとして、肩を竦めた。

「……俺、部下に欲しいって言われたんだけど……」

 ぽつりと呟くとピートとヘリアは顔を見合わせ、無言で俺の肩を叩いた。









 二時限目の終わりまで保健室のベッドで横になって休んでいたのだけど魔力の不安定さは治らず、結局家に帰ることになった。

「トゥリさん、親御さんはこの時間御在宅かしら?」

 保険医に訊かれて、師匠はまだ寝てるだろうな、と思って「一応……。でも、迎えとかは無理だと思います」と答えた。その返事で保険医は俺の親が在宅で仕事をしていると解釈したのか、生徒名簿をペラペラと捲り出した。

「お住まい、六区なのね? 一人で帰すのはちょっと不安だわ」
「慣れてるので大丈夫ですよ」

 住所を確認した保険医は眉を顰め、休み時間だからと様子を見に来ていたピートとヘリアへ視線を向けた。

「僕が送って行きます」

 先に手を挙げたのはヘリアで、ベッド横に置いてあった俺の鞄を掴むとさっそく俺を抱え上げようとする。

「いや、大丈夫だって。平気だから」
「ピート、次の授業のノート、後で見せてくれないか」
「分かった、任せるね」

 二人は俺を無視して約束を交わし、保険医もヘリアへ外出許可証を渡した。

「トゥリ、悪いがお前の家を知らないから抱えて行くしかないぞ。出来るだけ魔力が出ないように抑えておくから我慢してくれよ」 
「話を聞けよ……」

 大丈夫だと言っているのに、ヘリアは俺の鞄を持った方と逆の腕でひょいと小脇に抱えて歩き出す。

「俺は荷物か」
「不満なら女みたいに抱きかかえてやろうか? それともおんぶか?」
「……荷物でいい」

 昨日師匠に抱えられたのは別に恥ずかしくなかったけれど、同級生に同じように抱えられるのは絶対に嫌だ。
 そもそも師匠以外に触れられるのも嫌なのだけど、ヘリアは宣言通り出来る限り魔力の放出を抑制してくれているのか混じってくる時のぞわぞわした感じが少ないから我慢する。

「認識阻害掛けるぞ」
「ん」

 学園を出る前に魔術を使うと言われて、ぐっと息を詰めた。ふわ、とヘリアの魔力が俺たちを包んで、視界に赤い薄布を掛けられたみたいに煙って見える。学園があるのは中央の一区で、俺の家のある六区までは結構距離がある。通学の時は飛行魔術を使っているのだが、俺が魔力酔いするのを心配してかヘリアは徒歩で向かってくれるらしい。

「……ありがとな、ヘリア」

 大丈夫大丈夫と言ったけれど、ベッドから出されてみるとどうにも寒気がして身体に力が入らない。一人で飛んで帰ったら途中で落ちていたかもしれないと思うと、無理やりにでも連れ帰ってくれると言い出したヘリアに感謝した。

「別に、具合が悪い時は仕方ない。それがお前なら尚更だ」
「俺のこと嫌いな割に、根は親切だよなお前」

 だから俺も嫌いきれないんだけど、と言うと、ヘリアは「は?」と低い声で唸って立ち止まった。

「……嫌い? 僕が、お前を?」
「? うん」

 あの態度でそうじゃなかったら逆に怖い、と苦笑するとヘリアは小脇に抱えた俺を見下ろしてすごい表情で睨んできた。
 あ、もしかして、失言? 今言うタイミングじゃなかった?
 ここに置き去りにされるのは避けたいなぁ、と顔を引き攣らせると、ヘリアは魔力を使って俺を浮かせたかと思うと横向きに抱きかかえた。
 ただでさえヘリアの魔力に包まれて鳥肌が止まらないのに、馴染ませたいみたいに魔力を流し込まれて急激に身体の熱が上がっていく。

「~~っ……、おま、きもち、わるいって」
「お前が僕のギルドに来れば、必然的に仕事で組むことも多くなる。僕の魔力に慣れておけ」
「た、体調不良の時に……やらなくても……」
「体の方は足りない魔力を供給されて喜んでるみたいだが?」

 俺の魔力が少ないからヘリアの魔力を大量に混ぜられると汚い茶色だったのがどんどん赤に近付いていく。
 ……ああ、師匠の色が。
 何年も練習してやっと緑に変えたのに、俺の元の色がオレンジでヘリアの赤と親和性が高かったからか、ヘリアから供給されて俺に馴染んだ魔力が赤からオレンジに変わっていく。

「……? やけに匂いが甘いな。まだ足りないのか?」

 ヘリアは魔力を匂いで感知するタイプだからか、俺の魔力が変質したのを感じ取ってクンクンと俺の額の辺りを嗅いできた。

「これが、素。……あんま嗅ぐな」
「素? お前、普段から魔力を偽装してたのか?」
「変えたんだよ、好きな色にしたくて」
「……お前の匂いが途中から変わったのはそれでか。ああ、そう言われてみれば懐かしいな。昔のお前はこんな匂いだった」

 やめろと言ってもヘリアは匂いを嗅ぐのをやめるどころか懐かしむみたいに頭に鼻を押し付けてきて、スンスン執拗に嗅がれて気色悪さに頭突きで押しのけた。

「痛って……」

 魔力で俺を浮かせたまま鼻を押さえて痛がるヘリアに睨まれて、いやお前が悪いだろと睨み返す。

「匂いで感知するタイプだから仕方ないかもしれないけど、ハタから見たら変態だぞお前」
「変態!? ……そうか。悪い」

 素直に謝ってきたヘリアはまた腕で俺を抱えると歩を進め、そうこうしているうちに六区に足を踏み入れていた。
 五区までの綺麗な街並みと違い、六区からはあからさまに治安が悪い。道の脇にはゴミが散乱し、そのゴミをカラスがつつく横で串焼き屋が「安いよー!」と声を張っている。
 建物はいつ建ったのか分からないほど古く、傾いていたりドアが壊れていたり窓が無いなんてのもザラだ。そんな建物でも人が住んで、店を営んでいたりもする。舗装されているのは大通りだけで、それも何年も補修されていないからコンクリートが凸凹に歪んでいる。魔術師が少ないから移動はもっぱら馬か原動機付きの二輪車が主だが、もちろん歩行者用通路なんてものは無い。
 真横を馬が掛けていってヘリアが慌てて道の端へ寄り、道の脇の雑草がボウボウと生えた中に寝ていた酔っ払いを踏みそうになって思いきり顔を顰めた。

「なんなんだ、ここは。本当に国内なのか?」
「そんな毛嫌いすんなよ。ここが掃き溜めになってるから他が綺麗で住み良い街になってんだろ」

 六区はもともと、作物の実らない不毛の地だった。国の保有地ではあるけれど使い道が無く、放置されて人が寄り付かなかった。そこに目を付けたのが人目をはばかる犯罪者達で、小さな犯罪組織が集まって違法な取引をするのに使うようになった。
 十年もすると居着いた犯罪者とゴロツキの楽園になり、しかし犯罪者達が一つの大きな組織になる事を危惧した国は、六区に魔術師ギルドを派遣した。
 それがシュリさんのギルド『ルイメーヴェ』だ。
 ルイメーヴェは上手く六区に溶け込み、ある程度までの犯罪を見逃しながらも他の区で殺人などの重罪を犯して逃げ込んできた罪人は捕まえて警察に突き出し、逆に貧困から犯罪に手を染めたような弱者は庇い隠し仕事を与えている。
 毒を以て毒を制す、って奴だな、と……まぁ、昔師匠が教えてくれたことの受け売りだけれど。
 六区の荒み具合に嫌悪感丸出しのヘリアにそんな裏事情を説明していると、家のある方向から真っ黒の長い髪をバサバサに振り乱して走ってくる長身が見えて目を丸くした。

「あれ、師匠……?」
「うん? お前の師?」

 どれだ、と俺の視線の先にヘリアが顔を向ける頃には、もう師匠は目の前まで迫っていた。

「師しょ……、っ!!」

 認識阻害が掛かっているから通り過ぎてしまうかと思って声を掛けようとしたのに、師匠はまっすぐ俺に腕を伸ばすとヘリアから捥ぎ取るように俺の体を抱き締めた。

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