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03 師匠という名称だとばかり

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「えっと……こ、殺さない?」
「え、うん。ごめん、暗くてよく見えなくて。本当にごめんね」

 差し伸べられた手を見て恐る恐る訊くと、男は何度も謝ってきた。

「怪我はしてないよね?」

 男はすい、と手を振ると俺に魔力を纏わせてきて、他人の魔力に全身を包まれる感触に身震いした。怪我が無いか調べる為なんだろうけど、自分の魔力に他人のそれが混じってくる感覚はちょっと気持ち悪い。
 そのままでいられずありったけの魔力を掌に放出して捏ねると、緑と黄色の混じった変な色になっていた。

「魔力、気になる? そっか、敏感なんだね」
「そういうもんなんですか……?」
「魔術師でも気にならない人の方が多いかな」
「なんか……失礼ですみません……」

 男から混じった魔力を寄り分けて、黄色いから星でいいや、と適当にイメージしながら具現化させて空へ飛ばす。キラキラと瞬いた男の魔力星は一瞬だけ周囲を明るく照らし、そして霧散して消えた。
 男は俺の行為を興味深そうに観察して、「やっぱり練度が高いね」と頷いた。

「一応、学園は今年卒業ですし、成績も上の方なので」

 自慢に聞こえないよう謙遜でボヤかして答えたのだけど、男は目を丸くしてパチパチと瞬きした。

「それで『上の方』? 今年はかなり優秀な生徒ばかりなんだねぇ」
「はは……」

 まぁ、嘘を吐いている訳じゃないし。
 男の魔力を全て使い切って外に出し、差し伸べられた手を遠慮して自分で立ち上がる。砂だらけになってしまったけれど、ペラペラの練習着だから帰ってから洗って干せば朝には乾いているだろう。
 それじゃあ、とそそくさ逃げようとすると男は俺の腕を掴んできて、ぎょっとして思わず手に魔力を込めて撃ち出そうとした。

「待って待って。そんな威力じゃ俺に擦り傷も付かない」
「……え?」
「いい? イメージが間に合わないからって魔力だけで飛ばすのは愚の骨頂だよ。普段から常に魔力自体を『つぶて』としてイメージしておくんだ。そうすれば」

 男は見てて、とばかりに掌の中にほんの一瞬魔力を集めると、それを地面に向けて撃ち出した。
 ボゴ、と砂煙が上がって、男の灯りに照らされた抉れた地面に息を呑む。

「さっき見た感じ、君、戦闘に使うような攻撃系の魔術は不得意だろう? わざわざこんな人気の無い場所で練習しているのに万一誰かに当たった場合を想定するような魔術を錬成するんだ、相手に害を与えるイメージ自体が苦手だね?」
「う、……全部当たってます」

 ここに来て魔術を使ったのは二度だけなのに、この男はいつから居たんだろう。
 俺が警戒心を露わに腕を振り解こうとすると男はすんなり手を離してくれて、だけど続けてまた掌に魔力を集めた。そして礫にして何度も連続して地面に向かって撃ち出す。ぼふ、ぼふ、と地面が土煙を上げ、ほんの小さな魔力をぶつけているだけの筈なのに見る間に足場の大穴が広がっていく。

「ほら、やってみて。こういうのは反復練習が大事なんだよ」

 手本を見せるみたいにされては嫌だと跳ね除けて逃げるわけにもいかず、俺も掌を下に向けて礫をイメージしてすぐに放出した。
 が、出てきたのはフス、という風の音のみ。
 礫に具現化するどころか上手く魔力を放出することも出来なかった。

「あれ、……うん? え、難しい……」

 しっかりイメージすれば礫を具現化することは出来る。けれど、具現化したそれを飛ばすイメージを続けて浮かべるのが難しい。どうしても一瞬では出来ない。数秒はかかる、と俺がまずは何度も礫だけを出す練習を繰り返すのを見て、男は「違う違う」と首を横に振った。

「礫をイメージするな。魔力は礫なんだ。飛ばすだけだ」

 それ、そもそもの魔力のイメージを変えろって言ってんですか。
 魔力をふわふわした色の付いた雲のようなイメージでいた俺にはかなり無理な要求で、頑張ってみるけれどどうしても練るイメージが消えない。
 礫、礫。体の中に巡る、礫。痛そうだ。詰まったらどうなるんだろう。というか、これを怪我人に向けたら更に怪我が増えるんじゃないのか。
 ぐるぐる考えながら魔力を巡らせていると急にポンと肩を叩かれて、「スイッチだ」と言われた。

「はい?」
「手を叩くと、切り替わる。それでどうだい」
「手を、叩く」

 手を叩くと、魔力の形が変わる。そうイメージするのはどうかと提案されて、自分で両手を一度打った。それから即座に掌に魔力を込めて放出すると、コロンと小さな礫が落ちた。

「あ、出来た。すごい!」

 自分の中のイメージそのものの形を変えるなんてかなり難しいことのはずなのに。
 たった一言で俺のイメージを切り替えた男に興奮してすごいすごいと手を握ってブンブン振ると、彼はえへへと照れ笑いして頬を掻いた。

「すごいです、教えるの上手ですね!」
「一応ね、先生目指した事もあるから……。それに、君の覚えが早過ぎるっていうのもあるし」
「そうですか?」
「さすがに一度で切り替わると思ってなかったよ。思い込みが強いのは魔術師としての強みだね。何度かスイッチして放出する練習をしてごらん」
「はいっ」

 言われた通りに手を叩いては魔力を放出すると、二回に一回礫が出てくるのを見て男が感心したように顎を摩った。

「うん、うん。やっぱり早い。いいね。すごく良い。君、どこのギルド? 今のギルドに不満とか無い? 移籍とか考えない?」
「え」

 急に前のめりで寄ってこられて、そういえば全く身元の分からない人なんだった、と数歩後退る。
 俺が怯えた様子を見せると男は「えっと」と少し迷うように首を傾げて、それから慎重に言葉を選ぶように話し始めた。

「君はさっき、最上級生、って言ったね」
「……はい」
「卒業間近の子がこの時期に闇練するってなったら、卒業試験しかない」
「……」
「だけど、あれは最近じゃ卒業生同士よりはギルド同士の対抗戦の意味合いが強い。生徒はせいぜい足を引っ張らないようにだけ気を付ければいい筈だ」
「え、そうなんですか」
「そんな事すら教えてもらえてない。どころか、走りながら魔術を放つ練習をしてたって事は、ギルドからの助っ人が防衛魔術に長けている訳でもない。最悪、助っ人がいない。ここいらのギルドでそんなところは一つしかない」

 男はじっと俺を見つめると少し間を開けて、それから確信じみた表情で、

「君、『デレイアル』に所属してるんだね?」

 と言った。

「……」
「……」
「……あれ? 違った?」
「あの、いえ……すみません、そういえば俺、自分のギルドの名前知らないな、って今気付きました」
「は?」

 というか、師匠の名前も知らないな。
 師匠は師匠という存在で名称だったから、名前という感覚を忘れていた。

「師匠、なんて名前なんだろ……」

 記憶を遡ってみても、師匠の名前に関して何かで見たり聞いたりした覚えがない。酒場や賭場の知り合いたちは師匠をなんと呼んでいたっけ、と思い出してみるが、みんな『別嬪さん』とか『ひょろ長いの』とか『三つ編み』とか、そんな名称で呼んでいた。ああ、うん。『三つ編み』が一番多いかな。
 俺が師匠の名前に関して何の情報も持っていないことに今更気付いて呆然としていると、男の方が少し呆れたように眉間に皺を寄せた。

「君の師匠、黒髪に緑色の瞳で、不気味なほど顔の綺麗なひょろ長い男だろう?」
「それです、間違いないです」

 確実に師匠です、と答えると男はため息混じりに「そういう所も師匠に似るものなのかな」と呟いた。

「フレクタだよ。フレクタ・デレイアル。俺の同期生だ」
「師匠のご友人だったんですか」
「友人じゃない。……友人じゃなくなった」

 それまで柔らかい雰囲気だった男が、師匠の名前を呼んだ途端に腕組みして殺気立った。
 もしかして師匠への嫌がらせで俺を引き抜こうというのだろうか、と眉を顰めると、男は俺に視線を向けて申し訳なさそうにその殺気を散らした。

「……ああいや、それは別にもういいんだ。過去の事だから。あいつのことはどうでもいい。君の話だ、そう……あいつは今魔術を使えないから、卒業試験に出張っては来られないだろう?」

 使えない、と男が言ったのを聞いて、首を傾げた。

「師匠って、昔は魔術を使えたんですか?」
「は?」

 今度は男の方が首を傾げ、何を言ってるんだ、とばかりにまじまじと見つめられる。

「あいつが魔術を使えない?」
「はい」
「一度も使っている所を見たことが無いのか? 弟子なのに? どうやって教えてもらってるんだ」
「……全て独学です」

 俺が答えると男は視線を逸らし、ぶつぶつと一人で呟き始めた。

「何年も囲っているというからだいぶ執心なのかと思ったが……、いや、可愛がっているから逆に何も教えないのか……?」

 囲っている、というのは俺の事だろうか。口の悪い人が裏で召使いのように働く俺をそう呼ぶのは知っているけれど、目の前の男に悪意は見えない。良い意味でも『囲う』って使うっけ、と考えてみるが、思い当たる書物は脳内に無い。

「よし、この際だ、ハッキリ言おう」

 大きめの独り言を終えた男は唐突に両手を叩き、そして俺に視線を向けてきた。

「俺の名前はユルカ・シーモ。『ソーシカ』所属の魔術師だ。ヘリア君から事情を聞いて、君の実力を見に来た」

 ユルカと名乗った男はローブの襟元を開けると、所属ギルドの紋章が入った金ボタンを見せてきた。

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