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狡猾な狼は舌の裏に隠した我儘を暴かれたい
我儘⑧ 逆でもいいですか
しおりを挟む「は……っ、は……ぁ」
軽く咳き込んでから口元を押さえつつ荒い呼吸を必死に戻そうとする。膝から力が抜けて女のようにぺたんと座り込んだ俺の頬を、尋が満更でもない様子ですりすりと撫でてきた。
「ほんとに喉でイッちゃうなんてねぇ……」
呆れと驚きと、感心するような響きの混じり合った声音で言われて急に現実に引き戻された気分で恥ずかしくなってくる。経験豊富な尋ですら驚くのだから、よほど珍しいんだろう。
変な性癖はお互い様だろうからそれで引かれたりはしないだろうが、視線を上げた先の尋は考えるように足の甲を見つめていた。
「あ、ごめん。今拭くから」
「うん? ああ、そうだね、拭かないと床汚れちゃうからね」
塗り込んでくれてもいいよ? と言われて笑いながらティッシュ箱に手を伸ばして数枚抜き取ったそれで拭った。
「久斗くん。喉が気持ちいいとか、誰にも言わないでね」
「言うわけないでしょう」
「お酒の席とかでも、だよ。久斗くん、たまに言わなくていいこと言って調子づかせてることあるから」
急に叱るような真面目なトーンの尋に首を傾げ、どういう意味かと続きを促す。彼は意味を理解出来ていない俺に呆れるように首を横に振って、それから肩を竦めて溜め息を吐いた。
「久斗くん、この前の飲み会で好きなタイプを聞かれて『我儘な人』って答えてたでしょ」
じとっと睨み付けられて、もしかしてその答えで尋が揶揄われたりしたのだろうかと反省する。
「すみません。そうですよね、俺の恋人が尋だっていうのはバレバレなんだから、あまり素の尋がバレるようなことを言うのは控えるべきでしたね」
「ちーがーう」
「え?」
「それ聞いた久斗くん狙いの子が久斗くんに馬鹿みたいに我儘言いまくってたでしょ?」
「……えっと……どうですかね……」
俺狙いの子、と言われても。俺に一番馬鹿みたいな仕事を振ってくるのは営業一課の部長だけれど、さすがに妻帯者のあの人ではないだろう。他は、と考えてみるけれど、特に何か気になるほどの人は居なかった気がする。やたらと雑用を押しつけられたり別部署の仕事の手伝いをさせられたりするのはあの飲み会以前からのことで、特に変わったことではない。
「……本当に全然分かんないの?」
「すみません、特に記憶に残るような我儘を言われた覚えは……」
俺が困りきってシュンと肩を落とすと、尋は一瞬変な顔をしてからフッと笑みを漏らした。
「そっか、全然記憶に残ってないか。あの程度じゃ君の視界には入れないんだね」
急に上機嫌になった尋は彼の足の甲を拭いたティッシュを俺からもぎ取ると、それをゴミ箱へと投げて俺の脇の下に手を入れて引っ張り上げた。
「俺、これからも久斗くんが困るような我儘言うからね」
「わざわざ困らせなくていいです」
ベッドに腰掛けた尋の上に向かい合って座るような体勢で、柔らかく萎えていた陰茎同士が触れると互いに少し頭を擡げてくる。今出したばかりなのに元気だな、と思いつつ、けれど俺も尋のことは言えない。
その体勢で尻を揉まれるといやが上にも期待してしまって、ぎゅっと尋の肩を掴んだ。
「怖い?」
「まさか」
尋の太腿の上に乗っているから俺の方が視線が高く、見上げてきた目がキスしたそうだったから俺から口付ける。ちゅ、ちゅ、と軽く唇同士で触れ合わせてから、焦らすように舌先だけ彼の中に入れたり引っ込めたりして遊ぶ。
「ん……」
「……さと、くん……」
激しくするとまた挿入する前にイッてしまいそうで、けれど無性に口付けたい。そんな俺の衝動に付き合って尋も無理に舌を入れてこようとしないのだけど、唇が触れ合うだけで下の方が元気になってくる。
合わせ目から唾液を送り込まれて俺がそれを飲む度に、尋が薄く笑う。だから俺も意識せざるをえない。今、俺の中には尋の体液が注がれている。少しずつ、だけど確実に、尋の唾液や精液は俺を構成する一部になっていく。
ぞくり、と背中がしなった。弓形に反ったそこを、尋の手が撫で上げていく。
「尋、はやく」
少し口付けただけで俺のも尋のも硬く勃ち上がっていて、これなら十分だろうと太腿で尋の腰を挟んで強請った。
「待って、まだ久斗くんの方を全然慣らしてない」
「いいから」
「良くないでしょ」
メッ、と軽く叱るように唇を噛まれて、けれど尋の表情はだらしなく緩んでいる。
「ちょっとローション取るから降りて」
「いやです」
あのアナル用とかいうやつを使われるのかと察して、思わず拒否した。尋の背中に腕を回してぎゅっと抱き着き、彼の耳元に「尋の唾液でいいです」と囁きかける。
「…………ダメ」
一瞬息を呑んだ尋は自分の口元へ指を持っていった気配を感じたのだけれど、ぐっと唸ってから首を横に振った。
「最初だから、絶対気持ち良くしてあげたいんだよ。痛かったなんて思わせたくないの。ね?」
分かるでしょ? とまるで俺が我儘を言っているみたいに背中を撫でられて、それでも胸の中に蟠るモヤモヤしたものが拒否したがっている。
回した腕を外して尋の両頬を包んで、ちゅう、と口付けた。
俺はもっと我儘を言っていい、と尋は言った。だから、少しだけ勇気を出す。そんな事、なんて呆れられたら我慢するしかないのだけど、言うだけは言ってみようという気にさせた。
「……アホらしいかもしれないけど、他の人と使ったものを使われたくないです」
ああ、口に出してみると、本当にアホらしい。誰と使おうが物に罪は無く、使うなと言われたらあれだけ残っているのを捨てるしかないのに。
やっぱり馬鹿みたいだと前言撤回しようと尋を見ると、彼は不思議そうに首を傾げていた。
「だから、浮気なんてしてないってば」
「……そうじゃなくて。その……あのローション、ここへ越してきた時にはもう使用後だったでしょう? その、俺と付き合う前のことだとは分かってるんですけど」
「あー……。久斗くん、変なところ目敏いよね」
困った表情をされて、言わなきゃ良かったと視線を落とす。
「あの、やっぱり」
「あれね、俺が自分で使ったやつだから。それとも、俺でも嫌?」
尋が自分で使った?
どういう意味だ、と視線を上げると彼は少し恥ずかしそうに目を横へ逸らして、ぼそぼそと小さな声で教えてくれる。
「他の子に使った玩具を久斗くんに使う気しないから、全部新調したんだよ。それで、どんな動きするのか確認する為に、中に挿入れるタイプのやつは全部俺が一回試して……」
尋が、自分で使ったって。今まで使われた玩具が一度尋の使用済みだと知って、腹の奥が熱くなる。
「一応補足するけど、ちゃんと綺麗に洗って消毒してあるからね」
思わず視線を逸らした俺の反応に不安になったように尋の声が揺れて、泣きそうな響きを感じてまたぎゅっと抱き締めた。
「久斗く……」
「尋、俺今、めちゃくちゃ興奮してます」
「え?」
尋が自分で尻に玩具を入れて悦がるのを想像したら痛いくらいに勃起してしまって、教えるみたいに尋のそこへ擦り付ける。だって、いつも涼しい顔で俺ばかり乱れさせる尋が、一人えっちで尻を使ってるなんて、……エロすぎる。
「あの、尋は誰かに抱かれたことあるんですか?」
「は? あの、久斗くん?」
「あるんですか、無いんですか」
「無いよ。俺はタチ専。ウケる気無いよ」
「俺でもダメですか?」
「……はあっ!?」
尋は素っ頓狂な叫び声を上げて、ぶるぶると頭を振って俺の肩を掴んだ。
「久斗くん、落ち着いて。無いから。俺は抱く方だから」
「でも、後ろに玩具入れて遊んでたんでしょう?」
「楽しむ為にやってたわけじゃないから! どんな動きなのか分からないもの久斗くんに使えないでしょ!?」
「……見たい……」
「久斗くんお願い正気に戻って」
十分正気なのだけど、尋は必死な様子で首を振りつづけている。ガチガチに勃起する俺の陰茎を見ないようにしながら顔を青くするのを見て、そんなに嫌か、としょんぼりとした気持ちで体を離した。
俺が上から退くと、尋は気にするようにしつつも戸棚からローションを取り出して戻ってきた。
「久斗くん、あのね」
「いえ、いいです。嫌なことを無理強いさせるつもりはないので」
「……」
俺に挿入れるのは良くて挿入れられるのは嫌、か。どっちにも抵抗感が無い俺の方がおかしいんだろう。そう自分の中で納得して気分を切り替えようとしたら、尋が「ああもう」と苛立ったように吐いてから俺の額にキスしてきた。
「そのうち、ね。今日は絶対俺が挿入れる方。それは譲れない」
「……! いいんですか?」
パッと表情を明るくすると、すぐさま唇に噛み付かれた。痛い、と呻く俺の口の中に尋のため息が流れ込んでくる。
「だって、そんな顔されたらねぇ。久斗くんの我儘は強制力があり過ぎるよ」
言えって言ったくせに、と見つめると尋は眉間に皺を寄せたり消したりむずむずと表情を動かして、それから諦めたように笑みを浮かべた。
「ああ、うん、そうだね。好きな人の我儘ってすごく可愛い」
「そうなんですよ」
今更分かったみたいに溢す尋の唇を噛み返して、堪えきれない笑いを彼の中に注ぎ込む。
唇を合わせながらベッドへ背中をつけるように倒されて、みっともなく開いた両脚の間に尋が身体を割り込ませてきた。
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