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狡猾な狼は舌の裏に隠した我儘を暴かれたい
我儘⑤ 本音を言わないで分かり合えるはずがないでしょ
しおりを挟む「乳首に二つ付けるから、……うん、やっぱりこっちは残り四個だね。大丈夫、全部裏にしてあげるから、勃たせなければトイレでも周りに気付かれたりしないよ」
俺ってば気遣い屋さん、なんて尋が声を踊らせながら次の針を刺してくる。
ジンジンと痛む肉はもういつ刺されたのかすら分からないくらい常に熱く痛んで、なのにちっとも萎えてくれない。
じりじりと火照る俺の肉から視線を逸らすけれど、尋が手早く消毒した棒を次々交換していく動作で俺の身体に穴が増やされているのを知る。
「……こんなことで」
「うん?」
「ただの、ピアスくらいで……貴方の証、だなんて」
ただ穴を開けたのが尋だというだけだ。なのに、俺の身体が勝手に喜んで反応して、浅ましいったらない。
自嘲にハ、と鼻で笑ったら尋の手が止まった。
「なら、手も足も捥いでいいの?」
平坦な声に視線を尋へ向けると、彼は片手に棒を持ってもう片手で乳首をぎゅっと強く摘んで無理に伸ばしてきた。
「イッ」
「こっちはどうやったら合法的に、久斗くんが嫌がらない範囲で俺の物だって主張出来るか、必死で考えてるのにさ。いいよね、久斗くんは。俺が自分だけの物じゃなくても狂いそうになったりしないんだから」
薄く色付いた乳輪と肌の境界辺りに針先を刺されて、ぐっと唇を噛む。刺されたのに、痛みの奥に甘いものが混じった。弄られ慣れた突起は尋の指に捻られただけで尖って、まだ触れられていない反対側まで期待するみたいに膨らんでくるのが恥ずかしい。
「久斗くんの身体はいつも素直で可愛いね」
乳首に開けた穴に嵌められたのは腹のとは違って、小さな輪っか状のものだった。
牛の鼻輪を連想して、あれも『言うことを聞かせやすくする為』に装着するんだっけ、と自分の境遇に嗤うしかない。
反対側の乳首にも丸いピアスが嵌められて、言うことを聞かなかったらお仕置きとして引っ張られるんだろうと容易に想像出来た。
「……他の人としてるんだから、俺と出来なくたって構わないでしょうに」
ぽつりと溢すと、それまで我慢出来ていた涙が目尻から流れていった。耳の中に入りそうなのが不快で顔を横に倒すと、やや間があってから尋が不思議そうな声で俺の涙を拭った。
「他の人ってなんの事? 俺、全く身に覚えが無いんだけど」
カサついた指が俺の涙で湿って、けれど目元の皮膚は薄く何度も撫でられると痛い。やめて欲しくて顔を振るのに、両手で頬を包むように固定されて逃げ場が無くなった。
「……社用スマホの位置情報弄ってるでしょう」
「なんで久斗くんがそんなこと知ってるの」
仕方なく疑いの根拠を口にすると、即座に問い返された。つまり、斎藤の言っていたのは本当だってことか。それなのにじぃっと睨み付けるように見つめられて、逆に俺が疑われている方みたいだ。
「あ、違うよ。浮気を肯定したんじゃないからね。位置情報はただ、見張られてるみたいなのが嫌だったから。さすがの俺でも就業時間中に逢引したりしないって」
逢引。浮気相手にすらアイを与えるんだな。ただの言葉選びにすら苛立って、聞きたくもない、と目を伏せて吐き捨てるように言葉をぶつける。
「元より、あなたみたいな性欲オバケが一年も我慢してるなんて思ってませんでしたし」
完全な負け惜しみだ。言葉は強く顔には笑顔すら浮かべられたのに、また情けなくも涙が溢れた。感情がぐちゃぐちゃだ。信じていないと言いながら泣く俺は、尋にはどう映っているだろう。何で俺は泣いてるんだろう。悲しくなんてない。怒る理由もない。尋の浮気性は最初から分かっていたことで、それについて今更なにか感情を爆発させるなんて、馬鹿馬鹿しいったらないのに。
「……ね、久斗くん。その性欲オバケ、本当に一年も我慢してるらしいよ?」
尋の声は、普段のそれへと戻っていた。浮気がバレて焦っているようでも、疑われて怒っているわけでもない。いつもの、俺を甘やかしながら甘えてくる時の、何かを強請るような低い声。
「信じられません」
俺が言うと、尋はふっと表情を緩めて額に額をくっ付けてきた。熱くて、少し汗ばんでいる。瞬きすると彼の目に刺さりそうで、目を伏せたまま首を横に振った。
「うん、俺の行いの結果だから、それは仕方ない」
けどね、と間近で囁く声がしたと思ったら、ちゅう、と唇が重ねられた。一度目はすぐ離れて、そしてすぐ二度目が合わさってくる。
「嬉しい。久斗くん」
「はあ……?」
「ねぇ、俺ってさ、そろそろ久斗くんの特別になれた?」
質問の意図が分からなくて、薄目を開けた。至近距離に尋の閉じた瞼が見えて、それがゆっくり開くと彼の目にも涙の膜が張って潤んでいた。
「会社でさ、俺と久斗くん、どっちが浮気性だと思われてるか知ってる?」
「は?」
急に話が変わって面食らう俺に、尋は眉をハの字にして苦笑する。
「久斗くんだよ。優しいし誰でも彼でも助けてあげるし、親しみ易くていつでも人に囲まれてる。「あんな人が彼氏だと心配で気が休まらないんじゃないですか?」って心配されて、『岩瀬くんを見張り隊』から毎日誰とご飯行ったとか何の話してたとか、聞いてもないのに情報が入ってくるくらいにね」
「俺を見張りたい……?」
「前の会社──ああ、本社の方ね。あっちでも『岩瀬くんを見守り隊』なんてのがあったけど、こっちの支店では君っていうより君の彼氏なのに放ったらかしにされてる俺に同情してくれる人が多いみたいでね」
「え、えぇ……? あの、ちょっと意味が分からないんですが」
そもそも何の話からそんな話題になったっけ、と困惑する俺の鼻先に口付けて、尋がふふ、と笑う。
「俺は、久斗くんの中で『その他大勢』よりも一歩くらいはリード出来てる?」
「……?」
一歩とか、そんな程度の差じゃないだろう。だって恋人なんだから。
俺が訝しむのに、尋は俺の唇を何度も吸っては頬を撫でてくる。
いつもの撫で方。大事そうに、壊さないか気を遣っているみたいに優しく。
そう、いつも気遣ってくれていた。俺は尋のなのに、まるでまだ遠慮しているみたいに、まだ自分の物じゃないからと傷を付けないようにしているみたいに。
尋は『俺の特別』になれたか、と訊いた。俺の方が浮気性だと思われているとも。そして、『その他大勢よりも』と──。
「あの、……もしかして俺たち、お互いに同じ理由で悩んでました……?」
尋の言葉を自分の中で噛んで噛んで何度も咀嚼して理解しようとして、そして出てきたのはそんな予想だった。
互いに互いを『まだ他人と共用している』と思い込んでいたとしたら。
……だとしたら、ものすごくアホみたいなのだけど。
尋は嬉しそうに破顔して、可愛らしく「えへへ」と含み笑いを漏らした。
「みたいだねぇ。お互い、モテる浮気性の恋人を持つと大変だね?」
「……結婚相手、でしょ」
「根に持たないでよ。元はといえば久斗くんが強情張るからでしょうが」
「うるさい」
「あ、いいなぁ、久斗くんの我儘ってレアでかわいい。久斗くんが俺の我儘聞きたいっていう気持ち分かるかも」
むにむにと頬を揉まれて唇を尖らすと、尋はちゅっちゅっちゅっとじゃれるみたいに何度も口付けてくる。
「馬鹿らし……」
「うん? 馬鹿らしくなんてないよ、久斗くんはいつも我慢しちゃうから、一回本気で喧嘩しときたいなぁって思ってたし」
俺が眉を顰めると、尋は身体を起こして俺の上から退いた。ピアスのニードルや消毒液をベッドの脇の袋の中へ片付けてから、俺の身体を半分転がして腕の方のベルトを外し始める。
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