狡猾な狼は微笑みに牙を隠す

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狡猾な狼は舌の裏に隠した我儘を暴かれたい

我儘③ 愛が足りない(矢造視点)

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「ん……っ、ぅ、……は……、はぁ……っ」

 ぎし、ぎし、と拘束具の中で久斗くんの身体が軋む音が聞こえてくる。
 両腕は背中側でまっすぐ一纏めに。両脚は折り畳んだ状態で纏めて革製の太いバンドで拘束してある。
 身動きできない状態でフローリングに転がされた久斗くんの尻の中では、真っ黒のエネマグラがヴヴヴと振動音を立てている。
 小さく呻くような声も、唇から垂れた涎も、俺の理想通り。俺の為に存在してるんじゃないかと疑いたくなるくらい、今日も久斗くんは素晴らしく可愛い。

「ぁ……う……っ」

 目は開けているが目の前が見えているかすら危うい目付きで、久斗くんが九回目のメスイキで身体を痙攣させた。最初の二回ほどは一緒に前からも出ていたみたいだけれど、現実の久斗くんの身体は彼の内包する性欲に追いつかないみたいで今は力なく垂れている。
 びく、びく、と背中を反らせながら腰をうねらせる動きに、思わず唾を呑んだ。ああ、早く俺も入りたい。久斗くんの中に挿入れて、イきながらもっとと強請るように絞られたい。
 ……っていうか、俺のじゃなくても挿入れられてイきまくってるって、興奮するけどすごい頭にくるなぁ。
 俺が入れた玩具に嫉妬して、ふ、と自嘲が軽い笑みになって溢れた。
 虚ろだった久斗くんの視線が、俺の声に反応してうろうろと彷徨ってからこちらを見上げてくる。
 腕時計を見れば、もうそろそろ一時間。この玩具を挿入れてから最初の十分ほどは居心地悪そうにしていただけだったが、乳首を弄ったりキスしたりして十分愛撫してやってから振動をオンにしたらこの調子でイきっぱなしになった。
 早く、俺が久斗くんをこの状態にしてやりたい。挿入れっぱなしで気絶するまで責め立てて、俺じゃないと満足出来ない身体に。……いや。挿入しなくてもそうじゃないと駄目だ。こんな、玩具なんかで気をやらないで、俺のが欲しいって泣いてくれないと嫌だ。
 だから今日も、五十点。

「お尻、だいぶ気持ちいいみたいだね?」

 立ったまま爪先で尻に挿さった玩具を軽くつつくと、久斗くんは「ヒッ」と短く鳴いてまた身体を震わせた。

「ん? ああそっか、もっと奥まで欲しかったんだね。ごめんね、気付かなくて」
「ち……違……っ、あぁ、やぁあッ、奥、やめ、も、やだッ」

 横に蹲み込んでエネマグラを掌でぐっぐっと押し込むと、久斗くんは珍しく泣き声みたいなか細い声で首を振った。半泣きで嫌がっているくせに、その声は遠慮するみたいに小さい。
 もっと大きな声で泣いてくれていいのに。
 その為にわざわざ隣近所まで車で五分も掛かるような山の中の借家を借りているんだから、と嘆息する。ここなら深夜に野外露出しても他人の目に晒されることもないし、最悪久斗くんを監禁しなきゃいないような事態になっても声や物音で周りに気付かれる恐れはない。
 もう少し虐めてみようかな、と片手に握っていたエネマグラの振動スイッチを最強まで回すと、久斗くんは声にならない声で呻きながら唇を噛んでしまった。
 じわ、とその唇に赤い血が滲むのを見て、慌ててスイッチを切る。

「久斗くん。ダメだよ噛んだら。痛いでしょ」
「んんんぅ……」

 痙攣しながら呻く久斗くんの唇を撫で、顔を寄せて滲んだ血を舐めた。少し塩気のあるような味がしたような、しないような。こんな少しじゃ味なんて分かんないな。どうせならもっと吸ってやろうかと傷痕を舌で抉るように舐めると、やっと噛むのをやめてくれた。
 ゲームの中では素直に気持ちいいことを追求してなんでも受け入れてくれた久斗くんだったけれど、現実の彼は気持ち良すぎるのを怖がっているフシがある。
 毎週土曜のこのお遊びを通して、俺は久斗くんを注意深く観察してきた。
 挿入しないでも久斗くんを俺に釘付けにしておく為に、久斗くんの全てをつぶさに隈なく。
 ゲームと違うところは、それこそ無数にあった。
 喉奥で気持ち良くなってくれないからイラマすると本当に吐いちゃうとか──最近は慣れて吐かなくなったけど気持ち良くはなさそう──、乳首は舐めてから噛むより噛んでから舐める方が反応が良いとか──噛んでから爪で弾くともっとイイ声で鳴くけどやり過ぎると本気で泣いちゃうから加減が難しい──、車の中でしようとしたら「そういうのはゲームの中だけにして下さい」と本気のトーンで叱られたりとか。
 本当に色々、大違いだった。
 おしっこ飲んでってお願いした時は本気で心底嫌そうな顔をして、それでも頑張って飲んでくれた。途中で咽せて吐いちゃって、けど俺への反発なんか全然無いって目で「ごめんなさい」って謝られて……。あの時は可愛過ぎて危うくそのまま抱こうか本気で悩んだ。こんなに嫌な事させても抵抗しないんだから、これ以上の愛なんて望んだら罰が当たるんじゃないか? って。
 けど、「抱いていい?」って聞いたら久斗くんは困ったみたいな笑顔で「俺じゃ条件達成出来そうにないからですか?」って返してきたから、抱かずに我慢した。久斗くんを信用してないわけがないから。
 この『久斗くんがどれだけ俺を愛してるかテスト』は毎週欠かさず実施して、けれど察しの良い筈の久斗くんでも俺の好み通りにするのは難しいみたいで、ようやくそろそろ九百点を越えたところだ。
 千点満点だなんて軽い気持ちで言ってしまったから、両想いになってから約一年以上も自分に縛りプレイを課してしまった。
 ぐったりしている久斗くんの尻からエネマグラを抜き、拘束具を外してベッドの上へ抱き上げた。色々な玩具で拡張してきた久斗くんの後孔は玩具を抜いても緩く口を開けているみたいで、ローションに濡れててらてらと光っている。呼吸に合わせて柔らかそうに開閉するソコを見ていると衝動的に犯したくなってくる。

「久斗くん、起きて。さっきの質問の答え聞いてないよ」

 穴から目を逸らし、ひたひた、と優しく頬を叩くと、久斗くんはうっすらと瞼を開けた。濃いめの琥珀色。間近で見るとビー玉みたいにキラキラしてて、顔自体は全然整ってもない筈なのにずっと見ていたくなる。

「ね、お尻、気持ち良かった? これ答えられたら、ボーナスで満点あげるよ」

 そうしたら、千点到達で明日からセックス解禁。
 ようやく望みが叶うよ、と久斗くんも喜んでくれると思ったのに、彼は俺と目を合わせてからまた目を閉じてしまった。

「え……? ねぇ、久斗くん。ねぇったら。起きてよ。頷くだけでもいいから。ねぇ」

 疲れている久斗くんを起こしたくは無いんだけれど、揺さぶっても深い眠りに落ちてしまったらしく反応は無い。
 すー、すー、と静かに寝息を立てる久斗くんを見下ろして、一つため息を吐いてから彼の身体の後始末を始めた。濡れタオルで陰部を拭って、粘りが無くなったら薄いタオルケットを掛けて置き時計のタイマーを三十分後にセットする。大体いつもこれくらい休ませれば起きてくれるから、そうしたら一緒に風呂に入るのだ。
 寝室を出て、隣の俺の自室へ向かった。
 一軒家だから寝室の他にそれぞれ一部屋ずつ自室を持っている。一応そこだけはプライベート空間ってことで、お互い許可無く勝手に入らない、と約束してある。約束なんかしなくても、久斗くんはそんな事しないだろうけど。
 ……してくれていい。
 正直なところ、勝手に部屋に入って俺を詮索したくなるくらい愛されたい。
 電気を点けてパソコンの電源を入れた。冷房を入れるほどじゃないけれど、むわっとした湿気に窓を開けた。網戸がキッチリ閉まっているのを確認してから、パソコン前の椅子に座る。
 久斗くんのスマホと連携させたアプリを開き、今日のネットアクセスの履歴と送受信メッセージを確認した。ネットは天気とニュース、それから可愛い動物の動画を数個見ただけ。メッセージは同僚と何通か。仕事に関しての質問と返答のみで、特に不審そうなものは無い。
 久斗くんは最新のフルダイブ型VR機器を持っていたのが信じられないくらいガジェットに無関心で、スマホのアプリ管理も全てのアプリをホーム画面に表示したまま「画面の中にたくさんアプリがあって見辛い」なんて言っていたから、整理するついでに監視アプリを潜り込ませるのは容易だった。
 行き帰りは俺の車で一緒に通勤するんだから無用だろうと思って入れたまま放置していたのだけれど、ここ数ヶ月くらい、久斗くんの仕事が段々増えてきて残業が多くなって、俺と帰宅時間が合わなくなってきた。
 待ってるよと言ったのだけど、仕事と私生活を混同させるのは良くない、と言って最近は久斗くんは帰りだけバスで、家の最寄り駅に着いたら俺が車で迎えに行っている。
 久斗くんを一人にするのが不安でやっているけれど、すると久斗くんは「信用無いですね」と苦笑いする。
 だって久斗くんは、新しい支店でもすぐに人目を惹いた。俺のパートナーだって指輪で牽制したつもりだったのに、それで逆に「男もイケるのか」みたいに久斗くんをそういう目で見る男を増やしてしまった。女性社員は言わずもがな。鯉のいる池に餌をバラ撒いたみたいに、久斗くんの周りには常に人が集まってくる。
 なんて忌々しい。
 監視アプリを閉じてから、次は靴に仕込んだGPSのログをとった。地図と照らし合わせて、毎日それがまっすぐ帰宅しているのを確認しているのだけれど、昨日は久斗くんを迎えに行って帰ってからすぐ一緒に寝てしまったから忘れていた。
 徘徊してしまう老人に装着させるタイプのGPS機を分解して少し弄って久斗くんの靴底の中に仕込んであるから、靴を脱がされない限りは行き先を追える。会社の位置から動かない点を見つめながら、爪を噛んだ。
 久斗くんは俺を愛してくれている。
 それを疑いたくはない。
 ないのだけれど、時折不安に襲われる。久斗くんはいつでも俺に従順で、どんな我儘を言っても受け入れてくれる。そうするのが好きだと、俺の我儘を聞くのが嬉しいから良いんだと言っていたけれど。
 久斗くんから、もうずっと「抱いて下さい」の言葉が出ていない。
 当初のように焦る様子はなく、ただ諾々と、俺の我儘を受け入れているだけ。俺への関心が薄れてしまったんだろうか。俺と繋がることを待ち望んでいるのは俺だけだろうか。
 そんな訳がない。久斗くんは俺より大人だから、大人しく我慢してくれているだけ。久斗くんは俺を好き。だって好きじゃなかったら、こんなオジサンと二人暮らしなんて嫌気がさすはず。
 相反する気持ちに悩みながら画面を見つめていると、点が動いた。ログの時間は夜八時少し過ぎ。
 ──昨日連絡があったの、九時半過ぎだったけどな。
 すぅ、と腹に冷たいものが満ちる。
 点の動きを見守ると、駅前通りのある箇所で一時間ほど止まった。別画面で詳細な地図を出して確認すると、そこは飲み屋が何軒か入ったビルだった。
 九時過ぎくらいにバスに乗ったのか、点は半頃に家の最寄駅へ到着する。
 何をしてたのかな。何も聞いてないけどな、俺。昨日帰ってきた久斗くんからは酒の匂いはしなかった。けれど、そういえばいつもより少し煙草臭かった気がする。誰かに会社の喫煙室へ引っ張り込まれでもしたんだろうと思っていたけれど。
 一人で行ったのか、それとも誰か同行者が居たのか。一時間くらいなら、おそらく性行為まではしていないだろう。いや、トイレで軽く抜かせるくらいならそれくらいの時間でも出来るか。久斗くんフェラ上手いし、耐性無い奴なら五分もかからない……。
 いやいや、と首を振る。俺が見ている限り、会社の誰か一人と親密になっている様子は無い。
 俺じゃないんだから、そんな初めて食事に行った先のトイレでなんて──。
 不安を拭おうとして、久斗くんが俺とのオフにのこのこ現れた日を思い出した。そうだ。久斗くんは、押されると弱いんだ。俺みたいなクズが久斗くんに目を付けたとしたら? 久斗くんの見た目も好みだったら、俺はたぶん会ったあの日に抱いてセフレの中の一人にしていた。

「……無い。違う。久斗くんは、そんな事しない」

 確認するように言葉に出して、画面の中の全ての窓を閉じて電源を落とした。
 久斗くんは約束は守ると言った。だから、浮気なんて絶対にしない。いくら一年も抱いて貰えなかったからって、するわけが。

「尋、すみません、起きました」

 コンコン、とドアをノックされて、体が跳ねた。後ろ暗いことをしていた自覚があるからか、心臓が早鐘を打っている。落ち着け、とうるさく鳴る心臓の上を押さえながら一度深呼吸して、それからドアの外の久斗くんに返事をした。

「分かった、すぐ行くから先に入ってて」

 はい、と久斗くんの応じる声がして、彼の足音が階段を降りていく。
 久斗くんは、俺とは違う。俺みたいなクズとは違うから、恋人を裏切ったりしない。ドク、ドク、と大きい心音が、まるでカウントダウンみたいで慌てて部屋から飛び出した。

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