依存の飴玉

wannai

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「ひーだーかー」
「……はい」

 スマホから顔を上げると、いつの間にか隣に座ってきていた幸と唇が触れそうになって思わず上体を反らした。

「何その反応。俺とキスするの嫌?」
「へっ、え、い、嫌なわけが……」
「じゃあして」
「え」
「早く」

 ん、と唇を突きだして瞼を閉じられ、おそるおそる顔を寄せて唇を重ねる。
 ふっくらと柔らかく、温かい。
 軽く触れただけで離れようとしたのに、幸に首の後ろを掴まれて下唇を甘噛みされた。前歯で噛んで開かされた隙間からゆっくりと舌が入ってきて、ぺろ、と舌先を舐められる。
 硬直している俺の舌をちゅっちゅっと音を立てて吸い、幸は顔を離してから呆れたように首を振った。

「いつになったら慣れるの。もう何百回もしてるでしょ?」
「……すみません」

 何千回しようと、何万回しようと、身代わりの俺が幸からのキスを当然のように受け取ることはないだろう。
 苦笑しながらスマホに視線を戻そうとすると、クイと顎下を掴んで阻まれた。間近で見つめてくる濃い琥珀色の瞳に、甘そう、と思いながら恥じらうフリで視線を逸らす。

「ほらぁ、また目ぇ逸らしたー。俺より経験値あると思えないんだけど? なに、本命童貞ってやつ?」
「そういうことにして下さい」
「それでいいんだ」
「否定しようもない事実なので」

 新居に越してから、三ヶ月近くが過ぎた。
 幸に好きな人がいると知ってからも、俺は何食わぬ顔で彼と暮らしている。
 辛いかと言われれば、意外とそうでもない、というのが本音だ。
 というか、早い段階で知っておけて良かった。幸は相変わらずキスしたり抱き締めてきたり身体を触ってきたり、まるで恋人にするようなスキンシップをしてくるから、知らなかったらきっと俺を好きになったんじゃないかと勘違いしていただろう。
 目下のところ幸の本命疑惑ナンバーワンとナンバーツーであるユキトと波田さんは今現在も問題なく交際を続けているらしく、同じマンションに住んでいるから一緒にいる所もよく目撃する。
 彼らが安泰なうちは幸も俺を放り出すことはないだろうから、見掛ける度に末永く仲良くしていてくれ、と念を送っている。

「こっち見て、日高」

 甘い声で強請られて、胸がチクリと痛んだ。
 幸が優しい声で呼んでくれる度、心に小さな棘が刺さっていく。
 乞われるままに合わせた視線の先にいる幸はいつも通り美しい。綺麗な顔に笑顔を浮かべ、飴玉のようなつややかな瞳に俺を映して頬を撫でてきた。

「ほーら、日高の大好きな幸くんですよー。なにかしたいことがあるんじゃないですかー?」

 下唇を親指で押して開かされ、チラと部屋の壁掛け時計を見てもうそんな時間か、と瞬きする。
 スマホをソファ横のサイドテーブルに置いて幸のベルトのバックルに手を伸ばすと、「こら」と笑って額を小突かれた。

「無言はやだなぁ。無理強いさせてるみたいじゃん」

 実際半強制みたいなものじゃないか、と思うが、今さら反抗する気もない。

「……こ、幸の……、おしっこ、飲ませて下さい……」

 行為自体への抵抗感はもうさほど無い。が、それをわざわざ言わされる羞恥にはいつまで経っても慣れられない。
 眉間に深い皺を寄せて早口に言う俺に、けれど幸はニコニコと笑顔を向けて「いいよ~」と頭を撫でてくる。どうぞとばかりにバックルを外して股間を寛げ、萎えた陰茎を取り出して俺の後頭部を押した。
 横に座ったままだとやり辛いので床に降りて幸の正面にひざまずき、口淫でもするみたいにかぶりつく。萎んだ状態でも大きめの肉は根元に唇をつけるほど飲み込むと喉の入口を押してきて、咳き込まないように舌で喉の粘膜に唾液を送ってゆっくり飲み込んだ。

「気持ちいいよ、日高……」

 こうして慰めてくれるのもいつもの事だ。
 髪を撫でてくれる幸の指は優しく、その動きに合わせるように丁寧に舌を這わせて陰茎を舐める。
 もう何十回も、もしかしたら百回に到達したかもしれないと思う程度にこうして幸の陰茎を口に入れてきたが、いまだに一度も反応していない。
 逆にすごいよな。俺なら全く好みじゃなくても触れられれば反応してしまうだろうから、その鉄壁さを分けて欲しいくらいだ。
 ……なんて、負け惜しみじみたことを考えながら舐め回していると、舌の根元に苦くて塩辛い味が乗って慌てて息を止めた。ごく、ごく、と無心で飲み下す。キツい臭いのする薬膳酒を飲む時とコツは一緒だ。途中で呼吸をせず、一気に飲み切る。

「……っ、ご、ちそ……さま」

 最後の一滴まで吸い尽くしてから嚥下し、喉に残ったえぐみを咳払いで取り除いてから陰茎を吐き出した。後ろ手でテーブル下のティッシュを取って俺の唾液まみれのそれを丁寧に拭いてからパンツの中に戻してやる。
 シンクで口を濯ぎ、ぺっと吐き出すと勢いのまま吐きそうになって口元を押さえた。

「どしたの、大丈夫? 気分悪い?」
「だ……い、丈夫、です」

 吐くとしても幸の前ではまずい、と思って堪えて動けなくなっていると、ソファに座っていた幸が心配げに寄ってきて背中を撫でてくれる。

「……やっぱりあんまり頻繁に飲ませるのは体に良くないのかな」

 ぽつりと呟いた幸に、ハッとして慌てて首を横に振る。

「本当に大丈夫です。今日はたまたま……!」
「うん、いつもありがとね、日高」

 飲尿は望んでやっていることではない。けれど、これは俺に許された唯一の『俺だけの特権』なのだ。それを取り上げられたくはない、と焦るのに、幸は俺の額を撫でてからそこに口付けてきた。

「残念だけど、頻度下げよっか」
「幸、大丈夫ですってば」
「俺が日高の心配するの、迷惑?」
「……それは無いです」
「うん。じゃあ、日高に俺のおしっこ飲んでもらうのは、元気いっぱいの時だけにしようね」
「……」

 俺を心配するようにそう決めた幸だったけれど、それ以来、徐々に回数は減っていった。
 毎日だったのが数日おきに、数日おきが週イチに、週イチが月に数度に。
 きっかけは確かに俺の体調不良だったかもしれない。けれど、それ以降に回数が減ったのはおそらく、俺に飲ませること自体に飽きたからだろう。
 代わりは所詮、代わりでしかない。こうやって少しずつ幸は正気に戻っていって、そのうち俺を好きな人の代わりにしても永遠に満たされないと気付くんだろう。
 願わくばその瞬間が少しでも先になりますように、と祈るしかない。
 


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