依存の飴玉

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 俺もコーヒーのお代わりを頼んで、注文をとったウエイトレスが十分離れたのを確認してから「未成年じゃないよね?」と訊いた。
 ヤスコはパチパチと瞬きしてから堪えきれなかったみたいに笑って頷く。

「それ聞かれたの久々です。大丈夫、ちゃんと成人してますよ。家出じゃないです。住所不定になりかけてますけど」

 背負っていたリュックから財布を出したヤスコはその中から免許証を抜き取って俺に見せてきた。

「……年上?」
「え、そうなの?」

 生年月日を確認して驚くと、ヤスコもまた目を丸くした。
 今年二十四になる俺より生まれ年が四年ほど前だから、今二十七か二十八歳だろう。
 容姿が優れている上に肌つやも良いものだから、完全に年下だと思ったのだが。

「そっか。年上のおじさんじゃ依存するの難しいかな?」

 小首を傾げる仕草は自然なもので、なまじっか顔が良いから男なのに反射みたいに『可愛い』と思ってしまう。犬猫が雄雌関係なく愛らしいのと似ている。

「別に、年齢は関係無いんですが……」

 年上と知って思わず敬語になってしまう俺に、ヤスコは憐れみを誘うように眉をハの字に下げた。
 今まで年上の彼女もいたし、それは問題じゃない。最大の問題はそっちじゃない。性別の方だ。

「やっぱりセックス出来ない男に依存するのは無理ですか?」
「……」

 あっけらかんと訊かれて、綺麗な顔から『セックス』なんて単語が出たことに閉口する。
 けど、一つ分かったことがある。
 ヤスコはどうやらゲイじゃない。男だというのを隠して俺と会って、取って食ってやろうという意図ではないらしい。

「セックスは、別に、……まぁ、必須じゃない、ですが」
「ほんとですか? 良かった! あと二日以内に住所決まらないと住所不定の危機だったんで助かります! 明日役所に行ってきてもいいですか?」
「は?」

 恋人という関係が一番依存しやすいというだけで、依存させてくれるというならセックス込みの恋人になる必要は無い。
 そういう意味での返事だったのだけど、ヤスコは胸を押さえて心底安心したみたいに大きく息を吐いた。
 ちょうど彼の注文した料理が届いて、ウエイトレスがテーブルに並べるのを見ながらどう誤解を解こうか言葉を探す。
 というか、さっきも言っていたけれど、住所不定ってどういうことだ。
 今まで住んでいた家を追い出されでもしたのだろうか。考えられる理由は家賃滞納か。それに加えて、ここ三日水しか飲んでいないという自己申告。だというのに、出会い系の有料メッセージを使って連絡してくる。金銭感覚が緩いのだろうか。
 家に上げたりしたら、最悪明日の朝には貴重品と一緒にサヨウナラ……、うん、あり得る。

「悪いけど、うちに置くって話は無しに。ここの支払いはちゃんとしますけど……」
「俺、いくらでも依存して大丈夫ですよ」

 それとなくヤスコに秋波を送るウエイトレスが去ってから切り出すと、ヤスコはフォークで付け合わせのブロッコリーを刺してから俺に笑いかけてきた。

「一日何百件メッセしてくれてもいいですし、全部にちゃんと返事します。SNSはやってないんですけど、俺が普段何してるか分かんなくて不安になるっていうならアカウント作ります。スマホはいつ見てくれてもいいですし、財布も荷物も全部見て良いです。特に出歩いたりはしないと思いますけど、それが逆に不安だっていうなら毎日部屋にいる写真送ります。なんなら首輪して家の中に繋いでくれてもいいですよ」

 最後のは流石に冗談だろうが、ヤスコは俺の送ったメッセージの条件を指折り数えるように言ってくる。
 もぐもぐとブロッコリーを噛み、コップになみなみ注がれた牛乳を飲んでパンを千切って食べてからやっとナイフを持ってハンバーグを切り出した。

「……俺は別に、束縛したいわけじゃないので」
「そうなんですか? まぁ俺はどっちでも大丈夫ですよ。セックス以外ならなんでもします」

 家事全般任せてくれていいですよ、とまで言われ、まだ返事に困ってしまう。

「なんでそんなに好条件なんですか? 逆に不安なんですが」

 砂糖の紙袋の口を切ってコーヒーカップに注ぎながら率直に訊くと、ヤスコはハンバーグを口に入れて幸せそうに咀嚼して嚥下してから「だから、住所不定になりかけだからですよ」と答えた。

「今まで俺を養ってくれてた人が実は既婚者だったらしくて、海外赴任してた旦那が急遽帰ってくるのが決まったから出て行って! って言われて……。転出届けって二週間以内に転入届出さないと無効になっちゃうらしいんですよ」

 知ってました? と困ったように笑うヤスコに、どんな表情をすればいいか分からなくて渋面で唸った。

「えっと……、つまり、とにかく早く次の家を決めたいからなりふり構っていられない、と……?」
「はい。住所不定になると色々面倒なので、それは避けたいです。でも家に置いてくれて、なおかつセックス抜きってなると、どうにも難しくて。今の所サツマさんが一縷いちるの希望なんですよ」

 ダメですか? と眉根を下げた哀しげな表情に、思わず庇護欲をそそられる。
 ……うーん、どうしよう。言っていることは筋が通っているし、話し方や素振りに嘘を吐く人間の匂いはしない。
 本当に住所が必要だというなら急に居なくなるということもないだろう。俺が役所に「出て行った」と申請して住所から弾いたらまた住所不定に逆戻りしてしまうのだから。

「ヤスコは今までもそうやってヒモやってたんですか?」
「……えっと、もう免許証見せたんで、本名で呼んでほしいんですけど」

 少し恥ずかしそうに、俺の前に出しっ放しだった免許証を指差してヤスコが言うので改めてそこに書かれた名前に目を落とした。

保木やすき こうさん」
「幸でいいですよ。サツマさんの本名は?」
「……筑摩 日高です。呼ぶなら名前の方で。ちくま、ってなんか間抜けであまり好きじゃないので」

 一瞬名乗るのを躊躇ためらったけれど、どうせ住所変更をかけるなら郵便物なんかを見られることもあるだろうし、隠しても無意味かと教えてしまった。
 会ったばかりの人間と住むことを数分で決めてしまうなんて馬鹿げているとは思うけれど、何故だか彼を疑う気にはなれない。
 ……いいや。疑ってはいる。帰宅前に財布は駅のコインロッカーに預けていこうとか、他の貴重品は寝る前に布団の下に隠しておこうだとか、それなりの対策を打つことくらいは考えている。
 けれど、それ以上に、彼の──幸の提案は、魅力的なのだ。

「日高さん」
「俺の方が年下なので、呼び捨てでどうぞ」
「敬語も取った方がいいですか?」
「それは好きなように」
「うん、じゃあ、これからよろしくね、日高」

 にこ、と笑う幸は、とてつもなく顔が良い。
 少女漫画から抜け出してきたようなイケメンが、俺の家に住んで、俺に依存させてくれる。
 夢か?
 コーヒーを啜り、苦みを感じて現実だと噛み締める。
 夢じゃないのだ。全部俺の思うままに依存しても良いと言ってくれているのだ。もしかしたらたった数日で根をあげるのかもしれないけれど、現時点で彼は確実に『出来る』『やる』と思っている。
 住所不定を回避する為なら、やっぱり無理だと思っても次の宿主が見つかるまでは最大限努力してくれるだろう。
 こんな幸運を、『一般的に見たら絶対怪しいから』なんて理由で逃せるほど、俺に余裕はない。
 ……それに、どうせ失って困るものなんて金くらいしか無い。銀行通帳と実印とクレジットカードさえ盗まれなければいい。

「とりあえず、一個条件追加してもいいですか」
「なに?」
「出て行く時は一ヶ月前に……いえ、出来れば三ヶ月前には申告して下さい。心の準備と次の依存先の確保が必要なので」

 俺が至極真面目に言うのに、幸は面白そうに目を細めて「分かった」と頷いた。

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