依存の飴玉

wannai

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 限界だった。
 三週間前に彼女にフラれ、その日から電話もメッセージも繋がらなくなり、週末家にいったら既にもぬけの殻。
 俺がどれだけ依存してたか分かるだろうに、──否、分かるからこそだろう、彼女は一片の痕跡も残さず俺の前から消えてしまった。

「……まだかな」

 右手はコーヒーとスマホを交互に掴み、時間を確認しては苛々と机を叩く。
 約束の時間まであと二分。
 時間を守れない人は無理だ。好き嫌いの問題じゃなく、俺の心が死ぬから。
 俺、筑摩ちくま 日高ひだかは極度の依存体質だ。
 誰かに依存していないと死ぬ。幸いにしてまだ物理的に死んだことは無いが、比喩的な意味で心は何千回と死んできた。
 俺を親友と呼んでくれた男が俺抜きで友人と遊びに行った時だとか、初めての彼女が付き合って一ヶ月記念日を忘れた時だとか。
 あまりに些細なことで心が死んで鬱々と病むものだから、当然友達なんていない。俺だって俺みたいな面倒なやつと友達になりたくない。死んでもごめんだ。
 つい最近まで付き合っていた彼女の──いや、元・彼女の沙優は、半年も付き合ってくれたんだからかなり長く保った方だ。
 毎日何十通ものメッセージを送っても文句を言わなかったし、平日は仕事が終わってから毎晩寝る直前まで電話していたけれど一度も無視したりしないで相手をしてくれた。SNSで交流を持っている相手について根掘り葉掘り訊いても答えてくれて、土日は毎週泊まりに行っても追い返されたりしなかった。
 いつも穏やかに微笑んで、まるで聖母のように優しい子だった。
 あんなに根気よく相手をしてくれたのは沙優だけだ。感謝してもし足りない。
 自分が厄介な人間なのは重々承知している。だから沙優が消えた後はもう一人きりで誰にも依存せず生きていこうと思ったのだ。沙優ですら逃げ出してしまうくらいなんだから、俺の欲求全てを飲み込んでくれる人なんていやしないだろう、と。
 けれど、一週間経つ頃には毎朝起きて会社へ行くのが億劫になり、二週間目の朝にはベッドから出られなくなった。
 誰かに依存していないと、生きている意味が分からない。
 『誰か』に生きている自分を認識していてもらえないと、生きていられない。
 陸に打ち上げられた魚のように瀕死の俺は、それでてっとり早く出会い系サイトに手を出した。
 メッセージをやり取りするのを目的にしているから、返事は確実に来る。サクラだろうがなんだろうが、それでも良かった。送った文面に対して、沿った内容の返事が来る。それだけで少し息を吹き返して、なんとか会社に行けるようになった。
 無料でメッセージをやり取り出来る回数が制限されているから同じ相手とは十回もやり取り出来ないのがネックだけれど、とにかく何十人も手当たり次第にメッセージを送れば、とりあえずの返事はくる。
 しばらくはこれで凌ごう、と質より量作戦で日々を送っていたら、今日の夕方にあるメッセージが入った。

『家に置いてくれるなら好きなだけ依存していいよ』

 こちらからメッセージを送ったことの無い相手で、おそらくは俺のプロフィールを読んだらしかった。
 『極度の依存体質です。メッセージうざかったら無視してね』とだけ書いておいたのが目に留まったんだろう。
 正直全く期待していなかった。過去にそんな風に俺の依存度を甘く見て付き合い始めた子の八割が、一週間以内に「しんどい。別れて」と言ってきたのだから。
 でも明かりが灯されれば寄っていってしまうのが人の性というもので、俺はさっそく彼女に返事を書いた。

『電話・メッセージには三分以内に返信。
 返信出来なくなる時は事前にメッセージを入れて。
 SNSはアカウントを教えて。フォロー返さなくてもいいけど俺はフォローするしリプライも見るしフォロワーも全員フォローする。
 仕事が終わったらまずはまっすぐ帰宅。出来ない時は理由を教えて。
 休日は二人で過ごして。他の人と出掛ける時は相手の名前と行き先を教えて、一回につき一枚は相手の顔と場所が分かる写真を送って。
 これが大丈夫なら返信してね。』

 俺にとっては軽いジャブで、だけど普通の人からしたら異常だっていうのは理解出来てる。理解出来てるから、まだ俺は大丈夫。
 どうせ返事なんて来ないだろうと思っていたら、なんと一分もしないうちに『家に置いてくれるなら』と返ってきた。
 家出少女か? と嫌な予感がしたが、その数十秒後に有料メッセージでメールアドレスが送られてきて、わざわざ金を払って送ってきたんだから、とそれにメッセージを送って、何通かやり取りしているうちに今夜会うことになっていた。
 場所は駅前のファミリーレストラン。
 もちろん、未成年っぽい感じがしたらとりあえず今夜ビジネスホテルに泊まれるくらいの金を渡してサヨナラだ。
 依存出来れば誰でもいいってわけじゃない。せめてこれ以上人の道を外れたくはない。
 あと一分、とスマホの時刻表示を指で撫でたところで、座っていたテーブルの前に人が立ち止まった。

「サツマさんですか」
「……え?」

 意外な人物から俺の出会い系サイトで使っている偽名が出てきて、困惑に眉間に皺が寄る。
 目の前に立ったのは、すらっとした手足が印象的なイケメン。
 ……そう、メン。男なのだ。
 片目を半分区隠すような長めの前髪に、高く細い鼻筋と薄い色の唇。肌は白く、ニキビやシミも見えない。ホストというには雄っぽさが足りなく、けれど女受けは絶対良い。学校に居たらあだ名は確実に『王子』か『白雪姫』の二択だろう。
 そんなイケメンに話し掛けられ、まさか美人局か、まだ女の子自体が来ていないのにと考えて、「あ!」と思い至った。

「もしかして、ヤスコさんの彼氏?」
「違います」

 絶対そうだろう、と口にしたのに、イケメンは即座に首を横に振って俺の前の席に座ってきた。

「ヤスコは俺です」
「え、……え?」
「俺、条件全部守れます。家に置いてくれますか」

 イケメンは単刀直入にそう訊いてきて、まだ頭が追いついてない俺の飲んでいたコーヒーカップを勝手に持っていって口を付けた。

「あの、それ俺の……」
「ごめん。三日くらい水しか飲んでなくて。味のついたものが恋しくて」

 ごくごくと一気飲みしたイケメン、もとい『ヤスコ』はそう言って殊勝にも頭を下げてきたので、少し悩んでから手を挙げて店員さんを呼んだ。

「好きに頼んで」
「……いいんですか」
「その代わり、俺のコーヒーはもう飲まないで」
「あはっ、……あ、ごめんなさい、笑って。普通に良い人だからちょっと緊張解けたっていうか」

 ヤスコはやって来た店員さんに目玉焼きハンバーグプレートと牛乳を頼んで、それから「ご馳走になります」と頭を下げてきた。

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