高尚とサプリ

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 その鈍い金色の丸いドアノブは、触れることすら躊躇ためらわせるほどに重厚な雰囲気を醸し出していた。
 扉の向こうの店は業界でもかなりの老舗らしく、ドアの濃茶の木目ですら素人の俺を嘲笑っている気がしてくる。
 八幡やわた なつめ、十九歳。初めて『大人のお店』というやつの前に立っています。
 店の紹介サイトを見た限り風俗店では無いようなのだけれど、そもそも盛り場というのに縁遠い生活をしているから普通のバーですら入ったことがない。
 初めて入るのが『SMバー』だなんて、ちょっと無謀だろうか。いやでも、『SMクラブ』じゃ駄目なのだ。俺がSMをしたい訳ではないから、とりあえず経験者に話を聞いてみたくて、そういう場を探していたらここに行き着いただけで。
 駅から十五分歩いて、小さな看板を見つけて薄暗い雑居ビルの階段を登っただけで、精神的にもう限界がきつつある。
 そもそも俺はそんなに勇気のある方じゃない。大学に入って一人暮らしを始めたけれど、夜遊びなんてほとんどしない。たまにどうしても夜中にアイスが食べたくなってアパートの向かいにあるコンビニに行くのですら、なんだか大冒険している気になるくらいの小心者なのだ。二十二時なんてもう深夜の区分で、そんな時間にこんな地理もよく知らない所へ来れただけでものすごく頑張った。
 そうだ、俺、頑張ったよな。ここまで来れただけで十分じゃね? うんうん、どうしても今日ここで、ってわけでもないし。

「あの、入るなら早く入ってくれるかい?」
「ひゃあぅっ! すすすすいませんッ!!」

 扉の前で唸りながら立ち尽くしていたら、いつの間にか背後に男が立っていた。
 若干の迷惑そうな声色を滲ませているが、振り返った先の男は薄っすらと微笑んでいる。
 何処にでもいそうな、普通の人だ。年の頃は……三十後半? 四十前半? うちの親と同じか少し若いくらいかな。
 ワイシャツにネクタイ、スラックスのまさに会社帰り、って格好で、肩から革鞄を下げている。

「入るの? 入らないの?」
「あっ」

 緊張していた所に普通っぽい人が来たことで勝手に安心したような気分になっていたら、不審がる男に再度店に入らないのかと訊ねられた。

「えっと……、あの、お先にどうぞ」
「へ?」

 邪魔をしていてはいけないと狭い通路に背中をつけて避けると、男は形のいい細い眉をしかめて首を傾げた。

「探偵の真似事か何か? 知り合いが中に入ったから尾行けてみた?」
「えっ、いや」
「悪趣味だね。警察呼ぶよ?」
「ち、違います! あの、ただ入る勇気が無かっただけでっ」

 どうやら扉の前まで来て店に入らないという不審さが変な方向に解釈されてしまったらしく、優しそうな男に不愉快そうな表情で睨まれて慌てて首と両手を横に振った。

「入る勇気が? ああ、なんだ。そっか、じゃあ一緒に入ろう」
「へっ」

 俺の必死な様にすぐに信じてもらえたのか、ドアノブに手を掛けた男は躊躇なくそれを捻って扉を開けてしまう。
 どんな光景なのか想像することすら出来ずに恐れていた店内が男の背中の向こうに見えて、そしてそこが薄暗くはあるけれど普通の飲食店のような雰囲気なのに胸を撫で下ろした。
 ボックス席がいくつかと、出入り口から横に長いカウンター席が伸びている。照明の暗さを除けば、店の内装は昼間バイトしているコーヒーショップと似ていた。
 蝶々みたいなアイマスクをした女王様が出てきたりしないし、ここから見える客も普段着か少し薄着くらいで、目を剥くような変態が居たりはしない。

「ほら、おいで」

 扉を開けた男は俺の方へ手を差し出してきて、女扱いするような仕草に抵抗感はあったのに気が付けばその手を取ってしまっていた。さらりとした指が俺の指を握り、くっと軽く引いてくる。

「……っ」
「おっと。廊下よりは明るいけど、普通のお店よりは暗いから、足元に気を付けてね」

 ただ軽く引かれただけだ。それなのに、大きく身体のバランスを崩して慌てて踏ん張らなければ男の胸に飛び込んでしまうところだった。
 十数センチのところまで寄った男の顔は、度重なる俺の失態に呆れたように笑っている。細めた目の奥で濃い茶の瞳が俺を映して、優しげな筈なのにどうしてか急に背中に怖気が走った。

「はいはい~、お二人さんは新規さんかな?」

 カツカツ、と軽いヒールの音をさせて近付いてきた可愛らしい声に、慌ててそっちに視線を向ける。
 銀に近いくらいの金髪ボブの、めちゃくちゃな美少女──ただし、百八十三センチある俺より更に背が高い──が、笑顔で寄ってきていた。店員だろうか、濃い紫色の露出の少ない革製の服を着ている。こういうのをボンテージ衣装って呼ぶんだっけ? ヒールの数センチを足したって、俺が見下ろされるなんてそうそう無い経験だ。胸が真っ平だけれど、もしかしてこの人もたーくんと同じ男の娘ってやつだろうか。

「あ、あの」
「こっちの子は新規。……寂しいなぁ、あんなに根気よく手解きしてやったのに僕を忘れちゃうなんて」

 俺が何かしらかの返事をしなければと口を開くと、隣の男が先に答えてくれた。砕けた口調の中に相手を嘲るような色が混じったのを感じて意外性にぎょっとする。
 男の言葉にまじまじと彼を見た美少女店員は、数秒考えるような顔をしてから目を丸くして、そして急に慌てだした。

「え、……あっ、イツキさん? えっ嘘っ、ちょっと店長! イツキさん来たんだけど~!」
「僕はいいからこっちの新規の子案内してあげなさい、ゆかり。……銘柄なんでもいいから甘口の日本酒冷やで」

 俺を美少女店員に預けるように押し付けて、イツキと呼ばれた男はさっさと空いていたカウンター席に座ってカウンターの中に居た別の店員に酒を注文する。
 胸に『ゆかり』と書かれた名札を着けた店員はイツキの方を気にしながらも俺を連れてカウンター席の端の方へ案内した。ぐるりと回ってカウンターの向こうに行った紫は、そちら側でごそごそ下の棚を漁っていたかと思うと数枚のラミネートされた紙を取り出して俺の前に置いてくる。

「それじゃあ、初めまして。僕は紫。気軽に紫さんでも紫様でも好きに呼んでねっ」

 気軽に、といいつつどちらも敬称なんだな。
 突っ込んでいいのか迷ってとりあえず黙っておくと、紫……さんはくすくすと可愛らしく口元を手で隠しながら笑った。

「ふふ、いいんだよ、突っ込んで。まあ、僕Sだから呼び捨てにされたらお仕置きしちゃうかもだけどね?」
「え、あ……そっちなんですか」

 可愛い外見とは裏腹に、彼……彼女? は、どうやら被虐趣味ではなく加虐趣味の方らしい。でも、これだけ可愛ければアリな人は多いだろう。鞭でペチペチやって、「悪い子っ」なんて叱る様を想像して勝手にウンウン頷く。

「はい、そっちです。お客さんは?」
「えっと、Sになりたくて」
「なりたい?」

 訝しげに小首を傾げられ、変な事を言っただろうか、と俺の眉間にも皺が寄る。

「んっと、まだプレイした事無いから、ってことかな?」
「そ、そうですね。かれ……彼女がマゾらしくて、それで俺もサドっぽいことしてあげた方がいいのかな? って……」
「あー……」

 俺がやや緊張しながら言葉を続けると、何故だか紫さんの反応が芳しくなくなっていく。笑顔は笑顔なのだけれど、なんだか冷めたような、……いや、期待が外れたような? なんだろう、素人だからと軽んじられている感じではないのだけれど。

「じゃあ、ここにはお話に来た感じかな?」
「はい、そうですね。サドの人にコツとか話を聞けたら嬉しいです」
「了解。もう少しでサド専の店員が出勤してくるから、その人つけるね」
「ありがとうございます」

 そこから『店内規約』と書かれた数枚のラミネートを示しながら紫さんはお店のシステムや注意点を説明してくれて、お酒以外も置いているというので有り難くアイスココアを頼んだ。

「あ、アイ、やっと来た。このお客さん……ごめん、名前聞いてなかったね」
「ナツメです」
「ナツメくん、お願い出来る? 完全初心者で、Sの手解きしてほしいって」
「はあ」

 紫さんがカウンターの奥へと視線を向けたので釣られてそっちを見ると、暖簾をくぐって顔を出したのはまた滅多に見ない美貌の男だった。
 女ウケの良さそうな長めの黒髪と、その下からこちらを見てくる真っ黒な瞳。鼻筋も唇の形も整い過ぎていて、いっそ人形じみて見える。こちらはボンテージではないが、やたらツヤツヤした生地の襟付きシャツと細身のブラックデニム姿だ。顔だけではなく身体つきのシルエットまでもが美しい。目の前に立たれただけで現実味が無く、あんぐりと口が開いてしまう。
 え、なに。この店、店員のレベルおかしくない?
 思わずメニューの値段を見直してしまった。ネットで何軒か見た中では特別高くも安くもない価格設定で、尚且つ老舗だからという理由で選んできたのだけれど。こんなに美男美女ばかり出てきて、まさか最後の会計の時に怖いお兄さんが出てきたりしないよな。

「何が聞きたいの?」
「へっ」

 ヒラヒラ手を振ってイツキの席の方へ行った紫さんの代わりにカウンターを挟んで俺の前に立ったアイという青年は、さして興味も無さそうな無表情で訊いてきた。

「何……えっと、サドって、具体的に何をしたらいいのか、とか……」
「何をする……? したいことすれば……?」

 アイは俺の言葉に不思議そうに首を傾げて、そしてビールジョッキに冷蔵庫から出した緑茶を注いで一口飲んだ。

「えっと、彼女がマゾらしくって、それで俺はサドになろうと思いまして。なので、サドらしい『したいこと』みたいなのが俺には思い付かなくてですね」
「へぇ。面白いね」

 俺が自分の境遇と質問の意図を説明すると、アイはそう呟いた。

「面白い?」
「うん。やりたくもないSMやる為にこんな店まで来るなんて、変わってるね」
「えっと……、彼女に喜んで欲しいので……」
「だったら彼女の相手してた方がいいと思う」

 至極真っ当な意見なのだけれど、今俺が欲しいものではない。説教されている訳ではないし、おそらくアイもそのつもりは無いのだろう。ただ心底から俺の行動が不思議なようで、更なる俺の返事が気になるみたいに見つめてきている。

「いやでも、SMって叩いたりするんでしょう? 素人が適当にやっていいプレイじゃないと思って」
「うん、そうだね。それは正解。……怪我をしない方法とか、そういう説明が欲しい?」
「えっと、いえ、そこまでじゃなくて。というか、そもそも怪我にならないようなプレイ内容とか、サドの心構え的なところから? ですかね?」
「……うーん。少し待ってね」

 迫力のある見た目と違ってアイはおっとりしたタイプなのか、声が柔らかく話していて安心感がある。
 さっき紫さんは『サド専の店員が』と言っていたけれど、こんな穏やかそうな人が本当にサディストなんだろうか。客寄せの為にサドのフリをしているとかなのかな。こういう人でもサドをやれるなら、俺でも出来そうかも。
 家でネットのエロ動画を漁っていた時は絶対無理だと思っていたけれど、怖ろしいと思っていた店が店員の服装を除けばごく普通の店だったのもあって、自分と全く隔たれた性癖だとまでは思わなくなった。
 少し考えるように黙っていたアイはごそごそとカウンターの中を漁ると、ひょいとピンク色の物体を取り出した。そして、それを持ってカウンターから出てきたかと思うと、くいくい、と指の動きで椅子から立つように促された。

「あの……?」
「これね、百均で買えるやつ。いわゆるジョークグッツ。うちに置いてる一番『危なくない』鞭」

 アイが持っているのはSMに疎い俺でも分かる、えっと確かバラ鞭ってやつだ。一本鞭より痛くないから初心者向け、ってネットで見た。
 物は試しだよ、と言われて、立ってからカウンターに肘をついて尻を差し出すような格好になるようアイの手に体勢を整えられた。
 少ないながらも居る周囲の席から見ず知らずの客達の視線がこちらへ向いたのを感じて、少し緊張する。

「いくよ」

 フル、と空気を緩く震わせた音の後、ぱち、と尻に微かな刺激が当たった。……うん、痛いとかそういうレベルじゃない。当たったな、って感じ。
 これなら確かに全く危険じゃなさそうだ。もういいかとアイを振り返ろうとすると、留めるように背中に彼の手が乗った。

「これの鞭部分の素材はポリエステル。ポリって分かる? 洋服の素材でもよくあるでしょ」
「あ、はい」
「うん、まあほぼ布だよね。本物の鞭は革製だから全然別物なんだけど」

 俺が身体を動かさないのを確認して、アイは俺の背中から手を離した。ギッ、ギッ、と何かを絞るような音がしているけれど、何の音だろう。

「もう一回いくよ」
「はい、……ッ!?」

 後ろでアイが囁いたすぐ後、ひゅ、と風を切る音がした。バチッと弾ける音と共に尻に熱い痛みが走って、思わず縮み上がった。

「っ、……あ、の」
「……いいね、うるさく鳴かない子は好きだよ」

 打たれた後からジンジンと痛み出した尻に驚いてオロオロするのに、また背中にアイの手が乗って『動くな』と伝えてくる。

「分かった? こんな玩具でも、打ち方一つで結構痛くなるんだよ。絶対に怪我をさせないプレイなんて無いよ」
「ああ、そういうことですか」
「まあこれ一回きりで使いものにならなくなるような使い方だから、怒られるんだけど」

 アイが俺の背中から手を離したと同時くらいに、ボックス席の方から「アイッ!」と叱るような声が飛んできた。
 席を立ってやってきたのは三十半ばくらいの綺麗な女の人で、黒い露出の高いボンテージの胸元からは柔らかそうなおっぱいの谷間が見放題だ。アイからピンク色のバラ鞭を取り上げてそれの持ち手の付け根あたりをじっと見て、そしてアイをその鞭でぺしっと叩いた。

「あんたね! ねじるなって何度言えば分かるの!」
「バラ鞭でも頑張ればこれくらいの威力を出せるって教えてあげたくて」
「頑張らなくていいの! 痛くないのがバラ鞭の良いとこでしょうが!」
「痛くない鞭に価値なんて無いよ?」
「ああもうっ、あんた代わりの明日買ってきなさいよっ」
「はーい」

 どうやらアイは間違った使い方をしたらしいが、すると普通に使うより痛くなってしまうらしい。気を付けないとな、と思いながらカウンターの中へ戻っていくアイへ視線を向けて待っていると、彼は俺の前まで戻ってきてから突っ立つ俺に気付いて初めて目を細めて笑顔を見せてくれた。

「……?」
「サドになりたいんだっけ?」
「え、はい」
「向いてないよ」

 ハッキリ断じられて、困ったように肩を竦めるしかない。なんでだろう。俺のどこが『向いてない』と判断されたのか。マゾであるたーくんが俺に惹かれたんだから、全く素質が無いというわけでも無いと思うんだけど。

「どの辺が……」
「素直過ぎるところかな。ほら、座っていいよ」

 はい、と横にのけていたカウンターチェアを元の位置に置いて座ってから、ああもしかしてこういう所かな、と困ってしまう。

「サドだったら、少しヒネくれてた方がいいんでしょうか」
「捻くれるっていうか、サドはそもそも他人に指示されるの大っ嫌いだからね」
「はあ」
「理由も意図も分からない状態で他人の言う事なんて聞きたくないし、そもそもそういう状況になったらどうにかして主導権を取り戻そうとするね」
「それは人によるんじゃないかな」

 俺のコップの中のココアが氷が溶けて薄まった水になってしまっているのに気付いて、アイが屈んで足元の冷蔵庫からココアの原液パックを取ってまた立ち上がる。それを注いでくれながら話していると、離れた所に座っていたイツキが口を挟んできた。

「僕は結構好きだよ、マゾに『お願い』されるの」
「『お願い』なら分かりますけど、今は『命令』の話ですよ」
「言い方が違うだけで、実質の中身は変わらないだろう? 我慢出来ない感じが堪らなく可愛いよね。従ってあげたことは無いけれど」

 よいしょ、と酒のグラスを持って俺の隣の席まで来たイツキに、アイはまるで『ほらね』とでも言いたげに肩を竦めた。

「命令されるのは好きなのに、聞いてあげないんですか」
「うん。それはまた別の話だよね。俺は少なくとも、命令されても生意気だと思ったり、不愉快に思ったりはしないよ?」
「……」

 なんだか、イツキの言い方的に、それが『特別なこと』であるかのようだ。
 理不尽な命令ならともかく、さっきのアイからの指示は特にそう感じさせるものでは無かったし、言葉の上でも仕草からも、強制するような雰囲気は無かったけれど。それでも反発心が芽生えるのがサドって生き物なんだろうか。……うーん、また不安が蘇ってきた。

「良ければ僕が教えてあげようか」
「え?」

 イツキは日本酒の入った小さなグラスを揺らしながら穏やかそうな笑みを浮かべて俺の方へ視線を向けてくる。

「盗み聞きするような真似してごめんね。店に入る前にすごい緊張してたし、気になって」
「えっと……」
「たぶんね、アイくんより僕の方が君と性質が似てると思うんだ。どうかな? この後は暇?」
「え? この後?」

 暇か、って、暇だったらどうなんだろう。というか、用事があったらこんなところで悠長にしていないし、そもそもこんな夜中から用事なんてある訳がない。

「あの」
「無理しなくていいんだよ」

 特に用は、と答える前に、アイが割って入ってきた。無理? 何をだろう。

「うん? 今の錘はそういうお誘い禁止になったの?」
「そうじゃないけど、この人分かって無さそうだし……」
「何も取って食ったりしないよ。俺の身元は紫が知ってるし、……なぁ紫、僕はすごく優しいサドだよね?」

 何故だかイツキとアイの間にピリピリと緊張感が走り、けれどイツキの方は気にしていないみたいに明るく、他の席で接客していた紫さんの方へ呼びかけた。

「はいはーい、なにかな? 紫ちゃん呼んだ?」
「僕が初心者に無体を働くようなSだと思うかい?」
「へ? イツキさんが? 無い無い、イツキが最初のSだったら大当たりレベルに優しいもん」
「ふふ、だよね」

 寄ってきた紫さんはついでとばかりにイツキのグラスに酒を注いで、それから少し眉根を下げて残念そうな表情になった。

「なに? もう帰っちゃうの?」
「近いうちにまた来るよ」
「ほんとだよ~? 僕ね、イツキさんの弟子だった頃よりずっと上手くなったんだからね!」
「それは楽しみだなぁ。今度、ね」

 イツキと紫はどうやら古い付き合いのようだが、弟子とは何のだろう。文脈的にイツキが師匠なのだろうけど。
 二人の遣り取りを眺めていると、イツキがこちらに視線を戻して目を細めた。

「っ……」

 まただ。ゾワッてした。なんだろう、こんなに優しそうなのに、紫さんだって優しいと太鼓判を押しているのに、──どうして、怖いんだろう。

「行こうか、ナツメ」
「え、あ、あの」
「初心者に教えるなんて久しぶりで楽しみだな。ここは僕に払わせてね」
「え? いやそんな、そんな義理は」
「若い人がSMに興味を持ってくれて嬉しいんだ。大人に甘えなさい、若人」

 俺はまだ行くとも行かないとも返事をしていないのに、イツキは勝手に先に立ち上がり、「チェックを」と言ってレジスターのある所で会計を始めてしまった。
 強引だ。サドって、みんなこんな感じなんだろうか。やっぱり不安だ。
 やはりまた女をエスコートするように先に扉を開けて俺を見るイツキの目にどんな思惑が含まれているのが全く分からず、けれどついて行かない理由も思い付かずに黙って奢りのお礼をと頭を下げた。

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