上 下
51 / 57

49 火曜

しおりを挟む


 結局昨日はあれから、怖くなって逃げるようにログアウトしてしまった。
 公式からの『ソロコロで共闘は禁止です』という返答が欲しくて質問フォームから問い合わせを送ってみたが、今朝方返ってきたのは『ゲームの詳細はすべて公式サイトに書いてある通りです』という定型文だった。
 これではまるで、『違反と書いてない事はやっていい』とお墨付きを貰ってしまったようなものだ。
 ギルドぐるみで共闘をやらかすのはまあ、良い。
 あの人たちと一緒なら、ゲーム内掲示板でどれだけ叩かれようが笑い飛ばせる気がする。
 けれど、俺が大将というのはどうにかならないのか。
 俺は目立つのは好きじゃないし、なんなら亀砂と呼ばれるほどに隠れ潜む方が性に合っている人間なのに。
 日替わり定食のイカ人参を箸で摘み、ため息を我慢して咀嚼する。
 HAYATOさんの言った、「こうなったこいつらはムリ」というのを思い出し、そうだよなあ、と一人頷いた。
 面白いことに目が無い彼らが、下剋上なんて面白いに決まっている事を中止する理由が無い。
 俺とブラパのいさかいなど、きっかけに過ぎないのだ。
 
「あ、いたいた。えーっと……スズキ先輩!」
「ももちゃん、違います。コバヤシ先輩です」
「あーそうだった。コバヤシ先輩。こんにちわぁ~。聞きましたよ、下剋上企ててるんですって?」

 学食の端の端、窓の外を見ながら食べられる特等席でゆっくり昼時を過ごしていたのに、彼女たちはお構いなしに声を掛けてくる。

「こんにちは。俺が企画したわけじゃないですけどね」
「でもやる気ではあるんですね」

 右側に席が無く左側は柱を挟んで少し遠くにあるという最高の席をわざわざ選んだのに、倉本さんは俺の背後に並んだ長テーブルの方に持ってきたトレイを置いて「先輩もこっち座って下さい」と当たり前みたいに指示してくる。

「俺はもう食べ終わるから……」

 やんわり断ろうと首だけで振り返ると、そこには倉本さんと御堂さんだけでなくもう1人居た。
 倉本さんの隣、おそらくは俺が座れと言われた席の正面に大盛りの唐揚げ丼を置いているのは、忘れもしない、武内だ。

「……ども」
「……あ、その、どうも、こんにちは」

 気まずく思っているのは俺だけではないらしく、小さな挨拶と共に会釈されたので会釈を返すと彼はすぐ目を逸らして箸を持った。

「ども、じゃないでしょ。アンタ、今日こそ謝るって言ってなかった?」

 横から頭頂部に手刀を落とした倉本さんが言い、武内はウッと嫌そうに顔を顰めた。

「……っせーな」
「は? 今なんつった?」
「あ、あの、謝罪なら必要無いですから。前にも言いましたけど、あれはむしろ俺が不慣れでご迷惑をお掛けしたので、武内さんは全然悪くないですから」

 今にも喧嘩を始めてしまいそうな雰囲気に慌てて席を立って、もう8割食べ終えたトレイを持って彼らのテーブルへ移動する。

「隣、失礼しますね」

 今日はハンバーグ定食の倉本さんに断りを入れると、彼女は持っていたフォークをきゅっと指先で握り直して大きな目玉で俺を見た。
 なんだろう。俺を非難するような目だけれど、思い当たることが無い。

「日曜の、倫との試合、見た」

 武内が話し始めたのでそちらに視線を戻すと、彼は俺ではなく御堂さんを睨みながら口を動かした。

「あんな動き出来んなら、もっと見せた方が良いんじゃねーの」
「えっと……あれが出来る、って分かってる相手に気軽に奇襲、かけますか?」

 日曜に初披露した奇襲対策を言っているんだろう。
 しかしあれは、隠していたからこそ効いたのだ。
 御堂さんに目配せすると、拗ねたような顔のまま、

「気軽じゃない奇襲でもダメでした!」

 とサフランライスにフォークを突き立てた。
 それは御堂さんが俺の警戒心の範囲を気取るのが上手だからこそなのだけど、まだ土曜にも使うテなので黙っておく。
 武内に視線を戻し、汁椀を持ち上げた。

「御堂さんには攻略されずに済みましたけど、他の人……例えばDragOnさんなんかだったら、一度見せれば二度目は通じないでしょう。対策されない為には極力見せないのが一番なんですよ」
「じゃあなんで今、つーか、土曜の試合前に使ったんだよ? それも、誰でも見れる野良試合なんかで」

 説明した理由では不満だったのか、武内は今度こそ俺を睨んで言う。
 俺も問い返したい。なんで今俺は責められてる?

「えぇと……まあ、そのほら、それも作戦のうちなので……」
「スズキ先輩が何の理由もなくやるわけないでしょ。アンタじゃないんだから」
「戸林です」

 この場に4人しかいないなら、あのテは1対1でのみ有効で1対多では使えないからだ、と馬鹿正直に答えてしまってもいいのだけど、学食には数え切れないほどの人が居る。
 そのうち何人が週末のイベントに関わってくるか分からない状況で弱点を晒せるほど、俺は自分に自信はない。
 倉本さんが口を挟んでくれたので有り難く頷くと、武内は口をへの字に結んで怒ったように丼に目を落とした。

「あー、だめだ。本当素直じゃないね、考多は」
「……」
「あのね、スズ……コバヤシ先輩。コイツが言いたいのはね、ああいうプレイいっぱい見せれば色んな人に舐められずに済むんじゃないの、って事だから」
「舐められずに……?」

 交代とばかりに倉本さんが武内の代弁を始めたが、よく意味が分からない。

「コバヤシ先輩の立ち回りって、正直言ってコロシアムやってない勢からするとおりされてる芋砂なわけじゃない?」
「はあ」

 その通りなのだけど、直接言われると苦笑してしまう。
 横で御堂さんが「やってなくても、ちゃんと見てれば守ってるのがどちらか分かると思いますけど」とフォローしてくれた。
 良い人だよな、本当に。

「だから自分みたいにヘタクソで周りの見えない初心者プレイヤーにも分かるように派手なことしてくれたら、馬鹿にする人も減るんじゃないのー、って」
「……はあ」
「…………分かってる?」
「え、……っと、何を……でしょう」

 俺の立ち回りが弱そうに見える。分かる。
 派手な立ち回りは初心者にも分かりやすく馬鹿にされない。分かる。
 派手に立ち回れば俺も初心者に馬鹿にされなくなる。分かる。
 ……え、それで? 俺はどう答えるのが正解なんだ?
 味噌汁のじゃがいもを上顎で崩しながら考えたが、今の会話のどこに比喩や暗喩が含まれているのか分からずオロオロと3人の顔を順番に窺った。

「……った」
「え?」
「悪かった。前に、弱いとかコネ加入だとか言って……すみませんでした」

 頭を下げた武内の姿に、俺だけでなく倉本さんと御堂さんも驚いた顔をする。
 どうやら武内は普段からかなり強情な性格の人のようだ。

「あの、さっきも言いましたけど、あれは俺が悪かったんです。もっと効率の良いポイントの稼ぎ方があったのに、思い付けなかった俺のミスです。助けを求めてくれたのに応えられなかったんですから、ああ言われても仕方なかったです。武内さんが文句を言うのは当然ですよ。全然気にしないで下さい」

 自分でも不思議だけれど、今は心底からそう思っている。
 ブラパに叱られたからもあるし、倉本さんが俺に共感して怒ってくれたからもある。
 それから、恥ずかしさに身悶えながら何度も見返したおかげで、視界録画に映る嘘偽りない自分の情けなさを認めることが出来たから、も。
 次に同じような状況になったら、出来るだけ冷静に、頼ってくれた人の期待に添えるよう最善を探すつもりだ。
 失敗したからこそ、次に活かせる。
 むしろ武内が文句を胸の内に仕舞うタイプの人だったら、今頃俺の鼻っ柱はどれだけ長くなっていたか分からない。
 そう思うとゾッとする。

「いや、でも」
「もうやめて下さい。あの日のこと思い出すの本当に恥ずかしいんですよ。忘れて下さい。あ、いや、忘れたからって掛けたご迷惑が消えるわけじゃないんですけど」

 まだ何か言わんとする武内を両手を振って止める。
 武内は眉をピクピクと動かして、それから倉本さんに如何を問うように視線を動かした。

「うわ~、ビックリした、考多が謝るなんて」
「ここまでの浴びると考多くんでも反省するんですね」
「ね~」

 御堂さんとコソコソ話していた倉本さんは、自分に話の鉢が回ってきたとみると「んじゃ、まあ」とえくぼを作って笑う。

「その話はここまでって事で、本題入っていい? さっきの」
「ああ、いえ。ダメです。ここでは」

 本題というのが下剋上の話なら、と思い至って唇に人差し指を立てた。
 ソロコロが共闘可なのもうちのギルドが下剋上を予定しているのも、出来れば外に漏らしたくはない。

「あとで地球さんかマシューさんに直接聞いて下さい。2人のどちらかなら全体を把握してると思うので」
「オルテガさんじゃダメ? あの人が一番話しかけやすいんだけど」
「オルテガさんは……内緒事に向かないらしいので」

 昨日地球さんがオルテガさんを評した時を思い出し、確かに彼はバレるのを恐れてブラパと顔を合わせないようにする人だろうな、と納得した。
 そういえばギルドに入って初めて皆と組んで行ったチムコロでも、彼は面倒がっているのを悟られないうちにプレイアウトしようとしていた。
 まだ半年も経っていないのに、懐かしい気持ちになる。

「じゃあ私の話をしたいです」

 待ってましたとばかりに御堂さんが手を挙げたので、飲み切った汁椀をトレイに置いて「ごちそうさまです」と手を合わせた。

「それでは、俺はこれで」

 ロキワの話が終わったならもう俺は行きますね、と立ち上がろうとする手を、横から掴まれる。

「ちょっ……コバヤシ先輩、もうフラれたんですよね!?」

 キンとした声に叫ばれ、周囲の数人が何事かと視線を向けてきた。
 と思われるのはわりと恥ずかしく、逃げるように俯いた。

「倫、声でかい」
「ご、ごめんなさい。だって、コバヤシ先輩、まだ倫を避けるから……」

 倉本さんに叱られて謝る御堂さんだが、その口は自分は悪くないとばかりに尖っている。
 外見も内面も可愛いとは思うが、……ひしひしと、合わないな、と実感した。

「御堂さん」
「! なんですか、コバヤシ先輩。なんでも聞いて下さい。私、なんでも答えます。5月7日生まれのおうし座、A型、趣味は2対2以上の対戦ゲーム全般で、好きな物はパン屋さんのクッキー、今好きな人はコバヤシ先輩です!」

 名前を呼んだだけで顔を明るくしてキャッキャと話してくれる様子は、とても和む。
 犬だったなら家で飼ってもいいけれど、あいにくと彼女は人間なので。

「俺の好きな人は兎村さんって言います。身長が2メートル近くあって、すごく大柄で、顔が怖くて、耳に9つと唇に3つピアスの穴が開いている、俺のことなんか全然好きじゃない人です」

 にこ、と笑うと、みるみる御堂さんの顔が凍りついていく。
 俺の手首を服の上から掴んでいた手がゆるんだので、「それでは」とトレイを持って立ち上がった。
 返却所に向かう背中に、倉本さんの「もう諦めな」という声が聞こえた。








 バイトは休みだったので大学からまっすぐロキワにインしたけれど、その日も結局ブラパはマイルームから一歩も出てこなかった。


しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

鈍感モブは俺様主人公に溺愛される?

桃栗
BL
地味なモブがカーストトップに溺愛される、ただそれだけの話。 前作がなかなか進まないので、とりあえずリハビリ的に書きました。 ほんの少しの間お付き合い下さい。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)

藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!? 手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

処理中です...