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47 根回し
しおりを挟む「亀吉さん。昨日、どうしてブラパさんには渡した?」
野良コロに潜り、マッチングルームで待機していた。
ふかふかと心地の良いソファに深く座りながら直前の試合のログを見直していた俺に急に話しかけてきたのは、知らない男のアバターだった。
やたら足の長い9頭身くらいありそうな細身に上下真っ黒のシャツとカーゴパンツ姿で、髪も真っ黒の長いポニーテール。
こんな人、知り合いに……いないよな。
「えっと……?」
周りを見回し、ポニーテールが話しかけているのが自分で間違いないようだと確認してから、「どなたですか?」と問い返す。
「ミド~リンです」
声は変えてないんですけど、とどこか拗ねたような口調で答えられ、男のアバター情報を開くと確かにプレイヤー名は『ミド~リン』だった。
「今日はいつもの赤い子じゃないんですね」
「この方が亀吉さんのお好みかと」
「俺の?」
首を傾げると、御堂さんはドカッと乱暴な動作で俺の隣に腰を下ろした。
いつもちょこちょこと可愛らしい動きの彼女らしくない。機嫌が悪いのだろうか。
「昨日、亀吉さん、言ったよな。誰からも受け取らないし、誰にもあげないって」
御堂さんが言っているのは、昨日のイベントの贈り物のことらしい。
言われてそういえばブラパからアイテムを解除していないのを思い出した。
……出来ることなら、ブラパから言われるまで忘れていたかった。
「あげたのを見てたなら分かるでしょう。城戦やるのに迷惑だからブラパがギルマスとして受け取ってくれただけです」
「そんな誤魔化しが通用するの、亀吉さんだけだろ」
「……辛辣ですね」
「そういう男が好きなくせに」
今日の御堂さんは敬語の入り混じった不思議な言葉遣いをする。
外側に合わせて性格も変えるタイプなのか。器用だ。
「ブラパさんのこと、本気で好きなのか」
疑問系ではない問いに、だから俺は答えない。
昨日も言った通り、彼女とはそこまで親しくないから。
ジリリ、と音がなった。
あと5人集まれば試合が始まるという合図だ。
「わた……俺は結構、好きな相手に執着するタイプでね」
聞いていないのに話し出す御堂さんに、このマイペースさはやはり顔の良さで許されてきたからだろうか、と失礼なことを考える。
長い脚を組み上半身だけこちらに身を乗り出してきた彼女──アバターは男だから、ここでは彼、か?──は、俺の顎の下を猫でもあやすみたいに指で撫でてきた。
「好きな人に自分を見てもらう為なら、結構なんでもやるんだ」
「…………」
それはとても、羨ましい性格だと思う。
皮肉じゃない。俺には出来ない。
好かれる為に出来るのはきっと、嫌われないよう大人しくしていることくらいだから。
好きな人に好かれる為に自分を変えられるこの人は、そりゃあ好かれるだろう。
チリーン、と鈴の音が鳴った。
試合が始まる。
「とりあえず、この試合で貴方……アンタ? お、お前? を、……ボコボコにして、惚れさせることにするから」
覚悟して、と囁いてくる御堂さんのアバターが、ロードで霞んでいく。
「……」
どんな答えを望んでいるのか分からなかったので、とりあえずにっこりと笑っておいた。
試合終了後、『続行』を選んでそのまままた待機ルームに飛んだ俺に駆け寄ってきた御堂さんの顔は真っ赤だった。
「ちょ、ちょっと、亀吉さん! アレなんですか!? あんなのアリですかっチートじゃないですよね!?」
「あんまり大きい声でそういうの言わないで欲しいです」
「アッ、すみませ……で、でもでも! あんな、あんなの……えっ? 亀吉さん、あんな事出来たんですか!? 今までの城戦でも見たこと無かったんですけどっ!」
興奮からかキャラ設定も口調も飛んでいってしまったらしい御堂さんの様子に、やはりこっちの方が彼女らしくて良いな、と勝手なことを思う。
試合は案の定、俺と御堂さんの2人が最後まで残った。
ブラパがスカウトしてきただけあって御堂さんはソロでも十分強く、というかチーム戦より動きが良かったような気もする。
城戦ではいつも周りをよく見て必要な所に収まる、オールラウンダーとしての仕事を適切にしているという印象だったけれど、さっきの試合では奇襲も織り交ぜつつ自発的にキルを取りにいく、とても好戦的なプレイだった。
俺はいつも通り──いや、いつも以上に隠れることを重視して、交戦中の他プレイヤーを漁夫の利で殺ったりと周りから殺意を集めまくる芋砂プレイを粛々と。
最後に俺と御堂さんの2人になってから、かねてから考えていた奥の手を披露した。
ブラパと連日練習した、全方位警戒からの一瞬だけ任意の場所の警戒を緩めて奇襲を誘うアレだ。
城戦がまだゆるい雰囲気だった頃はチーム戦での俺の知名度もそんなに無く、ブラパの弟子として警戒され始めた後はそもそも俺のところまで辿り着ける敵がいなくなってしまったから、実戦で試せたことはほとんど無かった。
同じギルドで何度も城戦をこなし、ある意味で俺のプレイスタイルをよく知っている御堂さん相手だからこそ通じた手だったともいえる。
何せ俺は、城戦中に狙撃以外でキルを取ったことは一度も無かったから。
「もーほんっとう、血の気引きました! ザァッて! ザアァーッて鳥肌立ちましたよあの瞬間! あ、死んだ、って思いましたもん! ゲームなのに! コロなのに!」
「褒めてくれるのは嬉しいけど、もう少し声は抑えて……」
「嫌です! 大騒ぎして、卑怯者をネットニュースに売ってやります! あんなことが出来るのギルメンにも隠してたなんて! そんなに王様になりたいですか!?」
「えっと……王様じゃなくて、お城の主? だったと思いますが……」
「どっちでもいいです! とにかくもう1戦! 次は絶対引っ掛かりませんから!」
キャアキャアした御堂さんの地声はよく響く。
周りで待機しているプレイヤーは何事かと見ているし、さっきの試合の顛末を観ていた数人は集まってコソコソと何かを話し合っている。
……よし、よし。
顔には出さず、胸中だけでほくそ笑んだ。
昨日の告知から今日俺が午後にインしてくるまでに、城戦メンバー全員がソロランキングで300位以内に入ってきていた。
一週間どころか、3日あれば余裕で100位以内に入ってくるだろう。
そんなに城の主になりたいかと聞かれれば別にそうでもないが、現時点で10位以内にいて予定も空いているのに棄権する理由もない。
だが魑魅魍魎が跋扈しているあのギルドの城戦メンバーの中で最弱は誰かと聞かれれば俺に違いなく、そして皆が俺の厄介さも知っている。
とすれば、このままだと彼らが真っ先に標的にするのは俺に違いない。
ちまちまと隠れて狙撃してくる、強くはないが鬱陶しい奴を落としてから……と考えるのは当然の流れだろう。
だからこそ、今日あたりこの奥の手を野良試合で見せ、警戒させたいと思っていた。
御堂さんの登場は予想外だったがちょうどよく、しかも想像以上に騒いでくれて大助かりだ。
狙撃しか出来ないと思っていた亀砂が、近付くと確殺の反撃をしてくる。
たったそれだけで、いや、たったそれだけだからこそ城戦メンバーには効果覿面だろう。
立ち回りを知り尽くしていたとばかり思っていた身内が、まだ隠し玉を持っていたのだ。
他のメンバーがそうだったとしてもおかしくないし、隠し玉が1つとも限らない──。
俺の狙いは、俺を知っているギルメン達を疑心暗鬼に陥らせること、そしてついでに俺への殺意の優先順位を下げることにある。
あと2、3戦もすれば目的は達成出来るだろう。
問題は、俺がその奥の手がバレた状態で、それでも涼しい顔でそれを再びやれるか、どうか。
チリーン。
鈴が鳴り、ロードが開始される。
「亀砂なんかに負けませんからっ!」
ビシッ、と指さし宣言してきた御堂さんに、好きな人に好かれる云々はどこに飛んでいっちゃったのかな、と苦笑した。
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