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46 告知

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 続けていくつも降ってくるのでまじまじと見てみたが、やはり雪のようだった。
 掌に乗ると一瞬だけ結晶の形を浮かべ、そして溶けて消えていく。
 室内マップなのにどうして降雪しているのかと首を傾げた直後、チロリン、という音と共にサブモニターがポップアップしてきた。
 新イベントの告知だ。

『ご機嫌麗しゅう、薄情な者共よ!
 真心を受け取っておきながら自らは何も捧げない腰抜けの貴殿らに、言い訳を与えてやろう。
 24時間以内に『特別な贈り物』をするのだ!
 相手は問わない。自分を飾る名前のひとつに返礼してやるもよし、高嶺の花に手を伸ばすもよし、はたまた心を持たない者に日頃の感謝を示すのも一興だろう。
 良いか、24時間以内だ。
 達成出来なければ──まあ、どうということはない。貴殿の冷ややかな心の内と同様に、外側も凍てつくだけだ。』

 出だしから罵倒され苦笑しつつロキ様の言葉を要約すると、どうやら『特別な贈り物』を受け取ったことはあるが誰にも与えたことのないプレイヤー限定イベントのようだ。
 心を持たない者、というのはおそらくNPCか。
 救済措置も分かりやすくて助かる。
 それにしても……。

「……真心……」

 宙に浮かぶ文面を指でなぞり、心がチクリと痛む。
 ブラパと俺は師弟の証として授受したけれど、運営ロキ様的にはやはりそういう使用用途の機能ではなかったのだ。
 アイテムにわざわざ贈ったプレイヤーの名前を表記するということはつまり、相手に好意を示した、相手にを捧げたと表明する行為なわけで。
 対外的に見れば、俺はブラパから言い寄られているように見えるのかもしれない。
 ふっ、と音にならない息だけの笑いが漏れた。
 馬鹿みたいだ。
 ブラパにそんな意図は無いと分かってるのに、ブラパ以外からそう見えているかもしれないことを喜ぶなんて。
 一つため息を吐き、気持ちを切り替えてマイルームからギルドルームへのドアを開けた。
 これから城戦前のミーティングだ。
 集中しないと鹿さんに叱られる。

「……わ」

 ギルドルームへのロードが完了し、表示された部屋のあちこちに雪が舞っていて思わず声が出た。
 珍しい機能だと思っていたのに、意外と普及していたのか。

「ちょっと、アンタもなの?」

 咎めるような声にそちらを見れば、呆れた顔の鹿さんが立っている。
 どうやら鹿さんの方が先にインしてイベントを確認していたらしい。
 鹿さんの周りには降雪していないから、貰ったことがないか、もう贈ったことがあるかのどちらかなんだろう。

「さっさと消化しちゃいなさい。あと5分でミーティング始めるわよ」
「え? これ、そのままじゃ駄目なんですか?」

 別に雪が降ってくるくらい城戦には関係ないだろうと思ったら、鹿さんはうんざりしたように近くに居た双子を指差した。

「当たり判定あるらしいのよ」
「へっ」
「あったヨ~」
「さっき2人で野良コロ行ったら、雪ダメでヒドゥン中にプレイアウトしたよ~」

 ゆらゆら双子は2人して両手で降ってくる雪の真似をして、それからパタンと同時に倒れた。
 ニコニコといつも以上に上機嫌そうな2人の周りには、しかし降雪の様子は無い。

「面倒だから贈り合ったらバフ入り称号出たし、ラッキーだったネ」
「ねー!」
「バフ入り称号?」
「そ。フィールド限定だけど、称号付けてるとお座り中のHP回復速度が+1%」
「贈り合った相手が半径1メートル以内にいると+3%に増えるんだって~」
「おお……」

 フィールド狩りをするプレイヤーにとってはなかなか有用な称号なのだろう。
 よくよく部屋を見回せば、雪はプレイヤーの周囲で頻繁に止んだり降ったりしている。
 フィールド狩りにいくいつものメンバー達で、それぞれ贈り合っているらしかった。

「そっか。別に、1人にしか渡せないわけじゃないんだ……」

 自分の意思で付け外しが出来ないというデメリットがあるから、大概は指輪やピアス、ネックレスのようなアクセサリー類で相談しているようだ。
 これはやだあれもやだと相手のインベントリを覗いて選ぶ人の横で、頭に雪を積もらせたエルフが「早くしてくれ」と二の腕をさすっている。
 双子は何を交換したのだろう、と口には出さず観察してみると、彼らは察したのかニンマリ笑みを浮かべて寝そべり状態から起き上がって、お互いの体を腕で隠すようにシナを作った。

「亀吉のえっち~」
「見せないヨ~」
「……」

 どうやら、見せられない位置にあるらしい。
 追求する気もなく、肩を竦めて鹿さんに視線を向けた。

「じゃあ、鹿さん。何か受け取ってくれますか?」

 俺のインベントリ内をサブモニターに映して鹿さんの前に差し出すと、鹿さんはキュッと目尻を強く絞って「はあ?」と言いながら即座にサブモニターを払い返してきた。

「なんでアタシなのよ」
「だって、城戦に影響するし、早くしないといけないんですよね?」
「アタシはアタシの選んだ物以外身に付けたくないの。お断りよ」
「……じゃあ、ごまさんか、笑顔さん」
「ヤダ」
「やーぁヨ」

 3人連続で受け取り拒否されてしまった。
 また部屋をくまなく見てみるが、他に知り合いの顔はない。
 ……城戦参加メンバー、いつも遅刻ギリギリだからなぁ。

「NPCに渡してくるので、少しフィールドに出てきま……」
「なんでそうなるのよ。一番てっとり早いのが居るでしょ、アンタには」

 意味が分からない、とばかりに鹿さんが手を振ってローディングドアを出す。
 その先は聞かなくても分かる。
 当然のようにブラパの部屋に通じているんだろう。
 けれど。

「ブラパは……ちょっと」

 これこれこういう理由で、これを受け取って下さい。
 そう言えばきっと、ブラパは受け取るだろう。「おう」の一言だけで、簡単に。
 だから嫌だ。
 俺の想いを、心を、すべてを、そんな簡単に、よくある作業のように受け取られたくはないから。

「フィールド行ってきます。街の雑貨屋のNPCとかでいいですよね、たぶん」

 通常マップに置けるローディングドアの位置と数は個人で制限があり、俺はよく使うA地区の繁華街前と雑貨屋前に置いているから、行ってアイテムを渡して戻るのにそう時間はかからないだろう。
 3分もあればきっと済む。
 ローディングドアを出してノブを握ると、横から怒ったような表情の鹿さんにシャツの首根っこを掴まれた。

「ああ、もうっ……! いいわよ、受け取るわよ! さっさと寄越しなさいな!」
「え? でも……鹿さんの趣味に合うような物、今持ってるかどうか……」
「いいから! 早く! さっさと渡してすぐ外せばいいでしょうが!」

 あ、それ、アリなんだ。
 てっきり渡したらイベント時間内は外せないものかと思っていたけれど、そういえばロキ様の告知にそんな制約は書かれていなかった。
 何故かひどく憤慨している鹿さんに急かされ、何か装飾品は無かったかとインベントリをスクロールしたが、出てくるのは過去に調合した薬や食べ物ばかりでなかなかアクセサリーが見つからない。
 日頃からちゃんと整理しておけば良かった。
 確か昔作ったピアスが、どこかにあった筈なんだけど……。

「『白詰草の指輪』? 可愛いもの持ってんじゃないの」
「え?」

 インベントリから目を上げると、鹿さんの長い指に白と緑の植物の指輪が巻き付いていた。
 左手の薬指に、白詰草の花が咲いている。
 掌をくるくる回して鹿さんは「まあまあね」と出来を検分し、それから手を俺の前に差し出してきた。

「ほら、早く外す。こんなのブラパに見られでもしたら……」
「俺に見られたら、なんだって?」

 割り入ってきた声にそちらを見ると、ちょうどブラパがローディングを8割ほど終わらせたところだった。
 ロードが未完了なのに歩くから、アバターが陽炎みたいに揺らめく。

「なんだ? 俺の悪口でも言ってたか? それとも……」

 半笑いで寄ってきたブラパが、鹿さんの指輪を見て言葉を止めた。
 そして、鹿さんの目の前に立つ俺へゆっくりと視線をずらしてくる。

「違うのよ、これは……」
「違います。それ、俺じゃないです」

 鹿さんはブラパに誤解されることを恐れたようだったが、俺はそうではない。
 本当に文字通り、それは俺が贈った物では無いのだ。

「は? じゃあ誰が……」
「……『白野 からの特別な贈り物』、って書いてあるな」
「白野ちゃん?」

 指を動かす仕草で、どうやらブラパは鹿さんの装備を覗いてアイテムステータスを確認したようだ。
 そこに書かれていた名前を聞いて鹿さんと俺が首を傾げると同時に、背後からか細いか細い声で「ごめんね~……」と聞こえてきた。

「何コレ? 雪だるま?」
「ダルマ~?」

 双子が走っていくのを目で追うと、そこには歪な細長い瓢箪ひょうたんのような形をした、雪の塊があった。

「ささ、寒くて……耐えられなくて……」
「ワ、これ人だ、白野だ」
「カチコチのシラノだー」

 喋る雪瓢箪を双子が叩くと、割れて崩れたところから白野さんの顔が現れる。
 唇を真っ青にした彼を見るなり鹿さんが走っていって、バサバサと全身を手で払い始めた。

「アンタ何してんのよ、どれだけ大量に贈り物貰いっぱなしだったらそうなるの?」
「いや……たぶん数は関係ないよ。1個しか受け取ったことないし、幸運値の方だと思う……くしゅんっ」

 マイルームやギルドルーム内ではダメージを受けてもHPが減らないからこそ、コロシアムのようにプレイアウトで再びロードも強制ログアウトもされなかったのだろう。
 ぶるぶると震える白野さんは鹿さんの出した大判バスタオルに包まれながら、「ほら、亀吉くんは他のプレイヤーより降ってる量が少ない」と推測の裏付けをするように俺を指差した。

「雪?」

 白野さんの言葉にブラパが俺を見て、それからチラチラとどこからか降り続けている雪の一つを掴んで眉間に皺を寄せた。

「新規イベントだヨ~」
「限定称号付き~」

 雪瓢箪ではなくなった白野さんに興味を失くしたのか、戻ってきた双子がロキ様からのイベント告知のスクショをブラパに投げる。
 それにサッと視線を通したブラパは、俺の上を仰ぎ見て、それから、俺に背を向けた。

「────」

 世界が一度、止まった。
 実際そんなわけはなく、ただ俺が呼吸を忘れただけ。
 そうは分かっていても、胸の痛みで目眩がした。
 俺に渡すな、と言っている。
 受け取らない、とブラパの背中が如実に語っている。
 こみ上げてくるものを息を詰めてやり過ごそうとした。
 喉の奥からせり上がってきた悲しみが、けれどどんなに押し殺そうとしても目頭まで登ってきて外に出ようとする。
 平然と受け取ってくれるだろう、なんて。
 思い上がっていた自分が恥ずかしかった。
 俺の恋なんてブラパにとって些細なことで、気にする程度のことじゃないから、だからきっと受け取るだろう、なんて。
 迷惑なのだ。
 俺の恋は、心は、ブラパにとって見たくもない、鬱陶しいものだから。
 一瞬たりとも身に付けたくなんか、ないのだ。

「あの、俺、フィールド行ってきま……」
「あっ! 居た居たタカヤさんっ、リンの特別な贈り物、受け取って下さい!」

 こんな人の多い場所でメソメソ泣くわけにはいかない。
 せめてブラパに迷惑のかからないところへ移動しようとしたところで、キンと響く声に引き留められた。

「み、ミド~さん……」

 はたして元気よく駆けてくるのは赤髪の少年だった。
 先日大学で邂逅してから、御堂さんはしょっちゅう話しかけてくるようになった。
 目の覚めるような美少女に懐かれるのは悪い気はしないが、周囲からのやっかみで疲れもする。
 メカクレという属性が好きなだけならといっそ前髪を上げて数日過ごしたりしてみたが、「モテだして陰キャが調子乗ってる」と噂されていると知り、やめた。

「タカヤさん、あの、イベントの」
「ごめんねミド~さん、ここで本名で呼ばないでね」
「あっ! そうでした! ごめんなさい!」

 やんわり諭すと、慌てて御堂さんは頭を下げて謝罪してくる。
 悪い子ではない。素直で真面目で、仔犬のように無邪気に懐いてくる様が可愛いとは思う。
 けれど……。

「……誰にでも教えんだな」

 ボソ、と横でブラパが呟いた。
 名前のことかと気付き即座に訂正しようと顔を上げて、けれどもうブラパは歩き出してしまっている。
 俺を置いて。

「ミーティング始めんぞ~」

 いつも通り、なんら変わらない態度で、けれどブラパは行ってしまう。
 振り返ってくれない。
 なにやってんだ、とか、早く来い、とか、そんな風にいつもみたいに、当然のように俺を横に置こうとしてくれない。
 ブラパの中に、俺の居場所が無くなった。
 きっとさっきの御堂さんの言葉で。
 ブラパにとって唯一まだ好ましい可愛さとして残っていた、『ブラパにしか懐いてない俺』という称号が無くなったから。

「亀吉さん、あの、亀吉さんにも雪降ってるってことは贈り物まだしてないんですよね? インする前にももちゃんが言ってたんですけど、この雪、当たり判定あるらしいんです。もうすぐ城戦始まっちゃいますし、だから贈る相手が決まってないならリンと交換、」
「しない。ミド~さんとはそこまで親しくない」

 俺がブラパだけを目で追い続けているのは見えているだろうに、健気な御堂さんは尚も俺に話しかけていた。
 抱えるように持っているのは、俺に渡したい『特別な贈り物』だろうか。
 可愛らしく、……可愛らしいからこそ憎しみが湧いてすげなく断って、そして目を見開いて驚く彼女の顔を見て後悔した。

「……ごめんなさい。誰にも渡す気無いし、受け取る気も無いので」

 今のは完全に八つ当たりだった。
 現実でとても美しい顔をしている彼女だからこそ、拒否されるだなんて考えたことも無いような押しの強さが羨ましくなってしまった。

「で、でも、城戦には出なきゃなので、俺は雑貨屋のNPCに渡してきますね。ミド~さんも、他に当てがあるなら急いだ方がいいですよ。遅刻すると叱られますから」
「あ、……はい……」

 罪滅ぼしみたいに優しげな笑顔を作って、極力柔らかい口調を心掛けた。
 これ以上傷付けないようにと思ったけれど、御堂さんは放心しているみたいな表情で小さく頷いただけだった。

「ちょっと白野ちゃん、これ早く外してくれないかしら」
「ごめん、それ呪いカースかかってて勝手に枯れるまで外れないやつで……」
「ハァ!? 何よそれっ、なんてもん渡してくれたのよ!」
「寒くて指がかじかんで……ごめんね?」
「甘えた顔で上目遣いするんじゃないっ! シバくわよ!」
「それで許してくれるなら、好きにしてくれて構わないよ」
「……ッアンタねぇ!」

 背後で鹿さんと白野さんが漫才みたいなやり取りをしていて、今ならさっと行ってくれば遅刻もあまり咎められないかもしれない。
 雑貨屋前に通じるローディングドアを出したと同時に、設定しているアラーム鳥がピヨリンと小さく鳴き、そしてチロリンとさっき聞いたばかりの音も鳴った。

「また新規イベント?」
「いや……告知みたいね」

 さっと顔を振ると、ギルドルームにいる全員が目の前を見つめていた。
 今回のイベントは一部のプレイヤーが対象というのではないらしい。
 反省部屋に移動しようとしていたらしいブラパも、ドアの前で双子たちと告知のポップアップを読んでいるようだ。

『やあ、城戦に参加する堅実な兵士たち!
 気付いている者もそろそろ少なくないかもしれないが、来週で最後を迎える城戦で最後まで城を保持したギルドには、その城を守る権利を与えるよ!
 そう、君達は憲兵になれるんだ! やったね!』
 
「……え? これだけ?」
 
 俺が呟くと、周りからも困惑の声が次々上がった。

「ちょっとー、告知見た?」
「何これ、憲兵? え、城が貰えるんじゃないの?」
「さすがにガッカリですねー……」

 誰も反省部屋の方に来ないからだろう、オルテガさんとマシューさん、地球さんが連れ立ってギルドルームに入ってくる。

「報酬目当てで保持してもいいけど、憲兵って何やんだろ」
「デイリーミッション系なら私やれないよ、現状インダンボス回しで手一杯だもん」
「憲兵……強き者、来なさそう……やる気無し……」

 続いて城戦メンバーがぞろぞろと顔を出して、しかし彼らの顔は浮かないものばかりだ。
 世界でも珍しい、A地区の城所有者だなんて夢を見ていたのに……肩透かしもいいところ。
 けれど、誰もブラパや鹿さんを責める人はいない。
 この中で一番ガッカリしているのは彼らだと分かっているからだろう。

「今日の城戦どーする?」
「いいんじゃね、適当で……今さら戦略立てたりしなくても、もう強いギルドなんてこなさそうだし」

 もう誰もがやる気を失くしている状態で、いっそ今週から城戦不参加でもおかしくない雰囲気だ。
 期待していた報酬が無かったのは残念だけれど……俺は、長らく見忘れていた、自分の所持コロシアムポイントをサブモニターに表示させた。
 2390ポイント。
 とっくに目標は達成出来ていた。
 ちょうどいい頃合いかもしれない。
 城戦に参加しなければいけない理由も薄くなり、ブラパとの関係も終わり……特にこのギルドに居続けなければいけない理由は無くなった。

「鹿さ……」

 この雰囲気の中でなら特に引き留められもせず、すんなり抜けられるだろう。
 そう判断し鹿さんに話しかけようとすると、またチロリンと音がした。
 今度は黄色のウインドウに太い赤文字で、目に痛いほどの強調した文面だった。
 ご丁寧にサブモニターの外枠は漫画で人が叫ぶ時のようなギザギザしたものになっている。

『おっとっと、忘れてた!
 もともと王城のあった空き地、あそこにそろそろ新しいお城を建てようと思ってるんだ!
 でも王族はもう別の土地に城を建てちゃったし……だから、そのお城の主を募集するよ!
 主だからね、当然1人だけだよ!
 来週のこの時間、ソロコロシアムのランキングで100位以内に入ってるプレイヤーで100人同時ソロ対戦してもらうよ!
 誰が主になれるかな? 楽しみだね!』

 ……ソロの、100人対戦。
 ごくりと唾を嚥下する。
 チームコロシアムには城戦という晴れ舞台があるのに、ソロに無いのはどうしてだろう、とはなんとなく思っていた。
 思っていたけれど、ソロだからだろう、とも思っていた。
 どのゲームでもソロモードというのはあまり主軸ではなく流行りもしないから。
 けれど、ここはロキワで、ロキ様にはそんな他ゲームの常識なんか関係ないのだ。
 さっきと打って変わって、ギルドルームが静まりかえる。
 何せ、ある意味でもう周りすべて敵といっていい状況となった。
 ほとんどの城戦メンバーはソロコロをやっていないが、一週間あるのだ。
 100位以内くらいなら食い込めておかしくない。

「……いや~、ソロだったかぁ。潜り込んだ甲斐が無かったな」

 誰が口火を切るかと互いに測っている中、のんびりと声を上げたのは白野さんだった。
 ……潜り込んだ?
 ギルドルームの視線を一身に集めた白野さんは、しかし平然と立ち上がって指を動かした。

「短い間だったけど、楽しかったよ。また来週会おうね、みんな」

 にこにこと笑いながら手を振る白野さんと対照的に、鹿さんは険しい顔で彼を睨みつけながら空中で何かを叩いた。
 瞬間、白野さんのアバターが消える。
 次いで、『白野 がギルドから追放されました!』とポップアップが流れた。

「え?」
「鹿姉?」
「なんで……?」

 あまりの唐突さに誰も事態を飲み込めておらず、鹿さんに注目する。
 ブラパですら戸惑っているらしく、「どういうことだ? どっかのスパイだったのか?」と足早に鹿さんの方へ戻ってきた。

「スパイっていうか……たぶんドラさんね、アレ」
「「「「「は!?」」」」」

 ギルメンのほとんどが驚きの声をあげ、鹿さんは眉を顰めてから疲れたように背中を丸めてため息を吐く。

「入ってきた頃から似てるな、とは思ってたのよ。けど、話すときの間の取り方が違うし、ドラさんにしては周りの人間に気を遣うから、きっと似た性格の他人かと……ううん、最初から隠す気なんて無かったかもしれないわね。ドラさんの嘘なんて見破れる自信無いもの」
「マジかよ……コロでもだいぶプレイスタイル違うし、俺が白野スカウトしたの、⭐︎5インダンの隠しボス討伐で野良パーティに潜った時だぞ? そんなたまたまDragOnさん引くか?」
「ドラさんだもの。特に理由が無くたって、面白そうで勝ち筋に繋がりそうなら何でもやるわ」
「……そういう人か」
「そういう人よ……」

 ぶつぶつと呟く鹿さんは、珍しく落ち込んでいるのか表情が暗かった。
 対DragOnさん用にと連れてきた隠し玉がDragOnさん本人だったらしいと知って、さすがのブラパも呆然としている。
 ガッカリから驚喜、からの愕然。
 ギルドルーム内の空気がコロコロと変わって、誰もが疲れたような顔でこれからどうしようとばかりに周囲を見回している。
 時間的には、そろそろ城戦が始まってしまう。
 参加するなら早くNPCに会いに行かなければならないのだけど、この空気の中やる気で準備するのもズレている気がした。
 本当に、どうしたらいいんだ。
 困りきっていつもするようにブラパを見つめていたら、彼は思い出したように俺を見て、視線が合って驚いたように目を逸らし、けれどすぐまた俺を見た。
 そして、チョイチョイと手招きするように指を動かす。

「……?」
「もう城戦始まるだろ。なんか寄越せ」
「え……」

 ブラパが言っているのは、『特別な贈り物』のことだろうか。

「良いんですか?」
「何でもいい。さっさとしろ」

 さっきはあからさまに渡すなという態度だったのに、時間が無いなら仕方ないとばかりに切り替えるのが合理的な彼らしい。
 ざっとインベントリをスクロールすると、さっき探して見つからなかったはずのピアスが目に入った。

「じゃあ、これで」

 アイテムの詳細を出し、サブメニューから『特別な贈り物として送る』を選び、相手のプレイヤー名を選択する。
 俺がはいを押すと、目の前のブラパも連打でYを押したようだった。

「……」

 ブラパはどうやら、耳に重みが増えたことにすぐ気付いたらしい。
 ウサ耳の下の人間の耳を撫で、一瞬目を細めたが何も言わなかった。
 続けて送ったピアスの強制固定設定を解除しようとブラパのアバター情報をサブモニターに開くと、無言のブラパに指を掴まれた。

「……」
「…………ブラパ?」

 もう触れてもらえないと思っていたから、急で驚いてしばし見つめ合ったまま固まってしまう。

「時間だ。行くぞ」

 何事も無かったような顔でブラパは立ち上がり、繋いでいた手も離された。
 VRここで体温が移るはずがないのに、指先は温かく汗ばんでいた。


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