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45 夢を作る側⑤

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「17時ね。退勤切るわよ」
「あ、はいっ!」

 鹿ルーさん──職場では『ルゥさん』と呼ぶように言われたが、発音的にはどっちでも分からないだろう──が椅子から立ち上がると同時に言うのに合わせ、作りかけだったモデルを即座に保存してクラウドに投げ込んだ。
 勤怠アプリを立ち上げ、一昨日受け取ったばかりの社員コードを打ち込む。

「あーっ、待って待って! これ、これだけどうにか……!」

 Cランクの社員島から走ってきた人が何かを抱えて叫びながらこちらに走ってきて、思わず振り返ってしまった俺の横から鹿さんが手を伸ばして『退勤』のボタンを押した。
 瞬間、視界が真っ暗になり、意識が遠のく。
 短い眠りから目を覚ますと、ドリームラボのポッドの内側が見えた。

「つ……疲れた…………」

 肉体的にはずっと横になって寝ていただけの筈なのに、現実で働いていたみたいに体全体がずっしり重い。トイレに行く為にポッドのドアを開けるのすら腕が痛みそうで、痛まないのが不思議なくらいだ。
 ふらふらした足取りで用を足し、またポッドに戻る。
 次はロキワにインするのだ。
 ケーディーキューの社内見学兼面接になってしまった日から、一週間と数日。
 あの日会った少年社員さんの口添えが効いたのか、俺はBランクとして働くことになった。ただし、アルバイトとして。
 これまで正社員か委託社員かの2択の形態でしか雇っていなかったらしいのだけど、現役の大学生を正社員として雇うのは勤務条件的に無理で、かといって委託社員には社内機密も扱うBランクの仕事は与えられない、ということで、特例としてアルバイト雇用が決まった。
 大学の授業優先で入れる日だけ入ればいいという有難い条件でシフトを組んでもらい、働き始めてから今日で3日目。
 鹿さんがBランクであることをあれだけ悪様あしざまに言っていた理由は、たった数時間で分かった。
 とにもかくにも、雑用が多い。しかもその雑用というのが面倒なものしかこないのだ。
 マキシ丈のチュールスカートの網目が一つも崩壊していないかの確認だとか、オーロラカラーのフリルをどの方向に曲げても屈折した模様が綺麗に出るようにテクスチャを調節するだとか、一番大変だったのはプリンセスラインのドレスに宝石──小指の先より小さなオパールとダイヤとパール──とスパンコールを貼り付けていく作業だった。普通ならある程度の大きさで丁寧に作ったものを全面にコピーするものだろうに、そのドレスのデザイナーのSランク社員さんが「柄のランダム感が可愛いやつだから絶対に必ず全面手動で作るように」という指示付きで投げてきた仕事だったので、鹿さんと2人で半ば発狂しそうになりながら作業した。完成品は確かに夢のような美しさだったが、しばらく目の裏に宝石の反射光が残像として焼き付いていた。
 から来る仕事はそんな調子で難易度も高く面倒で、逆にから来るのはただただ集中力と根気を必要とする面倒な仕事。
 面接の時にやらせてもらったようなおおまかな形を造る簡単な──あえて言う。あれは簡単な仕事だった──作業はひとつも回ってこないし、逆にデザインから造れるような花形の仕事も当然Bランクでは任せてもらえない。
 試用期間というのもあって鹿さんと共同で仕事をしているのだけど、鹿さんはさぞや文句タラタラなのだろうと思っていたのだが、意外なことに仕事中の彼はかなりの無口だった。
 ずっと顰め面でいつ毒舌が飛び出してもおかしくない表情をしているのだけど、俺がよっぽど的外れな質問でもしなければ唇は一文字に引き結ばれ退勤まで休みなく手を動かし続けている。
 本来のBランクはCランクの人たちと同じ大部屋で仕事をしていたらしいのだけど、鹿さんが「人が多いと集中力が切れる」と社長に直談判をして個室を用意してもらったとかで、面接の日に通された小雨の降る東屋で2人、ほとんど雑談することもなく仕事をしていた。
 正直、予想と違った、とは思う。
 思ったよりずっと大変で、疲労感もすごい。けれど良い発見もあった。
 面倒で疲れる雑用のような仕事ばかりだけれど、俺はそれが別に苦では無かったのだ。というか、これでお金貰っていいのかな? と思うくらい楽しかった。
 いや、面倒は面倒だ。それはそう。けれど、その面倒さの先に自分ではまったく思いもつかないような凄い物が出来上がるのだから、手間の掛けようもあるってもので。
 直接聞いてはいないけれど、きっと鹿さんもそうなのだと思う。面接の日だって、「人は最悪だけど仕事は最高」と言っていたし。
 ただそれでも、我慢が出来るのは就業規則で決められた勤務時間内だけらしく、鹿さんは毎回キッチリ17時に退勤する。初日にそれを知らず17時少し前に「今日中に、急ぎで」とCランクから投げられてきた仕事を受けてしまって、終わらせるまで「一個受けると俺も私もって次から次へ増えるの。少しくらい、が積み重なって終電になるの。今日やったら明日も、昨日はやってくれたじゃん、になるの」と延々叱られた。
 なので、昨日今日と鹿さんの退勤合図に合わせてすぐさま退勤することにしている。
 仕事を押し付け損なったCランクの人たちはあからさまに俺への態度を硬くしてきたが、上司兼教育係の指示通りにしているだけなのだから申し訳なく思うな、と鹿さんに言われたので気にしないことにした。
 誰も知り合いのいない会社で同じ状況になっていたらきっと良いように使われていただろうから、鹿さん様様である。
 ログインデータを変え、ロキワにインし直した。
 もう3月も半ば。
 そろそろ城戦についての続報が来てもおかしくない頃合いだが、なかなかロキ様からのアナウンスは無い。
 ブラパや鹿さんの予想では週末の城戦は残すところあと2回ほどだろうと言っていたのに、一体どういうことだろうか。もしかして、城戦の報酬としてA地区に城が貰えるなんて予想自体が間違っていたのだろうか……。
 つらつらと考えているうちにローディングが済み、マイルームにアバターが出現していた。

「……?」

 視界にチラッと揺れるものがある。
 ふわふわと左右に揺れながら落ちてきたものを反射的に受け取るように手を出すと、それは白く小さく、一瞬冷たかった。

「雪?」


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