賞味期限が切れようが、サ終が発表されようが

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44 夢を作る側④

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 そこから鹿花さんガイドによるケーディーキューの社内ツアーが始まった。
 まずは業務委託を含むランクC社員が働くルーム。
 そこでまず俺は衝撃を受けた。
 モデリングがすべて手動アナログだったのだ。
 特別な社内独自アプリを使っているとかで、まるで粘土細工でもするみたいに3Dモデルを練って造形し、そこに模様や触感、匂いなどのテクスチャを張り付けていく。
 しかもテクスチャは数千ものバリエーションがあり、このVRオフィス内で作業するなら業務委託スタッフでも使い放題。
 十数人が業務している中を見学させてもらったが、後ろから見える依頼のデザイン画はどれも一癖も二癖もある個性的な物ばかりなのに、作業している人たちは小物1つにつき15分ほどで完成させていた。
 中には手先がそれほど器用ではないのか、ざっと形を作ったらサブモニターに別アプリを立ち上げて数値を打ち込んで調整している人もいた。
 社員と委託ではデスクの島が別にはなっていたが、2つの大きな島の間に孤島があって、そこにいる1人のスタッフが両方からの質問に答えたり納品された物の確認をしたりしていた。
 ほとんどの委託は大まかな形を作るまでが仕事らしく、細かい装飾や色の調整、SEなどのブラッシュアップをするのは社員がやっていた。
 あまりの効率の良さに、今まで自分がやっていた作業はなんだったのかとうずくまって床を叩きそうになる。

「この環境でも月の納品数30は無理かしらぁ?」

 揶揄うように片眉を上げた鹿花さんに訊かれ、首を横に振りながら「とても余裕のある数です……」と小声で答えるしかなかった。
 VR内でのモデリングは、海外ではもう主流になりつつあるとネットの噂に聞いていた。
 が、ことデジタルな技術に関して特にガラパゴスなこの国では利用者のほとんどは若者なのに作る側の年齢層は年々上がるばかりだとかで、大企業に勤めるプロでも今だにパソコンからしか作っていない会社が大半だと就職課から聞いていた。
 だから俺もパソコンでやっていたのだけど……ああ、もう。
 こんな環境を目にしてしまったら、家に帰ってパソコンからちまちまマウスとキーボードでモデリングする気なんて起きないに違いない。
 苦な作業ではないと思っていたけれど、楽できるならしたいに決まっている。粘土細工ならこの謎のトンガリを指で押し潰して終わりなのに!!!! と地団駄踏んだのは一度や二度ではないのだから。
 ある程度の時間そのルームを見学させてもらって、あまりに俺が熱心に見ていたからか鹿花さんが「触ってみる?」と言ってくれたので、有難くアプリを使わせてもらって委託用のデザイン画を2つほどモデリングさせてもらった。
 デザイン画が綺麗なおかげで造形が泣くほどラクで、テクスチャも文字で詳細なイメージ指示が入っていたから迷うことがなかった。
 出来上がったモデルを抱えてジロジロと検査した鹿花さんは珍しく嫌味も言わず「合格」と言ってくれて、けれど俺が「ここに住みたい……」と呟くとゴミでも見るような目で蔑まれた。何故?

「戸谷ちゃん、これ次に投げといて。亀……じゃない、タカヤ? だっけ。次行くわよ」
「えっ?」

 俺の作ったモデルを孤島の人に渡した鹿花さんは、実務体験までさせてもらってもう大満足であとは帰るつもりだった俺の首根っこを引っ掴んで廊下に出た。

「えっと、鹿花さん、次って……?」
「うちの会社はね、役職が特殊なの。全社員がランク管理されてて、ランクによって仕事内容が決まってる」
「え、あ、はぁ……」
「今の部屋がランクCのルーム。業務委託と下っ端の社員がランクC。で、この廊下の奥のドア、全部に名札が掛かってるでしょ?」

 鹿花さんに促されて長い廊下の両脇に交互にあるドアへ目を向ければ、確かに大きく苗字らしき漢字やアルファベットが刻印されていた。

「うちのメインデザイナーは今5人。そいつらがランクSで、社長もそこに入ってる。もちろん実務もやってるわよ。で、ヤツらの信奉者の働き蜂がそれぞれ大体……3匹から5匹くらいかしら、そこがランクA。ランクSに指名されないとなれないから、成り上がりたいなら媚び売り頑張んなさァい」

 鹿花さんの言葉はいつにも増して毒だらけで、物理的に聞こえやしない空間だと分かっていても壁一枚隔てた向こう側の人達に怒られやしないかとこっちがヒヤヒヤしてしまう。

「えっと、あの、ランクBは……?」

 話を変えようと説明の中に出てこなかったランクは何処でどんな仕事をするのかと訊くと、鹿花さんはスッと目を眇めた。

「今日1人減ったから、残り1人ね。目の前に居るわよォ」
「ぁ……」

 どうやら今日飛んだ立村さんというのは、鹿花さんと同じランクBの社員だったようだ。
 会社を訪ねた俺の案内を引き継いだのはどうやら顔見知りだったからではなく、仕事内容が同じランクだったからなのかもしれない。
 鹿花さんは怠そうに後ろ髪に手櫛を入れながら八つ当たりでもするみたいに投げやりに壁を蹴りつけた。

「ランクBは雑用よ。上からも下からも雑用が飛んでくる、他の奴らがやりたがらないクッソ面倒で面白くない仕事ばっかりしなきゃなんない、貧乏くじランク」

 ランクCより給料の上1ケタが2つ数字上がるから耐えてるけどね……と地を這うような愚痴を吐いた鹿花さんに、フォローの言葉が見つからず脂汗をかきながらぎこちなく苦笑を作る。

「た、大変なんですね……」
「大変なんてもんじゃないわよッ、……あんた、これからまだ時間ある!?」

 あ、これ、長くなるやつ。
 瞬時に判断したけれど、今にも噛み付いてきそうな勢いの鹿花さんに否を言う勇気は無い。
 
「終わったらロキワにインしようと思ってただけで、他は特に」
「よし」

 相当に鬱憤が溜まっているのか、鹿花さんは据わった目で手を振るとローディングドアを出した。

「ここの中、現実みたいに作ってあるのに鹿花さんはドア出すんですね?」
「こっちの方が便利だもの」
「ルゥ!」

 目の前のドアノブを握った鹿花さんがそこを開けようとして、けれど呼び止める声を聞いてそっちを振り返った。
 廊下に並んでいたドアが開くと同時に、また「待って待って」と声がしておかっぱ頭の金髪の少年が顔を出した。
 ドアが開くより前に声が聞こえた気がするが、この空間はどんな構造になっているんだろう。

「ルゥ。さっきお前の名前で上がってきた鞄とヒール、お前が作ったやつじゃないよね? 誰?」
「こちらの方です」

 鹿花さんに用がある社員さんが来たらしいと一歩退いて待とうとしたのに、鹿花さんに背中をドンと突き飛ばされて1、2歩前にふらついた。

「えっ」
「ん? 誰? 委託でもないな。知らない顔だ」

 大きな猫目が特徴的な少年アバターの社員さんは顔の造作の丁寧さと対照的に服装は黒のTシャツにスラックスという、シンプルな格好をしている。
 急に前に出されて驚く俺の顔を覗き込み、彼は記憶を探るようにこめかみを叩いて首を傾げた。

「業務委託スタッフとして雇用予定で案内をしていました。社内アプリに興味があるようでしたので、私の権限で……」
「あー、いい、いい、細かいことは。雇うんだね? いつから?」
「詳細はこれから面談の続きをしてからになります」

 いつの間にかボイス設定を初対面の時のものに戻した鹿花さんは澄ました顔で少年社員さんに答えた。

「いつもながら仕事が遅いなあ」
「……」

 ピク、と鹿花さんのこめかみに血管が浮く。
 普段の鹿花さんなら10倍の嫌味できかないほど言い返しているだろうに、鹿花さんは少年社員さんより頭2つ高いところから彼を見下ろしてつまらないものでも見るような目で黙ったままだった。

「まあいいや。なあ、立村飛んだんだろ? ならBランクで雇いなよ。お前1人じゃ業務回せないっしょ」
「……それは、社長にお伺いを立てませんと。それに、この方…… TAKAYA.Kさんはまだ大学3年生だそうなので、正社員で雇うとなると……」
「あーあーあーあー、うるさいうるさい。細かいことは俺は知らない、聞かない、関係ない。tiriさんには俺からも言っておくから、最短で来させて」

 子供みたいな仕草で耳を塞いで鹿花さんの言葉を遮った少年社員さんは、さっと指を振ると宙にツイード生地のフラップバッグを出した。さっき俺がお試しで作った鞄だ。
 鹿花さんに合格を出されて喜んだけれど、知り合いではないケーディーキューの社員さんがどんな評価をするのかと思うと、緊張で口の中から水分が消えた。

「ステッチの取り方、模様合わせ、皺の寄りかた。すぐ分かる。お前とおんなじ、地味~~な雑用がだ~い好きな奴の仕事だよな。だからお前もすぐ上げてきたんだろ?」
「……」

 『地味な雑用が大好きな奴の仕事』。
 実際その通りではあるけれど単純な褒め言葉ではないのは少年社員さんの言い方で分かってしまって、ついでのように鹿花さんをも馬鹿にする悪趣味さに思わず顔を顰めてしまった。
 それを咎めるように斜め後ろから鹿花さんに背中を小突かれ、慌てて表情を取り澄ましたものに戻す。

「どのランクで雇うかは社長判断になりますが、入社までの手続きは出来る限り最速で行います」
「そうして。文字読めないCランの奴らに投げても仕事増やして返ってくるからうちの雑魚共Aランがキレてる」
「……伝えます」
「期待してないから伝えなくていい。俺のチームの雑用全部お前のクラウドに投げてるから、さっさと上げてよね」
「…………はい」

 ずいぶん一方的に話した少年社員さんは「じゃ」と片手を挙げると、もう用は無いとばかりにさっさと踵を返してさっき出てきたドアの向こうに消えていった。

「ふぅ~~~~…………」
「!」

 横から聞こえた重すぎるため息にビクッと跳ねると、顔中に『不愉快』と書いてあるような鹿花さんに「そのアバターでビクつかないで頂戴」と睨まれた。

「あっ、ハイ……」
「今ので分かったと思うけど。この会社、仕事は最高の環境でやれるけど、人は最悪よ」
「みたいですね……」

 数分前まで業務委託で雇ってもらう気マンマンだったのだが、今のやり取りを見てかなりその気が萎んでしまっていた。
 常に楽しく仕事をしたいなんて我儘は言わないけれど、あんな風に一方的に嫌味を言われてヒリついた関係の人たちと毎日関わり合わなければならないとなると不安でしかない。そもそも俺は人間関係が上手くないからこの職種を選んだのだし。

「まあでも、あいつら性格は最悪だけど、仕事はムカつくほど丁寧だから。イイモノ直接弄らせてくれるって点では、ここ以上に最短でスキルアップできる会社は無いでしょうね」

 鬱陶しそうに後ろ髪を片手でかき上げ、鹿花さんはドアの並ぶ廊下を睨みつけた。
 その悔しげな表情から、鹿花さんが反撃していなかったのはどうやらランクの上下だけでなくその仕事の腕も認めているからのようだと察する。
 最先端の環境で、有名な会社で実力者に囲まれて最短でスキルアップ出来る環境、かぁ……。

「……ランクBの雑用って、大変ですか?」

 気が付けば口をついて出ていた。
 鹿花さんはスッと目を細めてから、片方だけ唇の端を歪めて「そうねぇ」と笑った。


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