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43 夢を作る側③
しおりを挟む「適当に座りなさァい」
中身が俺だと知った鹿花さんはすぐにローディンドアを出し、そこに俺を押し込んだ。
トントン、と2回喉を叩いた彼の声はロキワで聞き慣れたいつもの煤けた色っぽい声で、どちらかの声はボイチェンを掛けているのだろう。
移動先は小雨の降る公園のようだった。
屋根のある木造の東屋の下で、2面が内向きのベンチになっていて、真ん中には丸テーブルが置いてある。
片側のベンチに腰を下ろすと、鹿花さんはその正面へ座ってまたぞろ深いため息を漏らした。
「えっと……あの、鹿花さんと会えたのはびっくりで嬉しいんですが、さっきも言ったんですが、俺、今日は立村さんと」
「立村は飛んだわ」
「……飛ぶ?」
脳内で頭にクエスチョンマークの描かれたスーツの人の背中に翼が生えて飛んでいった。
約束を忘れてどこか別の場所に行っているということだろうか?
俺がどう反応すればいいか迷っていると、鹿花さんは呆れたような半目になっておおげさに肩を竦めた。
「バックレた、ってことよ」
「ばっくれ……?」
「え、バックレも通じないの?」
「ぁ、いや、バックレ……る、は、分かります。バイトとかをすっぽかす、って意味ですよね」
現実世界でアルバイトをしたことが無いから実体験として直面したことはないが、高校や大学の同級生たちがそんな話をしているのを聞いたことがある。
バックレた側もバックレが発生して穴埋めしなくてはならなくなった側のも、結構頻繁に聞こえてきた気がするから、きっとそう珍しいことでもないのだろう。
「えっと、じゃあ今日の俺の約束って……」
立村さんがいなくなってしまったなら約束も無しになったのか。
安堵したようなそうでないような、いややはり安堵していた。
会社見学までしに来て断るのかよと詰め寄られたらどうしようとずっと不安だったから。
鹿花さんが指を鳴らすと湯気をたてる湯呑みが現れて、手の動きで勧められたので会釈して口をつけた。
ずず、と啜ると適温より少し熱いくらいの麦茶だった。
香ばしい匂いが鼻を抜け、舌に甘みが残る。
「立村とはどんな約束で来たの?」
花畑スーツの男と山吹色の湯呑みは不釣り合いかと思いきや、姿勢を正して茶を啜る鹿花さんの姿は背景を白く煙らせる雨のせいかピタリとそこに一枚の絵画を嵌め込んだようだった。
綺麗だ、と見惚れると、湯呑みの中から視線を上げた鹿花さんがくすりと笑う。
「ロキワでも思ってたけど。アンタ、本当に興味引かれると急に視野が狭くなるわよねぇ」
「……え? っと、視野……ですか?」
「この業界じゃ珍しくもないけど。逆にいえば、他の業界じゃやってけないわよ」
「み、耳が痛いです……」
「立村とはどんな約束で来たの? インターン? 正社員雇用? 確か大学生だって言ってたわよね」
「あ、いえ、あの、業務委託のお話を頂いて……けど、納品量が無理そうなので減らしてもらえないか、出来なければお断りするつもりで……」
「委託ね。納品数はいくつで提示してたの?」
「えっと、月に……」
宙にモニターをいくつか出した鹿花さんは俺から聞き取ったことをそこに打ち込んでいく。
どうやら立村さんとの約束は鹿花さんが引き継いでくれる雰囲気らしい。
業務委託を誘うメールは立花さんの方から来たこと、大学の授業もあるから生活を考えると納品数が満たせそうにないこと、それでもケーディーキューからの仕事を諦めきれずに今日交渉に来たことを伝えた。
鹿花さんはいつものアバターではないけれど仕草はロキワそのままで、長い脚を組みながらなめらかな仕草で自分の顎をすいと撫でた。
「今、ポートフォリオとかある? 立村のやつ、今日の今日急に飛んだから会社の個人用クラウドの中のデータ出せないのよ」
「はい。現物出しますか? データで送りますか?」
「どっちも頂戴」
俺のポートフォリオのアバターは小物が多く、一番大きくても直径80センチ程度のゾウガメだ。
全部ここに一気に出しても大丈夫だろうと現物を手動で取り出しつつサブモニターでクラウドを開いてデータを鹿花さんに送ると、彼は送られてきたデータと現物をひとつひとつ照らし合わせ観察し始めた。
目の前で自分の作った物を評価されるのは初めてでやおら心臓がドキドキしてきて、膝の上でぎゅうと拳を握った。
「……ちょっと。未來の顔でそんな表情しないで。気持ち悪いわ」
「あ、すっ、すいません」
緊張で情けない有様だったんだろう、鹿花さんに叱られて慌てて顔に力を入れて顰め面を作る。
鹿花さんはそれを見てぷっと噴き出し、「ヘタクソ、全然違うわよ」と笑った。
「すみません……」
「それにしても……一回しか会ってないのに、本当に出来が良いわね。最初社内だっていうの忘れて、アイツが来たのかと思っちゃったくらいよ。よっぽどずっと見てたのねェ?」
待合ホールで対面した時の鹿花さんが怒った様子だったのは兎村さんの皮を勝手に使う不審者が現れたからだったようだ。
現実でも親しいらしい彼が俺の作った兎村さんの完成度を誉めるのを、複雑な気持ちで笑って頷いた。
「好きな人って、どうしたって見ちゃうじゃないですか」
視線を剥がす方が難しいでしょう、と頬を掻くと、鹿花さんはどうしてかキョトンと目を丸くして、それからぐしゃぐしゃと頭を掻き毟った。
え、なんだ、急に?
「あの、鹿花さん……?」
「なんでもないわ。なんでもないのよ」
どう見ても何かあるんだろうが、鹿花さんがそう言うのだから詮索はしない。
空気を変えるように咳払いをした鹿花さんは俺の作ったアバターの中からヒツジのぬいぐるみを持ち上げて、そして言った。
「正直、業務委託を頼む人材として社の合格ラインに届いてない。立村がどうしてアンタにわざわざ連絡を入れたのか、現物だけじゃ分からないくらいの、素人丸出しのシロモノばっかり」
「……ッ」
鹿花さんの成果物はブラパのマイルームでさんざ見てきたから彼の腕もこだわりの強さも知っているし、性格の苛烈さも歯に布着せぬ言いようも慣れている。
絶賛されることは無いと覚悟していたが、想像よりずっと悪い評価に急激に体温が下がっていく気がした。
唇を噛み、けれど兎村さんの皮なのを思い出して俯くのを耐えた。
兎村さんはきっと、どんなに辛くても下を向いて自嘲の為に笑顔を作ったりしない。
それでも鹿花さんと視線を合わせ続けることまでは出来なくて、彼のシャツの首元を睨んでいると「でも」と出していたサブモニターを俺にも見えるように透過させて指でつついた。
「データ見れば分かる。アンタ、今だにパソコンでデータ作ってんのねェ?」
呆れたような、面白がるような。
鹿花さんの声は城戦の後の反省会の時のような叱る色で、……つまりは、これから駄目出しと改善策の説教が始まるということで。
思わず姿勢を正すと、鹿花さんはスッと立ち上がり、掌を上向けて指で立ち上がれと示してきた。
「行くわよ。最前線の会社がどんな環境で仕事してんのか、見せてあげる」
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