賞味期限が切れようが、サ終が発表されようが

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42 夢を作る側②

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 現実なら店員もいるのだろうが、ここでは呼出コールされない限り出てこない。
 たくさんの客が店先を賑やかし、思い思いに試着を繰り返し楽しんでいる。
 人、人、人、獣人、人、異形頭の人、ケモ、ロボ、人。
 ここにショップを置けるような会社に勤めれば、これだけの人が自分の作った物を見てくれる──…………。
 ごく、と唾を飲み込んだ。
 委託を断りに来たのに、この光景を見ると心が揺らいでしまいそうで。
 視線を足元に向け、早足で目的地へ歩を進めた。

 ケーディーキューの外観は周囲のショップに比べると一段彩度が落ちた独特な雰囲気だった。
 他の店に並んでいるような衣装を着たトルソーは無く、コンテナ打ちっぱなしの外壁は緑みの灰色。
 店先から続く床材は艶のある黒い大理石で、入り口ドアは開かれているがそこを照らす2対の白いスポットライトがまるで客を選別しようとしているように見える。
 招かれた身でなく買い物に着た身だったなら、ここから様子見だけして入るのは次にしようとでも思ったかもしれない。
 尻込みしそうになる自分を叱咤し、膝に力を入れてドアをくぐった。

「……っ」

 途端、首筋を涼しい風が通り抜けた。
 後ろで結んだ髪の毛先が揺れ、ふっと目線を上げると目の前にしゃぼん玉が飛んでいた。
 ふわふわと揺らいでいたかと思えば、すーっと飛んでいく。
 その次に目に入るのは無数の笑顔。
 店内は外観と真逆に眩しいほど明るかった。
 店内に飾られた服飾雑貨は原色から徐々にシックな色合いへ続くグラデーションになるように配置されているらしく、俺のいるあたりはまるで南国のような元気なアバターたちに客らが目を輝かせていた。
 決して安っぽくはないが、高級店に慣れていない人間にとっても居心地の悪い場所ではない。
 空気感のバランス調整が上手い、と感心していると、一羽の妖精が飛んできて俺の前で気を引くようにくるりと一回転した。

『いらっしゃいませ、お客様。サポートが必要ですか?』

 入口で立ち尽くしていたからNPCスタッフが現れたようだ。
 視界の時刻表示が予約時間の7分前になっていたので、店内をうろつくのは諦めることにした。

「11時に立村さんとお約束しているTAKAYA.Kです。案内をお願いできますか?」
『TAKAYA.K様ですね。……ご予約の確認が出来ました。立村を呼び出しますので、待合ホールへご移動の後、少々お待ち下さい』
「はい」

 妖精がくるくると飛んだかと思うとローディングドアが出現したので、開いて移動するとそこは一般に想像される通りの『待合室』という内装のルームだった。
 薄緑の毛足の短い絨毯に、ナチュラルホワイトのファブリックソファが何組か置かれている。
 木目模様の額縁には波打ち際で遊ぶ犬と子供を描いた水彩画が入っていて、ご丁寧に壁際には少し葉先の枯れた観葉植物の鉢と日に焼けて色のくすんだ空気清浄機まで置いてあった。
 地味だがバーチャルだからこその現実感を重視したデザインに、ここを作った人とは気が合いそうだ、と思いながらソファに腰を掛けた。
 ハンドモーションで鏡を出して身嗜みに乱れが無いかさっと確認する。 
 黒く小さな三白眼に鷲鼻。パーマのかかった黒髪はハーフアップで、耳にはシルバーの重そうなピアスが5つ。
 貫禄のある巨躯の上に乗った顔が緊張した目をしているのに気付いて、目頭にくっと力を入れて眉間に皺を作った。
 ……そう。今日のアバターは、ブラパを──いや兎村さんを模して作ったものだ。
 モデラーとして会社見学をするのにこだわりの見えない簡易な配布アバターで行くのはどうかと思ったが、人間の容姿にこだわりを持って作れるほど愛着を持ってもいない。
 亀吉を人間サイズまで大型化させることも一瞬考えたのだけど、世界ワールド設定がアバター同士が触れ合える設定だった場合に移動で甲羅が邪魔になるかも、用意された椅子に肘掛けがあったら座れないかも、など細かい不安が尽きず、何になら愛と執念を持って作れるだろうかと考えながら手を動かしていたら、いつの間にか兎村さんの原型が出来上がっていた。
 本来実際の人間そっくりのアバターを作るのは肖像権とか色々でよろしくないのだけど……使うのは今日の数時間だけですから、と心の中で鏡に向かって言い訳をする。
 しっかりした眉と目尻が鋭く上がって、俺の表情かおなのにまるで責められてるみたいだった。
 鏡を消し、呼吸を整える。
 勝手に外見を借りた罪悪感はあるけれど、強そうな兎村さんのおかげで逃げずにここに来る勇気が出たのも事実で。
 実際触った時より少しだけ柔らかく作った腹の膨らみを大麻柄のシャツの上から撫で、コスプレもこういう気分になるんだろうかと場違いなことを考えた。

「…………」

 待機ルームには他に人はおらず、遠くで鳴るようにオルゴールのクラシックが流れていた。
 5分待ち、10分待ち、……15分経ったあたりから不安になってきた。
 予約の時間は過ぎている。
 ただ忙しいのなら良い。
 営業時間内だし、急な顧客対応とかなら。
 しかし、もし俺の今日の訪問が先方にとって好ましいものではなく、ただの社交辞令だったのに真に受けてしまった俺の愚行だったとしたら?
 本当に来たのかよ、と鬱陶しがられて後回しにされているとしたら……申し訳なさすぎる。

呼出コール、案内妖精」
『はい、お呼びでしょうか?』
「あの、立村さんに、お忙しいようならまたの機会でも構いませんとお伝え……」

 NPCに伝言を頼もうとした瞬間、部屋の隅にローディングドアが出現し、人が現れた。
 輝く水色の長く豊かな髪に、人間離れした美貌の──筋肉質な、男性。
 萌葱色の布地に大輪の向日葵が咲いた派手柄のパンツスーツで、髪の色と相まって突然花畑が出現したように見えた。
 さらに彼の周りに何か飛んでいるなと視線を向ければ、それはアゲハ蝶だった。
 鱗粉にラメが混じったように軌跡がきらめき、しかもその蝶は時折スーツの中の向日葵へ止まって羽を休めるのだ。
 服からアクセサリーへのシームレスな移行に目を剥いて凝視していると、スーツの男性は俺を睨みつけたかと思うと高いヒールを叩き折りそうな勢いでこちらへズンズンと歩み寄ってきた。

「ちょっと。どういうつもりです?」
「へっ? えっ……?」
「やっぱり違う……。貴方、どなたです? どういうつもりでそのアバター使ってるのか、お聞きしても?」

 言葉自体は丁寧だが語気は強く、俺を強く非難しているのはその表情からも明白だった。
 理由は分からないが、俺の着てきたアバターが非難されているらしいというのだけは辛うじて察して首を傾げた。

「えっと、すみません、俺……私、本日立村さんとお約束してるTAKAYA.Kと申します。このアバターは私が作ったもので、」
「名前なんてどうでもいい。どうしてそのアバターなのかを訊いてるんです」

 お前は誰だ、と聞かれた気がしたのだけど気のせいだったらしい。
 腕を組んだスーツの男性は神経質そうに指で自分の肘を叩き、嫌悪あらわに俺の顔を指差した。

「ど、どうして……と言われても…………自作の人間の形をしたアバターで一番よく作れたものなので……」

 俺的ナンバーワンというよりオンリーワンなのだけど、今それは関係無いだろう。
 美しいアバターを纏った人だから、美しくないアバターが会社内に入るのが嫌なのだろうか。
 ……いや、なんだそれ。失礼過ぎるだろ。
 確かに兎村さんは世間一般の美の基準からは少し逸れているかもしれないが、そんな些細な好みの問題で初対面の人間を責めるなんて、どういう了見だ。
 段々腹が立ってきて、けれどここで騒ぎを起こしたら俺を呼んだ立村さんに迷惑が掛かってしまうかもしれないのでグッと唇を噛んで耐えた。

「一番、良く作れた? が?」

 スーツの男性が訝しげに呟く。
 兎村さんの皮を笑われでもしたらカッとなってしまいそうだと思ったが、幸いなことにそうはならなかった。
 彼は細めた目で俺を上から下へ品定めするように見つめ、それから急に目を見開いて一歩後退りしたのだ。

「……まさか、亀吉ちゃんじゃないわよね」
「…………え」

 急に口調が変わって、それに妙な聞き覚えを感じて息を飲み──ハッとして、震える指で控えめにスーツの男を上から確認するように宙をなぞる。
 女性的な線の細い綺麗な顔に、筋肉質な男性の体。
 兎村さんの現実の顔を知っていて、俺を『亀吉ちゃん』と呼ぶ人。

「鹿花、さん……?」

 まさかと思いながら呟くと、スーツの男性は俺の人差し指を上からぎゅっと握って「人を指差さない」と複雑そうな表情でため息を吐いた。


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