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41 夢を作る側①
しおりを挟むドリームラボの筐体のハッチを開け、ふかふかのシートに寝転がりながら内側から閉めた。
手荷物を足元の方へ押し込み、腕の端末に挿しておいたusbメモリを抜いて筐体の規定の位置に差し込む。
3インチほどの簡易モニタで中身を確認し、持ってきたデータに間違いが無いことを確認してからトラッカーのコードを伸ばして1本を手首に貼り付けた。
もう1本のトラッカーをこめかみに貼り付けると自動的に起動シークエンスが開始されてしまうので、その前にと深呼吸する。
「大丈夫、大丈夫……」
自分に言い聞かせるように呟く。
今日はこれから、ケーディーキューのVRオフィスへ行くのだ。
あれからさんざ悩んだ末、対人恐怖より憧れの会社への好奇心が勝ってオフィス見学への誘いに是非と返事をしてしまった。
アバターはご自由に、と言われたものの、モデラーとして声を掛けられたのに半端な作りのもので行けるわけもなく、あちらから提示された日時までの10日ほどをほとんど寝ずに仕上げたデータを持ってきた。
現実の体の、目の下の重いクマを見られずに済むのはVRの利点だろう。
グッと拳を握り、緩めて開く。
大丈夫。今日は採用面接じゃない。
業務委託を断るついでに行くんだから、もしこのアバターの出来を笑われたとしても、それだけケーディーキューという会社の敷居が高かったと知る経験になる。
それだけ。それだけだ。
トラッカーの先端の粘着性のある部分を睨みつけ、もう何度か深呼吸してから意を決してそれをこめかみに押し当てた。
『トラッカー装着を確認。起動を開始します。手足を所定の位置に置き、呼吸を整えて下さい。目を閉じ、アナウンスと一緒に数を数えて下さい。いち、に、さん、……』
『──初回ログインを確認。ようこそ。ユーザーネームはアバターデータのファイル名でよろしいですか?』
「……いいえ。ユーザーネームを任意に入力します」
ログインに伴って現実で落ちた意識がVRで起こされる瞬間は、いつも不思議な感覚だ。
ふわついた意識を欠伸で飲み込み、エアキーボードで『TAKAYA.K』と入力する。
モデリングの仕事を請け始めた当初から使っている仕事名。
アングラとか18禁系を扱わないモデラーは本名を使うのが主流だけれど、俺の場合は現実で本名が読み違えられ過ぎて辟易していたのでローマ字表記に落ち着いた。
ユーザーネームの登録をかけると、数秒のロードが入り、それから改めて歓迎のジングルと花弁が舞う演出が入り、それと同時に世界のスポーン位置に立っていた。
真っ白のアスファルトで舗装された一本道はアバターでごった返し、その通り沿いには霞みがかかるほど遠くまでビルが並んでいる。
ケーディーキューのオフィスがあるこの世界は、生活したり冒険したりという所謂『ゲーム系』の世界ではなく、アバターを売る店舗だけが集結した『ショッピングモール系』だ。
ゲーム系世界が基本プレイ無料なのに対し、モール系は出店するとかなり高額な場所料金が請求されるから、こういう世界に店舗を置けるのはかなり儲かっている会社じゃないと無理だと聞く。
俺のように細々とやっていければ……と思っている個人モデラーには縁遠い世界だ。
スポーン位置に近ければ近いほど地価が高いらしく、なるほど店頭に書かれた対応世界の名前は常時接続何百万人クラスが並んでいた。
ロキワはせいぜい同接50万ほどだろうから、ロキワ特化の店舗があるとすればかなり遠くの方だろう。
ちょっと覗いてみたい気もしたが、視界の端の時計が予約時間に差し迫っているのを見て諦めた。
オフィス見学を終えてまだ、気力が残っていたらブラついてみよう。
そう決め、足早にA-32を目指す。
JVRAC、新日本デラウェイ、(株)ピオーネ、くいにーぷる、mascadoll──大手企業ばかりが並ぶ一等地は、立ち止まらず歩くだけで精一杯だ。
現実では重みで到底歩けそうに無い遠目で見ても分かる極上生地の十二単から、星を閉じ込めたヒール靴、虹色のもちもちした跳ねる謎の生き物。
思わず目を惹かれて見に行ってしまいそうになるのを我慢して進む俺の横で、どれだけ外気に晒されようが日に焼ける心配の無いアバターたちは街路に面したビルの入り口に堂々と飾られ、群がる人たちが楽しそうにくるくると回して仔細まで観察している。
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