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36 芽吹いたということは、根付いてしまった後だということ
しおりを挟む煽るようなブラパの言葉に、ギラリと皆の目が光る。
そして直後、無言のままザッとたくさんの手が挙がった。
そのどれも既存メンバーのもので、新入りさんたちは驚いて目を丸くしている。
「笑顔プレィ、ごまだんご」
ブラパが指名すると、一つの椅子に2人で座っていた笑顔さんとごまさんが同時に立ち上がった。
「俺たちが防衛なの納得いかないヨ。HAYATOと亀外して俺たち入れた方が勝率高くなると思う」
「思うー」
ふわふわ双子は相変わらず可愛らしい顔でゆらゆらしつつ、けれど戦意高くそう断言する。
HAYATOさんはともかく、彼らのどちらか単体でも俺より強いのは実際そうだろうと思うので肩をすくめるが、即座に後ろから腰の辺りを叩かれ「背中丸めんな」と小さく叱られた。
「他のチーム……いや、DragOnさんが相手じゃねえなら、そうする。つーか、それなら白野も連れてこねぇし鹿花も抜く」
「えっ……」
鹿花さんにそんな事を言っていいのかとギョッとしたのは俺だけではなく、双子と地球さんも顔を強張らせて思わず鹿花さんを見たのだけど、当の彼は僅かに眉を吊り上げただけで何も言わなかった。
「他ギルドからわざわざ引き抜いてきたくせに、ひどい言い様だなあ」
まだ立ったままの白野さんが腕組みして苦笑すると、ブラパは「金詰んだだけでアッサリ移籍決めたろうが」と鼻で笑う。
深い紺色の短髪を揺らし、白野さんは銀色の着流しの懐の中で腕を組み直しながら黒板に背中を預けるように寄りかかった。
「いくらあっても困らないのがお金の良い所だよね」
「払った金の分は働いてもらうぞ」
「残業代は別途貰えるんだよね?」
「業務委託だから勤務時間は俺の知るトコじゃねぇな」
「うわあ、ブラック~」
ポンポンとテンポの良い会話から察するに、ブラパと白野さんは少なくとも初対面ではないようだ。
俺の知らないブラパの交友関係にモヤりかけ、しかし頭を振ってそれを飛ばす。
どれだけ親しくしようが、どうせVRの中だけの関係。
いつ終わるかも分からない関係に深入りする必要はない。
「DragOnさんはマジで超能力でもあんのかってくらい人の癖を見抜くのが上手い。2回当たればほぼ確実にどんな戦い方する人間か理解して対策してくる。だからあの人に勝とうと思ったら、あの人と戦った事のねぇ奴を入れる方が良いんだ。お前らは確かに強いが、何度も当たって基本戦法がバレてる。白野は他世界でPVPやってたがコロシアムは未着手で、亀はなんでかDragOnさんの方が面白がって当たらねぇようにしてる。HAYATOを入れたのはアクシデントへの対応が早いから。どんな状況下でも勝ち筋を探す鹿花の根性は他の奴じゃ代替不可。……以上。対DragOnさんを考えるなら、この編成が一番勝率が高いと俺は判断した」
ブラパがチームメンバー選定の理由を話すと、双子は口を尖らせつつも椅子に腰を下ろした。
次いで、挙がっていた腕の数本も同時に下ろされていく。
「マシュー、オルテガ、トング。手ぇ下げたなら異議無しってことだな?」
「まあ、しょーみ激アツ大舞台は羨ましいけど、俺のせいで負けたらって思うと胃が痛くなっちゃうし」
「異論が無いことも無いけど、そういう理由なら納得するしかない」
「なんで俺だけフルネームで呼んでくれないんですかーBLACK LAPINせんせー」
「長いからだよトングカチカチ(威嚇)さん」
わざと名前を呼び違えたトングさんにブラパが何か投げ付けたが、トングさんは予想通りと言わんばかりに軌道上に頭を突き出し、大きなアフロヘッドに何かが刺さるモスッという音がした。
「地球。まだ何か不満か」
「いやあ、ボクもDragOnさんと当たったこと無いからぁ。スナイパーが必要なら、まだまだボクの方が上手いんじゃないかな~?」
これまでの城戦では出なくて済むならその方がいいとばかりに喜んで俺に枠を譲ってきた地球さんがそんな風に言い出すとは思わず目を丸くする。
確かに、DragOnさんと当たったことが無いという条件が同じなら、地球さんを入れた方が良さそうな……。
「あ、じゃあ地球さんと俺交代で……ウッ」
「…………」
また後ろからブラパに背中をどつかれ、嫌々振り向けば額に青筋を立てたブラパが満面の笑みを浮かべていた。
「……横暴なギルマスのご機嫌取り、俺より上手に出来ます?」
「あー、それは無理かも~」
「おい。それだと俺が贔屓でメンバー決めてるみたいだろうが」
「実際そうでしょうが」
「違うっつの」
「じゃあなんで地球さんじゃなくて俺なんです? 戦績なら確実に地球さんが上じゃないですか」
「だからそれは……この前言ったろうが」
言葉を濁したブラパに一瞬首を傾げ、そして思い出す。
「ブラパの応援する為に入れってんですか!? 贔屓以外の何物でもないじゃないですか!」
「うるせぇな! 少しでもバフかかるならその方が良いに決まってんだろうが! 俺がDragOnさんに勝てるようにせいぜい讃え続けてろ亀砂!」
「あっ、そう呼ばれるの嫌だって何度も言ったのに! いいですよ誉めまくってやりますよブラパ以外をね!」
「あ゛ぁ!?」
「うるさい!」
「イッ」
「うっ」
ぎゃいぎゃい言い合いを始めた俺とブラパの前に鹿花さんが寄ってきたかと思えばゴンゴンと連続でゲンコツを落とされた。
口撃は鋭い鹿花さんだが鉄拳制裁は初めてで、涙目で黙ると白野さんが「トリックスター2枚は確かに面白い編成だねえ」と呟く。
「トリックスター……?」
聞いたことはあるが意味を知らない単語に首を傾げると、白野さんの目が俺に向き、けれど彼はニコッと口角を上げただけだった。
「コイツがトリックスターになれるかはまだ賭けだがな」
「……俺?」
「いいね、それ。不確定要素はあればあるほど楽しいからね」
白野さんとブラパは分かり合っているとでも言いたげに肝心な事を何一つ話さず、ムッとしつつ俺の知識が足りていないのが悪いのかもしれないので口を噤んだ。
「とりあえず一回座ってもいい?」
床に付きそうなほど長い緑色の髪に白い猫耳とチャイナ風味の赤黒ロリィタ服の少女が挙手しつつそう言ったので、鹿花さんが「そうだったわね」とみんなに手ぶりで着席を促した。
「好きな席に座っていいわよぉ。ラスト1回はさっき言った通りのチーム分け。それ以外はその日インしてるメンバーで適当に組むから、大体の戦闘傾向から席分けしようかとも思ってたんだけどぉ……ちゃんとメンバーの紹介しちゃおうかしら。彼女は『ももももももも』。ももちゃんで良いわよね?」
「うん」
猫耳チャイナロリィタ少女が一番廊下側の席に着くと、他のまだ立っていた人たちもそれに倣って各々好きな席の椅子を引いていく。
「はるるちゃん」
「んー」
鹿花さんに呼ばれて返事代わりに手を挙げたのはスレンダーな水着姿の女体にかなり旧型のロボット頭がついた人だった。
ブリキなのか薄い金色をした四角い頭部に、豆電球が入っていそうなプラスチック製の目と、開閉不可のハリボテの口。そこから出てくる声はノイズが乗ったようにザラザラした音で、けれど高く可愛らしい。
「はるるだよ、よろしくね~」
「次、ミド~リンちゃん」
「よろしくです。ミドウでもリンでも、好きなように呼んで下さい。本名なのでどっちでも呼ばれ慣れてます」
真っ赤なツンツン髪をした、漫画なら確実に主人公な少年が丁寧な挨拶と共に頭を下げる。
見た目は中学生くらいの男の子だけれど、声は落ち着いた女の人。襟付きシャツのボタンが首元までキッチリ留められ、その裾も弛ませず半ズボンにしまわれているのを見るに、中の人は相当几帳面なようだ。
「本名って……たまにいるけど、すごい度胸ね」
「いやー、一周回って匿名性が高い気がしませんか?」
「本名ですって宣言したら意味ないのよ」
「……確かに!」
鹿花さんに言われて初めて気付いたように手を叩くのを見て、几帳面だけど抜けている人だ、と勝手に親近感が湧く。
「私はロニソキンです。どうぞ、ロニと呼び捨てで呼んで下さい。私なんかに話しかける事なんか無いでしょうけど。ハハッ」
自分から名乗ったロニソキンは、黒いスーツを着た青白い顔の中年男だった。
痩せ型の肩を丸め、首から下げた社員証らしき物を片手で弄りながら卑屈に笑う姿は正直ちょっと不気味だ。
姿を自在に変えられるVR世界でこの格好をあえて選んでいるのだから、物言いからも薄々分かるが相当な変わり者らしい。
「それじゃあ、今度は既存メンバーの紹介ね。呼んだら立ちなさぁい」
鹿花さんはロニさんの言動に眉を顰めつつも、スルーを選んだ。
ブラパから順に、元・攻撃チーム、防衛チームのメンバーの名前が呼ばれ、起立して得意武器や戦術を答えていく。
注目されるのが苦手でいつ自分の順番がくるのかとドキドキしていたが、俺の名前が呼ばれるとブラパが「知ってんだろ」と答えて新入りさん全員が半笑いで頷いたので免除になった。
ホッとした反面、彼らが知っているのがこのギルド加入前の悪名なのか、加入後の伊達看板なのか考えて少し憂鬱になった。
「白野ちゃん以外の新入りちゃん達はみーんなオールラウンダーだから、どんな組み合わせになっても編成事故は起こらない筈よ。仲良くしなさぁい」
はーい、という素直な合唱に鹿花さんは気を良くしたように目を細め、手を挙げたオルテガさんに笑い掛けた。
「はい、オルテガちゃん」
「鹿花先生、白野くんはどんなプレイスタイルなんですかー?」
「白野ちゃんは、……プレイスタイルっていうか……言っていいの?」
鹿花さんが珍しく迷うようにブラパを窺って、後ろから俺を抱えたブラパが頷くと肩にブラパの顎が当たった。
「白野は逆運極ってヤツだ」
ギャクウンキョク……?
知らない単語に首を傾げると、肩に乗ったままだったブラパの顔とぶつかって、肌同士の触れ合いに昨夜の記憶が蘇って慌てて頭を背けた。
せっかく意識して意識の外に追いやっていたのに……っ。
濃密過ぎた交合の最中を脳裏に浮かべてしまい、急に動悸がしてきて顔が熱くなる。
「亀吉が普通の運極。ステータスの幸運値カンスト。白野はその逆だな」
「逆……って、幸運値がゼロってこと?」
挙手したはるるさんが興味津々といった風に発言するが、皆が着席しても黒板に寄りかかったままだった白野さんは薄ら笑いを浮かべ首を横に振った。
「それじゃデフォルトだよ。俺は『呪い』のデバフ効果『幸運-1』を最大まで重複させた、逆カンスト」
「え、でも、コロシアムは全員ステータスが初期値になる筈じゃ……」
「確かにコロシアムに入場するとプレイヤー側に見えるステータス欄は全員が同値になってるね。……けど、公式にそうアナウンスされてはない。だから確かめたんだよ。死に際に『呪い』を掛けてくるmobをフィールドで狩り続けて、正規ステータスには現れない、デバフの……いわば裏ステータス値も初期値になってるのかどうか」
ももさんによる当然の疑問に白野さんはとても楽しそうに答えた。
言葉を重ねる毎に早口になり身ぶりが大きくなっていく様子から、そういう解析をとても好む人なんだな、と理解する。
「それで……」
「はるるちゃん、挙手制よ」
「はいはい。それで? 実際、幸運値がマイナスになったとしてさ、それがどんな利点になるの?」
今度の質問ははるるさんからだ。
挙手を忘れて鹿花さんから突っ込まれ、ヒラヒラと挨拶するみたいに手を振ってから単刀直入に訊く。
白野さんからの返答は──肩を竦めて、お手上げのポーズ?
「白野の攻撃は絶対に当たらない」
代わりに答えたのはブラパだ。
けれど、意味が分からない。
絶対に攻撃が当たらない人を、一番肝心な試合に編成する……???
当然ながら、俺の視界の範囲にいるほぼ全員が怪訝な表情をしている。
違うのは薄ら笑いを崩さない白野さんと、苦虫を噛み潰したような渋面の鹿花さんだけだ。
「白野は強ぇぞ。エイムも良いし、立ち回りも上手い。前衛で奇襲させても味方のサポートに回しても何でも器用にこなしやがる。そんな奴が放つ、確実に当たる筈の攻撃が当たらなかったら……さすがのDragOnさんでも、ちびっとくらいは動揺してくれんだろ」
ブラパがそこまで言ってやっと、みんなが納得した。
このチーム編成は、中央城攻略の為、ではない。
対・DragOnさん特化、DragOnさんメタの為だけの編成なのだと。
「そのちょっとの動揺につけ込ませてくれればいいけどねぇ……」
ため息を吐く鹿花さんの表情にいつもの勝気さは無い。
ブラパの素っ頓狂な作戦にすら、まるで勝ち筋を見出せていないようだ。
正攻法の勝ち筋を捨てる類の戦略が大嫌いな鹿花さんがそれでも反対しないのは、そうする他に勝てる可能性が無いと思っているからだろうか。
これまで西城の防衛だけだったから、DragOnさんと戦うなんて考えたことも無くて。だからDragOnさんがどれほど強いのか、そういえば知らない。
明日にでもプレイ動画を見てみよう。
「まあそれは置いといて、まずは今週末の東城攻略ねぇ」
そこからは現在東城を保持しているギルド『黄昏-tasogare-』の編成と対策について話題が移行した。
報酬目当てに他世界から転生してきたプレイヤーが集まって作ったギルドというだけあって、ギルド名からして『明星-akeboshi-』への対抗心がバチバチに窺えるが、これまでの試合内容からして明星を落とせるレベルには到底届いていないらしい。
どころか、人数さえ確保出来ればうちのギルドの敵にもならない程度の現状が、ブラパに全城攻略の夢を想起させたようだ。
「ソロの立ち回りは上手い奴ばかりだが、所詮は寄せ集めで連携の練度は低い。だから常に人数有利とって各個撃破していきゃいい。メンバーは笑顔ごまと、サポートに地球。残りの2人は白野以外なら誰でもいい。入りたい奴いるか?」
ブラパが水を向ければ、サッと何本も手が挙がった。
どう決めるのかと思えば、「ならじゃんけんな」と希望者でじゃんけん一本勝負が始まり、その結果、ブラパとミド~リンさんに決まる。
西城の防衛は残りのメンバーで適当に組め、という放任具合なのがこのギルドらしい。
「それじゃ、今日の作戦会議はここまでよ。お疲れ様」
鹿花さんの号令でみんなが立ち上がって、するとオルテガさんとマシューさんが新入りさん達に声を掛けて、親睦会がてら野良チムコロに行かないかと言う。
「亀くんもどう? 最近俺らとやってないじゃん」
「そうだよ。双子とかHAYATOとばっかりつるんでさ。たまには遊ぼ?」
「あ、じゃあ、少しなら……」
誘ってもらえたのが嬉しくて参加しようとしたのに、彼らの方に行こうとした俺の首根っこがすかさず掴まれて閉口した。
「ちょっと、ブラパ」
「コイツはこれから俺の部屋」
言いながら背後から腰に腕を回して荷物みたいに持ち上げられ、意識したくないのにブラパの部屋と聞いて顔が熱くなる。
けれど、掛けられたオルテガさん達の言葉と、それに対してのブラパの返答が冷や水のように俺を冷静にさせた。
「ブラパ、いつまで亀くん独り占めすんの?」
「ここ数日構ってないって事はそろそろ僕らも良いって事でしょ?」
「別に、ヤりてぇなら好きに口説きゃいいだろ。強姦じゃなきゃ俺だって口出しゃしねーよ」
え、と固まったのは俺だけではない。
おそらく冗談のつもりだったオルテガさんとマシューさんは一瞬目を丸くして、それから気遣うように俺に視線を寄越す。
「えっと……口説いて良いんだ?」
「そろそろお前らにも慣れたろうし、嫌ならそう言えるだろ」
なあ? と同意を求めるように抱えたまま揺らされ、こくりと頷いた。
この体勢で助かった。ブラパに表情を見られずに済む。
「え、あれ……? ちょっと、オルテガ」
「いや俺はてっきり…………えぇ……」
困惑した2人が説明を求めるように俺をチラチラ見てくるけれど、視線を床に落とした。
ブラパがどういうつもりなのかなんて、俺が聞きたい。
こうやって皆に見せつけるみたいに抱えて離さないくせに、俺を好きでもなく独り占めするつもりもない、なんて。
まるで愛玩動物みたいだ、と考えてからふと気付いた。
ペットに向けるような愛着だから、抱くか抱かないかで迷ってたのか。
「鹿花ー、俺ら部屋に引っ込むから何か用あったらボイス繋ぐ前にチャット飛ばせ」
オルテガさん達の物言いたげな顔はブラパには見えていないのか、鹿花さんに一声かけたかと思うと彼のマイルームへのローディングドアを出しさっさとくぐっていく。
目を閉じ、開ければ茜色に染まる波打ち際だ。
ザザ、ザザ……と寄せては返す音。
昨日──日付的にはまだ今日だ──ずっと遠くに聞こえていた音。
「あの、ブラパ、話ってなん……」
ですか、の声はブラパの唇によって封じられた。
遠慮無く舌が入ってきて俺の舌に絡む。急過ぎて反射的に顔を逸らそうとしたのを、下から顎を掴んで阻まれた。
「……っ……」
舌同士が擦れ合うと鳥肌が立つ。
唾液を飲む音がすると喉が締まる。
唇を噛まれると体から力が抜ける。
俺を支えるブラパの腕が離れて、無抵抗に崩れ落ちれば背中がベッドの上で跳ねた。
柔らかいが沈まないマットレスは、安物の感触ではない。
なのにやはり、僅かな身動ぎですらギィと鳴る。
「これ……」
「あ?」
「なんでこんな、うるさいんですか」
鹿花さんの美意識からいって、こんな耳障りな音を彼が好んで付けるとは考えにくい。
ブラパの希望だろうと訊くと、彼はくっと唇の片端を上げ俺に影を落とした。
「その方がエロいだろ」
また唇が落ちてくる。
額、目元、頬、唇を通り越して首筋。
ブラパが動くたび、ギシ、ギシ、とベッドが鳴る。
これだけの動きでこんなに鳴るのだから、昨夜はもっと煩かったんだろう。
かなり激しかった気がするのに、今思い出そうとしてもぼんやりしていて明確にどんな行為をしたか思い出せない。
ちゃんと最後までしたのは確かだった気がするけれど、その頃にはもう正気ではなかったから。
服を捲り上げられ、胸に吸い付かれると腰が震えた。
迷いの無いブラパの手が俺の肌をまさぐり、気持ち良い所ばかりを撫でてくるからすぐ息が乱れる。
また、するんだろうか。するんだろうな、この流れだし。
初めて身体を繋いで、そんな事にまだ動揺しているのは俺だけだ。
ブラパにとってはもう何度も経験してきたありふれた行為で、気まずさも気恥ずかしさも無いんだろう。
俺の人生で受けた衝撃ランキングをきっとずっとトップ独走しそうな昨夜は、ブラパにはさほど特別でもない時間でしかなくて、こうして二度目を簡単に重ねられるほど余韻を想うものでもなくて。
この鬱陶しいスプリングの鳴く音も、色んな誰かが聞いてきた音で。
俺にとってブラパは唯一なのに、俺だけのブラパなんか何一つ無い。
俺の胸に齧り付いて楽しそうにしているブラパをぼうっと眺めていたら、急に彼の目が俺を見上げた。
まっすぐ目が合って、嬉しそうに細められて。乳首を離してこちらに寄ってくる顔を──見ていられなくなって、背けた。
途端、左腕に痛みが走る。
「痛……っ」
思わず痛んだ場所に視線をやれば、ブラパに握り込まれていた。
手首と肘の間、薄く脂肪の乗った腕にブラパの爪が深く食い込んでじわりと血が滲み出すのが見える。
急にどうしたのか、とブラパの顔へ視線を戻せば、それは息のかかりそうな間近にあった。
小さくなった瞳孔が微動だにせずまっすぐ俺を見つめるのに、ゾク、と悪寒が走る。
「お前、……今、避けたか?」
掛けられた声は凪いでいた。
いまだ俺の腕を掴む手は折らんばかりの力を込めてきているのに、声も表情も、不気味なくらい無感情に。
震える首を横に振るのに、ブラパには見えなかったみたいに、「避けたよな」と唇だけが動く。
「俺とキスすんの、嫌か」
怒りは感じない。不愉快さ……でもない。
睨まれているわけでも凄まれているわけでもないのに、喉元に凶器を突き付けられているようなヒリついた息苦しさがあって、唾を飲み込んだ喉が動くのすら、ブラパの引き金を引いてしまうんじゃないかと緊張した。
「ちが……み、見つめ合ってるのが、恥ずかしかっただけで、……キスを、避ける、つもりじゃ」
実際、自分がわざと避けたのかそうではなかったのか、つい数秒前の事なのにハッキリしない。
けれど、ブラパとのキスを嫌がるわけはない。だって俺は。
「好きだって、知ってるでしょうが」
トチ狂って現実でも言い寄ってしまうくらいブラパが好きな俺が、ブラパからのキスを嫌がるわけがない。
自嘲に笑いながら目を逸らすと、ブラパは動揺したように少し身体を離した。
「……」
「……」
無言を波の音が掻き消す。
もしかしたら、もうブラパは俺を抱かなくなるかもしれない。
現実とVRは別物だと言い含めてからセックスしたのにまだこんな事を言う俺なんか面倒くさいから。
でも、それでもいい。その方が良い気もする。
急に思い出したみたいにブラパの手から力が抜けて、そっと腕を引き寄せて滲んだ血の上を撫でた。
爪の刺さっただけの傷なんか、数秒もすれば僅かな跡も残らない。
指に付いた赤も、指同士を数回擦り合わせれば何も無かったみたいに消えてしまう。
この世界はただのデータ。
触れる熱も感触も、すべてが嘘で、本当のことなんか一つもない。
でも、それで良かった。だから良かった。
こんな思いを現実でしたら、心がいくつあっても足りない。嘘の心で本当に良かった。
すり、と顎下から掬い上げるように頬を撫でられる。
視線を上げるとブラパの顔が寄ってきていて、今度は避けないよう気を付けながらキスを受け入れた。
「……だよな。お前、キス好きだもんな」
わあ、誤魔化し上手。
内心で拍手を贈りながら、それを落とし所にしたブラパに苦笑する。
どうやらまだブラパは俺を抱き足りないらしい。
それもそうか。数ヶ月お預け状態で俺の育成に時間を使ってきたんだから、たった1回したくらいでは納得出来ないだろう。
ブラパの首に腕を回し、自分から唇を押し付けた。
好きだよ、ブラパ。
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