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 食事中、ブラパとずっと他愛ない会話をした。
 実は生魚も焼き魚もどっちも同じくらい好きだと言ったら、「知ってた」と返されてびっくりした。
 魚の唐揚げは初めて食べると言うと「唐揚げ食べたい気分の時にわざわざ魚選ばねぇもんな」と同意してもらえたのに、ご飯の時に甘い飲み物を一緒に飲むと口の中で混ざって気持ち悪いと言ったら「食い物飲み込んでから飲めばいいんじゃね?」とまるで俺がおかしいみたいにドン引きされた。
 ロキワの話題も出た。
 『欲の虜』は初めは鹿花さんと2人だけのギルドで、その頃から腕の立つ彼らはクエスト応援依頼を受けてゲーム内マネーを稼いでいたらしい。
 だがある日の依頼者がまだロキワに来たばかりで金を持っていないから代わりに身体で払う、どんな変態プレイでも構わないと言い出し、それをまあいいかと了承して──以降、どんな噂が広がったのか、身体で払うと言い出す依頼者が増え。
 と同時に、性行為にゆるいVRですら忌避される変態的な性癖持ちのプレイヤーが「依頼受ければ変態プレイ出来るんだろ? ギルドに入れてくれ」と続々集まってきたんだそうだ。
 それもまあちゃんと依頼をこなせるならいいかと許し、ブラパと鹿花さんで簡単なテストをしてプレイスキルが足りていると判断したプレイヤーだけをギルメンにしていった結果、どのゲームモードも大概こなせる、上澄みプレイヤーばかりが集まったらしい。

「対価にしないと受け入れて貰えないって……例えばどんな性癖なんです?」

 最近はVRセックスなんて現実でいうハグくらいの認識らしいのに、どんな尖った性癖なのかと問えば、ブラパは少し顎を撫で、指折り数え始める。

「んー……鹿花は前に教えたろ? あとは……お前がよく知ってる奴らで言うと、獣姦、TS、スカトロ、3Pで1穴2本挿し、フィールド大通りで露出放置、……並べるとHAYATOのオナ見せが普通っぽく思えるな」

 ……後悔した。
 HAYATOさんの名前が出るってことは、今のは全部城戦メンバーの性癖なんだろう。
 なんとなく察せるのが地球さんと双子ツインズ、他の人は……あ、そうか、オルテガさんに男のアバしか持ってないって言えば大丈夫、っていうのはそういう意味だったか……。
 忘れよう、と小さく首を振ると、ニヤニヤ俺を観察していたブラパが最後の一枚の刺身を箸で摘みながら、

「依頼受けたの、俺で良かったろ?」

 と言う。

「どの依頼を受けるか選べるんですか?」
「ギルドメッセージの発信はギルマスかサブマスしか出来ねぇけど、見るだけなら一般ギルメンでも見れるからな。来てる依頼の中から受けたい奴を選んで、俺か鹿花に返事出させて、完了したらまた俺らに報告。……お前もやるか?」

 少なくなったがゲーム内マネーで払ってくれる依頼者もいるぞ、と言われたが、「気が向いたら」と答えておいた。

「そういえば、ブラパの性癖って」
「答えたらお前、やんなきゃならなくなるけど。いいの?」

 軽い気持ちで訊こうとしたのを真顔のブラパに食い気味に遮られ、無言で首を横に振った。
 ちょっとしたサドっけ、じゃ済まないんだな、たぶん。
 そろそろブラパの言動の癖を察せるようになっていたけれど、それが現実でも一緒なことに不思議と安心した。
 今までVRだけの存在だったブラパが、輪郭を持って目の前に居ることがただただ嬉しい。

「質問を変えていいですか」
「どーぞ」
「ブラパって、BUCKバック LAPINラパンなのにどうして『ブ』ラパなんです?」

 実は前々から疑問に思っていたことだ。
 誰もそれを言わないことも含めてどうしてと訊くと、ブラパは苦々しい表情でビールを口に含む。

「色々あっけど、まあ、鹿花の所為だな」
「鹿花さん?」
「そもそもBUCK LAPINて名前自体が妥協で付けたやつだったんだが……」

 話し始めながらコートのポケットに手を突っ込んだブラパはリップクリームより少し大きな筒状の物を取り出して、それから急に辺りを見回したかと思うとスッと立ち上がって襖を開けに行った。

「なあ、斉藤さーん、ここ煙草ダメんなったんだっけ? ……煙草じゃなくてシーシャなんだけど。ダメ? うん、ニコチンもタールも入ってねぇやつ。……匂い……は、する。ダメか、そっか。分かった」

 何やら廊下に向かって誰かに話しかけていたブラパは、戻ってくると筒のようなものをポケットに仕舞って「VRむこうでバカスカ吸ってっから現実こっち戻ってくるとこれがキツいんだよな」と愚痴る。

「こっちでは煙草じゃないんですね」
「臭ぇからやめろって鹿花に怒られた」

 また鹿花さんか。
 現実でもVRでもずっと鹿花さんと一緒にいるんだなと少し引っかかる気分になって視線を皿の上に残っている料理に落とすと、閉めたばかりの襖が向こうから開かれた。

「お盆お下げしてもいいかしら?」
「俺は終わってるけど、こっちはまだ。そうだ、今日って牛乳プリンは?」
「まだあったんじゃないかな。いります?」
「じゃあ2つで」

 店員さんが皿を下げにくるほど長い時間が経っていたかと慌てて手の甲の端末で時間を確認すると、店に入ってから50分ほどが経っていた。
 慌てて残りを食べようとすると、正面のブラパが止めるように手を振る。

「いい、大丈夫だ、ゆっくり食え。回転率の悪さも料理の値段に入ってんだ、ここは」
「あらやだ、トムラさんったら。常識の範囲でごゆっくりどうぞ~」

 オホホと笑いながら女店員がブラパのお盆を持って戻っていくのを見送ってから、そういえば値段をまったく見ていなかったのを思い出した。
 表のガラスケースには値段の表示が無かったし、入店前に注文されてしまったからメニューも開いていない。
 どのくらいかな、とメニューを探すと、座卓の端に置かれた三つ折りの分厚いメニュー表の上にブラパの手があった。

「……ブラパ?」
「ここは俺が出すから、気にすんな」
「気に……するなって言われると、急にすごく気になってくるんですけど」

 まさかそんなに高い店だったのか、とギョッとすれば、ブラパはクッと喉を鳴らして笑って、メニューの上から手を退けた。

「お前、すぐ引っかかるよなぁ。冗談だよ、そんな高い店じゃねえ。誕生日祝ってやれなかったから、そのぶん奢ってやるってだけだ」
「え、……いや、悪いですよ、そんな」
「誕生日おめでと、……亀吉?」

 子供でもないのに祝われるなんて、と恐縮するのに、ブラパは真面目な顔で小さく拍手までくれる。
 分厚い手がパチパチと可愛い音を鳴らすのが気恥ずかしくて俯きながら、「た、隆也たかや、です」とドモりながら今さら名乗った。

「タカヤ? 字は?」
「えっと……」

 説明しようとしたが良い例えが思い付かず、端末をARモードにしてメモアプリに名前を打ち込んで手の甲をブラパの方に向けた。

「トバヤシ……」
「あ、いえ、これで戸林こばやしなんです。戸林こばやし 隆也たかや。よくトバヤシリュウヤって間違えられます」

 苗字も名前も読み違えられ易いのだと苦笑すると、ブラパはふぅんと一つ頷いて、それから俺の手の甲を叩いた。

「俺は、これで兎村とむら 未來みき

 俺の名前の下に追加されてきたのは、ブラパの本名だった。

「ミライじゃなくてミキなんですね」
「そ」

 既に俺が本名を知っているからなのか、ブラパも本名を教えてくれて嬉しくなる。
 メモを閉じるふりでさりげなく保存を押して、掌を撫でた。

「可愛い名前ですね。未來」
「おい、呼び捨てすんな」
「えぇ? 呼び捨てにしろって言ったのはブラパじゃないですか」
「それはVRだから……まあ、いいわ。お前だしな」

 今さらサン付けにしろと言われても違和感がある、と俺が口を尖らすと、ブラパは眉間に深い皺を作りつつも諦めたようにため息を吐いた。

「つーか、そうだ、名前……名前な。ロキワに来る前は『Buck Bunnyオス仔ウサギ』だったんだよ」

 ブラパが思い出したようにさっきの話の続きを始めるのを聞きながら、俺は残りの食事を進める。

「けど、しょっちゅう「Big Buck Bunny好きなんですか?」って聞かれてよ。何だソレって調べたら、むかーしそういうアニメがあったっぽくてよ。コアファン勘違いさせんのも悪いし、ちょうどロキワに引っ越すついでに名前変えっかーって思って、 bunnyの方をLAPINに変えたんだが」

 ああ、だから前半が英語なのに後半がフランス語なのか。

「ストレートにBuck Rabbitじゃ駄目だったんですか?」
「字面が可愛くねぇじゃん」
「字面……」
「亀吉には分かんねぇか」
「未來は可愛いですもんね」

 嫌味に嫌味で返せばブラパはキュッと眉間に皺を寄せて、けれど次の瞬間には破顔する。
 楽しくて仕方ないとでもいうようにクックと喉を鳴らす彼を見ていると、俺も楽しいのにどうしてか心臓が痛くなるような気がした。

「まあ、で、『BUCK LAPIN』にしたんだよ。んで、『明星』に居た頃はフツーに周りからはバック、とかラパン、って呼ばれてたんだけど」

 ああ、確かに。DragOnさんがギルドルームに現れた時も確か、彼はブラパを「ラパン」と呼んでいた。

「『欲の虜』作って、新しいギルメン入れて、そしたらそいつら、俺の名前を『BLACK LAPINブラックラパン』って読み間違えて覚えちまってよ」

 おお。なんとなく話が読めた。
 シジミの貝殻を箸で押さえながら味噌汁の最後を啜り、汁椀を置くとブラパはまたポケットから筒を取り出そうとして戻していた。
 もう癖になっているのだろう。
 煙草からシーシャに切り替えさせた鹿花さんの判断は正解だと思う。

「いつ訂正すっかなーと思ってたら、鹿花の奴が「BLACK LAPINだと言いにくいし、ブラパって略したらよくなぁい?」とか言い出してよ」
「ぶっ」

 急に鹿花さんの声真似をされて吹き出すと、ブラパはウケて嬉しいみたいに口の片端を上げた。

「それから新規がみーんなブラパブラパって呼ぶもんだから、もう直させるのも面倒で……」
「それでいっそ自分からブラパって呼べ、って言うに至ったわけですね」
「そー」

 もう全部鹿花が悪いんだよ、と愚痴ったブラパはビール瓶を傾け、しかしグラスに半分ほど入ったところで注ぎ終えてしまい肩を竦めた。


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