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29 造形に対して目が肥えすぎているが故の
しおりを挟む「この辺でいいだろ」
数分ほど駅前アーケードを歩いて、ブラパが足を止めたのは『新鮮海鮮』という幟の立つ店の前だった。
ガラスケースの中にメニュー例らしい食品サンプルが並んでいて、色鮮やかな海鮮丼や刺身盛り合わせ、焼き魚定食など魚介メインの和食店らしさが窺える。
開店間もない時間だろうに、既に数人の待ち列が出来ていた。人気店なのだろうか。
「え、……え? ここ、ですか?」
「肉の方がいいか? 事前通告のねぇ焼肉は万死に値するっていつも鹿花キレんだけど。お前は気にしない?」
「あっ、いえ、確かに今日はこれ下ろしたてなんでちょっと焼肉は……じゃなくて」
さらっと鹿花さんとオフで会っていることを暴露してきたけど、とりあえずそれは置いておいて、どう伝えようか迷ってから、手の甲の端末に文章を打ち込んでブラパの前に突き出した。
『ホテルに行くんじゃなかったんですか?』
真昼間から声に出すには恥ずかし過ぎる質問を文字で伝えれば、ブラパは元から怖い顔をさらにグワッと顰めて、それから呆れたように顔を手で覆う。
「……冗談に決まってんだろうが」
「えっ」
「ほら、並ぶぞ」
俺たちが列の後ろに並ぶと前の人たちが一瞬ギョッとして、けれどすぐ店の中から店員さんが出てきて前の数組を店内に案内していった。
残されたのは俺とブラパの2人だけで、ガラスケースの食品サンプルを見ながらボソボソと会話をする。
「ブラパって、本当にこの近所に住んでるんですか?」
「最寄りの駅はここだけど家はもーちょい歩いたとこ。お前は?」
「俺は西口の方から歩いて15分です」
「ってことは大学はB大か。近さで選んだな」
「そりゃそうですよ。ブラパは?」
「中卒だから行ってねぇ」
え、と言葉に詰まると、鏡に反射した横のブラパが探るような目をしているのに気付いた。
まだ俺が亀吉かどうかを疑っているのか、それとも……俺がどういう人間かを見定めようというのか。
「……見た目通りじゃないですか。意外性無いですね」
ブラパはフォローするような言葉を嫌うだろうなと思って素直に言ったのに、横から肘鉄が飛んできてウッと呻く。
当たっただけでまったく痛くはなかったけど、少し驚いた。現実でも暴力振るうんだな、この人。
「お前は見た目を裏切り過ぎだ」
「俺がですか?」
裏切るも何も、何かを期待させるような見た目ではないと思うが。
「……どこか変ですか?」
平々凡々、もしくはそれより少し下。汚くもないし、爽やか過ぎもしない。
人に埋もれる要素しかない今日の服装を見下ろし首を捻ると、ブラパが手を伸ばしてきて俺の前髪の先を摘んだ。
「長過ぎだろ。前見えてんのか?」
「見えてなかったら歩けませんよ」
「普段は上げてんの?」
「いつもこうです。人と目を合わせたくないので、前髪長くしておけば向こうからは合ってるかどうか分からなくて便利なんですよ」
「便利……」
俺の言い分が理解出来ないみたいで、今度はブラパが首を傾げる。
まあ、コミュ強には分からないだろう。たまたま視線が合ってしまっただけの事故なのに、そのあと嫌そうな顔をされるとか、近くの友達とクスクス笑い合われるとか、そういう経験をした事がない人には……。
目を伏せてブラパの手から逃げると、前髪を離した指はしかし今度は首の後ろに回ってくる。
「後ろが長いのは? まさかコッチにも目があるとか言い出さねぇだろうな」
「ブラパと違って人間なので、後ろに目は無いですね。美容院に行くのが嫌過ぎて伸びただけです」
「俺を化け物扱いすんのお前の中で流行ってんの?」
冗談混じりに返せば後ろ髪を引っ張られ、顎が上がって自然と上を向かされた。
弄られて乱れた前髪の隙間からブラパとまっすぐ目が合って、下を向いてるとほぼ黒一色に見えるなぁ、と物珍しく見つめ返す。
「……目ぇ合わせたくねーんじゃねぇの」
「? ブラパはもう慣れました」
なにせ毎日のようにキスしてくるのだ、もう何百回も顔を近付けて目を合わせているのに、それで慣れない方がおかしい。
見た目は全然違うけれど、触れてくるタイミングも動きも掛けられる声もブラパでしかない。
中身がブラパなら緊張もしないし、嫌だと思う筈がない。
ス、と目を眇めたブラパを見て、こんな往来で!? とビクつくと何かに弾かれるみたいにブラパは俺から手を離した。
「わり」
「え、あ……はい」
VRで癖みたいにキスしているから流れでしてしまいそうになったのだろうか。
ブラパは小さく謝ると俺から体ごと背け、空気を変えたいみたいにガラスケースの中を指差した。
「ここの『ごうつくばり御膳』、いいぞ」
「ご……ごうつくばり?」
よくばりナンタラ、というメニューならよく聞くけれど、『ごうつくばり』までいくのは初めてだ。
興味を引かれてブラパが示す先を見れば、盆の上みちみちに小皿の並んだ珍妙な食品サンプルがあった。
「刺身、焼き魚、煮魚、天ぷら、唐揚げ。あと月変わりで中華風だったりフレンチ風だったり変わるやつが一つ。……今月は鮭チリみてぇだな」
店の出入口前に置かれた小さな看板に目をやって、ブラパが「アタリの時に来たな」と呟く。
「お、多いですね……」
「品数は多いが量は意外とそうでもねぇぞ。女子供でも結構頼んでる」
「へえ」
「飯の量も選べるしな。夜だと飯小盛りにして酒のつまみにしてるのよく見るし、よっぽど少食ってわけじゃなけりゃ普通盛りで食い切れると思うが……」
ブラパはそこで言葉を区切ると改めて俺に視線を向けた。
上から下へ見下ろす仕草で、体型についてだと察する。
「少食な方なので、小盛りにしておきます」
「ゆっくり時間取っても食えなそうか?」
「……う~ん……」
体重自体は平均体重の最下限くらいで保っているので健康的には問題ないのだけれど、引きこもり気味で肌が青白いせいもあるのか実際以上に痩せて見えやすい自覚はある。
後ろをチラ見すればいつの間にか列が伸びていて、この時間でこうして当然のように並ぶのだから人気店なんだろう。
となると、食べるのに時間が掛かるのは気が引ける。
「朝、遅めだったので」
俺がやはり小盛りかなと答えると、ブラパは何も言わず、けれど目が完全に「もっと食えよ」と言っている。
なのでお返しとばかりに無言でブラパのコートの間からお腹を人差し指でぶすっとつつくと、柔らかいとばかり思っていたそこがすぐ底付きしたように硬くてビックリした。
「え、硬っ」
脂肪は!? とその辺りを撫で回すともう少し下の方にぷよっと柔らかい所があって、こっちだったか~、と安心して握ると頭を上から引っ叩かれた。
ばこっ、と結構いい音がしたけれど、そんなに痛くない。
「ひどい、Vだ。バイオレンスだ」
「正当防衛だろ」
「俺は殴ったりしてないです」
「腹まさぐってくるのはセクハラだろ」
「セクシャルな意図は無かったんですが」
「セクハラする奴が言いそうなことランキング第一位」
「コミュニケーションの一環で……」
「第二位」
睨み下ろしてくるブラパの顔は怖いけれど、怖くない。
ブラパと言葉でじゃれあうような会話はもはや俺の日常生活の一部になっていて、ブラパの外側が少し違うくらい気にならなかった。
そうこうするうち店のドアが開き、中から数人の客が出てきて、その後ろから店員らしき人も出てくる。
が、その20代半ばくらいの女店員がブラパを見て「あっ」と言って店内に戻っていってしまった。
怖がらせてしまったのかと思い追おうとしたら、ブラパに頭を掴んで止められる。仰ぎ見ると、ブラパは大丈夫とばかりに首を振った。
それと同時に、店の中から戻ってきた女店員が声を掛けてくる。
「ごめんなさいトムラさん、今お座敷空いてなくって。椅子の席が空いたんで、後ろでお待ちの方、先に通してもいいかな?」
「いいよ、大丈夫」
ブラパが頷くと、女店員は俺たちの後ろに並んでいた二人組のおばさん達に声を掛けて店内に案内していった。
俺たちに会釈して前を通っていくおばさん達に、ブラパも軽く相槌を返す。
「……常連なんですか? トムラさん」
「本名で呼ぶな。そして別に常連ってほどは来てねぇよ」
「それにしては親しげでしたけど」
ブラパに対して怯える人を見るのも何だかモヤッとするけれど、仲良さそうにされるのも複雑な気分だ。
ブラパも現実で生活していて、俺より大人なんだからきっと仕事もしていて、だから俺以外にだって仲が良い人なんていっぱい居ておかしくないのだけど──と考えた所で、記憶に何かが掠めた。
トムラ、でっかい人、仕事。
「あ。トムラミライさん」
まだ秋口の頃だったろうか。一度寄った公園で、彼の名札を見たのを思い出して口に出すと、ブラパはギョッとしたように俺から一歩退いた。
「なに、お前。ストーカーか?」
「違いますよ。覚えて……ませんよね、まあ。今年の秋に一回会ってます、俺たち」
俺も今の今まで忘れてましたけど、と付け足すと、ブラパは不審げな表情を浮かべて腕を組む。
「会った? どこで」
「公園です。大学の近くの……あの、『レジデンス亀山』ってマンションの隣、ですね」
思い出す為に瞼を閉じていたら、額を指でトントンと小突かれた。
目を開けると、体を曲げてきたブラパの顔が間近にある。
「前髪、そうやって思い出す時の癖隠しも兼ねてんの?」
「え? ……ああ……どうですかね。確かにそういう意味でも使えますね」
「便利でいいな」
「そんなに長い時間覚えてられないんで、使い所は範囲の狭いテストくらいですけどね」
下手に詳細に覚えていても、日常生活でそれを発揮すれば気持ち悪がられる確率の方が高い。
役に立たない特技だと自嘲すれば、ブラパがまた俺の前髪をくしゃくしゃにかき混ぜた。
「ちょ、ブラパ!」
「思い出した。お前、あん時の缶拾ってきたガキか」
驚いたことに、ブラパもあの一度の邂逅を思い出せたらしい。
本当かと瞬きすれば、ブラパはまた俺の額を指でつついて笑う。
「風で前髪ぐっちゃぐちゃでよ。すげー垂れ目で、泣きそうな顔で、……目尻の黒子がエロくて」
どうやら俺の前髪が記憶のトリガーになったらしい。
思い出しながらブラパが呟き始め、けれどそれにつれて目の色がおかしくなっていく。
……この表情、見覚えありすぎるんだけど……!?
「ブラパッ、ここ、現実ですからね!」
変なスイッチが入る時と同じ顔をしたブラパに向かって強い声を掛けると、彼は一瞬ビクついて、それからゆっくり瞬きして「おう」と俺から顔を背けた。
急にドキドキ鳴り出した心臓をブルゾンの上から押さえ、ふうと息を吐く。
セーフ。ここで盛られるのはさすがに不味い。
「……あの、ブラパが嫌じゃないなら、この後……」
「トムラさーん、お待たせー。お座敷もう空くから注文先に取らせてもらっていい?」
どうやら現実の俺でも欲情出来るらしいし、なら予定通りホテルに誘っても嫌がられはしないだろう。
そう思って言おうとしたのを、店内から出てきた女店員の高くて明るい声に邪魔された。
「ごうつくばり、1つは小盛り、もう1つはメガ盛り酢飯で」
「は~い。今お会計してるお客さんたちが出たら入ってきてねー」
仕事だとしてもブラパに笑顔を向ける人にトゲトゲしい気持ちが湧いて、2人から目を逸らすように俯く。
なんだ、これ。変な感じ。店員さんの愛想が良くて、なんで嫌な気持ちになるんだ?
逆ならまだしも、と自分の感情に首を捻っていると、乱れたままにしていた前髪を無言のブラパが指で梳かしてくれる。
また薄い簾に戻った前髪の向こうで、ブラパが何か言おうとするみたいに口を開いて、けれどすぐ引き結んで俺に背を向けた。
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