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26 その数日間に何を

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「あぁら~、お早いご到着ねぇ~? やる気無いなら来なくていいのよ?」

 20時50分。
 ギルドルームにロードして早々掛けられた嬉しそうな鹿花さんの言葉に、一周回ってホッとしてしまった。
 やっぱりそうだ。鹿花さんはずっと俺が鬱陶しかったんだ。
 実力不足なのにやる気だけはあったからブラパの手前追い出せもしなくて、攻撃的な嫌味で俺が自分から出ていくように仕向けようとしていたんだろう。
 俺の察しが悪い所為でまったく気付かなくて申し訳なかった。

「はい。すみませんでした。今までありがとうございました」
「謝ってないでさっさと準…………は?」

 俺がギルド脱退をアッサリ承諾すると思わなかったんだろう。
 驚いた鹿花さんが窺うように顔を向けた方向を見ると、部屋の隅の1人用ソファで煙草をふかすブラパがいた。
 というか、見回したギルドルームの応接間には城戦メンバー全員が顔を揃えていた。
 逆に、それ以外のギルメンが見当たらない。
 いつもこの時間にはもう城戦の待機ルームに入っている筈なのに、珍しい。
 何かあったのだろうか。
 マシューさんや地球さんは心配げな表情でこちらを見ているし、視線の合わない他の人たちの顔もこわばって緊張が浮かんでいる。
 遅刻の俺を待っていたのかも、と一瞬思ったけれど、すぐにそれも都合の良い妄想だと打ち砕かれた。
 ブラパが俺を一瞥して、けれどすぐに興味無さげに目を逸らしたからだ。
 俺を見つけて寄ってくるでも、声を掛けてくるでもない。
 ……やる気の無い俺にはもう興味が無くなったんだとすぐに分かった。
 シレネさんの時と一緒だ。
 どんなに可愛がっていても、興味を失くせば目に入れるのすらしてくれない。
 薄情で、けれど分かりやすい。

「すみません。これ、外して貰えますか、ブラパ……BUCK LAPINさん」

 親しげにブラパと呼ぶのも図々しい気がしてプレイヤーネーム通りに呼び、ブラパへ差し出すように深く頭を下げた。
 面倒かもしれないけれど、この大き過ぎた看板はブラパ自身の手で回収して貰わないといけない。
 ブラパは面倒そうに煙草を床に投げ捨てると、緩慢な仕草でサブモニターに手を翳した。
 俺に視線の一片もくれない素っ気なさに、これまでの下駄の高さが身に染みる。

「そんなに現実は良かったか?」

 数瞬、俺に話しかけられたのだと気付かず周りの誰からも返事が無いことに困惑して目線だけ上げて、アンタに言ってんのよと言わんばかりに鹿花さんに睨まれてやっとブラパの言葉を反芻した。
 現実は良かったか?
 ……ああ。ギルド外のプレイヤーと組まなければこれからも現実を見ずに済んだのに、ってことかな。
 それとも、直面した現実を見なかったことにして、またブラパの見せる甘い夢に浸れば良かったのに、って意味か。

「そうですね。VRここの全部が嫌になっちゃうくらい、……良かったです」

 そう。良かった。西城を落とす前に自分の実力を知れて。
 このまま実力不足の俺が城戦メンバーでいたらきっと、4月を前に陥落していたことだろう。
 そうならなかっただけ、良かったのだ。
 俺にとっても、このギルドにとっても。

「……」

 俺の返事にブラパから返ってきたのは舌打ちだけだった。
 俺の頭から僅かな重みが消える。
 同時にふわふわと揺れる感覚もなくなった。
 それがあった場所を手で撫でて、安堵と共に渡されたものに見合えなかった自分へ深い悔恨が湧いた。

「それでは……皆さん、今まで本当にお世話になりました。ありがとうござい」
「亀吉さー、この何日か、何してたの?」

 腰から頭を下げて最後の挨拶口上を述べていた俺の言葉をぶった切ってオルテガさんに訊かれ、おそるおそる顔を上げる。
 部屋にいる全員が俺を見ていた。
 連絡も無しに練習にも来なかった事を責められないままに逃げるのは許さない、ということか……?

「え、と……ずっと……ベッドの中に……」

 俺を貶めることで彼らがスッキリした気持ちになれるなら、最後にそれくらいの協力はしよう。
 そう思い正直に引きこもっていたと答えると、バキッと間近から何かが壊れる音がした。
 驚いて音の方を見れば、ブラパの座っているソファの肘掛けが折れていた。

「誰と?」
「誰? え……と、ペットは特に、飼っていないので……」
「じゃあ一人で?」
「えっと、はい。一人です……」
「3日間ずっと?」
「は、はい……」

 ブラパが何らかの理由でソファを破壊したのに、オルテガさんは気にする風もなく矢継ぎ早に質問を重ねながらこちらに寄ってくる。
 しかも俺が答えるごとに笑みを深くして、最後には堪えきれないみたいに口を手で覆い隠した。

「なんで?」
「なんで……って……そ、れは…………」

 そこまで自分の口から言わせないと、これまで掛けられた迷惑と見合わないとでもいうのだろうか。
 ぎゅっと拳を握り、込み上げてきた涙を飲む。

「じっ……自分の……下手さを……実力の無さを、実感して……」

 ここまでしないと許してもらえないほど、俺の存在は鬱陶しかったのか。
 チャラくて苦手な見た目だけれど俺と仲良くしてくれるいい人だと思っていたオルテガさんが、ここまで俺を馬鹿にし見せ物にしないと済まないと思うほど──とギリギリで保っていた涙腺が崩れそうになった瞬間、

「「「「「「「はあ!?」」」」」」」

 と合唱が飛んできて耳が割れるかと思った。

「っ……!?」

 叫んだのはオルテガさんとブラパ以外の全員だったらしい。
 思わずみたいに立ち上がっている皆を見て、そんなに俺は下手だったのか、と恥ずかしさで涙が落ちた。
 下手な自覚はあって当然、とでも思われていたのだろうか。
 それが、今さら下手なことに気付いたから驚いた?
 ……そんなに、そこまで俺は、自分のことが見えていなかったのか。

「す、いませ……俺、ずっと……迷惑でっ……本当に、申し、わけ」

 泣くな泣くなと思っているのに、ボロボロと涙が落ちる。
 このみっともなさは皆の心を癒すだろうか。
 それとも最後まで鬱陶しい奴だと思われるだけだろうか。
 震える指でギルドの脱退申請を出そうとした手を、向かい側から掴まれた。
 誰の手かなんて涙で歪んだ視界でよく見えないし、見えなくても分かる。分からないわけがない。

「ごめ、なさ……」
「オルテガ。今週、お前の好きに奇襲行っていいぞ。他の奴は極力オルテガの支援回れ」
「おっ、やった~」

 俺の手首を掴んで、けれどブラパは俺ではなくオルテガさんに話し掛けた。
 オルテガさんは軽い調子で喜びながら、通りすがりに俺の背中をぽんぽんと叩いていく。
 ……俺が泣いて、ブラパの嗜虐欲が満たされたから、オルテガさんがご褒美をもらった、のか……?
 よく分からない。分からないけれど、俺が無様を晒すことでオルテガさんが得をしたのなら、最後の最後くらいは役に立てただろうか。

「俺とコイツは今週休みだ」

 ブラパは言って、見慣れたローディングドアを出す。
 彼のマイルームへのドア。これからここに俺を連れて入ろうというのだろうか。だとするなら──。

「あら。メイン戦力が2人も居ないなんて不安だわぁ。落としちゃったらごめんなさいね?」
「来週取り返しゃいいだけだ。落としてもボイ通入れんなよ」

 鹿花さんの嫌味に、しかしブラパは上機嫌を隠しきれないような弾んだ声で大層なことを軽く返す。

「……あら、そう。落としても良いならやってみたかった戦術があるのよねぇ。アンタ達は何かある? たまには好きに大暴れさせてあげるわよぉ」

 呆れきったとばかりに肩を竦めた鹿花さんが皆に向かってそう言うと、皆は歓声を上げながら鹿花さんの後についてギルドルームから出て行った。
 入ってきた時の緊張感とは真逆に、すっかり皆いつもの笑顔を浮かべて。

「行くぞ」

 掴まれたままだった手首を引っ張られ、ごくりと唾を飲み込んだ。
 重い足をなんとか動かし数歩進めば、もう見慣れたブラパのマイルームへロードが入る。
 それと同時に手を離されて、体温の余韻にギュッと心臓が痛くなった。
 最後にここへ連れてこられたということは、今までしてこなかった事を最後までするに違いない。
 緊張でその場から動けなくなった俺の腰にブラパが腕を回してきて、強引にベッドへ座るよう誘導された。


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