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25 12月26日
しおりを挟む12月26日、土曜日、20時10分。
いつもならもう城戦の為にギルドルームに集合している時間で、今すぐイン出来ても鹿花さんに遅刻をねちねち詰られること請け合いだ。
ブラパにも怒られるし、他のメンバーにも……いや、気にしないな、他の人たちは。
どうせ俺なんか、居ても居なくても、たいした戦力じゃないし。
嘲笑混じりの脳内独り言に刺されて、ここ数日で何十回も抉った傷をまた深くした。
胸が重く息を吸うのも嫌になる。
現実はなんでこんなに苦いんだろう。
一生醒めない夢の中にいたい、と掛け布団の中で膝を抱え体を丸めた。
家からドリームラボ店舗まで、ゆっくり歩いて15分。走れば5分かからない。
今からでも急いで支度して、城戦に間に合わせるべきだ。
欠席連絡をしていないんだから、遅刻確定だとしてもインしないと無責任だ。
せっかくお情けでメンバーに入れて貰えたのに、俺が適当なことをすると世話役のブラパの顔に泥を塗ることになるんだぞ。
……分かってる。分かってる。
けど、体が重くて動かない。
3日前からずっとこんな調子でベッドの住人と化している。
寒いおかげで体は臭わないし、風邪用に備蓄しておいた栄養ゼリーをたまに飲んでいるから腹も空いていないけれど、静寂がとにかく心にクる。
世界に一人きりみたいだなんて思えない。
むしろ、世界には、この窓を隔てた外には沢山人が居ると痛いほど分かっていた。
だからこそ、世界が本当に俺一人だけになってしまえばいいのにと思う。
ブラパの顔が浮かんだ。皮肉っぽく笑う顔で俺をよく褒めて、しょっちゅうキスをしてきた。
……あの褒め言葉も、きっとキスを拒ませない為のおべっかだったんだろう。
だって俺、使えないし。
あのブラパに褒められるほどの腕なんて無いし。無かったし。
ツンと鼻の奥が痛んで、慌てて奥歯を噛み締める。
俺に泣く権利はない。泣いていいのは自分に出来る全てをやって、それでも結果が出なかった人だけだ。
到底努力の足りない俺が分不相応な看板に潰されただけなのに、泣いて忘れようなんて都合良さは許されない。
溢れそうな涙腺の波をぐっと我慢してやり過ごし、膝頭を掴む指に力を込めた。
4日前のペアマッチ。俺の順位は628位だった。
俺にペアを申し込んできた武内という青年は996位。
手を抜いたりなんかしていない。
むしろ、普段よりずっと頑張った。……頑張った気でいた。
何しろ武内は初心者の頃の俺に輪を掛けて無知な初心者という感じで、基本ルールすらちゃんと把握していないようだったから。
敵プレイヤーを見つけるとすぐに飛び出していってしまうので追い掛けるのに必死で最初の何戦かはまともにプレイ出来ず、『ファーストプレイアウトペア』という不名誉なイベント称号をゲットしてしまったくらいだ。
……いや、武内の所為にするのはよくない。
チームとしての負けを自分以外に押し付けるのは一番簡単で、一番無責任なこと。
組んだのが俺じゃなくブラパだったなら、きっと武内のことももっと的確に支援するなり誘導するなり出来たろう。
すべては俺の経験不足が悪かった。
けれど、後悔先に立たずとはよく言ったもので。
あの日の俺は武内をどうやったら大人しくさせられるだろうかと、俺のプレイスタイルを押し付けることばかり考えてしまって、付き合わされる武内の心象をよく考えられていなかった。
何度「敵を見つけても陽動の可能性が高いからすぐに飛び出さないで」と言っても「俺、芋砂とか趣味じゃないんだよね」と武内が聞いてくれなかったあの時点で、俺は得意分野を捨てることを視野に入れるべきだったのに。
4、5戦目で武内を止めるのを諦めてプレイアウトを見送ってからソロで勝ち抜けばいいかと思ったのだけど、すると今度は「お前が戻ってくるまで俺ヒマなんだけど」と文句を言われ、撃たれそうになっていたから突き飛ばして守れば「痛かったんだけど。ちょっと有名だからってVRの中だと調子乗る系?」とキレられ。
ついでに、プレイアウトすると残った相方が何人倒しても順位ポイントが変動しなくなるという致命的欠陥が判明したので、出来るだけ長い時間武内がプレイアウトしないよう必死で奔走する羽目になった。
武内が欲しがっているメイド服はイベント開催時間中に一度でも1000位以内に入れば交換可能になるので、ラスト1時間は土下座する勢いで「お願いだからこのドラム缶の中から動かないでくれ」と頼み込んだ。
渋々了承した武内がずっとボイス通信で「暇」「マジで暇」「もうこれ出て良い?」「クソ暇すぎて寝そう」などとボヤくのをBGMにマップを駆けずり回って他ペアを倒しまくって、──なんとか武内が1000位以内に入ったのはイベント終了まで3分を切った頃合。
本当に、本当に滑り込みセーフだった。
辛かったけど、どうにかやり切った。
俺は達成感で清々しい気持ちだったのだけど、……武内は違った。
「マジで全然参考になんねーし、よえーし、つまんねーし、時間かかるし……。掲示板で有名っつってもしょーみこんなんなのな。使えな。それでよく欲の虜居れんね? 他の人めっちゃ強いのに自分だけ弱いの気付かないもんなの? コネ加入かなんか? ギルメンと組まなきゃこんな順位なのにドヤ顔でBUCK LAPINと同じウサ耳付けんのとかやめた方がいーよ。恥ずかしくないの?」
報酬が欲しいとは思っていなかったけれど、礼の言葉一つくらいは当然貰えるものだと思い上がっていた俺に武内の言葉はキツ過ぎた。
それからすぐ逃げるようにログアウトして、……ずっと自室の、布団の中。
VRはずっと、俺にとって逃げ場だった。
辛い現実を見なくて済む、幸せな俺だけの居場所。
だったのに。
トップ争いに爪の先も掛けられないほどの順位に、頬を引っ叩いて現実を直視させられた気分だった。
鹿花さんの嫌味は強過ぎる、もっと優しくしてほしい、なんて甘えたことを考えていた自分が恥ずかしくて仕方なかった。
あれくらい言わないと実際の身の程を理解出来ないと思われていたからこそなのに、俺は自分にとって嬉しいもの、信じたいものばかり──ブラパの甘い言葉ばかり受け取って、まんまと飲み込んで、自分はそれなりに強いのだと思い込んでしまっていた。
なんて滑稽なんだろう。
今さら実力に気付いて打ちのめされようと、インして俺が落ち込む素振りでも見せればきっとブラパはまた甘い言葉で俺を慰める筈だ。
ペア相手が悪かった、お前は頑張った、俺と組めばもっと上に行ってた────そうやって、性欲由来の優しい嘘で。
ブラパを責める気はない。
だって彼とは最初からそういう契約だったから。
ブラパは初めから一貫して性欲のままに俺を可愛がっているだけで、悪いのは勘違いした俺だ。
「……そうだ。俺が悪い」
俺が悪いのに、どうして俺はいつまでもベッドの中でメソメソしているんだろう。
これではまるで、誰かに慰めて欲しいみたいだ。
誰かに心配されて、誰かに「もう出てこい」って言われたいみたいだ。
そんな誰か、いないのに。
腕の端末に指先で触れる。
布団の中に浮かび上がったARの時計の長針は、ちょうど真下を指していた。
「行かなきゃ……」
体を動かす為に言葉にすると、存外素直に腕が布団をどかしてくれた。
身を起こし、少し考えてからシャワーだけ浴びることにした。
不特定多数が使うドリームラボのポッドを、面倒だからという個人感情で汚すわけにはいかない。
ちゃんと行こう。
行って、謝って、感謝を伝えて、ギルドを抜けよう。
俺がやるべき事はそれだ。
……それらを全て終えたらきっと、泣く権利が得られる。
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